作品タイトル不明
第五百十話 トドメを刺そう
速度は並の馬車の10倍近くは出ていただろう。
それに伴う放電現象も凄まじく、まさしく大地を這うようにして突き進む紫の雷がその日、ミンシアナ王国領土の北部で見られた。
「伝令!伝令! 光が街に接近してきます!!」
「衛兵たちを出せ。止めさせろ」
「あんなのとぶつかったら死にますよ。それよりも冒険者だ。連中なら報酬次第では」
「アホか。それよりも扉を閉めんだよ」
次々と叫び声があがる。正門前を兵たちが怒声をあげながら走り回っていて、その様子に人々が何事かと集まり始めていた。
(なんでぇ、この騒ぎは?)
そして、集まった野次馬の中にはジョーンズ・バトロイこと通称『親方』の名で呼ばれている中年もいた。
買い物帰りに騒ぎを聞きつけて足を運んでみれば、兵たちが何やら忙しそうに騒いでいるのである。
(魔物でも攻めてきたのか?)
親方はそう思うが、すぐさま自分の考えを放棄する。このゴルディオスの街周辺においてはそれはないのである。魔物が発生する、或いは生存するのに必要な魔素は街の中にあるダンジョンが吸い取っており、この近辺では魔物は出現しない。それ故にこの周辺は田園が広がり村も集中している地帯となっていた。
なので、この街に至っては魔物の出現は外からではなく街の中、ダンジョンからということになるわけだった。
(しかし、それにしてもだったらなんだろうなぁ)
親方が状況が見えずに唸っているとひとりの中年の兵士が走りながら叫んでいた。
「ええい。騒ぐんじゃない。あれは大丈夫だ! ミンシアナの王族様の乗っている馬車だぞ!!」
一斉の攻撃か、門を閉じての防御かで揉めている兵たちがその言葉に目を丸くする。そして、そんな彼らの後ろ、正門の先の道を紫の光が次第に近づいてくる。
「ありゃあ……」
親方はその紫の光に覚えがあった。
自分も乗せてもらったことがあるのだから当然ではあるだろう。
ただ、疑問はある。アレを扱えるのはトゥ-レ王国に向かったはずの風音だけのはずだ。
それもヒポ丸くんは未だ奪われたままなので、実際には今は使えない。であるにも関わらず、あの紫の光『這い寄る稲妻』が王都シュバインの方からやってくるのはどういうことだろうか?
親方がそんな疑問を頭に浮かべて首を傾げている間にも紫の光は次第に近付いてくる。
「本当にあれが我が国の王族なのか」
「王族って何だ。あんな放電して国を混乱させるのが王族なのか」
「ちくしょー、街が消えてもオリャア知らねえぞ」
兵たちが口々に叫び、怯えて正門の左右の壁に逃げたが途中でバッと紫の光が爆発したかのように放射されるとそのまま消えていった。それを目を丸くして見ている兵や野次馬の前に、やがてパカラパカラとやってくる馬車があった。そして、注目する群衆の中を馬車が通り過ぎる。
その馬車の御者席にいるのが白き一団のジンライであることは兵たちや野次馬にすぐに分かったため周囲も「またか」という気持ちとなり納得して、馬車が通り過ぎるとそのままみな散っていった。
ちなみに兵士長クラスともなると白き一団のリーダーとその弟が王族であることはそれとなく知らされている。便宜を図れ等とは言われてはいないが、本来王族への無礼はそれだけで死罪になりかねないので、自分の身を護るためにも白き一団には色々と便宜が勝手に図られているのが現状である。
だから兵士長は白き一団が関わっていることを察すると何も言わなくなるし、以前は事情を知らぬが故に不満を持つ兵たちもいたが、今はさらにアウターと天使教なる組織の二面からも圧力がかかっているため、もう反発する気力もなくなっていた。
しかし、そんな兵や野次馬たちが去って行く中でひとり 戦慄(わなな) いている男がいた。
「あれ、俺のセリオンハンマー号じゃねえか!?」
それは、己のゴーレム馬が何故か使われていることに目を丸くしている親方であった。
◎ゴルディオスの街 白の館
「到着ー!」
馬車が風音たちの本拠である白の館前に到着し、久方ぶりの我が家に風音は感慨深いモノを感じていた。館の本体である風音コテージは今は監獄都市周辺の森の中に隠されているが、外観からはそれは分からないように造られている。
今日は風音を含めて3人なので、客室用に造った建物に泊まれば良いため新たに建物を造る必要もなかった。
「なかなかの館ですね。けど、あれはなんでしょうか?」
風音とともに馬車を降りたクーロが中庭を見る。そこにあったのは相当に積もった土の山であった。
「ああ、やっぱり……そうなるよねえ」
風音がアハハハハと笑うが、御者席から降りたジンライも「こりゃ、山盛りだな」と呆れ顔だった。一緒に降りたユッコネエも「にゃー」と鳴いていた。
