作品タイトル不明
第五百五話 招待を受けよう
◎監獄都市周辺の森 風音コテージ
「うーん」
リビングで風音がひとり唸っていた。タツオがくわっくわっと風音の頭の上で鳴いている。少し憤っているようである。
「どうしたんだよ? 便秘か? ちゃんと野菜とか食ってるか?」
風音の用意したマッスルクレイ人形を解析しながらゴーレム魔術の訓練をしていたレームがその様子を見て声をかける。
「レームは本当に女王様っぽくないよね」
風音の返しに「田舎者だからな」とほとんど起伏のない胸を張って答えるレーム。しかし、実のところレームは風音よりはある。いまだ風音のトップは揺るがないのだ。
(ふーむ。スタートダッシュの差かな。私は大器晩成型とはいえ、多少は焦った方がいいのかもしれない……のかな? まあ、レーム程度のサイズなら焦らずとも良いか)
大器晩成型の根拠は皆無である。そう心の中で唱えることにより自身の心の負担を軽くする風音流スピリチュアルコントロール法であった。
そんな風に己とレームの胸の差に分析というにもおこがましい落とし所を見つけた風音は、目の前のメールウィンドウに書かれた文章を見ながら口を開く。
「ミンシアナ王国に対してトゥーレ王国から正式に王族カザネ・ユイハマにご招待が来たらしいよ」
レームが目を丸くした。
「マジか。ここにいてどうやって……あ、なんか変な手段があるんだっけか!?」
湧いた疑問を自分で答えるレームの目は忙しそうにグルグルと動いていた。
ウィンドウのメール機能の詳しい概要は伝えてはいないが、そうした手段があることはそれとなくレームにも説明してある。それをすぐさま理解したレームはやはりお馬鹿な子ではないようである。
「それは、また随分と恥知らずな対応ですわね」
『まったくですね』
一緒にくつろいでいるティアラがそう口にして、タツオがくわーと鳴き、そばにいたルイーズとメフィルスも頷いている。
「だねえ。なんでもマッスルクレイの件を水に流すつもりはないそうだけど、私個人には敬意を持って対応するから一度会って話がしたいそうだよ」
「ただの挑発ですわね。どういう意図があるのかは知りませんが」
ティアラが呆れた声をあげるがレームは少し唸ってから口を開いた。
「いや、案外本気かもしれねえぞ」
「どういうことですの?」
レームの言葉にティアラが首を傾げる。それに対してレームは少し考えてから言葉を返す。
「つーかさ。ゴーレムマスター教会のことってあんたらはどれくらい知ってるんだ?」
「いえ、詳しくは。トゥーレを動かしている組織で、ワルギレオという男が教祖であること以外は知らないですわね」
そう答えるティアラに対して風音は「概要は聞いてるよ」と返す。
「ゆっこ姉からある程度はね。けどレームからの話も聞いてみたいかな」
風音がそういうとレームも頷き口を開いた。
「そうだな。えーと、この国の神様は山の神モンデール様って言ってな。神殿は王都から西にあるドッゴール山の山頂にあるんだけど知ってるか?」
「それは存じておりますわ」
ティアラも王族として近隣の国や属する神についての教育は受けている。
「そうか。まあうちの神様は、他のとは違って人の形をとって国中を動くようなことはしねえんだよな」
そもそもが神という存在は強大なアストラル体であるとティアラは王族の教育の一環として聞いていた。彼らは世界の運営のための歯車であり、そのための手段として比較的 魔力の川(ナーガライン) の流れの相互影響を受けやすい人間との共生を行っているのだとも。
それは国民には知られてはいない事実ではあるが、だからといって神への信仰が無意味かと言えばそういうわけでもなかった。
魔力は精神の影響を受け指向性を持つエネルギーだ。神を信奉することで、神と同期を取る形で繋がり、神の恩恵を得ることも可能である。そして、もっとダイレクトな手段がノーマンのような人間の形をした神の端末であった。
しかし、トゥーレ王国には人の形をした端末はないとレームは言う。であれば、何を代わりにしているかといえば……
「トゥーレの神様はゴーレム使いに力を与えて、それを媒介に繋がっているらしいんだな」
「へぇ」
それは風音も知らないことであった。
(ハイヴァーンで出会ったノーマンさんは自分を本体の端末と言っていたね。その代わりをゴーレムの術が担っていると?)
