軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第五百六十九話 ふたりを会わせよう

竜の巫女長シンディ・バーンズ。

それはハイヴァーン公国が誇る竜騎士団、そこに属する騎竜達すべての精神的支柱とも言われている女性である。その彼女が今、東の竜の里ゼーガンの大竜御殿前の広場に立っていた。

彼女が里に来た目的はもちろん夫であるジンライに会うためであった。白き一団の帰還はハイヴァーン公国にもすぐさま連絡が送られており、知らせを聞いたシンディはジライドとともに飛雷竜モルドに乗って大竜御殿へとやってきたのだ。

そんなシンディは実際にはもうそれなりの歳なのだが、エルフの血を引くために未だ若く見え、風音とさして変わらない身長であるせいか童女のような幼さを宿していた。

そして、そんな彼女が夫を待つ姿には未だに初々しさがあり、何よりそのお腹はぽっこりと膨らんでいた。

「いや、すみません。ジンライさんももうすぐ到着するはずなんですが……」

そのシンディにアオが満面の笑顔で応対していた。

今のシンディは妊娠七ヶ月。もうかなりぽっこりとしたお腹になっていた。父親はもちろんジンライであり、彼女がジンライと久々に再会して骨折り(抜きではない。抜いたら死んでしまう)にしたときに一緒に子種を宿したようであった。シンディはそのことを報告するつもりでここに来ていたのだ。

「まあ、ゆっくりくつろいでいてください。ええ、このままお子さまが生まれるまで滞在していただいても構いませんよ。今となってはお孫さんのライルさんもナーガ様の身内のようなものですしね」

アオはもう嬉しくて仕方がないという顔をしてシンディの応対をしている。

シンディが来てからと言うもの、アオは常にシンディのそばにいて甲斐甲斐しく世話をしているようなのである。

多少歳を食っている顔こそしているが見た目はそれなりに幼く、体格からすればモロどストライクな妊婦がわざわざ尋ねてきたのだ。

つまりは自分たちの都合で旦那を働かせてしまい、会わせてあげられなくてごめんねというお詫びの気持ちがたまらなくあふれ出ての行動なのである。

もちろんアオを親とする護剣の四竜たちは、彼の魂胆などお見通しであった。彼らを騙すには、アオの行動は若干わざとらしすぎたのだ。

シンディの子供ということはその赤子はライルの叔父、あるいは叔母に当たるわけだ。それは竜族とハイヴァーン公国双方にとって複雑な立ち位置に置かれたライルの血縁であるわけで、つまりアオは今後を見据え、未来への布石として動いているのだとスザやセイ、ビャクは気付いていたのである。

「いえ、アオ様。そんなことを申されても。その……未だに信じられない思いもございますし」

「まあ、俺にもよく分かんねーしな」

「お前はもう少し自覚しておけ。本当に複雑な状況になっているのだからな」

シンディの横ではライルとジライドが仲良く並んで立っていて、ヌボーッとした顔のライルの横でジライドが頭を抱えて息子に対して注意をしていた。何しろ、ジライドはツヴァーラの戴冠式から戻ってきて早々に母親に叱られ、国に報告してはほとんど尋問に近い形で根ほり葉ほり事情を尋ねられ、終いにはライルに対して次期大公の話まであがって今やハイヴァーン公国内の政争のど真ん中に立たされてしまっているのである。当然武官であり腹芸の苦手なジライドはこの事態に疲れ果てていた。

『確かにな。我が半身はノンビリ過ぎていけない。もっとも父よ。それはお前からの反面教師の面もあるのかもしれんな』

そして、親子の会話に挟み込まれたライルの槍からのツッコミにジライドが「ぬぅ」と呻いて眉をひそめた。性格こそ違うがライルとジーヴェは記憶を共有している。それはジーヴェもジーヴェなりにジライドを父親だと認識しているということでもあった。

ツヴァーラの時にも困惑はしていたが、唐突にできたもうひとりのドラゴンの息子にジライドはひとり唸るしかなかった。その様子を見て『クックック』と笑うジーヴェの主体は果たしてどちらのものであったか。

ともあれ、ひとり里で待機していたライルは父親と祖母との再会をこうして一足お先に済ませていたのである。

そんな親子の会話を横で見ながらシンディは「あの人がもうすぐに帰ってくるのね。この子も早く会いたがっているでしょうね」と言いながらポッコリとした丸いお腹をまた撫でた。

それを見ているアオはとてもホッコリしているようだった。恐らく、ここ数百年でもっとも慈愛に満ちた瞳をしているアオは、シンディとジンライの子の誕生を心から喜ばしく感じているようである。

「もう予定の時刻ですが、あちらはあちらで色々と作業があるみたいですからね。なにぶん今回は魔物の数も多かったようですし」

そう言うアオの前にはクリスタル風音ちゃん人形が置いてある。白き一団は行きのモルフォド山脈までは馬車であったが、帰りには帰還ポイント用のクリスタル風音ちゃん人形がいるのだから直樹の長距離転移によってさっさと戻ってくる予定であった。

もっとも今回倒したドラゴンイーターたちの素材回収だけでも相当な量がある。加えて、人手を呼ぶわけにも行かない。魔物も多い場所だけに人を呼ぶことも、また呼ぶ時間もなかった。