そして山盛り土山を見ながら屋敷の敷地に入った風音をその山の前で整列している、穴掘りクリスタル風音ちゃん人形部隊が出迎えたのである。
不滅のスコップを持ったクリスタル風音ちゃん人形が、キリッと敬礼をすると、ミニクリスタル風音ちゃん人形たちがあわせて敬礼をする。
そして、人形たちが整列して、待機しているということはある一つの事実を示していた。
「こりゃあ、温泉が掘れたってことだね」
風音が嬉しそうにクリスタル風音ちゃん人形を見て頷いている。
風音もここに来るまでに、てっきりマグマ層まで突き抜けたり、石油が出たり、謎の巨大生物が出たりするようなオチが待っているのではないかと少しだけ怖かったのだが、どうやら普通に温泉が掘れたようである。
「これもゴーレムなんですか?」
クーロがクリスタル風音ちゃん人形をマジマジと見ている。
「そうだよ。さてっと、それじゃあ温泉を汲み上げるように整えないとね」
風音はクリスタル風音ちゃん人形に案内されるままに、掘られた穴まで進み、何かを行い始めた。
「アレは一体……」
「待て。今は近付くな」
クーロが前に進もうとすると、それをジンライが止めた。クーロがジンライを見るとジンライは風音を指さした。
「風音が集中してるときにはあまり近付いてやるな。周りが見えてないから、下手に触ると事故になる」
「あ、はい。すみません」
その言葉を素直に受け止めるクーロにジンライは頷いた。
ジンライの見る限り、このクーロという少年の性根は善性であると感じていた。それがゴーレムマスター教会が絡むと途端に歪むのである。まるで洗脳のようだとジンライは考える。
そして、ふたりが見ている前で風音から膨大な魔力が放出され始めた。
「凄い……」
クーロが目を丸くして、それを見ている。
風音の魔力に当てられた掘られた穴の周囲は剥き出しの状態から井戸のような形状へと変化し、さらには風音はクリスタル風音ちゃん人形を万歳させると「これが貴様の最後じゃーー!」と言いながらブスリと胸を抜き手で突き刺して、動力である『竜の心臓』を無造作に抜き出した。
「ああ、なんてことをッ!?」
クーロが目を見開いて、その光景を見ていた。
まるでスローモーションのように『竜の心臓』を抜かれたクリスタル風音ちゃん人形が崩れ落ちる。そしてクーロの目の前で、クリスタル風音ちゃん人形はバタバタともがきながら、次第にその動きを弱めて無念とばかりに手をブルブルとさせながら動かなくなった。
「……惨いな」
ジンライもそう口にしたが、当然のことながら今のは風音のひとり芝居であり、ひとり芝居を打った理由はなんとなくである。なんとなくやりたかっただけなので、理由を求めてはいけないのである。また竜の心臓を戻せばまた動き出すので特に死んだわけでもない。クリスタル風音ちゃん人形は永遠であるのだ。
そして風音はそのまま『竜の心臓』を井戸風になった穴の横に設置された挿入口へと差してゴーレムメーカーを起動させる。
「んーー、お湯よ出ろー」
「お湯ですか?」
風音の言葉に、弱冠12歳の子供が見るにはトラウマになりそうな光景を頭から振り払ったクーロが尋ねる。
「そうだよ。お湯が湧いたからあの人形たちも待機状態になってたわけだしね」
風音が言う間にも、ブブブブと目の前のパイプが動き出していく。
「んー、ちょっとかかりそうだね」
「これもゴーレムなんですか?」
クーロは、目の前の井戸と、そこにはめられた『竜の心臓』を交互に見ながら尋ねる。
「そうだね。今は地下の水を汲み上げてるところ。形が単純でもさすがに距離があるからね。穴の整備とかに魔力をほとんど使っちゃったよ」
「ほとんどって……」
クーロは呆れた顔をする。
クーロの目でも感知できないほどの距離までゴーレム魔術の影響が出ていたのだ。非常に効率化され洗練された魔術式な上に、まともな魔術師の総魔力量の数倍の魔力が流れていたはずである。
クーロの基準からすれば今風音が行ったのは、本来であれば十数人の魔術師が行うような大魔術である。それも決してお湯を汲み上げるためだけに使用するようなものではない。
「それにしても、クーロは目がいいんだね」
「それが取り柄ですから」
風音の言葉にクーロがそう返す。クーロも風音の言葉に少しだけ動揺したが、ここまでのことを出来る相手であれば気付くのも当然かとも思っていた。
「お、やっぱりこれ、俺のセリオンハンマー号じゃねーか」
「ん?」
クーロとカザネが話していると、外から男の声が聞こえてきた。風音がその声の方を向くとそこには親方がいた。
「おう、カザネ。ジンライも。こいつが一体どういうことなのか……」
「なぜダンジョンに来ないのか説明してもらおうかッ!!」
そして、空には黄金の翼を広げたカルラ王がいた。青筋を立てて怒ってらっしゃるようである。