作品タイトル不明
第五百二十七話 ヤツを呼ぼう
その日、トゥーレ王国の首都イプシロンに激震が走った。
最初にゴーレムマスター教会の総本山であるセフィロの塔に対し謎の集団の襲撃があったのだ。
さらにはセフィロの塔が破壊され、トゥーレの守護神と怪物たちの戦闘までもが始まった。
人々は家から出てその様子を愕然と眺めていたが、続けて今度は街の中心から響き渡るように大地が揺れだしたのである。
そして彼らは目撃する。
半壊したセフィロの塔がまるでストローで吸うかのように大地から土塊を引き上げ、瞬く間にそこに空に浮かぶ島を造り上げていくのを。
人々はそのことに呆気にとられながらも何が行われたのかを僅かながらには把握もしていた。
ゴーレム使いも、またそうでない者でもトゥーレの王都に住む者ならばゴーレムの作成過程は見慣れたものだったのだ。だから、目の前で起きた事象がゴーレム使いの技であろうことは漠然とではあるが理解できていた。
もっとも、だからこそ理解もできなかった。目の前で起きた事象を人の身で行使するのはどう考えても無理があった。生み出すのに必要な魔力も、造り続ける精神力も、あれだけのものを構築する計算能力も人間にはない。
だからこそ人々は考えた。それはつまり、トゥーレの神モンデールが降臨したのではないか……と。
そして生まれたのは中央柱となったセフィロの塔と周囲に新たに造り出された3つの柱によって支えられている天空の島。王都全体を覆うほどではないが、王城を含む中央一角に影を落とすほどには大きいその島は人々の目の前で瞬く間に完成したのであった。
◎天空都市カザネーランド セフィロ中央柱前
「でけぇ」
突如としてできた空に浮かぶ島の真下で直樹がアングリと口を開けて上を見上げていた。
風音によって唐突に引き起こされた現象はもう完了しているようで、直樹を含む白き一団+αもトゥーレの兵たちも戦闘行為を中断して、巨大なその島を注視している。
そして直樹は先ほどの光景を思い出す。まるで何十年という木の成長記録を超高速で見ているかのようにセフィロの塔が変わり続けて、空に巨大な島を作り出したのだ。
その、あまりにもバカバカしいほどのスケールに誰もが言葉をなくしたように呆然とソレを見ていた中で大太刀から元の姿に戻った弓花がボソッと呟いた。
「そういえば……なんかすげーもん造ってるって言ってたっけ」
弓花もメールで多少は聞いていたのだが、上空に浮かんでいるのは元々風音魔法温泉街で造る予定だったカザネーランドをベースにして生み出されたものである。
ここまでやってしまえばワルギレオよりも凄いと思われるだろうという風音の目論見は現時点においては当然の事ながら成功はしているだろうが、同時にこれにはもう一つ狙いもあった。
「もう、これはゴーレム使いとかそう言う問題じゃないと思うの」
「カザネ様はモンデール様の化身かもしれないですね」
ユズの疲れ切った声とクーロの興奮した声がその場で聞こえてきたので、オーリたちが振り向くといつの間にやらシップーに乗ったジンライたちが合流していた。そして、ユズとナイラがオーリングのメンバーとの久々の再会に喜びあっている横で、弓花がジンライの元へとやってきた。
「師匠。無事だったんですね」
もっともジンライはしかめ面である。
「まあな。しかし、随分と出遅れてしまったな」
ジンライはユズたちの安全を確保するためにその場から離れていたようで『クルミワリニンギョウ』との戦闘に出遅れたことを相当に悔やんでいるようだった。
「いえ、ふたりを救っていただけただけで十分です。ありがとうございます」
ジンライの後悔に気付いていないオーリがそう言って頭を下げる。ついに仲間たちが戻ってきたことを素直に感謝しているのだがジンライは複雑そうな顔のままだ。あからさまに失敗したなーと、不満がにじみ出ていた。
その様子に困惑するオーリの横で弓花がジンライに声をかける。
「えーと、師匠。顔、顔がちょっと」
その指摘でジンライもようやく己の表情に気付き、ゴホンと咳払いをしてオーリに視線を向けた。
「ま、まあ、あの塔の中にいても恐らくは問題はなかっただろうがな。カザネ曰く、通常のゴーレム召喚では相手にダメージを与えることはないそうだから」
よく分からないフォローのようなジンライの言葉にゴーレム使いであるユズも含めたオーリたちが首を傾げているが、それはアウディーンの塔で判明していたことでもあった。
前回の『見習い解除』時に造りだしたアウディーンの塔は、あれほど大規模に造られたにも関わらず動植物には直接的にはまるで影響がなかったらしいのである。
それを風音は『ゴーレム作成を利用してダメージを与えることはゲームではできない仕様だった』からだろうと推測して仲間たちに話していた。ジンライにも理屈は全く分からないが、どうやらそういうものらしいとは理解していたので、ここでそのように話をしたのではあるが、またもやオーリたちの頭にハテナをつける結果となったようである。ジンライは「うーむ」と唸りながら、結局無視して話を変えた。
