作品タイトル不明
第四百九十五話 脱出をしよう
「しっかし、すげーな。こりゃ」
レームは目の前の分身ゴーレムを見て感嘆の声をあげていた。
「思ったよりもそっくりには仕上がってるね。臭いで気付かれたりするから戦闘には使ったことはないんだけどさ」
『さすが母上、そっくりです』
風音がレームの目の前で作り上げた土人形は真にレームの生き写しであった。造形も完璧にレームそのままに作られていて、レームの知っているゴーレム特有のぎこちなさもない。中でもレームが気になったのはゴーレムの髪であった。近くに寄らなければ気付けないほど自然な髪に見える幻影魔術がこのゴーレムには施されていた。
「どうなってんだ、これ?」
触ろうとしてもスカッとすり抜ける偽髪を見ながらレームが呟く。実際にはゴーレムは坊主なのだが偽物の髪が頭部には見えていた。
「パーティクルだかなんだかの処理を魔術でやってるんじゃないの? 私もよくは知らないけど」
対して風音は風音で偽髪がどういった魔術で造られているのかはよく分かっていなかった。死霊王ヨハンの時のように髪を別で用意して移植という手段もあるのだが、今回はコーティングのオプションにある髪セットを使っていたのである。
「それじゃあ偽レームさんはベッドに入って寝ててね。ふてくされてる感じでモゾモゾしてればしばらくは気付かれないでしょ」
風音の指示に分身ゴーレムは頷き、自然な動作でベッドの中へと入っていった。
「お前は私をなんだと……いや、いい。それよりも私を逃がすって言うけどな。こんなん付けられてるけどそれって本当に可能なのか?」
レームはそう言いながら己の首を風音に見せた。さらには続けて両手首、両足首も風音の前に出したのである。そこには装飾された見事なデザインのリングが計5つはめられていた。
『見た目はかっこいいですね』
「まーな。さすがに王族用だからオシャレにも気を使ってくれたんだろうよ。けど実体は奴隷用の拘束具と変わりゃしねえ……つか、お前しゃべれたのかよ?」
風音に背負われているタツオが喋っているのにレームは気付いて、今更ながら驚いていた。
『母上の息子ですので、当然です』
「あーそうかい。よく分からないが良かったな」
自慢げに言うタツオに、レームがなんだか分からないが頷いていた。そんなやり取りの横で風音はレームの拘束リングをじっと眺めていた。
「これは……ヒヒイロカネ?」
風音は拘束リングの表面の色合いを見てその素材がヒヒイロカネだと気付いた。そしてその認識は正しく、拘束リングはヒヒイロカネ製であった。
このヒヒイロカネとは精神感応石とも呼ばれる人の意思に反応しやすい稀少金属のことで、風音の新バージョンゴーレム兵にも多用されている素材である。
「ああ、うちの国の産出物だ。私を縛っていたものでもあるけどよ」
風音のつぶやきを聞いてレームがそう答えた。
「産出……これがこの国で出るんだ」
レームの言葉に風音の目は輝いていた。
(こりゃあ、マッスルクレイと合わされば、かなりいい感じになるんじゃないのかな?)
ヒヒイロカネはこれからのゴーレム作成には必要となる鉱物だ。仕入れ場所が増えればそれだけ今後の計画の動きも早くなる。
(でも、こんなものが取れるのにゴーレム技術は衰退してるのかー。いや、そういう場所だからゴーレムの国が出来て、徐々にゴーレムの術が廃れていく過程で扱えなくなったってことかな?)
