軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第五百四話 水浴びをしよう

弓花は魔狼クロマルに乗って荒野を走っていた。

監獄都市を出て、すぐに弓花は風音たちと別れてひとりと一匹で旅立っていた。仲間を思うオーリたちに感化され、コテージに戻ることなく飛び出して行ったのである。

もっとも準備が整っていなかったかといえばそんなことはなく、食料と水もアイテムボックスに入れてあるし、すでに王都までの地図はウィンドウのマップにも入っていた。ウィンドウはゲームと同じように購入した地図を取り入れることで、その地図の精度に準じたマップが表示可能となるのである。弓花はそれを見ながら突き進んでいた。

もっとも簡易な地図であるため、闇の森などの危険区域の注意表記はあるが細かい部分が記されているわけではない。例えばボーボル峠の絶壁などの橋の位置が上手く記されてなかったりもしたのだが……

『ていやっと』

崖を人サイズの鎧を着たドラゴンが翼を広げて飛び越えていく。勿論、それは完全竜化した弓花だ。深く、割れ目の広い崖ではあったが今の弓花に通れないほどではない。弓花はクロマルの召喚を一旦解除してドラゴンの姿になってさっさと飛び越えたのである。

『着地ッ!』

スタンと弓花が反対側の崖に降り立った。

崖の周辺は森である。周囲にいるはずの魔物たちも本来は放つ竜気により逃げ出すか、或いは無謀にも捕食しようと動くはずだが、その様子はなかった。それは伸びた首の上のドラゴンの頭に被せられた『穢れなき聖女のケープ』の付与効果である『インビジブル』が効いているためであった。

そして弓花が『ふうっ』とひと息吐くと、そのまま完全竜化を解いて人間に戻った。黄色い雷竜であった姿が瞬時に人の少女の形へと変わったのである。そして弓花の持つ竜結の腕輪へと周囲の竜気が吸い込まれて、放電現象を発しながらそのまま吸収し尽くした。

この、今回の完全竜化に使用したのは弓花本人の竜気である。弓花の竜気の属性は雷。ちなみに、完全竜化でもっとも強力な竜気はユッコネエのもので、続けて風音やタツオで、ライル、弓花の順に続く。そのためドラゴンステーキを食して手に入れた自身の竜気を使う機会は今まではほとんどなかったのだが、さすがに一人旅では補充はできないので弓花は自前のモノを使っていた。

(随分と竜気の蓄積量が増してるみたいだねぇ)

弓花が自分の腕に付けている竜結の腕輪を見る。ウィンドウのパラメータを見ると当初87だった竜気の総蓄積量が今は134になっていた。

(常時使ってるから……かなぁ)

実戦では鎧や槍の強化補正もある完全狼化になることの方が多い弓花ではあるが、常日頃の訓練ではどちらも満遍なく使用して常に慣れるようにしている。特にユッコネエの黄金の竜気は強力で竜結の腕輪が今も若干の黄金の輝きを帯びているようである。弓花はしげしげと竜結の腕輪の腕輪を見た後、周りに気配がないのを確認してから、

「クロマルッ!」

と魔狼クロマルを召喚する。

クロマルは風音のユッコネエと同じく、弓花に忠誠を誓う狼型の召喚獣だ。クロマルも隠密スキルを持っているとはいえ召喚時の気配は隠せない。しかし、今は誰もいないようなので問題なしと判断し弓花は召喚を行ったのだ。

「さ、いこうか」

弓花の言葉にクロマルが周りに聞こえぬように「アオンッ」と小さく鳴いた。

そして弓花を乗せたクロマルは先へと進む。

進む先は王都イプシロン。そこに囚われているだろうオーリングのメンバーを救うために弓花は移動している。もっとも弓花は囚われているだろうユズもナイラも会ったことはないため、弓花が王都に行ってとりあえず行うことはゆっこ姉の影武者であるイリアの配下の忍と接触し潜伏して、 帰還の楔(リターナーズ・ステイカー) で直樹たちが転移できる場所を確保することだった。

「ここらで休むかな。クロマル、良い場所あるかな? 綺麗な水辺だとなおいいんだけど」

そうして、弓花が監獄都市を出てから二日進んだ後のことだ。水浴びくらいはしたいと考えた弓花の言葉にクロマルが進む先を変える。その先にあったのは岩山であった。

**********

ロックホロウモンキーという猿がいる。

岩と同化し、隠れ、近づいた得物を圧倒的なパワーで捕らえて食らう魔物である。ともすれば擬態化したまま何ヶ月も動かぬこともある彼らだが、どうやらその日は獲物を見つけたようだった。

「クロマル、周りを見張っててね」

「うぉんっ」

その獲物とは、魔物としては格が高そうな黒い狼に人の雌である。ロックホロウモンキーは思考する。黒い狼は確かに強力であるが、元来あの系統は岩系魔物に対する相性はよくない。その爪も牙も岩を削るには適さない。ならば、ひとまずは人の雌を狙おうとロックホロウモンキーは考える。