「後はカザネがワルギレオを倒すだけか。やはり英霊ジークを使うのだろうな」
「あーいや、違うみたいですよ師匠。ジークだと勝てないって言ってましたし」
今度はジンライが弓花の言葉に首を傾げた。
「であれば、風音は一体どうやってアレに勝つつもりだと?」
「さあ? 手段はあるって顔してましたけど」
弓花もよく分かってはいないようだった。そんな中でひとりだけ、その答えを知っている者がいた。
『手段……』
弓花の言葉に、 炎の騎士団長(フレイムナイトリーダー) 姿のメフィルスはかつて見たものを思い出していた。
『触れてはいけない禁断の過去、本来許されるべきではない、あってはならない存在……か』
かつて風音の語った禁忌の存在。それが今、再び解き放たれようとしているのをメフィルスは感じ取っていた。天を覆い尽くすほどの悪意を込めた邪悪が再び目覚めようとしている予感がしたのだ。
◎天空都市カザネーランド 中央広場
『何が起きている? 何が?』
守護兵装『クルミワリニンギョウ』の中でワルギレオが愕然と周囲を見ていた。突如として地震が起きたかと思えば、ワルギレオは瞬時に『見知らぬ都市』の中にいた。クリスタルでできた城が中心にある幻想的な街並みが目の前に広がっていた。
『幻術か? いや、まさか『クルミワリニンギョウ』にそんなものが効くはずが……しかし、人形の動きが鈍くなっている……のか?』
さきほどから周囲を見回し警戒していても、どこからも何からも反応がない。しかも『クルミワリニンギョウ』の動きも何故か悪くなっていた。
「動きが鈍いのは 魔力の川(ナーガライン) の供給が細ってるからだよ。当然、魔力が薄ければ人形もパワーダウンするわけだからね」
唐突にワルギレオの言葉に返事が返ってきた。
『カザネ……?』
ワルギレオが後ろを振り向くと、建物の屋根の上に風音が立っていた。生えていた角も、二対の翼も、背の光輪も、魔力の光を散らしながらちょうど消滅していっているところであった。『見習い解除』の効果が切れたのだ。
もはや、そこにいるのはいつものお馬鹿なただのチンチクリンだった。
『貴様、俺に何をした? 幻術をかけたのか? 一体どうやって?』
動揺しながら尋ねるワルギレオの質問を、風音は首を横に振って否定する。
「んー、別に幻術はかけてないよ。そもそも『クルミワリニンギョウ』の中にいるんじゃあそういうの効かないのはそっちの方が理解してるよね?」
風音の言葉にワルギレオが唸った。
守護兵装『クルミワリニンギョウ』は世界樹から造られた世界最大にして最高峰の造りの人形である。
魔力の川(ナーガライン) の魔力だけではなく、素材そのものも魔法耐性を帯びているために、精神に影響を及ぼす魔術等はそもそもワルギレオには届くはずがないのである。
「この都市は私がさっき造ったものだよ。後、あんたをここに持ってきたのは転移術。前回もそうだったけど、あの姿になると自然に使えるみたいだね」
『な……に?』
あまりにも突飛な言葉にワルギレオは頭の中が白くなる。だが風音はワルギレオの驚きを気にもせずに、言葉を続ける。
「ま、あいつを呼び出すのは人の多いところだと危険だったからね。それにこれだけ使っちゃえば 魔力の川(ナーガライン) の魔力も薄まるし、当分はその人形も動かし辛いままのはずだよ」
そこまで言った風音を、しかしワルギレオを見てはいなかった。ズルリと風音の影から出てくるモノが視界に入ってしまったのだ。
『……アソボ』
ニタリと笑ったソレがボソリと呟いた。ワルギレオの額を冷たい汗が伝う。ソレは余りにも恐ろしすぎた。
ソレは紋様で覆い尽くされた角付きの動物の仮面を被っていた。ボサボサで長いこと手入れもされていないような長い黒髪を無造作に垂れ流し、ビラビラとした金の刺繍の入った黒い衣を纏っていた。
そして、骨の仮面の隙間から見える眼の色は金だった。白目の部分は赤く染まり、その瞳からは血の涙が流され続けている。
『なんだ……そいつは?』
ワルギレオは顔を青くして、ソレを見た。その反応にソレは右手の血染めの巨大な鉈と、左手の鎖で縛った巨大な刃を持ち上げてゲタゲタと笑う。
周囲には妖気を帯びながら輝く大小の眼球らしきものがあることもワルギレオは把握していた。それがそれぞれ魔眼だろうということも分かっていた。先ほどから『クルミワリニンギョウ』がレジストを続けているのだ。浮かんでいる眼球たちから様々な状態異常攻撃を受け続けているのがワルギレオには分かった。
風音はソレを一目すると口を開いた。
「結構強いよ。多分、前回の悪魔よりはマシな戦いになるんじゃないかな」
その言葉に周囲の空気が変質していく。ソレが喜びに打ち震えていた。グリグリとその瞳が回転し、血の涙が周囲に飛び散っていく。
「さあ、やっちゃって!」
『ヒャァハハハァアアアアアアアアアアッ!』
そして風音のかけ声と共にソレは狂ったように笑いながら飛び出した。
それは風音のセカンドキャラクター。七夜をかけ、七つの街を焼き払い、人々の呪いの言葉を一心に受けたとされる最悪のアバターが、ワルギレオに向かって牙を剥いたのだ。