作品タイトル不明
第五百四十六話 撃墜数を増やそう
ミーハは涙を流していた。
自分の目の前で、幼い頃からずっと一緒だったウーガルが魔物に殺されようとしている。それを力のない自分は助けることができないでいる。自らの命の危機を前に立ち尽くしている。
ウーガルの意志を受け継ぎミーハを護ろうと手を引くリードにも従えず、ただ己の勝手でその場に留まりウーガルを見ているしかできない。悔しさと悲しさが涙となってこぼれ落ちミーハの頬を 伝(つた) う。
「ウーガルッ!?」
「畜生。いくぞミーハ」
叫ぶミーハを、リードが掴んで駆け出した。
ここが限界だ。ふたりの目の前で、ウーガルに向かってフライングニーオークたちが迫ってきている。
リードが、ウーガルが互いを、そしてミーハを見て、その瞳に力を宿した。ウーガルはここで死に、リードも盾となって死ぬ覚悟をこの場で決めた。そして……
「良い覚悟だな」
唐突に声がミーハの耳に入ってきて、ミーハとリードの左右を二匹の小さな飛竜が横切った。それは虹色に輝いた飛竜と、炎でできた飛竜であった。
「ここから先は任せてもらおうか」
さらに、ふたりの横を少年が走りすぎていく。
「え?」
「なんだ、あいつは?」
ミーハとリードが突然の乱入者を前に驚きの声をあげるが、ふたりはその背中に視線を浴びせることしかできない。
「ゥォォオオッ!! ……お?」
そして、玉砕覚悟で飛びかかろうとしたウーガルの上を飛竜たちが翼を広げて通り過ぎ、
「爆砕しろッ!!」
少年の叫び声と共に飛竜たちはフライングニーオークたちの正面で互いに激突し、少年の言葉通りにその場で爆発した。
「ピギィィイイイッ」
衝撃波でフライングニードロップの態勢のフライングニーオークたちが一斉に吹き飛ばされる。悲鳴が響き渡り、壁に豚たちが何体も叩きつけられる音が聞こえた。
「なっ!?」
ウーガルは目の前で起きた状況に目を丸くする。
死を覚悟した次の瞬間の出来事である。しかし、ウーガルの戦士の瞳は爆風で吹き飛ぶオークたちと共に飛竜たちが剣へと変わったのも目撃していた。
「……あの小さなドラゴンたちが剣に?」
そのウーガルの横を少年が駆けていく。
「なんだ。お前は?」
「助っ人だ。あんたは下がって休んでな」
少年は一言そう口にすると、その場で跳び上がり、飛竜から変化したふた降りの剣を空中でキャッチして、そのまま着地してフライングニーオークへと走り出した。
「プギャアアッ!」
「プギィィ!?」
「プモォォオッ!」
もっとも爆発に吹き飛んだとはいえフライングニーオークたちは直撃を受けたわけではない。壁に叩きつけられることのなかった何体かのフライングニーオークたちは、すぐさま立ち上がって少年に襲いかかったのだ。
「待て。お前、ひとりじゃっ!?」
そう言いながらウーガルは加勢しようとするが、走り出そうとしてその場で膝を突いてしまう。
「な?」
ここまで続いた戦闘でウーガルの体力も限界がきていたのだ。
「大丈夫だ。任せな」
ウーガルの様子に少年は笑って口を開き、フライングニーオークへと突撃する。それは絶望を跳ね退ける勇気を体現したかのような、まさしく勇者の姿であるとウーガルは思った。
その姿に思わず見惚れたウーガルだったが、しかし、すぐさま今の状況を思い出す。フライングニーオークの数は二十を超える。それをたったひとりで立ち向かうなど勇気以前に無謀な行為だ。加勢は必要だ……とウーガルが考えた瞬間だった。
「集団戦は最初が肝心。どんだけ初手で仕留められるかでパーティの損耗率が変わるって、姉貴も言ってたしな」
少年はブツブツと呟きながら、己の持つ最大の攻撃を発動させる。
使用するスキルの名は『 限界突破:魔剣(オーバーリミット) 』。魔剣の限界のさらに先を引き出すスキルが、二本の魔剣に少年の魔力を大量に吸わせながら巨大な魔力の塊を造り上げていく。それは魔法刃でも飛竜でもない。それぞれの属性を持ち合わせた、ただのエネルギー。
