軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第五百二十三話 弾を撃とう

その一部始終をイリアは見ていた。

痙攣する弓花の腰の袋から召喚獣らしき黒い狼が飛び出したのだ。さらには弓花の懐から銀の刃を取り出し、それを食べた。するとその黒狼は毛を銀色へと変え始め、全身が銀色になった時には額から刃のような角が生えていたのである。

そして、黒から銀になった狼はその口で黒い鎖を咥えて弓花の握っている槍にそれを巻き始めた。

(器用っすねえ)

感心するイリアの前で、弓花がハッとしたように起き上がる。どうやら槍の影響を脱したようである。それから弓花は周囲を見渡し、槍を見て、結ばれた黒い鎖を見てから手をプルプルさせてもう一度はがそうかと思って押しとどまった。

「いつの日か……」

そう言いながら目をそらすと、そばに寄り添っていたクロマルの変化に驚きつつも少し笑ってクロマルの頭を撫でた後、弓花はその腕にはまった銀の腕輪を光らせたのである。

(アーティファクトっすか?)

イリアも簡単な説明は聞いている。弓花は 神狼の腕輪(フェンリルリング) の力で神狼族と呼ばれる特殊な獣人へと変化し、さらに『深化』と呼ばれる力によって完全なる 神狼(フェンリル) へと変われるのだと。

その姿をイリアも目撃したことがあるが、そのときに比べてもサイズが妙に大きかった。二本足で立つ狼であるのは変わらないが、2メートル半と今までよりもふた回りも大きな姿に変わっていたのである。身体を覆う鎧もそれに合わせて形状を変化させ、銀の光を放っている。

そして問題の槍だが、異様なほどの神聖力を放出していた。どうやら完全狼化と鎧の 神聖物質(ホーリークレイ) とが共鳴して強化されているようで、巻き付かれていた黒い鎖もオーバーライドし、その色は神聖銀と同じ透き通る銀へと変わっていた。

そんな姿の弓花が思いっきり、イリアを睨みつけたのだ。

(ヒィエッ!?)

思わず漏れそうなほどの怖さだったが、イリアは必死でこらえる。少なくとも殺意がないのは確かなのだ。睨みつけたのではなく、ただ目を向けただけなのはイリアにも分かる。しかし、怖い。

「く、喰う気っすか?」

『?』

完全狼化の弓花は首を傾げるが、よく分からないので言葉を続けた。

『いえ、とりあえず予定通りにやりますんで、後のフォローはお願いしますね』

そう言って弓花は飛び出していった。咆哮と共にその場が完全に凍り付いたのをイリアは見る。トゥーレ王国の兵にしてみれば主力であるアダマンゴーレムが一瞬で破壊されたのだ。その恐るべき存在を前に、その多くが後ずさってしまったのも仕方のないことだろう。

(ナオキっちも十分強いとは思ってたっすけど、こうしてみると)

王都に来たばかりの生身の弓花にも忍者軍団はまるで勝てなかったのだ。イリア配下の忍者たちも参戦しているが皆顔を青くしている。自分たちが何に挑んでいたのかを理解したのであろう。そして、今の弓花が相手ではイリアも例え外法の業を用いた正真正銘の本気で闘っても勝てる気がしなかった。

(まあ、ユウコ女王陛下のご友人はカザネっちだけじゃあないってことっすね。アレに勝ち続けられるジンライっちの方がワケ分からん気もするっすけど)

突如現れた化け物にその場の全員が飲まれたのだ。もう目の前の趨勢は決したも同然だろうと思いながらイリアは天井を見る。

(さて、後は上っすか。一体今どうなってるっすかねー)

この場はあくまでフォローのための戦場。メインはジンライと風音である。この作戦の正否は塔の上の階層にいるであろうふたりにかかっていた。

◎セフィロの塔 14階 通路

「レーム女王陛下だと? 魔王の配下が共にいるということはミザーレの言葉は事実だったということか」

ゴーレムマスター教会ナンバー3のベネットが部下に報告を受けながら早歩きで進んでいく。事態が動き出している以上は、もはやベネットも机の上にかじり付いているわけにもいかなかった。

(狙いは当然、封印の間にいる二人か。しかし、あの場は強力な魔術によって護られている。早々には……)

「封印の間の護りはどうなっているのだ?」

「ハッ、精鋭20名が待機し、封印の間の中には現在はクーロ様もおられるはずです」

その言葉にベネットは若干眉をひそめる。昨晩にクーロが捕えられていた魔王の配下二名の治療を願い出たことはベネットも知っている。その内の一名がゴーレム使いで、なおかつクーロの実の姉であるらしいということも聞いていた。

(本当に、クーロに任せて大丈夫なのか?)

