作品タイトル不明
第五百十七話 潜入捜査をしよう
塔内部の自身の研究区画の扉を叩きつけるように閉めたダンガーは、己の弟子たちが恐れるのを無視して自分の研究室へと入っていった。
「がぁああああああッ!!」
ダンガーは怒りで顔を紅潮させながら、その場にあったテーブルを蹴り倒して叫びあげた。屈辱感が全身を駆けめぐり、目の前が真っ赤に染まったような感覚に襲われる。
「多少ゴーレムを上手く扱える程度で、あの小娘ッ!」
今思い出してもダンガーは腑煮え返るほどに腹立たしかった。
「王族であるからといって傲慢な態度。この国では我らこそが真の支配者であるというのに、なんという……クソッ!」
苛立ちのままに己の杖を叩きつけ、大きく息を吐きながらダンガーは自分の椅子にもたれ掛かる。風音という少女から受けた屈辱、ワルギレオからの叱責。怒りの原因はいくつもある。しかし、最もダンガーが怒りを感じたのはクーロからの苦言であった。
「貴様を育てたのはワシだぞ。それが何故、あの小娘に敬意を払えと言いおるのだッ!」
研究室の中を叫び声が響く。クーロの蔑みの目が今も思い起こされるのだ。魔導眼と呼ばれる、魔力を通したあらゆるものを見通す魔眼の持ち主。ワルギレオと同様に才覚を見出された特別で特殊な少年。ふたりはダンガーが見つけ出し親元から奪い育てたのだ。ふたりが兄弟というのも共に育てられたからに過ぎない。
そして、ダンガーは何もかも見通すクーロの瞳が嫌いだった。
また、クーロの態度から明らかな事実もあった。ゴーレムマスター教会での地位は、外のように血筋では決まらない。最もゴーレムを繰る力に優れた者が神モンデールに寵愛を受けし者として教祖となり、以降に序列が造られるのだ。
ワルギレオの能力は群を抜いていた。故にダンガーはワルギレオに屈服し、今の地位にある。前教祖を殺し、王族を殺し尽くしたワルギレオを彼は畏怖していた。しかし、クーロに対しても同じかといえばそうではない。そのクーロが風音に敬意を払えと言ってきたのだ。それはダンガーがカザネよりもゴーレム使いとして劣っているとクーロが認識しているということに他ならない。
さらにダンガーは考える。ワルギレオも一目置いている以上、風音がゴーレムマスター教会に入った場合、もはやダンガーの地位が奪われるのは確実ではないかと。
「許せんなッ」
ダンガーは憤る。しかし、問題なのはタツヨシくんケイローンを完成させたあの知識だ。
ダンガーは確信している。このトゥーレ王国での『洗礼の間』で風音はゴーレムマスターになったわけではないのは確かだ。そして、あの幼さ。エルフでもないただの人族があの歳であそこまでのゴーレム使いとしての実力を持っているのであれば、その理由はひとつしかない。
(恐らくは、我ら以上に強力なゴーレムの知識を持つ『洗礼の間』でアレは洗礼を受けたのだ)
ダンガーが風音の力に対して出した結論がそれだった。マッスルクレイやゴーレムの制御技術はすべてそこからもたらされたものだとダンガーは考える。
「あの知識さえあれば、或いはワルギレオ様よりも……いや、ワルギレオよりもワシの方が」
ダンガーは天井を見ながら呟く。今もナンバー2の座のままのダンガーの中に黒い野望が燃え上がっていた。であれば、あの娘を奪って『洗礼の間』を先に手に入れれば……と。
(アダマンゴーレムなどよりももっと強力なゴーレム兵とて大量に生産できるに違いない。あんな小娘ですらアレだ。長年、ゴーレムの研究に勤しんできたワシなら……)
ダンガーは夢想する。マッスルクレイが竜葬土を使っていることは分かっている。ゴーレム軍団を作り、ドラゴンたちを駆逐し、さらに軍団を増やしていく。やがては大陸全土を覆い尽くすゴーレム帝国を造ることすらも夢ではないのではないかと半ば本気で思い描く。