形を整える集中力すら惜しんで、たった一撃を与えるためだけに生み出された『破壊の力』。
「ォォオオオオオオッ!!」
それを、少年は目の前のフライングニーオークたちへと叩き込む。
「プギャアアッ」
「ギャピッ」
豚たちの絶叫が響き渡る。破壊の衝撃波と魔力風が吹き荒れ、ウーガルが余波で転がっていくほどの威力がそれにはあった。
その一撃で直撃を受けた十近いフライングニーオークが絶命し、死にはしなかったがほぼ死に体で叫び声をあげながら悶える豚たちの姿がさらに複数。
「凄まじい威力だな」
さすがにランクB冒険者であるウーガルは、その攻撃にもあまり動じはしなかった。しかし、例え魔術師のミーハでもここまで威力のある術は放てない。恐るべき実力だと思わざるを得ない。
そしてウーガルの前で、少年は生き残りのフライングニーオークに向かって剣を振り上げて狩りを開始した。
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「あーあ、張り切っちゃって」
「あ、あなたは?」
少年とフライングニーオークの戦いを呆然と見ていたミーハの横から声がしたのだ。それに気付いたミーハが振り向くと、いつの間にやら少女がその場に立っていた。その年は自分と同じか、或いは年下か。
そして、驚きの顔のミーハに対して少女は「あー、どうも。私はユミカ。あいつはナオキって言います」と自己紹介をしてきたのである。
「えーと、私はミーハと……というか、そうじゃなくて、あの人を助けないと」
「いや、必要ないわよ」
「……必要ないって」
思わずミーハは非難の声をあげた。確かに先ほどの一撃は見事だった。しかし、敵はまだ何体もいるのだ。あれほどの大技を放って疲労した少年ひとりに任せるわけには……とミーハは憤ったのだ。しかし、ミーハに対してユミカと名乗った少女は戦いの場を指さして口を開いた。
「アイツ、姉……いや女を襲いそうなのには一切容赦ないからね。ほら、もう終わる」
「え?」
ミーハは再び正面へと視線を戻す。するとナオキと呼ばれた少年の身体が盛り上がっていくのを目撃した。そしてナオキは先ほどの細身の少年の姿から、筋肉隆々とした逞しい姿へと変わり、さらには髪が赤くなって伸び、その瞳も燃えるような赤へと変わっていったのだ。
「なんて……凛々しい」
思わずミーハは呟いていた。細身の端正な顔立ちの少年が、今では荒々しい神話の英雄の如き 益荒男(マスラオ) へと姿を変えていた。そのギャップが彼女の心を震わせた。
「まさか、 狂戦士(バーサーカー) ?」
一方で、突然変化したナオキの姿にウーガルは思わず叫び声をあげていた。ウーガルは聞いたことがあったのだ。北の地の戦士たちが使う闘術のひとつ『 狂戦士(バーサーカー) の法』を。
そしてナオキは全身を赤いオーラで覆いながらフライングニーオークを易々と切り裂いていく。
二度に続く爆発の衝撃波に魔物たちの体力も当然削られて、その動きには精彩もない。もはや彼我の戦力差は明らかだったのだ。
そして、ミーハはそのナオキの姿に完全に魅せられていた。幼さのわずかに残った端麗なる少年と今の荒々しい英雄の男の姿が重なり、ミーハの頬を赤く染め上げる。興奮のあまり、その身を奮わせていた。
(勇ましい……今まで私は、あんな男の人を……知らない)
ミーハは、ナオキと呼ばれる少年の姿を見て心臓がドクンと跳ね上がる音を聞いた気がした。心が、身体が求めているのだ。その胸の中で荒々しく抱きしめて欲しい。そんな、ミーハの中の女の部分が心の奥底から這い出てくるような錯覚に襲われる。
そして、その気持ちはリードやウーガルにも時折感じているものに似ていた。だが、それは似ているようでまったく異なっているようにもミーハは思う。心に湧き上がる熱量がまるで違うのだ。
(これは今までよりも、もっと熱い……ああ、そうか。これが多分、本当の……)
恋なんだ……と朱色に染まった頬に手を当て、ミーハはナオキを見ながら呟いたのであった。