ベネットの頭に懸念がよぎる。ミザーレの件もある。あるいはクーロが魔王に懐柔されているのではないかとも考えたが、今ここで不安に思っても詮無きこと……と考え、ベネットは同行している兵に報告の続きを促した。

「はい。それと今はワルギレオ様の例のゴーレム兵が封印の間内に導入されているようです」

「あれか」

ワルギレオの例のモノとはミンシアナとの問題を顕在化させたモノともいえるゴーレム兵だ。

しかし、実物のソレを見てベネットは恐怖すら覚えた。ワルギレオが持ってきたゴーレム兵は自分たちのゴーレム技術がまるで児戯に思えるような精緻な魔術式と複数の素材によって造られた複雑なものだった。

ベネットは常識人であり、外の世界も知っている。決してゴーレムマスター教会の教義だけに捉われて考えているわけではなく、ミンシアナに対してのマッスルクレイの抗議も一般的に見れば理不尽であることを理解している。ワルギレオのしたことが決して褒められるべきではない、本来であれば咎められるべきことであるのも分かってはいる。

しかし、そうであっても尚ベネットはあのゴーレム兵を鹵獲してきたことは収穫であると思っていた。ゴーレムを扱う術士としてそれほどのショックがアレには詰まっていたのだ。

(だが、だからこそ今の事態になったとも言えるかもしれない。カザネ・ユイハマとアスラ・カザネリアン、両者を繋げるモノは今のところはない。しかし……)

「いや……待て?」

ベネットの顔が唐突に歪んだ。

「なぜカザネ・ユイハマの護衛がいるんだ?」

「どうしました?」

突然立ち止まって床を見たベネットに、共に歩いていた兵が止まって声をかける。しかし、ベネットはその声には答えない。集中していて答えられなかった。

ベネットは今通路を歩いているのと同時に、塔各所に設置してある偵察用ゴーレムの目を通して監視も行っていた。もちろん、リアルタイムにすべての目を見られるわけではないで順番に確認をしていたのだが、偵察用ゴーレムの一体がおかしなものを捉えていたのだ。

「ジンライ・バーンズだと……何故だ?」

ベネットの声が震える。状況が見えなかった。現時点においてはカザネ・ユイハマの泊まっている部屋で護衛をしているはずのジンライが、事もあろうに封印の間のある12階にいたのだ。それも見張りの兵を何人も倒してである。

しかもだ。そこにはカザネ・ユイハマの召喚体である黒い鬼と化け猫までもがいた。さらにはカザネの化け猫と同じ種類らしき、銀と黒の縞模様の化け猫も共にいるのである。

「召喚体が共にいるということは独断ではない。つまりはカザネ・ユイハマの指示か。しかし、一体何を?」

そう言いながらもベネットには分かっていた。先ほども考えてはいたのだ。『カザネ・ユイハマ』と『アスラ・カザネリアン』のふたりの繋がりを。

であれば、答えはひとつだ。封印の間にいるふたりの奪還がジンライたちの目的なのだとベネットは結論付ける。

「しかし、あの封印の間は例え魔王の力であっても早々に破られはしないはずだ。たかだが槍使いと召喚体如きで……いや」

ベネットは思い出した。ジンライ・バーンズはランクSの冒険者なのだと。届けられた資料にも確かにそう明記してあった。

実は、かつてワルギレオもランクS候補に挙げられたことがあった。ワルギレオだけが持つ能力『ゴーレムハック』を用いれば、数千のゴーレム軍団すら彼一人で操れるのだからと。

しかし、それは数千のゴーレム軍団を作り出すゴーレム使いを揃えることが前提となるために実際にワルギレオがランクSとなることはなかった。ランクSとは単体で軍隊に匹敵する戦力の者のみに与えられるものなのだ。であれば、ジンライもそうした『力』を持っているはずだと……そしてベネットの目に監視用ゴーレムから届いた映像が映される。ジンライが壮絶な笑みを浮かべながら右手を前に出したのだ。

「あれは義手……だと?」

ベネットが顔を強ばらせながら呟く。

それはあまりにも精密な動きの偽物の腕だった。ベネットは知らぬことだが、シンディと名付けられたその義手は当初からほとんど違和感のない動きをしていたが、それがここまでのジンライの経験が蓄積されたことでさらにジンライと一体化していた。

もっとも驚くべきはそこではない。問題なのはその腕がまるで砲身のように『変形』をしたことだった。

「腕が大砲になった? まさか、あれはゴーレムの腕だとでも……」

「ベネット様? 一体何を見ておられるのです?」

ベネットの驚愕の表情に兵もただ事ではないと再度声をかけるが、やはりベネットには答えられない。『何が起きている』のかなどベネットが知りたいくらいだ。

さらには変形する腕から小さな五つの腕が伸びて周囲の壁に突き刺さり、ジンライを固定する。続けて六本目の小さな腕が、砲身となった義手の肩部に空いた穴の中へと『アダマンチウム製らしき弾』を入れていく。

「ヤバい。ヤバいぞッ」

ベネットはもうこれから何が起こるのかを理解した。原理は不明だが、ジンライの腕が砲身で、そこに入れられたのが砲弾なのだ。さらには肩には竜の心臓が埋め込まれて、そこから膨大な魔力が発生している。ならば起きるのはひとつのことだけだ。

「塔の中でそんなものを撃つというのかッ!!」

ベネットの叫びと共に凄まじい破壊音が木霊し、塔全体を揺るがした。何度となく続く衝撃に共にいた兵は腰を抜かして倒れこみ、ベネットも驚愕の表情をしていた。

そして、感じたのだ。封印の間の魔法障壁が物理的な負荷に耐えきれず、一気に破壊されたのを。

「封印の間を魔術で解呪するのではなく物理的に……なんてことが可能なのか?」

ベネットは青ざめた顔で封印の間へと走り出した。もはや一刻の猶予もない。まるでジンライの高笑いが塔全体に響き渡るかのように、再度の砲撃音が響き渡る。物理的な壁も破壊されたのだろう。もう、封印の間を遮るものは何もないはずだった。