作品タイトル不明
第五百十九話 優しいお姉さんを語ろう
「ご苦労様です」
クーロの言葉に部屋の外にいる衛兵たちがズラッと敬礼を返した。現在、クーロがいるのは風音に用意された客室の前である。
そして、突然の呼び出しの知らせがクーロの元に届いたのがつい10分ほど前。風音の客室で問題が発生したとのことで、クーロは姉の治療を一時中断してすぐさまこの場に駆けつけたのだ。
本来こうした緊急時の対応はダンガーの領分なのだが捕まらなかったという衛兵の言葉を聞きながら、ともあれクーロは急ぎ客室へと入ったのである。
◎セフィロの塔 客室
「失礼いたしますカザネ様」
外にいる衛兵には待機をするように伝え中へと入ったクーロは、その場の異様な光景に目を丸くして辺りを見回した。
「これは……?」
荒れた部屋の中心には風音とジンライに、巨大猫のユッコネエがいた。そしてベッドの前では破壊されたアダマンチウム製のムカデゴーレムが崩れ落ちていた。
「やは」
風音はクーロがやってきたので手をあげて声をかける。ジンライは軽く会釈をして、ユッコネエは「にゃー」と声をあげてクーロを見ていた。
「騒ぎがあったと聞きましたが、これは……どうしたんですか?」
クーロはそう尋ねるが、ムカデゴーレムを見れば大体の予測はつく。あまり考えたくはない内容だったが、風音の口からは当然クーロの予想通りの内容が語られ始めた。
「ダンガーさんだっけ。あのお爺さんにいきなり襲われたんだよ。そのゴーレムでさ」
風音の言葉に(やはりか)と思いながらクーロが眉をひそめた。どうやら本当にダンガーが風音に襲撃を仕掛けたようである。
(愚かなことを)
クーロはダンガーを心の中で罵倒する。ともあれ、本人にも話を聞いてみなければとクーロは考えるが、肝心のダンガーはこの場にはいないようだった。
「そうですか。ダンガーが……それで彼は?」
「窓から逃げたよ」
風音の指摘にクーロは破壊された窓を見る。
(ムカデゴーレムはここにある……生身で外に出たのか?)
窓を破壊しているのも不自然ではある。教会の上位権限者はこうした窓などの施錠も魔術によって開けることができるはずだ。或いは急いで逃げ出したために、止むを得ず破壊したのだろうか……とクーロは疑問に思うが、どうあれこの場にダンガーはいないようである。
「下覗いてみたけど地面には落ちてないみたいだよ」
風音の言葉を聞きクーロも窓から身を乗り出して下を眺める。
「暗くてよく見えませんが」
「私は夜目が利くからね」
えっへんとない胸を張る風音の言葉をクーロは一先ずは納得する。後で確認の使いは出すにしても、ここで嘘をつく意味もない。
なお、ここは14階なので生身で落ちれば死ぬだろうが、ダンガーもまがりなりにも教会のナンバー2ではある。魔術師でもあるのだから降下用の魔術を持っていてもおかしくはないだろうと、クーロは逃亡の線で対応を考える。
そう思ったとき、クーロの中で一瞬恐ろしい考えが浮かんだ。もしやと思い、その場にいたユッコネエのおなかを凝視したのだ。
(膨らんではいませんね)
「いや、食べてはいないからね」
風音の若干のひきつった笑いにクーロは「いえ、そんなことは……別に」とだけ言葉を返す。どうやら表情でバレたようである。クーロが気まずい顔をしていると、風音がさりげなく質問をして話題を変えた。
「ところでクーロ、その頬はどうしたの?」
「あ、はい。少し兄様にお叱りを受けまして」
クーロは頬に手を当てながら答える。癒術で直すこともできるが、すぐさま治療するとワルギレオに「反省が足りない」などとケチをつけられ、再度殴られかねないのでそのままにしていたのだ。
「もしかして昼の件で?」
「いいえ。少々生意気を言った罰です。兄の捕らえた者を治療させてくれと言ったのだから問題は僕にあります」
「捕らえた者?」
「ゴーレムマスター教会の教えに背いた者です。カザネ様が気にする必要はありません」
首を傾げる風音にクーロはそう返したが、風音はその言葉に思案顔で「んー、そう」とだけ口にした。その、不自然に言葉を終えた反応を見てどうやら理解したみたいだとクーロは考える。
(『あの人』は匂いがついていれば良いと言っていた……)
