作品タイトル不明
第五百二十九話 世界を見よう
◎天空都市カザネーランド セフィロ中央柱前
異形の鎧に身を包んだ幼き金翼の天使が降りてきた。
と、言ってしまえばとても幻想的な存在だと思えなくもないが、ともあれ兵たちが戦々恐々と眺めている目の前で風音が翼を広げて地面へと降り立つとその場にいた弓花たちに向かって手を挙げて「お疲れー」と声を出した。
そして風音は、地面にめり込んだ『クルミワリニンギョウ』の残骸を見て、続けて弓花たちやトゥーレの兵を眺めてから「どんな状況?」と尋ねる。
「そりゃ、こっちが聞きたいって言いたいけど、今はそっちのクーロくんの指示で休戦になってるわ。レームが本物だってのも伝わってるしね」
風音たちをしげしげと眺める兵たちとは離れた場所に、風音に向かってピンクアダマンゴーレムの手を挙げさせているレームとその上に乗っているタツオ、そしてクーロがいた。
風音が「なるほど」と呟きながら、頭の中で現在の状況を整理する。クーロの立ち位置は不明だが、以前の言葉通りであるならばワルギレオよりも自分がゴーレム使いと上回ったと判断すれば言うことを聞いてくれるかもしれないし、現在の状況を見る限りはすでにそうして動いているようでもある。
目の前のトゥーレの兵たちもクーロの言葉に従って動いているようである。ナンバー2のダンガーはすでに確保しているので、後はナンバー3のベネットを早急に見つけて対応すればゴーレムマスター教会は完全に掌握可能だろう。後はレームやゆっこ姉たちの仕事だと、すでに暫定教会ナンバー1であるはずの風音は自分を棚に上げた結論を出した。
「終わったわけ?」
考え込んでいる風音に弓花が声をかける。その質問には風音は「だね」と言って頷いた。
「あれにはもう戦闘能力もないし、ワルギレオ自身が外に出てきてもどうにもならないよ。というか、アレによく耐えたよねぇ」
『クルミワリニンギョウ』を警戒しながらの弓花の問いに風音はそう答えた。すでに守護兵装『クルミワリニンギョウ』に戦闘能力はない。
例え 魔力の川(ナーガライン) と接続し直しても、そもそも四肢も頭部でさえも破壊されているのだから格闘専用の人形ではもう攻撃手段がない。むしろ胸部が残っていることの方が驚きではあった。
もっともその原因は『 七つの大罪・炎上(セブンスギルティ・インフェルノ) 』が広域魔術でダメージ依存だったのが原因だろうと風音は結論付けている。その巨体故に以前の悪魔たちに対してのような即死攻撃ではなかったのがワルギレオには幸いしたようだが、どうあれ王族殺しだけでもワルギレオの死罪は確定している。遅いか早いかの違いだけでしかない。
「後は国のお裁きを願おうってとこだよね。そこらへんはゆっこ姉に任せるよ」
「ま、あんたがそれで良いんなら別に良いわよ」
タツヨシくんケイローンが見当たらないが、現状においてのここまでの目的は達成しているのだ。最悪、兵たちの理解が得られなければ一旦はトンズラも考えてはいたがその必要もなさそうである。
そして、弓花は空を見上げながら風音に最大の疑問を口にした。
「それで、結局何をしたのよ?」
アウディーンの塔を造ったのを見ている弓花たちは目の前の島を造れることは理解できる。しかし、島の真下にいる弓花たちには明確には見えてはいなかったが妙な熱量と炎の輝きが見えたのだ。
それは今まで弓花たちが見たこともない力であった。
その弓花の問いに風音が「えーとねえ」と言いながら目を反らした。言い訳を考えているようである。
そして弓花の問いは、その場でのほぼ全員の疑問でもあった。そんな中で、すでにセカンドキャラクターを見たことがあり風音に口止めもされているメフィルスは黙ってその様子を見ていたのだが、特に口止めもされていない直樹は「あれって、多分姉貴のあれだよなぁ。つか、そういえば使えても不思議じゃないか」と口を滑らしていた。
「は、あんた。なんで、それを?」
風音が愕然とした顔で直樹を見る。ここまでに風音はセカンドキャラのことを直樹に口にしたことも見せたこともないのだ。ついに弟が心の中までストーキングしてきたのかと風音は身を震わせた。
しかし、直樹がセカンドキャラを知っていることは実はまったく不思議な話ではない。何故ならばゼクシアハーツをセカンドキャラで暴れ回っていた時期というのは風音も特に隠してプレイはしていなかったのである。
ドン引きする家族の前で「あたしってすげー」とばかりにリビングにある42インチテレビで公開(処刑)プレイをするほどの暴れっぷりであったのだ。あの頃の風音は己が尖ったナイフであることをアピールすることに大忙しであった。つまり、直樹はその頃の風音を見ているので当然セカンドキャラのことも知っていたわけだ。
そして直樹は、風音の表情を見て「あれ、なんか俺悪いこと言った?」という顔をしていたが、風音に睨みつけられて顔を強ばらせた。
「直樹、それ以上しゃべったら一生口利いてあげないからね」
「わ、分かったぜ姉貴」
それを弓花とジンライが「えー」という顔をしたが、直樹としては姉=ジャスティスである。
なお、風音が『一生口利かない』を実際に実行した場合、折れるのは風音の方であると思われた。直樹はしゃべらなくとも姉を見ているだけで幸せになれるのに対し、風音は寂しいと死んでしまう生き物だからである。三日程度で涙ぐみながら「あれ、なしで」と言ってくるに違いなかった。
そんな和やかな会話が行われている中でライルは『クルミワリニンギョウ』の、その内部の男に注視していた。
