作品タイトル不明
第五百三十一話 すべてを委ねよう
ベネットは泣いていた。
トゥーレ王国はたった数日ですべてが変わってしまった。
ゴーレムマスター教会はナンバー1であるワルギレオの死とともに、新たなるナンバー1に風音が据え置かれた。
そして、その新たなるナンバー1は組織の名前を『ゴーレムマスター教会』から『ゴーレムメーカー協会』へと変えさせ、ゴーレムの俗世への関与、つまりは人々の生活の助けとなるように使うことを解禁したのである。
それには当然反発もあった。その多くは神モンデールに対しての不敬を根拠に掲げたものだが、それを覆すのに十分な存在が風音とともにいた。それはワルギレオの肉体に宿り他国と同じような人神となったモンデールである。
また風音がトゥーレ王国で保管してあったチャイルドストーンを使って自律型アダマンゴーレム軍団を生み出し土木業などに従事させ始めたこと、ミンシアナ王国を通してマッスルクレイの供給と共同研究の参加を約束したこと、さらにはゴーレム魔術用のグリモアなども用意されたとあっては、その声も小さくなろうというものである。
そもそもではあるが、小規模とはいえ空中都市一つを生み出すゴーレム使いに対して表立って意見を述べられる者など頭を冷やせばいるはずもなかったということもあった。
ベネットは泣いていた。
ナンバー1は実に寛容な人物だった。本来であればワルギレオ側にいたベネットは罪人として処刑されていてもおかしくはない。
ワルギレオはすでに死んでいるが、風音に凶刃を向けたダンガーは犯罪人として指名手配となっている。特にクーロが怒り心頭だったようである。本人は認めてないだろうがクーロはダンガーに無理矢理家族と引き離された経緯もあるためダンガーに対して個人的な恨みも持っていたのだろう。処罰が許された状況となって、容赦なく処する気でいるようだった。
またベネットに関してはだが、彼女は完全に許されていた。無罪放免である。それどころか、現在のベネットは『ゴーレムメーカー協会』の現ナンバー1となっていた。
風音は「自分は殿堂入りだから」と意味不明なことを供述しており、名誉ナンバー1として影ながら応援する立場を選んでいた。
風音曰く、
『適材適所』
とのことである。
なんと重い響きだろう。ベネットはそれを実感していた。本当に重かった。重責で押しつぶされそうだった。
「はい。これ、今回分のヤツです」
ドサリと大量の書類をクーロが、折り紙ゴーレムを操って机の上に置いた。グラリとベネットの視界が揺らいだ。
「あー私、ここ三日寝てないんだけど」
「そりゃあ仕方ないですよ」
ベネットの言葉にクーロはにこやかに返事をする。
「ゴーレム使いたちの説得に、組織の再編に、空中都市の管理をどうするかも決めないといけませんし、その上で国民のフォローもあるわけですから」
そう、問題は山積みだったのだ。
現在ベネットがいるのは空中都市クリスタルレームシティではなく、その下の地上にある王城ゴーランである。
実は空中都市には太陽の光を通すいくつもの穴があり、太陽の昇り具合によっては日も射すのだが、それでも日照条件が悪くなったのは間違いない。なによりも空に巨大な島があるだけでもその圧迫感はとても大きいのだ。今はまだワルギレオ統治下の影響が残っているから人々は声を強くあげたりはしていないが、周辺に暮らす人々に不安が広がっているのは間違いなかった。
「水も通して環境も整っていますし、後は戦いの後の修繕を終えれば空中都市の解放もできます。移住はともかくとして、住民にもアレの上に登らせてみれば不安もある程度は収まるとは思いますが。実際、上がった者たちには好評のようですし」
そのクーロの言葉通り、実際にテスト的に案内をした者たちの評価は高かった。空に楽園があると噂が広がり、不安を期待で塗りつぶしつつもあった。
「そう。じゃあ、上の準備を早めに整えてちょうだい。移住については少し考えさせてくれる?」
ベネットの言葉にクーロは頷いた。現在のベネットらにしても空中都市の扱いについては決めかねているのだ。
「ワルギレオが追放した役人なども現在リストアップして戻すように動いています。ミザーレさんも来て対応してくれるそうですから、もう少しの我慢をお願いします」
「早くお願いするわ。正直……し、死ぬ」
そう言いながらベネットは机の上に突っ伏した。さすがに限界だったようである。
「あー、仕方ないですね」
クーロがソレを見て苦笑するとそのまま音を立てずに部屋を出ていく。そして外の見張りの兵にはしばらくは誰も通さないようにとだけ指示をして、クーロは守護兵装の修理という自分の仕事に戻ることにしたのだ。世界樹の修復力によりいずれは元に戻る『クルミワリニンギョウ』ではあるが、今の段階では動かすためには手足と頭の代用品を急ぎ用意する必要がある。主に隣国であるソルダード王国への抑止力として修理を急がねばならなかった。
クーロは思う。確かに今は忙しい。しかし、同時に充実してもいるのだと。それは以前にクーロがミンシアナの女王に語った通りの未来が目の前に迫ってきているのをその身で実感できているからだ。