そして、ミンシアナで出会ったあの『優しい』ユウコ女王の言葉をクーロは思い返す。
ミンシアナでの対面したユウコ女王。そこでクーロはユウコ女王よりゴーレムの今後の話を聞かされていた。
己が日頃考え、願っていたことをユウコ女王は次々と言葉にしていった。まるで心を読まれたかのようにクーロと同じ思想を持つユウコ女王を前にクーロは胸が熱くなった。仲間がいると感じたのだ。
ゴーレムという素晴らしい魔術を広める必要があるとユウコ女王も考えていたとクーロは教えられていた。マッスルクレイもそのためのものなのだと、トゥーレ王国とも手を取り合う用意があるともユウコ女王は話し、クーロもユウコ女王の言葉をまったく自然に受け入れた。
また驚くべきことにユウコ女王はゴーレム使いでもあった。少なくともクーロよりも優れた実力を持っているようでもあった。
そして、クーロが驚いたのは続けての言葉だった。
クーロの実の姉がワルギレオに囚われているという事実を、クーロはユウコ女王から初めて知らされたのだ。それはクーロには知らされていなかったことだった。
もっとも親に売られたクーロの姉のことなど、ワルギレオが把握していたかは怪しい。クーロに伝えられなかったのも知らなかったからである可能性は高かった。でなければ、ワルギレオの性格からすればクーロの前で姉のユズの身体を 弄(もてあそ) ぶぐらいのことは平気でするはずなのだ。
そしてユウコ女王が何故トゥーレ王国の上層部ですら知らないようなことを把握していたのかはクーロには分からなかったが、捕えているのがワルギレオではクーロには逆らうという道はない。ずっと、ずっと、そう教えられ、誓約すらかけられている。
だから『逆らっても』良い方法をクーロはユウコ女王より教えられた。
実際、今もゴーレムマスター教会を第一にクーロは動いている。咎められるべきことは何にもないし、教義に逆らっているわけでもない。選定をしているだけなのだ。ナンバー1を決める選定を。
ユウコ女王はまるでクーロの思考を読み、逃げ場をすべて埋めるように告げていった。
そして、ユウコ女王の言う教祖候補である風音の能力も王都までの旅でクーロは見ている。女王様は見定めろと言っていたが、クーロの目から見て確かに風音の実力は合格であった。少なくとも自分やダンガーより『高いところにいるゴーレム使い』である風音に不利になることは教義に従ってクーロはしなかった。
そして、クーロは動く。義理の兄であるワルギレオの命令に従いながら、同時に風音の害となるものを排除するように動いていく。
その過程においてクーロの姉ユズを助けることができるともユウコ女王は言っていた。
必要なのは場所を知らせることだ。故にクーロは兄に折檻を受けてまで治療の約束を取り付け、姉の場所へと向かった。いきなり呼び出されたというイレギュラーこそあったが、こうして姉の匂いのついた身体で風音の前にやってくることもできた。すべては、ユウコ女王の言葉通りに、クーロの望むとおりにことは運ばれていく。
「ともあれ、此度の件のカザネ様への無礼は許し難き行為。こうなった以上、ダンガーは重罪人です。捕らえて極刑と致しましょう。申し訳ございませんが、それでお怒りを収めていただきたく」
クーロは沈痛そうに告げる。実際、愚かな老人の暴走でクーロは自身の上にいる者の不興を買ったのだ。許されざる事である。そして、風音とジンライはクーロの言葉に頷いた。
「まあ、そっちはお任せするけど。早く寝たいから部屋を代えて、それからの話は明日にしてもいい?」
「はい。衛兵、案内して差し上げろ」
「はっ」
クーロの言葉に外に控えていた衛兵が声をあげて風音たちを案内する。そしてひとりとなったクーロは「さて」と口にして、周囲を見回した。
ダンガーはいない。実際にその姿が見えない以上は窓から逃げたと見るべきだろうとクーロは考え、懐から数十の折り鶴を取り出すと窓の外へと放り投げた。
それはアダマンチウム製の折り紙ゴーレム。無数の鶴が翼を広げて飛び立っていく。目的はダンガーの探索ではあったが、その中の一体だけは実は全く別の目的で飛び立っていた。そして、それに気付いた者はこの場にはいなかった。