作品タイトル不明
第五百三十八話 成果を見せよう
「おお、何度見てもすげえな」
バックスが自らの身に起きた現象に対して驚きの声をあげていた。
つい先ほどまで 金翅鳥(こんじちょう) 神殿の一階にいたはずの彼らは今まったく別の階層に立っていた。白き一団とオーリングは直樹の転移によって空間を飛び越えて、より深い階層に降りてきたのであった。
「たくよー。やるじゃねえか直樹。あのハナタレがよくもまあ、こんなトンでもねー真似ができるようになりやがったな」
感慨深そうに言うバックスに直樹は「チッ、ハナタレはないだろ」とムスッとしながら言い返す。そして、そのやりとりの中にオーリが加わる。
「まったくだな。少し立ち合ったが驚くほどに地力が増している。短期間でここまで伸ばせるとは、よほどの鍛錬を積んできたのだろうな」
「んー、まあな」
オーリの感心顔に直樹は頬をかいて若干照れながら答えた。
確かに直樹は鍛練を積んできた。直樹は愛する姉のしごきに耐えてきた。日々、ジンライ、完全狼化弓花、ユッコネエ、魔王カザネリアン等々と、ボスラッシュの勢いで鍛えられ続けて、イリアの地獄の特訓にもここまで耐えてきたのだ。これで強くなっていなかったら詐欺である。
「でも妙な縁だな。ここであんたらとダンジョンに潜るってのも」
直樹は少しだけ遠い目をしながら、そう口にした。かつての懐かしい頃が直樹の脳裏に蘇る。
「まったくだな。何年か前までは本当にただの未熟な冒険者であったお前たちが今では私たちを追い越してるんだから不思議なものさ」
オーリの言葉に直樹は首を横に振る。
「いや。まだまだあんたを追い越したなんて口には出せないさ。だけど、あの頃とは確かに違うかもな。もう、勇者の魔剣ゼノファーに頼っていた俺じゃあないんだ」
その言葉にライルとエミリィが驚いた顔で直樹を見た。勇者の魔剣ゼノファー。それは直樹がハイヴァーンで手に入れ、そして強大なる敵、怪魔獣シャガーンとの死闘の際に失われた相棒であった。
あの日、ゼノファーの名を泣き言には使わないと誓った直樹の口から今に至るまでその名が出たことはなかった。
しかし、直樹はもう十分に強くなったのだろう。あの頃の思い出と向き合っても強くいられると確信が持てるほどに。
そして、オーリとの再会をキッカケに直樹の心にかつて相棒との思い出が蘇ってくる。
そう、直樹がその魔剣が出会ったのはもう二年も前のことだった。
ハイヴァーンの古代遺跡ゼーマでの調査の依頼を受けた直樹が手に入れたあの魔剣は……
「ほら、ボサッとしてるんじゃないよ直樹」
ボウッと立っていた直樹に風音の活が入る。
「蹴るなよ姉貴!?」
というか蹴りが入っていた。そして、遠い思い出に浸っていた直樹は姉の愛の蹴りにより現世に回帰したのである。
「あれ、回想は?」
そんな直樹の意味不明な問いに、風音が眉をひそめながら「ああん」とチンピラ風な不機嫌な声をあげて睨みつけた。
「訳分かんないから。つか昔話なんていいから、今を見なさい。前方不注意は危険だよ」
「あ、ああ、分かったよ姉貴」
そして、姉の忠告により直樹の過去の思い出は心の奥深くにまた沈んでいったのであった。
なお、余談ではあるが過去エピソードというものはよほど上手くやらない限りは本編進行を阻害するため非難対象になりやすいものであることが知られている。
場合によっては過去エピソード中に人気が急落し打ち切り確定。急に現在に戻って「俺たちの戦いはここからだ」的な感じで終わったりすることも稀によくあるのだ。つまり風音は知らぬうちに大いなる危機を回避していたのであった。見事であると言っても良い。
「本当にお姉さんに尻に敷かれてるのねえ」
「ちょっと、新鮮です」
その様子を見ていたナイラとユズの言葉に直樹が嬉しそうな顔をしていたが、風音は素で嫌がっていた。そして直樹との話も一段落したからか、バックスが風音に尋ねてきたのであった。
「それで、ここは一体何階層なんだ? しかも入り口もない部屋みたいだがよ」
「えーとね。この場所は二十階層で、入り口はゴーレムのヌリカベくんで塞いでるんだよね。ほら、この刻印入りのクリスタル風音ちゃん人形を盗られないようにさ」
風音がその場でパパンがパンと踊り狂っているクリスタル風音ちゃん人形を指さした。
「あー、なるほど」
風音の言葉にバックスは一応理解して頷いたのだが、すぐさま別の疑問が浮かび上がったようである。なので続けて風音に質問を重ねてきた。
「けど、刻印って別にどこにでも描けるんだったよな。だったら盗まれそうなもの置いとくよりも壁とかに描いても良かったんじゃねえか?」
そのバックスの言葉には風音が「え?」という顔をした。気付いていなかったようである。
「ところでカザネ。この転移での探索なんだが」