考え込む風音だが、よく分からなかったので数秒で思考を放棄した。このままレームか、分からなければゆっこ姉にでも聞けばよいと考えたのである。
「そういうことで、ゴーレムマスター教会はモンデール様の御力であるゴーレム魔術を信奉しているわけだな」
「それで教会は神様の威を借りて好き放題していると」
風音が続けて言うとレームが苦笑する。
「モンデール様は基本人間のいざこざなど、どうでも良いんじゃねえかな。ゴーレム魔術の廃絶行為が行われれば動くかもしれねえとは言われてっけど、少なくともゴーレムマスター教会はそういうんじゃねえだろ。神の意志に従って国民にゴーレムを信奉させてるんだから何も問題はねえんだよ」
レームは「ま、祖父さんの受け売りだけどな」と口にする。
「そんで分かったろ。ゴーレム使いのゴーレム魔術はトゥーレにおいてはモンデール様の御力に帰属し、そしてゴーレムマスター教会はモンデール様の意志代行役なわけだ」
「意志代行役って勝手に言ってるんじゃないの?」
「少なくともモンデール様はそれを否定してねえ」
ゴーレムマスター教会の行為がどうであれ神の望みを実行している以上は神はそれを否定しない。神は人の世事のことなどに興味はないのだという。それを聞いて風音が眉をひそめた。
「ノーマンさんみたいに話が出来る相手がいれば、いいんだけどなあ」
風音の言葉にルイーズやメフィルスは少しだけではあるが苦笑した。
実のところ、そのノーマンにしても正しく言えば人間のそうした問題には基本関与しないのである。その証拠にノーマンを害した悪魔に対しても本体の神はまったく動こうとはしなかった。
人と人との争いなどではなく、もっと強大な、それこそ土地一つ、大陸一つ吹き飛ぶような事態でもなければ彼らは積極的には動かない。
或いは、目的によっては人に強大な力を与えたり、端末個人が己の欲のままに王となる場合もあるのだが、それでもたかだか一国、或いは100年程度で安定する状況の誤差範囲でしかない。
「つまり、私のゴーレムメーカーも神様の恩恵で、その意志代行がゴーレムマスター教会にあるから、自分たちのものだって言ってるわけ?」
風音の言葉にレームは強く頷いた。
「そういうことだな。トゥーレのゴーレム使いはその教えを叩き込まれてる。そう信じることでモンデール様と繋がりが強まり、より強いゴーレム使いになれるってな」
「んー、でも待って。ゴーレム使いって今の時点でグリモアフィールドでしか生み出せないんだよね? ゴーレムマスター教会はもっとゴーレムを研究してゴーレム使いを増やそうとしているとは思えないんだけど」
風音の言葉にはレームは首を傾げる。
「グリモアフィールド? なんだそりゃ?」
「ゴーレム使いになれる部屋があるって聞いてるけど」
その言葉を聞いてレームも理解して頷くが、しかし続けて反論する。
「ああ、洗礼の間か。そうだな。でも、ゴーレム魔術は普通に学ぶことは出来ねえはずだぜ。他の魔術と違ってな」
「いや、そんなことはないよ」
風音は即座にレームの言葉を切って捨てた。すでに実証している風音はそれを知っている。つまりは意図的に行われていないと見るべきだろうと考える。そこにルイーズが挙手して口を開いた。
「うーん。多分だけど、ゴーレムマスター教会の方法でもモンデール様の要求を満たしているんだと思うわ」
「どゆこと?」
風音とレームのチンチクリーンズが揃って首を傾げる。子リスの姉妹のようだとティアラは笑みを浮かべ、少し涎が出ていた。
風音だけでもティアラは十分に満たされるが、レームと一緒にやりとりしている姿を見ると、その愛らしさに思わず両方に抱きついてむしゃぶりつきたくなることがここ最近多くなった。
レームという新たなるチンチクリンを得たことによりティアラのレベルも併せてもう一段階上昇していたのである。
「数自体はあんまりいらないんでしょ。ノーマン様だって、ひとりでハイヴァーンを回ってるわけだし。その役割をゴーレム使いが請け負ってるとするなら、グリモアフィールドでゴーレム使いを生み出す程度の数だけで事足りてるんだと思うわ。影響範囲もトゥーレ一帯だし、他国にゴーレム魔術を広める必要もないわけだし」
「そういうもんなの?」
「ええ、神様って相当にアバウトなのよ。私たちの感覚ではね」
ルイーズがそう苦笑いをする。長く生きている分、神を頼る者も多く見てきたし、その多くが叶わなかったこともルイーズはよく知っていた。
「話が脱線してるわね。つまりはそうした土壌のゴーレムマスター教会は、本気でそう思って風音をトゥーレに招待した可能性があるというわけね」
ルイーズの問いにレームは頷く。
「ま、十中八九、カザネの能力狙いだろうけどな。けど、カザネに対する扱いとしては事実かもしれねえ。カザネが教会と同調すればだけどな」
「なるほどねえ」
風音を引き込んでしまえばマッスルクレイの技術もゴーレムの技術も手に入る。その上で技術の特許を持つカザネを使ってミンシアナに圧力をかければいいだけのことではあるのだ。
「それで、風音はそれどうするの?」
「どうって、当然蹴りますわよね?」
ルイーズの問いにはティアラが答える。しかし風音はうーんと考え込んだ。そこに、コテージの入り口から直樹がやってきた。
「姉貴っ、ゴーレムマスター協会からふざけた内容の連絡が来てるって!?」
やってきたのは直樹と、そして7階で一緒に訓練をしていたジンライやライルにエミリィ、オーリングのメンバーだった。どうも直樹もゆっこ姉から風音と同様のメールを受け取っていたようである。
「落ち着きなよ直樹」
風音が迷惑そうに言うと直樹がぐぬぬ顔で、ひとまず深呼吸して自分を落ち着かせようとした。そしてクワッと目を見開く。
「もちろんブッチだよな姉貴?」
全然、落ち着けていなかった。
「いんや。受けるよ」
そして即答する風音に直樹が目を丸くする。他のメンバーも一部を除けば同じ反応をしたが、風音は笑ってこう告げた。
「せっかく懐に飛び込ませてくれるチャンスなんだし、これを利用してさっさと王手をかけてブッ倒しちゃおうよ」