軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第五百六十七話 師匠に背を向けよう

◎モルフォド山脈近辺 ジルカの丘

「風音のあれを受けてもまだ来るか。ま、連中を支配してるのは植物だものね。痛みとか恐怖とかには無縁なのかもしれないわね」

ルイーズが目の前の光景を見ながらそうぼやく。寄生地竜、或いは死骸となった地竜を切り離してドラゴンイーターが単独でルイーズたちのいる丘まで向かってきているのだ。その数は未だ二十を超える。

戦艦トンファーの爆発を受け、 這い寄る稲妻と(ライトニング) 捻れた炎の(フレイム) 螺旋撃(ドリル) を食らい、風音の『ソードレイン』で切り裂かれてなお向かってくるその姿には狂気すら感じるが、元より植物に支配されたゾンビの如きものなのだ。動ければマザーに指示に従い続ける存在である。とはいえ、その寄生地竜たちの背後から二十三体の鬼たちがルイーズたちと挟む形で近付いてきているようだった。

(あれは風音のダークオーガ軍団ね。あれとこっちのをぶつければ一気に殲滅できるか)

ルイーズは現在の状況をそう判断して周囲に指示を飛ばしていく。

「レーム。慌てずに 雷神砲(レールガン) モードで仕留めていって頂戴。相手はドラゴンよ。 雷王砲(レールキャノン) を連射するよりも 雷神砲(レールガン) で仕留めた方が確実だからね。タツオもフォローよろしく」

「応よッ!」

『お任せください』

ルイーズの指示にレームとタツオが元気よく返事をする。

そもそもドラゴンを人間が驚異と感じるのは基本的に鱗を貫通できるほどの攻撃を有している人間が少ないためである。ダメージがほとんど通らない上に、僅かな傷は強力な再生力で修復され、さらには恐るべきタフネスさまで持っているのだから強敵なはずである。

しかし、白き一団はドラゴンに対してもダメージを通すことができる攻撃手段をいくつも持っている。中でもジンライとレームの 雷神砲(レールガン) は非常に強力なもので、対ドラゴン兵装としても一級品であったのだ。

「そんで、エミリィは足止め御願い。今のあなたの矢なら、地竜の動きを止めることが可能なはずよ」

「ええ、そのぐらいは役に立ってみせるわ。兄さんがいなくたってやれるってところを証明するんだから」

エミリィはそう言って弓の弦を引いた。ライルの竜気がないために竜人化はできないが、それでも竜弓術の『滅竜』ならば地竜の足を止めるぐらいの威力は出せるのだ。それを見て頷いたルイーズは、続けてティアラが最後の力を振り絞って召喚した 炎の騎士団長(フレイムナイトリーダー) 姿のメフィルスを見る。

「じゃあメフィルスは私たちの護衛。ちゃんとティアラを護りなさいよ、お祖父ちゃん」

『分かっておるわ。余も前に出て戦いたいなどと我が侭は言わんよ』

我が侭を言いたくてウズウズしているメフィルスがそう返す。メフィルスのジンライとともに戦いたいという欲求はこの場の誰よりも強いだろうが、しかしここは抑えてもらうしかない。

寄生地竜に対するオフェンスには黒ミノとホーリーもいるが、万が一のことを考えて丘の上を護れる人物が必要なのだ。ルイーズはそう考えながら、ホーリースカルレギオンを操る『双骨玉』を持ち、同時にライトニングスフィアをも操作しながら戦闘を行っていく。

布陣に問題はない。ルイーズの中で今のところ不安らしい不安はなかった。しかしそんな状況の中、鷲の目のネックレスを持つレームが声をあげた。

「ジンライのおっさんがやべえッ!」

その言葉にメフィルスとルイーズの視線が寄生地竜の先へと向けられる。そして、ドラゴンイーターマザーたちの前でジンライらしき人物が宙に投げ出されているのが彼らにも見えていた。

◎モルフォド山脈近辺 ジルカの丘前

『師匠ぉぉおおおッ!』

弓花が走る。宙に投げ出されたジンライを追いかけて走り続けている。鈍重な刀身化を解いて生身に戻った弓花は、ドラゴンイーターマザーの誘惑の匂いを受けたが振り切って完全狼化、いや槍と鎧との共鳴によりもう一段階上がった『完全神狼化』となって戦場を高速で駆け抜けていった。

『師匠っ!』

そして弓花は大地を跳び蹴り、落ちてくるジンライを空中でお姫様だっこの形でガッシリと受け止めたのだ。

「グギャアアアアッ!!」

しかし、その弓花たちに寄生トゥースドラゴンが迫ってくる。ジンライに食らいつこうと突進してきていたのだ。しかし、弓花はそれを見て裂けた口を大きく広げて、強く叫んだ。

『下がれぇえええッ!』

その声には圧倒的な力が込められていた。2メートル半のほぼ完全な 神狼(フェンリル) となった弓花は寄生トゥースドラゴンとは魔物としての格が違う。 神狼(フェンリル) とは神の域に近付いた神獣の一種なのだ。背負っている槍から発せられる神聖力にも気圧されて、寄生トゥースドラゴンはその場から下がらざるを得なかった。

