作品タイトル不明
第五百二十八話 街を燃やそう
『お、おおおおおおおお』
化け物が迫ってくる。先ほどの黒鬼や黄金竜よりも、六本腕の魔王よりも、変化したチンチクリンよりも、今までのどんなものよりも恐ろしいソレがゲタゲタと笑いながらワルギレオに向かってきている。血の涙を流し、全身から呪力をまき散らしながら奇声を発して近付いてくる。
『くたばれぇええっ!!』
ソレを見て、ワルギレオの心を恐怖という感情が強烈に蝕んでいくが、それでもワルギレオは折れなかった。意思を強く持ち感情に飲まれずに『クルミワリニンギョウ』を操作する。そして、目の前のソレに対して巨大な拳を振るわせた。
『プギャラァッ』
拳が直撃しソレが悲鳴をあげた。ソレは激突した拳の衝撃に全身から血を飛び散らせ、そのまま『クルミワリニンギョウ』の拳にくの字になってビタンとへばりついた。
そのあまりにも呆気ない姿を見てワルギレオが息をついた。恐れていた自分が馬鹿のようだと安堵のあまり『ははは』と笑った。
『おい、効いてるじゃないか。脅かしやがって。おどかし……やが……え?』
しかし、その笑みは続かない。ワルギレオは次の瞬間に最大限の危機を感じ取った。
血塗れのソレが拳にへばりつきながらゲタゲタと笑う。流れた血が人形の拳に染み込み、それを起点としてバキバキと拳が壊れていく。さらには割れ目からウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾと 有象無象(うぞうむぞう) の虫たちが這い出てくるのだ。
『ヒッ、ィィイイ』
ワルギレオは悲鳴をあげながら『クルミワリニンギョウ』の拳を切り離す。ワルギレオの意思を受けて拳がその場で外れると、その拍子に虫たちが一気に爆発したように増殖して木でできた拳は瞬く間に虫たちに覆い尽くされていった。
『こいつ、なんて恐ろしいモノをッ』
ワルギレオが『クルミワリニンギョウ』を後ろへ下がらせながら叫ぶ。恐らくは木属性のものに寄生し繁殖する虫を召喚したのだろうとワルギレオは推測する。もはや木製の拳は虫たちに食い尽くされ、ひと欠片も残ってはいなかった。
『化け物めっ』
ワルギレオは、その場からウゾウゾと離れていく虫たちを見て生理的嫌悪に襲われる。今の虫が人形本体に到達していたらと考えてゾッとしたのだ。己の全身を虫が駆け回る姿を幻視して吐き気を覚えた。
「おえーー」
また少し離れた場所で、その光景を見ていて気持ち悪くなった風音がマーライオンさんになっていた。「まー」というか「ま゛ー」という感じである。
出ているのはアニメになるとキラキラ処理がされるアレだった。そして恐らくはDVDやブルーレイではその処理が消えるのだと思われた。恐ろしい話である。
『なんてやつだッ』
ワルギレオが別の意味で驚いていた。当然である。しかし、ワルギレオは気を取り直して風音から目を離してソレを見る。
血塗れのままゲタゲタとソレは笑っている。『クルミワリニンギョウ』の攻撃を直撃されて、見た目からも相当なダメージであるはずなのに、まるで効いている様子がない。
ワルギレオは苦虫を噛み潰したような顔で、ソレを睨みつけ、口を開いた。
『余裕ぶりやがる。しかし木の部分に接触さえさせなければいいだけのことだろう?』
そしてワルギレオは『クルミワリニンギョウ』の手首のない右手から仕込んでいた剣を出す。それはアダマンチウム製の仕込み剣だ。ワルギレオは左手首も同様に『クルミワリニンギョウ』から取り外して同じように剣を出し、双剣の構えをとった。
ワルギレオもここまでは『クルミワリニンギョウ』の力に任せて戦っていただけだったが、もはや余裕がないことを理解し本来のスタイルに戻った。教祖の間で人形に双剣を持たせていたことからも分かる通り、ワルギレオは双剣使いなのである。
『捕まらずに切り裂く』
ワルギレオが駆け出す。
『それで終いだッ!』
しかしソレが慌てる様子はない。笑いながら己の持っている鉈を軽く振るって、迫り来る巨大剣にぶつけた。そして2メートルに満たないソレと20メートルの『クルミワリニンギョウ』の刃が交差し、鈍い金属音が響き渡ったのである。
『あ?』
直後にワルギレオの目が丸くなった。
彼の視界に回転して飛んでいく刃の姿があった。それは折れたアダマンチウムの剣の刃先だ。わずか一度の撃ち合いでアダマンチウムの剣が打ち砕かれたのだ。