だから風音たちはまる一日かけて作業を行って拾えるものを拾って、それから一晩明かした後の今日に帰還すると連絡してきたのである。

「おっと、話をしている間に連絡が来たようですね」

アオがそう言って何もない空を見た。シンディたちの視界には映らないが、アオはたった今メール受信のアラームを聞き、ウィンドウを開いて届いたメールの中身を見ている。

その内容は風音から今戻るとの短いものであった。

今回は特にお出迎えもないので、この場にはバーンズ親子とアオ以外はいない。アオとしても己の至福の時間を、息子や娘のように思っているドラゴンたちに見せたいとは思っていなかったのでそれはちょうど良いとも言えた。

「さて、もうじきやってきますよ。シンディさん方のことはまだお伝えしておりませんし、きっとジンライさんもビックリするでしょうね」

アオがそう言ってクリスタル風音ちゃん人形を指差した。すでにクリスタル風音ちゃん人形は、魔力の高まりにあわせて狂ったように踊り出していた。

そのままクリスタル風音ちゃん人形のリズムに乗ったダンスが最高潮に達したとき、人形の周囲に魔法陣が発生して、その場に光の柱が天へと伸びていく。

「ああ、あの人が来るわ。分かるわ、ジライド」

「ええ、そうですねお母様」

光の中から人の影が現れはじめたのがジライドにも見えた。

ジンライとの再会を本当に心待ちにしていることを知っているジライドは母であるシンディに慈愛の笑みを浮かべる。

ここに至るまで、シンディはジンライへの負担にならぬようにと連絡を取らなかった。連絡が届けばジンライは戻ってくるかもしれない。しかし、白き一団の中で活躍しているジンライにとっては大きなチャンスを逃す形になってしまうかもしれない。

シンディはジンライの邪魔をする気はなかった。だからこうして自然に会ったときに自然に報告しようと考えていた。それがシンディの決めていたことであったのだ。

しかし、シンディがジンライに逢いたい気持ちには嘘はない。決して繋ぎ止められない男だが、シンディはジンライを心の底から愛していた。

その愛を誓った相手が……

「ふぅ。ユミカや。 雷神砲(レールガン) はまだかのぉ」

「それは一昨日撃ったでしょ師匠」

真っ白に燃え尽きた姿で 車椅子(サンダーチャリオット) に乗り、弓花に押されて光の中から出てきたのである。

「あ、あなたぁああああああああ」

シンディの絶叫がその場に響き渡った。

◎大竜御殿 神竜帝の間

「ああ、別に怪我とかじゃないよ。なんて言ったっけ? 燃えつき症候群?」

風音は首を傾げながらそう説明した。ドラゴンイーターマザーとの戦いを終えてから二日経過しているが、戦闘後のジンライの様子は以前とかなり変わっていた。

完全にやる気をなくした……というよりも、なんともやりきった顔をしているのである。人が己の望みをすべて叶えた後にはこんな顔をするのだろうな……と思わせるような、何かが抜け落ちた表情だった。

「んー、まさかシンディさんたちがいるとは思わなかったからなぁ」

「こちらもしっかりと伝えておくべきでした」

風音とアオがそう言い合う。

風音は里にいるライルたちに心配をかけぬように、敵を倒した・みんな無事・素材回収してから帰るとしか伝えていなかったし、アオにしてもシンディたちの来訪はサプライズとして黙っていたのである。

互いの善意が良くない形でバッティングしてしまったようである。

「今まで見たことがないほどに晴れやかな顔だわ。この人はそれほどの戦いを行ったということなのね」

もっとも、ようやく落ち着いたシンディは優しい笑みを浮かべてジンライの乗った 車椅子(サンダーチャリオット) を牽いていた。そのシンディの言葉を聞いて風音は考える。

何も考えずにバカバカと 雷神砲(レールガン) を撃ち続け、興奮冷めやらぬままに 這い寄る稲妻と(ライトニング) 捻れた炎の(フレイム) 螺旋撃(ドリル) に乗り込んで高笑い。続けて戦闘に飛び出したのは良いけれど途中でボルテージを振り切って勝手に倒れてしまった男のことを風音は考えていた。

もっとも、その行動は戦略上必要な面もあった。風音の指示に従った結果、ジンライはああなってしまったのも間違いはない。

その点ではジンライのテンションあがりやすい性格を考慮に入れていなかった風音にも責任はあるのかもしれない。ないのかもしれない。いずれにせよ、風音に言えることはひとつだけだった。

「ジンライさんは己と戦ったんだよ。立派だった」

うんうんと風音は頷きながら、テキトーなことを言ったのである。

シンディとそのお腹の子供の負担をこれ以上増やしてはいけない。ゲラゲラ笑いながら 雷神砲(レールガン) をぶっ放して、爆走して、勝手にぶっ倒れたなどと伝える必要はないのだと風音は結論付けたのである。

『なるほどな。それはご苦労であったなカザネ。そして白き一団よ。汝らの活躍により我らは救われた。感謝するぞ』

その場にいる神竜帝ナーガがそう言って頭を下げた。それにはジライドなどはカチコチに固まってしまうほどに畏まったが、風音やタツオ、白き一団のメンバーたちはナーガの言葉に嘘偽りない想いが込められていることを知っている。

「うん。ただいま旦那様。無事帰ってこれたよ」

そして、風音はナーガの言葉にそう返してピースをした。それが神竜帝ナーガから依頼されたクエスト達成の瞬間であった。