そして、人の雌は全身の鎧と服を脱いで、裸で川に入ってきた。武装はない。人としては平均的だが張りのある乳房が揺れるが、ロックホロウモンキーはオークのような他種族の雌を襲うような習性はないため、気にせずに観察を続ける。

「あー、気持ち良い」

そういって人の雌は泳ぎ始めた。呑気なものである。

この周囲は岩場で水も澄んでいる。水浴びにはもってこいだと思ったのだろう。

そして、その考えは実に正しい。しかし、そうであるにも関わらず、周囲には他の動物がいないことを人の雌と黒い狼はあまり深くは考えてはいないようだった。

「でも、ここって本当になんもいないんだな。あ、風音にメールしとこ。写真に撮っときたいけど、スクショ機能ってカメラを入手しないと使えないんだよなぁ」

人の雌がなにやら楽しそうに笑っている。

ロックホロウモンキーは考える。狙うべきかと。

そして、ロックホロウモンキーは思考する。

そして、ロックホロウモンキーは思考する。

そして、ロックホロウモンキーは思考する。

そして、ロックホロウモンキーは思考する。

そして、ロックホロウモンキーは思考する。

そして、合計57体のロックホロウモンキーは思考する。

食らおうと。

「え、なに?」

人の雌が唐突な気配の発生に右腕で胸を、左手で下腹部を隠す。それは人同士でならいざ知らず、無生物に近い魔物に対しては何ら意味のない行為だろうが、恥じらいがそうした動きを見せた。

そして、岩が動き出した。いや、岩に擬態化していたロックホロウモンキーが一斉に動き出したのだ。それは生物と無機物の中間の魔物。猿の形をした半ゴーレム。それらが一斉に立ち上がった。

「はっ。マジですか!?」

人の雌が何かを叫ぶが無視してロックホロウモンキーたちはいっせいに飛びかかった。お供であろう黒い狼が飛び出すがもう遅い。

人の雌に向かって、最初に飛び出したロックホロウモンキーの巨大な腕が突き出されて、そのまま、

「うわっと」

ロックホロウモンキーの腕が切り裂かれる。

人の雌の身体から出た炎の刀に。

腕を切られて呆気にとられたロックホロウモンキーに、人の雌が唐突に出した槍を突きつけた。その銀色の槍は、ロックホロウモンキーの胸部を抜き、体内のコアストーンまで正確に貫いた。

そして、人の雌は後ろへと跳び下がりながら、銀色の狼へと変わっていく。ロックホロウモンキーは気付いた。人の雌ではなく狼の雌だったのかと。つまりは黒い狼との 番(つがい) だったのかと思考する。

さらには気が付けば、黒い狼は三頭首の銀狼へと変わっていた。そちらも本性はまた別の姿であったようだとロックホロウモンキーは考えた。ハメられたと認識した。

『もう、いきなり何なのよ。いくよ、クロマルッ!』

「「「ワォォオンッ!!!」」」

二本足の銀狼が叫び、三頭首の銀狼が吠える。

周囲はすでに岩石の猿たちによって囲まれている。しかし、二頭の銀狼たちは恐れることなく突き進む。

ソレを見てロックホロウモンキーは、目の前の二匹の魔物が人に擬態化して獲物を狩る 番(つがい) の狼であると悟ったのだ。そして、もう遅い。補食する側とされる側が入れ替わった今、辿るべき未来はひとつだけであった。

ロックホロウモンキーは両腕を振るい、その未来を退けようとする。しかし、槍を持った銀狼は身体から白い炎の刃を出して切り裂いてくる。三頭首も次々と仲間たちを噛み砕いていく。

◎風音コテージ 屋上 ラウンジ

「あーー」

「どうしたんだ姉貴?」

ラウンジの椅子の上でのんびりとウィンドウのメールを読んでたらしい風音が声をあげた。それを見た直樹が尋ねたのである。

「いやさ。弓花からメールが来たんだけどさ」

「へえ」

風音の言葉に、直樹が相づちを打つ。

今、弓花はトゥーレ王国の王都イプシロンに向かっているところだった。直樹も共有しているマップデータには弓花の居場所が表示されていて王都まで後半分というところであった。これは暗殺集団の結界のような特殊な妨害があったり、相手が見えないように設定しておかない限りは表示されるものだ。

「魔物の大群と戦って、槍が折れちゃってねー。やむなく逃げ出したらしいよ」

「槍ってシルキィか?」

直樹の問いに風音が首肯する。弓花の新装備は作製中で今はまだ古い装備のままなのだ。

「そろそろ限界だったからねえ。ゴーレム系の相手と戦ってやっちゃったって。なんか文章もやたら崩れてるし、すっごくへこんでるっぽい」

「あー、それで大丈夫なのか?」

直樹が「うわぁ」という顔で尋ねるが、風音は「逃げ切ったみたいだし、無事っちゃ無事だけど」と返す。

「アダマンチウムの槍はいっぱい持ってるし当面は問題はないだろうけど、なんか落ち込んでるっぽいなぁ。フォロー必要かも」

風音と直樹が同時にため息をつく。落ち込んだ後の弓花はかなり面倒なのだ。早急に対策をとらないとテンションだだ下がりかもしれないと、ふたりは唸った。