作品タイトル不明
第四百九十話 息子を教育しよう
◎監獄都市ドルアージ
夜の監獄都市は他の街よりも若干明るいようである。
それは鉱山の作業を終えた男たちが夜に酒を飲んで騒いで日の出る頃に眠りにつくからだと言われている。
鉱山の坑道内はいつも闇の中であるため、外界との時間的感覚がズレやすいのも原因の一つであるかもしれない。
ともあれ、そんな明かりの灯った街の屋根の上をチンチクリンが疾走していた。
「さささーー」
擬音を口ずさみながら『インビジブル』と『光学迷彩』のスキルをかけたステルス風音が街の屋根を音も立てずに突き進んでいたのである。
『母上ー。なんで屋根の上を飛び回って進んでいるのですか?』
「気分かな?」
タツオの質問に風音はキリッとした顔で答える。キリッとしてれば良いものでもないはずだがタツオは気付かない。
『さすが母上です』
何かしら素晴らしい意味があるのだろうとタツオはくわーっと鳴いた。そんなタツオは今は風音の背のリュックの中にいた。隠密行動を行う際にはさすがに頭の上に乗っているのでは支障をきたすだろうという判断からの選択である。
「シュタッ」
そうして風音が走り続け、最終的にたどり着いたのは街の端に面しているベルヴェラーザ山脈の採掘場前であった。
「さってとー、こっから入るのは厳しいらしいね」
風音が目の前の壁の上を目を凝らして見てみると、わずかに魔力反応があるようだった。
(なるほど。聞いていた通りに薄く結界が張られているみたいだね)
風音はここに来る前にライルから聞いた話を思い出していた。
事前にライルが仕入れた情報に寄れば採掘場に入るための入り口周辺の壁の上には探査用の結界が仕込まれていて、無理に入ろうとすると反応して警護兵がやってくるらしいとのことであった。
『入れないのですか?』
「こっから入ることは出来るけど騒ぎになっちゃうからね。面倒だけど正面から行こうか」
そう言って風音はテクテクと採掘場の入り口へと進んでいく。
『門番の人がいますね』
「そうだねえ」
タツオの言う通り入り口には門番の兵がふたり立っていた。採掘ギルドのカードを見せれば通してはくれるだろうが、入山記録は取られる。これから明日いっぱいは篭もる可能性もあるのだから、所在が知られるのはあまり好ましいことではないのである。
『倒しますか?』
「ダメだよ、タツオ。暴力だけで解決しようとしちゃーいけない。もっと平和的に行くべきだよ」
そう言いながら風音は門番たちに近づいていく。
風音にかかっている『インビジブル』は認識を誤魔化し『光学迷彩』は光を屈折させて物理的に見えない状態へと変えている。
なので近づいても早々にバレてしまうようなスキルではないのだが、ツヴァーラ王宮騎士団長レイゲルのようにそうした幻術の類を見破る者もこの世界には存在している。特にこういう門番などに雇われてる場合があるので油断は禁物であった。
風音はひと息吸い込むとスキル『壁歩き』で一瞬で壁を駆け上がって入り口の屋根の上へと飛んだ。そして、風音はついにあのスキルを発動させた。
「あん?」
「なんだ?」
二人が次々と声をあげ、右に配置されている門番は叩かれた右肩の方を見て、左に配置されている門番は叩かれた左肩の方を見た。そして、中央に隙が出来たところで、風音は瞬く間に空中を飛んで中に入ったのである。
「おまえ今、なんかしたか?」
「なんで俺が……寝ぼけてるのか?」
ふたりして首を傾げながら再び警備に戻る様子を風音は確認するとそのまま坑道の中へと入っていった。
◎ベルヴェラーザ山脈 採掘場
入り口を見事切り抜けた風音は暗い坑道の中を進んでいく。
灯り苔だけでは光量が足りないが風音には『夜目』というスキルがあった。また『夜目』は風音から継承されているタツオも持っていて、他に仲間がいない状態であればふたりは暗闇の中を特に苦もなくそのまま歩いていけるのである。
そして風音はシャカシャカと坑道の天井をスキル『壁歩き』を使ってゴキブリのように進んでいく。
途中で何人かの採掘者を見かけたが、風音に気が付いた様子はなかった。
(今の時間帯でも鉱山内には働いてる人がいるんだね。元々中の暗さなんて朝も夜も変わらないし夜間にやってる人もいるのか……それとも何時か分からなくてこの時間まで掘っちゃってた人なのかな?)