「おい、どうしたんだチンチクリン?」
風音が何も言わずに考え込んでいるのを見て、レームが訝しげな視線を送る。そのことに気付いた風音は「ああ、なんでもないよ」と言ってレームを見た。
「うん。その拘束リングを外すのは問題ないよ」
風音の言葉にレームの目が丸くなる。ここまで、どんなにレームが頑張っても外せなかったものをあっさりと出来ると言われては驚くしかない。もっとも続いての風音の言葉にはレームも眉をひそめた。
「ただどうやって外すかは見せたくないから、ちょっと目を瞑ってて欲しいかも」
「おい、大丈夫かよ? 爆発とかしねえよな?」
不安そうな表情のレームに風音は「大丈夫だから」と返す。あまりにも軽い言葉にレームは唸るが、逡巡している余裕はないと考え覚悟を決めた。
「マジで頼むぜ。目を開けたときには胴体とこんにちはとかゴメンだからな」
そんな恐ろしい言葉を吐きながらレームは素直に目を瞑った。
「了解。じゃ、外すよ」
風音はアイテムボックスから 無限の鍵(インフィニティ・キー) を取り出すと、首から順に拘束リングを開錠していった。拘束リングは5つ、そのすべてを解錠した風音は 無限の鍵(インフィニティ・キー) をまたアイテムボックスに仕舞う。
「ほいっと、完了したよ」
そして、すべてを終えた風音がレームに声をかける。もっとも風音に言われるまでもなくレームは己を縛っていたものが消えているのをハッキリと実感していた。ここ数年の間、ずっと抑えつけられていた感覚がよみがえってきているのをレームは感じていた。
「おおーすげー。何したんだよ?」
「飯の種だから秘密。それよりもこの拘束具ってもらっていいの?」
「構わねーが、誰か拘束でもしたいのか?」
レームの言葉に風音は「そうだねー」と頷いた。
「溶かして別の用途に使用しようかと思ったんだけど、そういう使い方もあるから、取っておこうかな」
無限の鍵(インフィニティ・キー) で外したので、再度使用するのは問題はない。風音は拘束リングをアイテムボックスへとしまい込んで、レームを見た。
「そんじゃ外に出るけど、この周辺には兵隊さんがいないんだね」
ミザーレもすでに塔から離れており、現在は入り口どころかこの塔の周囲に誰ひとりとして配置されていないようであった。風音もそうした状況だからこそここに降りてきたのだが、状況としては不自然に思えた。その風音の疑問にはレームが答える。
「私みたいなビップを閉じこめる場合には、あまり人を使うことはしねえらしいぜ。脱走なんて外部の協力者あってのもんだし、そういう穴を塞ぐにはシンプルに人を近付けないのが一番なんだとよ」
「はぁ、そういうもんなのかな?」
レームの説明に風音は首を傾げたが、 無限の鍵(インフィニティ・キー) という反則級のアイテムがなければ風音にしてもここまで来ることは出来なかったはずだった。
「同じ理由で外に干渉するような魔術も用意してやがらねえ。その他の魔術の類も封印術以外は完全に廃していて余計なことが出来ねえようになってやがるのな」
そうしたレームの説明は風音も普通に頷ける内容だった。
(けど、 無限の鍵(インフィニティ・キー) には意味がないみたいだけどね)
風音はそんなことを心の中で呟きながら、口を開いた。
「そんじゃ、こんな辛気臭い場所とはとっととおさらばしようか」
レームに仕掛けられた拘束リングは外れている。外に出る方法も風音が入ってきた窓を出ればいいだけのことである。なので風音がここに留まる理由はなく、レームにしてみれば一日千秋の思いで待っていた脱出の機会でもあった。
「おお、外に出れるのかッ」
風音の言葉にレームの顔がパッと向日葵のような笑顔を向けた。
「問題なし」
風音が親指を突き出してそう答える。そして風音は未だに天井と繋がっている蜘蛛の糸を引っ張ってその強度を確認し、問題はなさそうだと頷いてからレームを見た。
「このまま昇るから手を取ってもらえる?」
「おう、こうか?」
言われるがままに従うレームの手を取り、風音はスキルの『インビジブル』と『光学迷彩』をかけてから蜘蛛の糸を収縮させて天井までビヨーンと跳び上がった。
「うぉぉぉおおおおッ」
レームが少女とは思えない声で叫んでいる。その様子を無視しながら風音は開いている窓の外へと飛び出し、一緒に飛び出したレームを抱えて屋根の上へと着地した。
「おめえ……ち、力あるなぁ」
お姫様だっこをされて驚くレームに対して風音は「静かにね」と呟いた。その言葉にはレームも自分が脱走している身だと気付かされ、口に手を当てて頷いた。
(さてっと、続いてはオーリさんだね)
続けて風音は視線を先ほどまでいた塔から最初に侵入していた監獄へと移した。オーリがいるのは、監獄の中でも最奥。死臭漂う明らかに危険なエリアであるようだった。
「それじゃあ、さっさと脱出しようぜ?」
レームは静かに風音に声をかけた。当然、このまま脱出だと思っていたのだろう。
しかし風音にはここで一旦レームを連れて戻るつもりはなかった。トゥーレ王国の急所でもある女王が脱走したとなれば、警戒も強まり二度目に潜るのは難しくなる。一発で決めなければ難易度が上がるだけなのだ。
「いや、元々の予定もあるし、さっさと進むよ」
そういって風音はレームの手を握りしめて歩き始めた。
「え? え?」
手を引かれているレームは状況がよく分からない。脱出をするだけならもっと別のルートがあるはずなのだが風音が何故か監獄へと進み始めた。
そして、頭の中が「???」のレームを引きずりながら風音はオーリの元へと向かっていく。バックスの話によればオーリが独房に閉じ込められてから既に一週間は経つ。故に今はオーリの早急な救出が求められていたのであった。