(だが、小娘の召喚するあの化け物をどうにかせねば)
半分夢を見ながらもダンガーは先ほどの恐怖を忘れてもいなかった。もう二度とあの鬼に捕まりたくはないと思っていた。
(魔力のパスはあの厳つい鎧から出ていた。恐らくはあの鎧は護衛用の強力な召喚具なのだ。であれば、あれを脱いだときならば……)
ダンガーは己の頭の中で計画を練っていく。タツヨシくんケイローンを直に触れてその技術力の高さを知っているダンガーは、それを己の手に入ることを渇望していた。奪われるよりも奪ってしまえと心の中の悪魔が笑みを浮かべていた。
◎セフィロの塔 客室
「そんじゃ行こうっと」
風音がそう言って立ち上がる。なお、今の風音の姿はトゥーレ王国の衛兵姿そのものとなっており、風音自身の面影はなく声も男のものだった。
時刻は夕食を終え、すでに寝静まる22時頃である。風音は塔内部を忍び込むために準備をしていたのだ。
「ふむ。見事なものだな」
「にゃー」
ジンライが感心し、ユッコネエが悔しそうな鳴き声をあげた。衛兵に変わった『変化の術』は狂い鬼たちオーガの能力だ。ユッコネエとしては同じ召喚体としては水をあけられた気がして忸怩たるものがあるのだろう。なお、ジンライはユッコネエとふたりきりでいられるのでホクホク顔である。シップーがいない今、ユッコネエはジンライの猫供給源だったのだ。しかし、これは浮気ではないだろうか? どうだろうか?
そんなジンライとユッコネエの前で風音はさらにスキル『インビジブル』を発動させる。こうなると認識阻害が働くため、ジンライとユッコネエでも意識を集中させていないと風音の姿を捉えることができない。
「姿が見えるということは『光学迷彩』は良いのか?」
「うん。『インビジブル』と衛兵の格好なら仮に姿を見られてもごまかしは聞くけど、『光学迷彩』はもろに光を遮って隠れてるからバレたら一発なんだよね」
風音の言葉にジンライが「ほぉ」と感心の声をあげる。
「ま、木を隠すなら森の中って言うしね。衛兵の姿のままでこそこそいくのが一番良いってわけだよ」
認識阻害といっても認識をゼロに出来るわけではない。姿を隠していたことがバレれば注目が集まり『インビジブル』も無効化される。その点、衛兵姿ならば『インビジブル』が薄れても衛兵だと思わせれば認識を反らさせることができるのである。
「なるほどな。それではワシはユッコネエと一緒にそこにいる人形の護衛でもしておくか」
ジンライがベッドの中で寝ている姿の風音もどきを見る。それはゴーレムメーカーで造った偽物で、元穴掘り風音ちゃん人形である。念のため不滅のスコップも握らせていた。
「んじゃ、後はよろしくッ」
風音はスチャッと手をあげると、そのまま窓の外へと飛び出していった。そして、風音が去った後は、ジンライとユッコネエも風音が窓から飛び出したことも認識できずに風音ちゃん人形の護衛に入ったのである。
◎セフィロの塔 内部
(さーてと)
スキル『壁歩き』で外の窓から再び塔の中に入った風音は堂々とした姿で通路を歩き始めた。途中で衛兵たちともすれ違ったが、まったく気付かれることはなかった。これはゴーレムも同様であった。
風音の目的は地下にあったが、この塔のマップ埋めも可能であればしておきたかったので多少階層内を寄り道しながら進んでいく。それは後に来るであろう弓花たちが侵入した際の助けになるはずであった。
すでに夜ということもあり、通路を歩いているのは衛兵のみである。ところどころで色々といたしている臭いもしたが風音は無視して進んでいく。
また、風音は途中でクーロと出会った。クーロは頬を腫らしていたが、特に気にも留めずに衛兵姿の風音に「ご苦労様です」と声をかけて薄暗い通路を過ぎていった。
(何か、あったのかな?)
