作品タイトル不明
第五百十五話 謁見をしよう
◎トゥーレ王国 王都イプシロン
大衆のざわめきの中で、厳ついゴーレム馬に牽かれた黒い装甲馬車が王都イプシロンの中央通りを進んでいた。周囲には十数の兵士たちとアダマンゴーレムが取り囲み『一応の』ミンシアナ王国からのご客人の護衛の形を取っていた。
もっとも、果たして兵士たちが守っているのは馬車か、或いは恐る恐る見に来ている民衆たちなのかは分かりはしない。兵たちとて戸惑いの顔である。
召喚者である風音が周囲の兵士を味方だと認識していないために、馬車から発せられる紫の放電は兵たちを害しこそしないものの常に圧迫感を与えていたし、重装甲のゴーレム馬は物珍しくはあるが明らかな戦闘用の姿に好奇心よりも恐れの方が先立った。
「おー、町並みは結構きれい」
そんな馬車の中で風音がイプシロンの町並みをのんきに見ていた。
「ミンシアナの王都の優美さには欠けますが我が国もそう捨てたものではないでしょう」
風音の言葉に共にいるクーロが笑顔でそう答える。愛国心はあるようである。
「そうだね。まあ、ゴーレムが使えるんだからもっと大規模な工事も出来そうな気がするけど」
「はは、カザネさんは愉快なことを言いますね」
トゥーレ王国においてゴーレムとは力の象徴にして神聖なるもの。騎士の剣のようなものである。故にゴーレムに雑事を任せるゴーレム使いなど普通はいないのだ。
そうした事情をふまえて冗談と捉えたクーロの言葉に「やれやれ」と風音は肩をすくめながらまた外を見る。マップ共有により弓花たちのいる場所は分かっている。
(さて、どうやって接触して渡そうかなあ)
アイテムボックス内の弓花の槍のことである。現状では周囲に人が多すぎて手渡すのは難しい。そしてこのまま敵の懐に飛び込んだならなおさら渡す機会はないだろう。
「どうしよっかなぁ」
そんなことを考えている風音にチャットウィンドウにコールが入った。
弓花「槍ー! 私の槍をプリーズ!!」
弓花「風音。ちょっと聞いてる?」
弓花「おーい。無視すんなー」
弓花「あるんだよね? ほら、どうにかして持ってきてよ」
弓花「見てるんでしょ。ほらほら私に
風音はチャットウィンドウを閉じた。
「どうしました?」
「いや、ちょっとうるさい虫がいたみたいで」
酷い扱いである。まあ、作戦行動中に騒いできた弓花がいけないのである。
仕方ないので風音はメールで「TPOをわきまえてください。もう少し大人になりましょう」と書いて送っておいた。大人の対応の出来る女、風音である。
(ま、転移してきたときに一緒に渡すか)
風音は気を取り直して、思ったままの感想をクーロに告げる。
「それにしても街は綺麗だけど、なんだか妙に堅い感じがするね」
「兄が王族を粛正して以降はレジスタンスなどの動きもありますしね。警備が厳しくなってるんですよ」
クーロが悪びれもなく、事実を告げる。ちなみにゆっこ姉も同じような状況であり、似たようなことをしていることは風音には若干秘密である。
「王族を粛正って……でも、女王様がいるんだよね。私って女王様に会えるの?」
「いいえ。僕も詳しく知りませんが静養中だと聞いています。今はあまり表に出てはいらっしゃらないようですね」
クーロの言葉はいつも通り淀みない。本当に女王が幽閉されていることを知らないのかもしれないと風音は感じたが、どうあれすでに女王のレームは脱走しているのだから、今はクーロたちでも会うことは不可能であった。
「残念だね」
「カザネ様も我々と共にあれば、いずれは会える機会もあるでしょう。あまり会う意味があるとは思えませんが」
「ん、なんで?」
首を傾げる風音に、クーロが悪意ない笑みを浮かべて答える。
「それは当然、この国を支配しているのは姿を見せもしない女王ではなく、ゴーレムマスター教会の教祖である兄ワルギレオだからです」
◎王都イプシロン セフィロの塔
「さあ、こちらです」
「ここがゴーレムマスター教会の塔?」
風音が塔内部を見渡しながら尋ねる。
「ええ、セフィロの塔。初代王の御技であると聞いています」
「へぇ」
細部の作りは、風音がアウディーンに贈った塔とまったく同じもののようである。つまりはゼクシアハーツのライブラリを使って造られたものということだった。
(そうなると初代の王様はプレイヤーかな? まあゆっこ姉や達良くんがなってるんだからおかしくはないか)
風音がそう考えながら案内されるままに進んでいく。なお、どうやら同じ構造なのは一階のみで、最上階となる20階まではすべて別の構造となっているようだった。同一階をペーストオンリーで積み上げて造った風音とは違い、ちゃんとカスタマイズして作成したのだろうと思われた。
(さてと、いよいよ顔を見れるわけだね。ワルギレオってのに)
ユッコネエはひとまず召喚解除し、付いているのはジンライのみである。まあ、どうとでもなるか……と思いつつも風音は扉の前にたどり着いた。
「ワルギレオ様。ミンシアナ王国よりカザネ・ユイハマ様をお連れしました」
兵たちによって扉が開かれ、風音たちが中に入るとクーロが声を張り上げて報告をする。
(あれがワルギレオ・ディーア)
風音が目を細めてワルギレオを見る。悪どく自信に満ちた顔だと感じた。
(モンドリーさんを殺しかけて、オーリさんたちを苦しめて、ユズさんたちを今も閉じこめて)
その顔を見て怒りが思い起こされる。
(私のタツヨシくんケイローンを奪ったヤツ)
一瞬兵たちがざわめき、ワルギレオの両脇にいる老人と女も身体を強ばらせた。スキル『怒りの波動』が自動発動したのだ。
(おっと)
風音はこりゃまた失敬とばかりに、その波動を抑える。事を起こすのはまだ先、今はその時ではないと自分をいさめた。
**********
ゴーレムマスター教会ナンバー2であるダンガー・ビットの頬を冷たいものが垂れ落ちた。
(なんだ。今のは?)