「兄さん、どうしたの?」
いつもと違うライルの様子にエミリィが気付いて声をかける。
だが、ライルはエミリィには答えずぼそりと呟いた。
「不味いなッ」
『……ふむ』
ジーヴェの槍からも声が響き、そしてライルが動き出そうとした、その直後である。『クルミワリニンギョウ』に対して光が放たれたのは。
**********
「くっ、は……はぁ」
ワルギレオは破壊された『クルミワリニンギョウ』の胸部にある水晶球の中で考えていた。ここまでに起きた出来事を……そして、もっとも考えていたのが、あの風音の『力』だった。
魔力の川(ナーガライン) に繋がり、魔力を無限に供給されて、その力でゴーレムの術を使って都市を造り上げた。戦いに負け、こうして地べたに貶められたが、ワルギレオは笑っていた。ひとつの可能性に突き当たり歓喜していた。
「はははは、そうか。分かったぞ。 魔力の川(ナーガライン) 。繋がる力、それを使った守護兵装。なるほど、絶対的な力というのも頷ける」
で、あれば手に入れればいいとワルギレオは考えたのだ。その手段をワルギレオは持っている。何しろ、守護兵装に今ワルギレオは乗っているのだ。そして自分だけの特別な力『ゴーレム・ハック』。これがあれば守護兵装を介して、自らを 魔力の川(ナーガライン) と繋げることなど容易いとワルギレオは把握していた。
「俺もあれを手に入れれば良いだけだ。あの化け物にもそれで勝てるはずだ」
恐ろしい黒衣の死神をワルギレオは思い出す。アレを殺す力を欲したワルギレオはすぐさま守護兵装を制御し、『クルミワリニンギョウ』を通して自らへ 魔力の川(ナーガライン) へのパスを繋げる。理論上はこれでワルギレオに魔力が注がれるはずだった。
「これを掌握すれば俺もカザネのように……」
外で見たことのない少年がワルギレオを見ていた。その瞳が、ワルギレオのやろうとしていることを知り、驚きに染まっているようなのが見て取れた。
「くく、もう止められんよ」
ワルギレオは笑う、そして、繋がった。
『あ……?』
次の瞬間、ワルギレオは空にいた。青空の下、雲が周囲に見える世界。そして下にはイプシロンの街並みがあった。さきほど自分がいた空中都市も僅かに見えた。
『……俺は一体?』
状況は不明だ。しかし、ワルギレオは世界との繋がりを感じていた。何もかもが見通せる全能感がある気がした。
『まさか、俺はもはや人の身を超えた……のか?』
愕然とするワルギレオだが、その認識は間違いではない。
今のワルギレオは世界と繋がった存在だ。つまりは世界と一体化したともいえた。そして、ワルギレオは世界と繋がった瞳でソレを視てしまう。
『八つの世界、その中心に……』
ワルギレオには視えていた。自分のいる世界を含む、重なり合う八つの世界。砕けた八つの土塊にそれぞれの世界の中心があり、それらを演算処理して維持し続ける極大にまで膨れ上がった精神生命の化け物がそこには存在していた。
名を『大神』と言うのだと魔力の流れから情報がワルギレオの中に入ってくる。
『これが神……?』
ソレを見れば分かる。自分たちが崇めていた神モンデールとは、その巨大な存在『大神』の処理を安定化させるためだけに用意された装置の一部なのだということを。
そして、ワルギレオには『大神』の全体を見たときになぜか『見覚えのある少女』の形をしている気がしたが、余りにも巨大すぎてワルギレオにはそれ以上の理解が及ばなかった。
また、自分のいる世界から僅かなラインが別の世界へも延びているのも視えていた。その細い線が何かをワルギレオは理解する。
『あれは、ダンジョン……か? しかし、まさかここまで……』
ワルギレオは感じていた。あまりにも小さいと。己も、己の治めていたトゥーレも、崇めていた神も、この世界そのものすらもが……
天を見上げれば、瞬く星々にいくつものマーキングされた何かがあった。或いはそれへと通じる遙か昔に飛び立った星船たちの軌跡までもが映し出される。
どこまでも、どこまでも世界は拡大していくのだ。
そして、ワルギレオは絶望的なまでの世界の広がりを感じながら、膨大なエネルギーの奔流に流されていき、その精神を霧散させていった。
**********
「……あの馬鹿」
地上ではライルが僅かに呟いた。エミリィは脈絡のないライルの言葉に眉をひそめたが、ライルはそのまま天を見て舌打ちをした。
ライルには見えていたのだ。『クルミワリニンギョウ』の中にいたワルギレオが、守護兵装の機能を通して 魔力の川(ナーガライン) と直接繋がったのを。
しかし、そんなことをすれば人の身で耐えられるわけがない。逆に自らの魂が 魔力の川(ナーガライン) へと引っ張られるに決まっているのだ。そしてそのまま流れに飲まれてしまうのは明白だった。そもそもそれは死んだ後に誰しもが通る道なのだ。自殺行為と変わらなかった。
もっともそれはライルにしか見えていなかったようである。僅かに起きていた『クルミワリニンギョウ』の発光にも誰も気付いていないようだった。
「……一度死にかけた俺だから見えたってことか?」
『であろうな』
ライルの呟きにジーヴェの槍が反応する。
ライルは再び『クルミワリニンギョウ』の残骸を見た。 魔力の川(ナーガライン) に流されたワルギレオの代わりに、何かがワルギレオの肉体に入ったのが見えたのだ。
「で、あいつは誰だ?」
そして、『クルミワリニンギョウ』胸部の水晶球が開き、その誰かが外へと出てきた。