風音は少しだけ心配になったが、立ち止まらず先へと進む。その後ろ姿をクーロが見ていたが、風音はそれには気付かなかった。
(しっかし、結構広いね)
セフィロの塔は一階層の面積はアウディーンの塔と同じだが入り組んだところも多く、中々に複雑な造りの建造物のようである。なお、セフィロの塔は最上階の教祖の間から下へと二十階層あり、中にはゴーレムの研究区画や居住区などいくつも分かれている。また、ナンバー5まではそれぞれが一階層与えられているようであった。
(こりゃあ、仲間たちと共に一階層ずつ攻略とか、時間がない。俺が食い止めている内に先に行けとか言ったり、兄さんが助けに来てくれたりと……それがボロクソにやられて爆笑したり色々できるわけだね)
塔攻略とかは大会編と同様にずっと戦っていくだけで盛り上がっている気になれるものである。必殺技を羅列しまくったりインフレ起こしまくったりするのがたまにきずだが、なんだかんだと言っても各キャラに見せ場ができるので受けは良い。風音がそんな少年漫画的無駄シチュエーションを考察しながら進んでいく。
途中、兵士やゴーレムともすれ違ったがまったくバレていないようである。『犬の嗅覚』と『直感』、『アラーム』なども駆使し、危険そうな場所や人物を回避しながら風音は下層へと進む。そして一階までたどり着き、そのまま地下階へも降りていく。
途中にいくつもの厳重な施錠がされてもいたが、 無限の鍵(インフィニティ・キー) の前では何の意味もなさない。泥棒業についたらもう誰にも止められないレベルである。そして、風音が地下に入ると鼻が覚えのある匂いを嗅ぎ取った。
(見つけた……)
風音の顔が少し明るくなる。ユズとナイラの匂いがしたのだ。風音は地下に配置された兵たちの護りをスルリと抜けながら進んでいく。その際にも『そっと乗せる手』は大活躍だったのだが割愛する。
しかし、順調に進めてはいるが、先へと進むごとに風音の顔は徐々に悪くなっていった。
(……これって)
風音は通り過ぎる牢獄の中にいるのが腐り落ちた白骨ばかりであることに気付いたのだ。生きている気配がなかった。また、骸骨たちの着ている服の布地が良いものであることから、それなりの身分のものでもあるようだった。
(王族の人?)
トゥーレ王国では過去に王族の大量粛正が行われていたのは風音も聞いている。その名残らしきものを見て無性に不安に駆られながらも先へと進み、そして風音は匂いの先にあった部屋にたどり着いたのだが……
「いない」
そこはすでにもぬけの殻。匂いはそこで途絶えていた。
◎セフィロの塔 封印の間
「先ほどのは一体なんだったんでしょうね?」
クーロは首を傾げながら考える。クーロが疑問に思っているのは、さきほどの衛兵の姿に化けていた風音のことであった。実のところ、クーロの魔導眼は風音の姿をはっきりと捉えていた。捉えてはいたがそれをクーロは報告していなかった。彼は彼の目的のためにこの封印の間に急ぎやってきたのだ。
「どうしたの?」
そんなクーロの考え込む顔を見てベッドに寝ている少女が尋ねる。その少女は全身が包帯に包まれていた。過酷な状況に追い込まれ、その身体は酷く傷ついていた。
クーロは、少女の言葉にニコリと微笑むと再び少女の治療を始める。ボロボロになった少女の体をクーロは癒術で少しずつ治療をしていく。
「いえ。こちらの話ですよ……姉さん」
少女ユズの言葉にクーロは笑顔で返す。そのクーロの笑みは風音やワルギレオの前のものとは違う……年頃の少年の、姉を気遣う優しい微笑みであった。