「カザネ様。あなたの期待に応えられるよう頑張ります」
そしてクーロは自分たちに『すべてを任せてくれた』風音に感謝の言葉を口にする。そう、風音はクーロたちに試練だと言っていた。これを乗り切れば、明るい未来が待っていると。だから自分は安心してここを離れられるのだと。
そんな風音の期待に応えるべく、クーロは己の役割を全うしようと歩を早めた。
◎ゴルディオスの街 白の館
「さあ着いたよ。懐かしの我が家へと」
直樹の 帰還の楔(リターナーズ・ステイカー) による転移で、ゴルディオスの街に戻ってきた風音の第一声がそれだった。
何もかもを気持ちよく丸投げして風音はゴルディオスの街に戻ってきたのだ。
「おお、ここがミンシアナか。一瞬だったんで着いたっていう気がしねーな」
レームが、周囲を物珍しそうに見ながらそう口にした。妙に仲良くなったレームの頭の上に乗っているタツオがくわーっと鳴いた。
「だねー。まあ、便利だからいいけど」
風音はそう言って「直樹、よくやったよ」と直樹に向かって声をかける。直樹がグッと親指を突き出してポーズをとった。お馬鹿な弟はその程度の飴で大体満足してしまうのである。
「はー、便利すぎて怖いっすねえ。こんなんやられたら国を護るのなんてほとんど無理じゃないっすか」
「長距離転移はマーキングの刻印が必要だから、そこまで万能ってわけではないけどねえ」
ついでに一緒に転移してきたイリアの驚きの言葉に風音はそう答えた。
もっとも風音はそう言うが、トゥーレ王国の王都イプシロンからミンシアナ王国のゴルディオスの街まで一瞬である。さらに言えば、個人による一騎当千が罷り通る世界での単騎突入可能な手段というのは国家レベルでの脅威でもあった。
そして、現在は風音がワルギレオを倒してから4日後である。
トゥーレ王国について大まかな対応が決まった段階で風音たちはゴルディオスの街に戻ってきた。端的に言ってしまえば、風音はトゥーレの中に取り込まれる前に押し寄せてきた責任とか権利とかをすべてブン投げて脱出したのである。人はそれを戦略的撤退といった。
「で、カザネっちは本当に良かったんすか? 残ってれば生き神様同然の美味しい生活が待っていたかもしれなかったのに」
「んー、私は私でやることがあるしねえ。横から全部かっさらう形になっちゃったけど、ああいうのは元からいる人たちでなんとかしてもらうのが一番だよね」
「だな」
カザネの言葉にレームが頷く。
「いや、あんた様がそう言っちゃあダメっしょ」
「知ったことか。所詮私はお飾りの女王様だからな。今だって立ち位置自体は以前と変わりゃーしねーしよ」
イリアの言葉にブスッとした顔でレームが答える。現状においてのレームの立場は変わらず女王である。しかしすでに他の王族自体が粛正されている状況では、そもそも王族という存在がトゥーレ王国では機能していないのである。さらにはレームの希望もあって、王政を廃止しゴーレムメーカー協会を主体とした共和国制への移行の方向で動くこととなっていた。
そのため、女王という立場がなくなるまでは国内のレジスタンスやソルダードから身を守るためもあってレームはミンシアナ……というよりは風音の保護下に入ることにしたのである。
「しかし、レームが女王を辞めるとなるとあのクリスタルレームパレスの意味は一体……」
「ざっけんな。つか、あれどーにかしろよー。マジで泣くぞ」
考え込む風音にレームが涙目で抗議する。しかし、あれから風音も頑張ったのだ。レームに見えないように顔の形を変えようとしたところ、すごい変顔なレームの面影の像ができてしまった。手を頑張って下ろしてみたが、片足直立不動の変なレームの像になってしまった。
いろいろ考えた結果、元のままの方が幾分マシという結論になって放置となっていた。
「大丈夫ですわレーム。あんなに愛らしくて勇ましい姿ですもの。いずれ誇らしく思える日が来ますわ」
「そんな日が来る未来なんていらねー」
ティアラの本心の言葉にレームがぐぬぬ顔である。
「ともかく、ここで立ち話もなんだろう。カザネよ。ほれ、せっかく湧いた温泉なのだから、そちらから紹介したらどうだ?」
ジンライの言葉に風音も「おっとそうだねえ」と口にした。
炭酸温泉を掘り当て、すでに入浴可な状態となっているのだ。風音たちがいない間は親方に管理をお願いしていたし、今の時点でも問題なく入れるはずであった。
白き一団やオーリング+αの面々も風音から温泉の話は聞かされており、特に女性陣が興味津々という感じであった。
「そんじゃあ、ちょっと見てく? こっちだよ?」
そして風音がチラチラドヤドヤとした顔で左館の浴場施設へとみんなを案内し、
「どう。立派なものでしょう」
そう言いながらガバッと浴場の扉を開けると、
「なんだ、お前たちは?」
そこには湯船からちょうど出てきたカルラ王(真っ裸)がいた。立派なモノは確かにぶら下がっていた。さすがダンジョンのボスであったのだ。