あまりにも呆気なく破壊された剣はクルクルと飛んで地面に突き刺さる。その様子を愕然とした顔で見ているワルギレオの前で、ソレはさらに反対の手にあるアダマンチウム剣も叩き折った。ワルギレオにはもう意味が分からなかった。そんな簡単に壊せるシロモノではないはずなのだ。事実としてワルギレオの知る限り『クルミワリニンギョウ』の剣が折れたことはない。
しかし、ソレにとってはワルギレオの常識など何ら意味を為さない。ソレの持っている鉈は武器破壊を目的とした最上位の呪具なのだ。巨大ではあるが鋳型で流し込まれて造られただけのアダマンチウム製の剣ではその鉈の付与効果を防ぐことは不可能だっただけのこと。
そしてワルギレオの目の前で、ソレは続けて左手に持つ鎖のついた巨大なギロチンの刃で自らの腹を引き裂いた。真っ赤な血が飛び散り、ワルギレオのいる胸部水晶球にまで跳ねた。
『何をしている?』
叫ぶワルギレオの声にソレはただ笑うだけ。もはや完全にワルギレオの理解の外だ。さらにソレは切り裂いた腹の内側に自らの手を入れて真っ赤な肉塊を取り出すと、悲鳴をあげる肉塊を『クルミワリニンギョウ』に対して投げつけた。
『ァァアアアアアッ』
『なんなんだよ、これはっ!?』
叫ぶワルギレオの目の前で肉塊は膨張し破裂する。『クルミワリニンギョウ』に爆発の衝撃が襲う。その爆破は 魔力の川(ナーガライン) からの魔力供給が微々たる状態ではもはや防御しきれないほどの威力だった。
『うぁああッ』
そしてワルギレオが叫び『クルミワリニンギョウ』が地面に転げて建物に激突した。ワルギレオは必死に立ち上がりながら叫んだ。
『な、なんだ、なんなんだ。今のは?』
だがその問いへの答えは笑い声のみ。
さらにはさきほどの肉塊の飛び散った破片がボコボコと膨れ上がり、それぞれが人の形へと変わっていく。その数は合わせて七体。何もかもが分からないワルギレオの顔はもはや恐怖で固まっていた。
『あーー』
『あーー』
『あーー』
『あーー』
『あーー』
『あーー』
『あーー』
肥大化していく『何か』たち。ソレらは声をあげながら『クルミワリニンギョウ』の周りを取り囲んでいく。七体の『何か』は炎の杖を持つ黒い巨大な影のようなものと変わっていく。わずかな間に成長し続ける。
「 七つの大罪・炎上(セブンスギルティ・インフェルノ) 」
風音が起きている現象の名を呟く。それは悪魔たちが名乗っている呼び名ではなく、ゼクシアハーツに存在していた魔術の名である。もっともその魔術はプレイヤーには使えないはずのイベント用のものだ。
本来であれば入手時点でバッドエンドとなる『七つの大罪』のグリモアを入手した直後にリセットをして入手以前の状態に戻った上で、指定箇所のアイテムを置き換えることでグリモアを入手できるバグがあるのだ。そのバグを使い風音はソレに『七つの大罪』を修得させていた。
そして影たちの持つ炎の杖が『クルミワリニンギョウ』を次々と串刺しにしていく。防ぐことはできない。逃げることもできない。避けることもできない。叫び声も誰にも届かない。
『なぜだ? なぜだ?』
ワルギレオの声がむなしく響く。しかし、無駄なのだ。これはそういう『イベント』なのだから。決定された未来を覆すことはワルギレオにはできない。発動した時点で終わりであった。
『けひゃhyはyひゃはyはははははっっ』
ソレが笑う。ゲタゲタと、吐き気をもよおすような邪悪さのまま、自身をも全身を炎にまみれさせて朽ちていく。
ワルギレオはその姿を呆気にとられて見ていたが、しかし『 七つの大罪・炎上(セブンスギルティ・インフェルノ) 』は使用者を生け贄とすることで成立する魔術。それ故にソロプレイがメインとなるキャンペーンモードでは事実上意味を為さない魔術でもあった。
そして島全体を炎が覆っていく。巨大な 獄炎(ゲヘナ) の柱が天へと昇り、島のすべてを火が満たしていく。何もかもを焼き尽くす悪魔の炎がそこにはあった。
『燃エタ……ロ?』
ソレはそう言って笑い転げながら消滅していった。
そして、島全体が炎の渦によって覆い尽くされ、中心部である広場が崩れ落ち、そのほとんどが燃え尽きて黒こげとなった『クルミワリニンギョウ』が地上へと落下していく。そして、その後に黄金の翼を生やした風音が追いかけるように地上へと舞い降りたのだった。