「弓花……」

風音がジンライを抱える弓花に近づき声をかける。

『ごめん。ここを少しお願いね風音』

対して弓花は悲痛な顔をしながら風音にそう告げると、近付いてきたシップーとともに一気にその場から離れていってしまったのだ。

『な、なあ。あのジンライってヤツ。あの猫の背から自分で落ちてなかったか?』

「ああ、うっかり手放したって感じだったような。あと鼻血を出してたし、なんか頭から血も流してたみたいだったな。ドラゴンイーターには特にやられてな……かったはず?」

ジンライが宙を舞ったときの一部始終を見ていたヴァラオンと直樹の言葉に、風音も「ああ、やっぱりねえ……」と口にする。

なお戦いは未だ継続中である。なのでこの直後にドラゴンイーターマザーと寄生トゥースドラゴン二体が一斉に襲いかかってきたのだが、それも当然といえば当然の話であった。

**********

『師匠……』

「ふふ、大きくなったなぁユミカ」

そして風音たちがマザーたちとの戦闘に入った頃、弓花は戦場から少し離れた林の中でシップーを引き連れてジンライを抱き抱えていた。

「本当にな。お前は立派になった。一流の戦士になった。ワシは鼻が高いぞ」

ジンライが虚ろな目で弓花に話しかける。若返ったはずなのに、弓花の腕の中にいたジンライは最初に出会ったときよりも老けたようにも見えていた。

「『 血塗れの狂戦士(ブラッディベルセルク) 』。お前は嫌っておろうが、ワシはその名を聞くたびに誇らしい気持ちになるのだぞ。ワシの弟子はこんなに強いのだと……そんな自慢をしたい気持ちになるのだ。ふふ、すまんな、こんな師匠で」

『いいえ。私も……嬉しいです、師匠に『 血塗れの狂戦士(ブラッディベルセルク) 』って言ってもらえて……ふたつ名は冒険者の名声そのもの……ですものね』

弓花は涙ぐみながらそう返す。

(師匠が……こんなに小さく見える。なんて弱々しい姿になってしまったんだろう)

そう考えると弓花の瞳から大きな涙がこぼれ落ちる。

ジンライが小さくなっていたのだ。それだけで弓花のショックは大きかった。しかし、それは単純に弓花が完全狼化の上に聖者の槍との共鳴で元の姿から一メートル以上も巨大化したために起きた錯覚であるのだが、今の弓花にはそのことに気付けるほどの心の余裕はなかった。己の師匠が弱っている。それだけで弓花の胸は張り裂けそうだったのだ。

『そんなことよりもしっかりしてください師匠! 敵、まだいるんですよ。師匠の力を見せつけてくださいよ』

そう叫ぶ弓花にジンライはフッと笑う。そして、己の顔についた血を拭おうとする弓花の肉球を握りしめ、真剣な表情で口を開いた。

「ユミカよ。ワシのことは良い。ワシのこれはただの自業自得だ。己の分を弁えずにはしゃいだ結果がこれなのだ。笑ってくれて良いぞ」

『笑えるわけないじゃないですか師匠!!』

ポロポロと涙をこぼす弓花にジンライが笑みを浮かべる。

「泣き虫なヤツだな。だが……ワシは良い弟子を持った。なあシップーよ」

「なー」

弓花の後ろに控えているシップーがジンライの言葉に鳴いて答える。ジンライの眠りの時は近付いている。それがリンクしているシップーには分かった。もう時間はない。

「しかし、しかしなユミカよ。お前はワシとは違う。お前はまだ戦える。そうだな」

『……はい。そうです。私は……』

ジンライの言葉に弓花の顔が歪む。己の為すべきことは弓花にも分かっている。眼を背けてはいけない。それをジンライは教えているのだ。

『私は風音の元に行かないといけない。そうですよね、師匠』

「ああ、行け。ワシのことなど気にするな。今日は少し疲れただけだ……」

『ええ、師匠は頑張りましたから……ここまで、ずっと頑張ってきましたから』

「なぁに……少し休めば、また……すぐに……でも……」

『あ……師匠?』

そのまま弓花の目の前でジンライの瞳がゆっくりと閉じていった。また、肉球を握っていた手がダラリと落ちた。

そして、まるで死んだかのようにジンライは静かに眠りについたのだ。その疲れて眠った男の姿を見て弓花は自らの涙を拭うと、後ろにいるシップーの背にジンライをゆっくりと降ろした。

「なーご」

シップーが鳴いて弓花を見る。

『ごめんね。私もついていたいけど、でも師匠はそんな私を叱ると思うし。少し眠ってるだけの自分なんか気にせずに、さっさとあれを倒してこいって。そうじゃなきゃワシが倒してしまうぞって』

弓花は涙を拭ってシップーに言う。

『師匠ならきっとそう言うよね?』

その弓花の言葉にシップーが「なー」と鳴いた。それは肯定の返事だった。

『うん。だからシップーは師匠をお願い。私は行くよ。友達が待ってるから』

弓花は涙を堪え、顔を引き締めて、ジンライとシップーに背を向けた。そしてそれからは何も言葉を発さず、ただ口元を真一文字に引き締めて再び戦場に向かって走り出したのである。

ジンライ・バーンズ。人生のほとんどを戦いに費やし続けた男はこうしてしばしの休息を得た。それからシップーは己の背に乗っている相棒を見て「なー」と鳴いて走り出したのだった。

この場はまだ戦場に近く少しだけ騒がしい。眠りについたジンライの目を覚まさせぬようにと、シップーはその場から立ち去ることにしたのであった。

無言のまま走るシップーの背の上でジンライの髪がそっと風に揺れていた。