軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第五百三十九話 あの獲物を狩ろう

「転移魔術? あの精霊や悪魔が使えるっていう?」

レームが首を傾げた。レームとてゴーレム魔術を扱っている以上は魔術の基礎は当然学んでいる。

そして、レームの知識の中では転移魔術と呼ばれるものは基本的に単一の属性持ちである精霊や悪魔などのアストラル体のみが使える固有の魔術であるとされていた。

直樹のアーティファクトは例外とするにしても、人間である風音が自力で転移魔術を使ったのである。明らかに既存の魔術の枠を超えた現象である。故にレームが風音が使用した魔術が本当に転移魔術であるのかと尋ねるのも当然のことではあった。

「そうだね。これは属性の因子を使用しない無属性の転移魔術。だから複数の因子を持つ人間でも使えるんだよ」

その風音の説明にレームは理解が及ばなかったが、本来この世界の魔術というものは基本とされる八属性のいずれかの因子を媒介に使用されているものなのである。

そして無属性魔術とは、不思議な袋系統の製造に用いる空間魔術などの一部特殊な術でのみ使われる、因子を必要としない魔術である。媒介無しのために消費魔力も多いが因子を使わないから他の因子との反発もなく、たとえ人間が対象であろうとも転移魔術が使用可能という利点があった。

「まあ、タメ時間が長すぎるし、転送先に何かがあると魔力が乱れて簡単に転移キャンセルされるしで戦闘にはとても使えないんだけどね」

風音がバツの悪そうな顔で「えへへ」と笑う。その風音に対してルイーズが呆れ顔でため息をついた。

「いや、出来てるじゃない?」

風音にしてみれば、戦闘に使用できない=役立たずなのかもしれないが、魔術師にとっては恐ろしく重要な一歩であったのだ。

「まあ、これでも色々と努力はしてるね。まだまだ『竜と獣統べる天魔之王』の時には及ばないけど、どうにか形になったってところだけど」

ルイーズの言葉に風音はそう返す。

そして先ほど風音が使用した魔術は『竜と獣統べる天魔之王』見習い解除時に使っていた転移魔術の劣化版である。

実際に使用した時の記憶と、ゴーレム魔術を解析するのに使った魔術の基礎知識と、直樹の短距離転移の観察を経て、それはようやく形となったのである。また、完成して発動を確認したと同時にウィンドウのスペルリストにも『テレポート』と表示されていた。

「でも、これさ。転移範囲は視界内か、座標軸を定める必要があるんだよ。とても戦闘に使えたもんじゃないし、トゥーレとかゼーガンまでみたいな長距離には使えないしで、性能的にはかなり微妙なんだよね」

有り体に言って、現時点では『テレポート』に頼らずとも直樹の 帰還の楔(リターナーズ・ステイカー) だけで十分に用は足りると風音は考えていた。しかし、ルイーズは風音に提案をする。

「それだったら、ゴーレムの付与魔術にしたらどうなのかしら?」

その言葉には風音が「むーん?」と首を傾げた。そしてルイーズの提案を元に頭の中で考えを纏めていく。

「んー、確かに固定位置の場所に飛ばすのは出来るんだろうから……けど、問題は移動距離に必要な魔力をどうするかだよね。チャイルドストーン50階層クラスか……あー、でも魔力溜めを設定でどうにかすればなんとかなるのかなあ。蓄魔器とチャイルドストーンを使って……ゴーレムを……」

風音はブツブツ言いながら少し考え込んだ後、「ゆっこ姉に企画書を提出してみるよ」とルイーズに答えた。

ゆっこ姉をパトロンとして資金と素材を提供してもらおうということである。何しろ転送装置だ。例えゆっこ姉でなくとも喉から手が出るほど欲しいシロモノのはずであった。

そして、ある程度の考えを纏めた風音がさらにダンジョンの先に進もうとしたところ、頭の上に乗っていたタツオがくわーっと鳴いた。

『母上。今までよりも強い敵がきます』

「にゃー」

タツオの言葉に続いてユッコネエも鳴いて警告する。風音も通路の先にいる存在の臭いに気付いた。嗅ぎ覚えのない臭いであると把握し、その場の全員に待機の指示を出す。

「初めての臭いか。む、あれは……」

そして、風音の目が見開かれた。視界に臭いの元が見えたのだ。それは見事なる双丘なる物体だった。

「まさか……あれは?」

プルンプルンプルン。

驚愕する風音の前で、それは揺れ狂っていた。

風音は目の前のプルンプルンな物体に視線が釘付けとなった。そんな母の様子に気付いていないタツオが警戒しながら口を開く。

『この階層の魔物にしては妙に強い臭いが漂ってきます』

「てーと、どういうことなんだよ」

「多分だけど、チャイルドストーン持ちってことかもしれないわね」

レームの問いにはルイーズが答える。しかし、風音はルイーズたちの会話には反応せず、ただその魔物を眺めていた。

『母上?』

やってくる魔物は今までの魔物とは大きく違っていた。まず、二つの山があった。大いに震えていた。さらには山の先がピンク色だった。アレに近い姿をしていた。種族としてはスライム属であろうと思われた。プルンプルンだった。

