作品タイトル不明
第四百九十三話 潜入をしよう
◎監獄都市ドルアージ 大監獄ケストラーデ
「おら、入れッ!」
「くそったれ」
背中から蹴られたバックスが牢屋の中で転げて倒れる。オーリングのメンバーであるアグイとオルトヴァがバックスに駆け寄るが、その間にわざとらしいほどに音を大きく立てながら牢屋の扉が閉められた。
「はっ、テメェは一生ここで穴掘りしてんだよ。テメェんとこのリーダーはもうじき死ぬだろうが、構いやしねえだろ? どうせパーティなんてもんはもうテメエ等にゃあ関係のないことなんだからな」
そんな罵倒を口にしながら兵が去っていく。
「くそっ。連中、好き勝手言いやがる」
悪態づきながらアグイがバックスの体を起こした。アグイは神官ではあるが、首輪の封印によって現在は魔術を扱うことができない。
自分の力を出せぬ状況を口惜しく思いながらアグイはバックスに声をかける。
「大丈夫かバックス?」
「へっへへへ」
そのアグイの問いにバックスは笑い顔で返した。
「おかしくなったのか?」
「それも仕方ない。このような状況ではな……」
アグイの言葉に、オルトヴァは苦笑する。
オーリが捕まってからの彼らの境遇は明らかに悪化していた。さきほどのような罵詈雑言の言葉も日常的に受け、まともに働けない状態のオルトヴァなどは頻繁に暴力を振るわれ青あざだらけである。監獄特有の屈辱的な行為を受けたことも一度や二度ではない。
アグイは鍛えているし体力もあるが、オルトヴァは違うのだ。魔術師である彼は元より体力はなく線も細い。この牢獄で生きていくのは難しい男だった。
「だが私よりもこの単純馬鹿がやられるとは、明日辺りには私もそちら側に回っていそうだ」
やれやれと皮肉げに笑うオルトヴァにバックスが犬歯をむき出しにしてさらに笑みを浮かべた。
「これは……」
「ああ、どうやら本当に」
アグイとオルトヴァが気の毒そうにバックスを見ると、バックスは「はっ」と血の唾を吐き捨てた。
「バカ言ってんじゃねえよ。いいかてめえら。ようやく来たぜ。最高の連中がやってきた」
「最高の」
「連中?」
目を丸くしているアグイとオルトヴァにバックスがべーと舌を出した。そこには丸まった布があった。
「なんだ、それは?」
唾液まみれではあるが明らかに監獄などで手に入るようなものではないハンカチをバックスは吐き出し、アグイとオルトヴァが訝しげな目で丸まったハンカチを見る。
「助けが来る。こんなジメジメしたところなんざすぐにおさらばさ」
そう口にするバックスは今にも爆発しそうな活力に満ちていた。
「うちの新人が頼もしい助っ人を用意してくれたからな」
そして、バックスがハンカチを広げるとそこには光る紋様が描かれていた。それこそは 帰還の楔(リターナーズ・ステイカー) の移動ポイントを示す刻印であったのだ。
◎監獄都市ドルアージ 宿屋ミカミカン
「大丈夫。繋がってるみたいだ」
風音たちが借りている宿屋の部屋で直樹がウィンドウを眺めながら答えた。
帰還の楔(リターナーズ・ステイカー) の10つ設定できる移動先リストには確かに大監獄ケストラーデの選択が追加されていたのである。これでバックスが失敗して兵士に刻印付きのハンカチを奪われていなければ、直樹はバックスたちの元へと転移出来るはずであった。
「それじゃあ、行けるんだね」
カンナの期待に満ちた目に直樹が頷いた。
「ああ、姉貴に預けていたハンカチは監獄の中にある。だからバックスを助けるのは問題ない。まあ、転移先の様子は分からないから行った先での対応には気をつけないといけないけどな」
運が悪ければ見回りに来た兵士たちとぶつかる可能性もある。油断は出来なかった。
そして現在の状況だが、明け方にバックスと風音が接触できたことによりオーリングのメンバーの所在を白き一団はある程度把握していた。
バックス、オルトヴァ、アグイは同じ牢屋で、オーリは脱出しようとして独房入り、ユズとナイラは王都で捕まった後は離ればなれのままだそうである。
なのでユズとナイラの行方は一旦保留とし、オーリたちの救出を優先する方向で風音たちは今は動いていた。
そして今回の監獄への突入メンバーは、風音に転移役として呼び出された直樹を含めて、弓花、カンナ、ライル、エミリィ。名の知れた、或いは知られるとまずいジンライ、ティアラ、ルイーズは待機となっていた。
「それにしても、まさか女に変装してくるとはな……くくく」
『似合っているぞ』
ライルが笑い、ジーヴェの槍も愉快そうに声をあげた。そんな親友の笑いには直樹も苦い顔をするしかない。
「よしてくれ。二度とごめんだ」
そう口にする直樹は、絶賛女装中であった。またイケメンは女装も実によく似合っていた。ミステリアスな雰囲気を醸し出すクール系お姉さまがそこにいたのだ。
「かっこいいわナオキ」
エミリィがうっとりと見ている横で弓花は、
(風音を大人にして落ち着かせると大体そんな感じかな)