ワルギレオの弟であるクーロが連れてきた客人。それはチンチクリンな少女だった。
ワルギレオ曰く化け物とのことだが、見た目はクーロと同じ、いや、それよりも幼い印象である。とてもではないがタツヨ・シークン・ケイローンを造り上げた才媛には見えなかった。
故にダンガーが担がれているのでは? と感じたのも無理のないことだろう。しかし、教祖であるワルギレオは風音を見ても動じてはいない。
遠隔視を通じてだが、ワルギレオはカザネ・ユイハマを視認したことがあるのだから目の前の少女がそうであると分かっていたのだ。それを察したダンガーが、再度カザネ・ユイハマを見て唸る。聞いていた人物と認識が一致しない。
しかしだ。入ってきた少女から唐突に発せられた怒気とでもいうのか、強烈な気配がこの部屋の中を駆け抜けたことで空気が変わった。それは当てられた兵たちも思わず武器を構えてしまったほどの強烈なものだった。ただのチンチクリンの出せるものではないとようやくダンガーも理解が出来た。
「ようこそ、カザネ殿。私がゴーレムマスター教会教祖のワルギレオ・ディーアだ」
「初めまして、ユイハマカザネだよ」
すでに先ほどの気配を鎮めた少女はにこやかに笑って挨拶を返す。
ダンガーとはワルギレオを挟み、反対の位置に立っているベネットも緊張した面もちでカザネ・ユイハマを見ている。
一挙手一投足を警戒しなければならないと……そんな緊張感を漂わせている。また、その後ろにいる男も警戒対象だろうとダンガーは考える。猫騎士などというふざけたふたつ名を持っているとは聞いていたが、兵たちが動き出したのと同時に殺気が走ったのだ。武器は預けられているはずなのに、近づけば殺すと声すら出さずに伝わり、兵たちの動きを牽制していた。
「それで今日はどういった理由で私がお呼ばれしたんだろうね?」
緊張感満ちる空間の中でカザネ・ユイハマが口を開く。その言葉にワルギレオが答える。
「ミンシアナの王族でありながら優れたゴーレム使いと聞いたのでな。であれば、我らが同胞ということ。顔を合わせてみたいと考えてもおかしくはないだろう」
「同胞ね。私は自分のものを勝手に盗んで、何食わぬ顔で仲間ヅラする人を同胞とは思いたくはないなあ」
ワルギレオの言葉に対し辛辣な返事がカザネ・ユイハマから含み笑い混じりに告げられる。周囲がその言葉にざわつく中、特にダンガーの心中は穏やかではいられなかった。
「貴様、無礼だぞッ」
故に思わず叫んだ。少々力を持っただけの小娘が、ゴーレムの力を他国に売り渡した売女が……浮かぶ言葉はいくつもあった。先ほどの怒りに飲まれたこともダンガーの矜持に触れたのかもしれない。
「あんた、誰?」
そのダンガーに対し、カザネ・ユイハマは眉をひそめて尋ねた。
「ワシはゴーレムマスター教会ナンバー3の」
「ああ、いいや。やっぱり」
カザネ・ユイハマがそう言った瞬間である。巨大な黒い鬼がダンガーの背後に出現し、その大きな腕で掴みあげたのは。
「はぁぅあっ!」
ダンガーが情けない悲鳴を上げる。無理もない。この国で最も安全なはずの場所で見たこともないような凶悪な魔物に襲われたのだ。
「貴様ッ」
ベネットが叫んだ。この場においてその鬼を誰が放ったのかは明らかであった。兵たちがアダマンゴーレムと共にカザネ・ユイハマと護衛であるジンライを取り囲もうとするが、
「グガァアアッ」
「グアッ」
「ガアァアアアッ」
カザネ・ユイハマの周りには23体もの黒いオーガたちが現れた。さらには護衛のジンライは黒く、血のように赤いラインの入った槍をふた振り、いつの間にか握っていた。カザネ・ユイハマたちは完全に戦闘態勢に入っていたのだ。
対するトゥーレの兵たちも教祖の親衛隊たちである。アダマンゴーレムの連携により並のオーガ程度ならば軽く倒せる実力者揃いだ。故に気後れして戦う意気を失っている者などいようはずもなく、強敵であるとだけ理解して闘争の気配を強めた。
そして両者が一触即発の空気を放つ中で、
「静まれッ」
ワルギレオの声が響き渡ったのである。