プルンプルンが近づくに連れ、風音の顔が真剣なモノへと変わっていく。そして、風音がタツオをユッコネエの頭の上に置き、一歩前へと踏み出した。

『どうかしたのですか母上?』

首を傾げるタツオに風音は笑顔で口を開いた。

「タツオ、ごめんね。みんな、こいつは私だけでやるよ」

「そんな……危険すぎますわ!」

ティアラが声を荒げて反論するが、風音の表情を見て口をつぐんだ。風音の表情がいつもと違っていたのだ。普段の愛くるしいチンチクリンが今は獲物を狙う獰猛なチンチクリンとなっていた。よく見るとそんなに変わっていなかった。

「ワイルドですわ……」

しかし、ティアラには違って見えていた。勇ましい風音の表情にティアラの頬がゆるんでいた。

「こいつは、こいつだけは私の獲物なんだッ」

決意の篭もった言葉が風音の口から発せられる。仲間たちが緊張した面もちで風音の様子を見ている中、風音はその視線を魔物へと向けた。それは双丘の頂を持つ稀なる存在。風音の記憶の中でリストアップしていた、いつかは倒すことを決めていた魔物だ。名を『バストァープリン』と言った。

プルルンと、それはふたつ揺れていた。その頂こそが風音が求める 理想郷(アルカディア) 。

「私は今日、生まれて初めてこのスキルを奪う力を手に入れたことを感謝するよッ」

そういって風音が単独で走り出した。なお、本当に生まれて初めてかと言えばそうでもない。風音は特に忌み嫌ったり疎んだりもせず、普通に便利だと思っていたのである。

もっとも、そんな細かいことは気にせず風音はバストァープリンに向かって突き進みながら、懐から光輪を取り出した。そして、それをバストァープリンに投げつけると、吸収させていたメガビームのエネルギーを暴走させ一気に爆破させる。

「ピギャーーー」

衝撃でバストァープリンが吹き飛ぶ。

「逃がさない。逃がさないよッ」

風音の瞳は今やおっぱいそのものだった。忌まわしき複乳の記憶を抹殺できるとカザネは猛り叫んだ。

「だあっ」

そして放たれる蹴りによってお相撲さんくらいはあるバストァープリンの巨体が跳ね上がる。そこに風音はなんの躊躇いもなく思いっきり右手のトンファーで殴りつけた。しかし、ビヨヨンと風音のトンファーは跳ね返されたのだ。

『なんという弾力性でしょうか』

「カザネ、接近戦は危険だぜ」

タツオとレームの声が響くが、風音は気にすることもなく、左手のトンファーでさらに殴りつける。

『キックの悪魔』スキルのコンボは継続されている。しかし、その弾力により風音の左腕が大きく跳ね飛ぶ。

「ぐっ!?」

チンチクリンフェイスが歪むが、風音は耐える。目の前にあるモノを思えば、痛みなど大したモノではないのだ。目の前の頂は己の手で掴まなければならないものなのだ。

「しゃらくさいよっ、スキル・ビースティング!」

風音はブラッド・ビーより得たスキルを発動させてトンファーの先に鋭い魔力の針を生み出した。それを風音が一気に打ち込むとパンッという音と同時に、山の片方が弾け飛んだ。その勢いでバストァープリンが弾けて跳ね飛んだ。

「逃がさないッ!!」

それを風音は追う。コンボは途切れたが、相手の力も半減している。そしてバストァープリンは己の不利を悟ったのか床に転がりながら退却の気配を見せたが、風音はその場でゴーレムメーカーのヌリカベくんを後方に出現させて逃げ道を封じた。

「ピッギィ」

後ろを塞がれたバストァープリンが叫ぶが既に遅い。風音は両腕を振り上げてゆっくりと追いつめられたバストァープリンに歩いていく。

どちらのトンファーから先に攻撃が飛ぶのか……バストァープリンには判別つかない。しかしバストァープリンもこの窮地に避ける選択も防ぐ選択もしなかった。

例え頂はひとつとなってもバストァープリンは弾力性のある巨体を持っていた。どちらの手も動く気配はない。ならばとバストァープリンは第三の選択を選んだ。つまりは正面突破。バストァープリンは貧なる絶壁に突撃することを選んだのだ。討たれるより討つことを選んだ。

「ははははははは、カモーンマイオッパーイィィイ」

しかし、甘かった。両腕をあげた無防備なはずの風音はつり上がった微笑みでジュルリと舌なめずりをしながら、

「スキル・キリングレッグ」

迫るバストァープリンに一撃必殺の蹴りを放ったのである。そう、すべては風音の計算だった。何もかもが風音の手のひらの上だった。チンチクリンは策士であった。孔明であったのだ。

そして、振り上げた両腕のトンファーを警戒するあまり、バストァープリンは『風音の足』に気を留めていなかった。それこそがトンファーの妙味。例え、トンファーそのものを使用せずともトンファーはただあるだけで凶器となり得るのである。

それをバストァープリンはその身を破壊されることで知ることとなる。そして……

「あれ?」

戦闘終了後、風音はスキル『弾力』を手に入れた。

対象の物体に対してプルルンと弾力を付与する、使いようによっては非常に有用そうなスキルではあったが風音は何故かまったく嬉しくなかった。

「スキル・弾力」

風音は或いはと、己の胸に対してスキルを使う。しかし震えない。ないものが揺れることはあり得ない。現実は甘くはなかった。

そして、夢を掴み損ない心折れた風音はガックリと膝を突き、男泣きで泣いたのだった。