などと思っていた。風音の年齢からすれば胸どころか身長ももうこれ以上の伸びは期待できないが、まあそれはそれである。
「しっかし、よくもまあそこまで似合うわねえ」
「うるさいな」
弓花の言葉に直樹がブスッと口を開く。
「ルイーズさんとティアラが悪ノリしたんだよ。この詰め物だって中身、ルイーズさんの召喚精霊だぜ」
直樹がボヨヨンとおっぱいらしきものを震わせる。その中身はルイーズの操る水の精霊ウィラルであった。
「風音と入れ違いで良かったわね。そのサイズだと絶対に思いっきり叩き込まれていたわよ」
「それでもいいから姉貴と会いたかったなぁ」
直樹がそう愚痴をこぼす。
風音に呼ばれた直樹が、正体のバレないように変装して監獄都市の宿屋にまで辿り着いた時には、風音は入れ違いで既に出発済みであったのだ。
「後、ジンライ師匠が凄くブータレてたぞ」
直樹の言葉に弓花が苦笑する。
「師匠がひとり無双し始めたらすぐにバレそうだからねぇ」
弓花が遠い目をする。自重などいっさいせずに兵たちを叩きのめすジンライの姿が目に浮かんだ。
「確かにな」
直樹も頷いた。今回の主役は別にいるのだ。現時点で監獄を襲ったのが白き一団であることを風音たちはまだ知られたくはないのである。
「ま、そんじゃ姉貴の連絡を待ちますか」
直樹はそう言って、その場の椅子に座り込んだ。その際にボヨヨンと直樹のおっぱいが揺れた。さらにはついつい生物的な本能で、それをガン見してしまったライルの視線と直樹の視線がぶつかり、
「…………」
「…………」
とても気まずい空気になった。
◎監獄都市ドルアージ 大監獄ケストラーデ
「がっちゃんと」
カビ臭い通路にある、ひどく頑丈そうな扉が開いていく。
(消音効果が凄く利いてる。領主の緊急脱出用ってのは間違いないみたいだね。バックスさんの言っていた通りか)
その開いた扉から中に入ってきたのが風音とリュックの中のタツオであった。
(母上、暗いですね)
(ま、夜目がある私たちには関係ないけどね)
(ですねー)
スキル『情報連携』の使用により音も立てずに風音とタツオがやりとりをする。周囲は闇に包まれているがスキル『夜目』により風音とタツオは問題なく、周りが見渡せていた。
そこは誰も使っていない通路であった。領主の緊急脱出用に用意されたものとのことで、当然所在を知られぬように兵も配置されていない。もっとも最近つけられたであろう大量の足跡が風音たちの眼下にはあった。
(オーリさんが逃げて捕まった時のヤツか。僅かだけど確かにオーリさんの匂いがするや)
そこは風音がバックスから教えてもらった、オーリが脱出に使おうとしていた通路であったのだ。
もっとも、外に通じる最後の扉はきわめて強力な封印が施されており、オーリでは脱出することは叶わなかったようである。風音とて開錠可能な 無限の鍵(インフィニティ・キー) がなければ入ることは出来なかっただろう。だからこそ、気付かれずに潜入することも出来る。
(怒りと悔しさがにじみ出てるね)
匂いの中には相手の感情も混じっている。捕まったオーリの気持ちを感じ、少しだけ憂鬱になった風音にタツオが頬摺りをする。
(私は大丈夫だよ。行こっか)
(はいっ)
風音はタツオをリュックに入れたまま、その先へと進み始めた。いつも通りに『インビジブル』と『光学迷彩』をかけながら『直感』と『アラート』もついている。侵入役としては十分なスキルを風音は所持していた。
(それにしてもユズさんとナイラさんは王都で別れたきりか)
バックスの話ではユズは捕まった直後に王都で別れさせられたらしかった。ナイラも共に連れて行かれたようだが、バックスたちはどこに行ったのかまでは知らないとのことであった。
(手を出させないためには……やるしかないか)
今のユズたちがゴーレムマスター教会にとってどれほどの価値があるのかは風音には分からない。しかし、何もせぬままではどんな酷い目に遭うかもしれない。今この時点で、殺されていてもおかしくはない。
(なら圧倒的にやるっきゃない。どう目が出るかが分からないのが不安だけど……)
だから風音はユズたちの価値を引き上げる手段をとるつもりだった。そうすれば当面はユズたちの身の安全は保たれる可能性は高い。少なくとも殺される可能性は減るだろうと風音は考えていた。
そうして、風音は監獄の中を進んでいく。
(うーん、オーリさんの匂いは随分と奥にあるっぽいね)
スキル『犬の嗅覚』により風音はオーリのいる場所を大体は把握できていた。巡回する兵たちや、魔力も臭いで追えるので監視用の罠も感じ取れている。
(ん、なんだろ? 小さなこの匂い?)
そして、風音がゆっくりと慎重にオーリの元へと進んでいると途中で、この場にそぐわぬ匂いが漂っているのを感じた。
(女の子?)
風音が首を傾げる。齢にしてまだ10代と言うところだろうか。少女のものと思わしき匂いを風音は察知したのである。