そして風音が「ま、まあ、そういう考え方もあるよね」としたり顔で頷いていると、オーリが挙手して風音に声をかけてきた。対して風音は「なんだろか?」と尋ね返す。
「やはり次回からは我々は転移を使わず自力探索で行こうと思うんだ」
その言葉に風音が目を細めてオーリを見る。
「えーと、理由を伺ってもいいかな?」
オーリは頷いた。
「最大の理由は私たちと風音たちは別のパーティだと言うことだ。少なくとも、私たちは仲間として共に行動し、得たアイテムや素材などを分け合うというような間柄ではないだろう?」
その言葉には風音も頷く。それはそうである。風音もオーリを信頼はしているが、白き一団の仲間としては当然見てはいない。どちらかといえば競い合う良きライバルのような関係だろうと思っていた。
「んー、それはそうだね」
「そうだ。そしてナオキの転移は便利ではあるが、そのペースは必ず白き一団にあわせる必要が出てくるわけだな。それはあまりにもそちらに依存し過ぎていると私は考えている」
オーリの言葉は確かに間違いではない。故に風音の口から反論はなかった。
「なので、次回からはやはり自力で探索を行おうと思う。君たちが協力を求めるならばやぶさかではないが、今の私たちはそのラインにも立ってないと思うんだ。なにしろ私たちはこのダンジョンに対しては素人そのものなのだから」
そこまで言ったオーリの言葉には風音は同意するしかなかった。
オーリングは以前の黄金遺跡攻略組ではあるが、 金翅鳥(こんじちょう) 神殿に変わってからは初挑戦なのである。何もかもが正論だった。
「ま、今回は私が弓花か風音に連絡すれば一緒に帰れるし、それはいいよね?」
カンナがオーリにそう尋ねる。今回はその前提で食糧などの備蓄も用意している。自力脱出も出来ないわけではないが、あまりギリギリの状況は望ましくなかった。
「ああ、それはお願いする。いいかナオキ?」
オーリの言葉に直樹が「りょーかい」と答えた。
そして、白き一団二組とオーリングはそれぞれに別れて探索に入ったのである。
◎ 金翅鳥(こんじちょう) 神殿 二十一階層
「なかなか難しいね」
「転移のことか?」
通路を進みながら考え込んでいる風音の呟きにレームが反応する。風音は頷くと、共にいるティアラが口を開いた。
「お仲間が増えればこのダンジョンの攻略ペースも早くなるとは思ったのですけれどね」
「考えが甘かったね」
風音ははっきりとそう認めた。風音は自分の過ちをしっかりと反省できる子であった。
「地上で希望者を募るってこともできるけど」
風音の言葉にはティアラが首を振る。
「かといって、実力の伴わない者を連れて行くのは危険ですわ」
「ま、ゴーレムに頼りきりの私が言うことじゃあねーが、功名心から分不相応の階層にまで来たがる連中もいるだろうしなぁ」
そのレームの言葉は恐らく正しい。そして、そうした連中の多くは途中でのたれ死ぬ可能性が高いだろう。
「そうなるとこちらの移動階層まで到達済みくらいのパーティに限定する必要はあるだろうけど、それも調整次第だよね」
「まあ、たまたま都合が合えば……という程度じゃないかしら。あまり現実的とは言えないと思うわよ」
ルイーズの言葉に風音が「むむむ」と唸る。
実際、深い階層に潜ってしまえば数週間はダンジョン内で生活することもありえるのがダンジョンの高階層到達者というものである。
そうした条件で考えると地上で待って、戻ってきたら一緒にダンジョンに降りようなどといった折り合いをつけるのはやはり難しいように思えた。
「むう、どうしよっかね」
そう言って唸る風音にルイーズが声をかける。
「そういえばカザネ。あれの方の進捗はどうなってるの?」
『あれ』と聞いて風音は首を捻ったが、すぐさまそれが何かを察して「まあ、ちょいちょいと進んでるよ」と返した。
「えーとね。こんな感じで」
そして、風音が『武具創造:黒炎』を用いて黒炎のナイフを手のひらに出現させた。
「なんだ?」
『おお、あれですか』
「あれってなんだ?」
などというレームとタツオのやりとりの前で、風音は魔力を込めて言葉を紡いだ。
「スペル・テレポート」
ボイスコマンドによる魔術発動である。
それから風音の手のひらのナイフが浮かび上がり10秒程度かけて魔法陣が空中に描かれていって、そのままナイフを取り囲むように形成されると、次の瞬間には黒炎のナイフが消失したのである。
「お、消えた」
『あっちです』
タツオが風音の視線を辿り、正面を見てくわーっと鳴いた。すると少し離れたところにカランコロンと音が聞こえて、よく見れば黒炎のナイフが転がっていたのである。
「何だ……今の?」
『転移魔術です。母上が作りました』
訝しげに見ていたレームの問いにタツオが誇らしげに答える。
それは風音が『竜と獣統べる天魔之王』見習い解除時に使用した転移魔術そのものであった。