風音が通り過ぎる採掘者を見ながら考えているとタツオから声がかかった。
『母上ー、さっきのスキルはなんですか?』
「さっきの?」
風音が首を傾げる。
『入り口で門番の人をそれぞれ反対側に向けさせたスキルです』
その言葉を聞いて風音は『そっと乗せる手』だよと返した。
「使い方次第ではどんな相手もノックアウトできる可能性もある素晴らしいスキルだよ。タツオも確か使えたと思うけど」
風音の言葉にタツオがくわっと鳴いた。
『おお、そういえば。そんな素晴らしいものが私の中に秘められていたのですね』
タツオが感激している。
風音としても別に嘘偽りを口にしているつもりはない。『そっと乗せる手』を近接戦用のフェイクに使えないかと考え、日々特訓中ではあるのだがこれがなかなか上手くいってはいない。
練習相手をジンライや弓花などに限定しているのが理由の一つではあるが、そのクラスに通用しないのであれば普通に攻撃した方が強いし、現時点でモノにするには特訓あるのみであった。
そして、しばらくすると風音たちは昨日に掘りまくった場所の手前の採掘場へとたどり着いたのである。
『母上。到着しましたが、どうするんです?』
「穴を掘ります」
タツオの言葉に風音がそう返しながら、既に廃棄された坑道の奥へと進んでゴーレムメーカーで穴を作り出した。
『すごいですねえ』
「ここで待機して囚人組が来るのを待つよ」
風音が穴を、さらにはその中を部屋に変えていくのをタツオは感動しながら見ている。
コーティングも併せてかけられて、普通に綺麗な一室がその場に造られていく姿は幻想的ですらあった。そこに不滅の水晶灯を設置することで、もはやそこは採掘場とは別空間となったのである。
棚とか押し入れとか机なども置かれている。ぼっとんではあるがトイレもある。
『母上のスキルを継承しているという事はこれを私も出来る筈ですよね』
タツオがくわーっと鳴きながらその部屋を見ている。
「そうかもしれないけど相性ってのもあるからね。全部が全部引き継がれているわけではないよ。実際に今までは使えなかったわけだしね」
タツオの質問に風音は考えながらそう返した。
タツオの持つスキルについては以前に確認している。風音たちのようにウィンドウがあるわけではないので、感覚的に試してみて使用可か否かを判断していたので、今後使用可能になる可能性がないわけではなかった。
『しかし、母上の一番の得意技ですから私が使えない等ということはないと思うのです』
タツオがくわーっと鳴いた。
「うーん」
風音は悩みながらもユッコネエを召喚してそのおなかに寝転がった。もっふもふのふっわふわである。
そして、タツオは水晶化によるクリスタルテーブルの上でひとりくわーっと鳴いていた。やる気が溢れているようだ。
「ふにゃー」
そのタツオにユッコネエが何かを訴えるように鳴いた。
「ん? とりあえずは試してみようって?」
その意図を察した風音の言葉にユッコネエが「にゃっ」と前足を一本上げて頷いた。
「そうだね。私も以前に比べてゴーレムの術については詳しくなってるから今なら以前に見ていなかったことが見えるかもしれないし」
「にゃー」
風音の言葉にユッコネエが鳴くと、前足を床にペッタンとつけて「にゃにゃっ」と鳴いた。するとフローリング風の床がズズと盛り上がって土塊が出てきた。
「タツオ、それに集中してゴーレムを造ってみるんだよ」
『はい母上っ』
風音の言葉にくわーっと鳴いて頷いたタツオがテーブルの端へと進み、土塊へと両手をつけた。
『ゴーレムメーカァアアッ』
タツオが渾身の竜気を込めてみる。すると目の前の土が爆発した。タツオがくわーっと鳴き、ユッコネエがにゃーと鳴いて飛び退いた。
風音は『直感』で察知して『イージスシールド』を出して防いでいた。ユッコネエにも同じ事が可能なはずだからこの回避力は経験の差によるものであろう。
「うーん。ただ竜気を込めるだけじゃあダメだなあ」
風音の言葉にタツオがくわーっと鳴いて肩を落とした。
『まったくきっかけも分かりません。出来るはずなのですが』
「にゃっ」
ユッコネエがまた土塊を出してくる。
『今度こそー』
タツオ、二度目の挑戦である。
にゃー くわー
しかし、やはり爆発した。風音はイージスシールドで身を守っていた。それから同じ事を10回ほど繰り返してみたのだが結果は同じであった。
『さ、才能がない。私には母上のような才能が……』
くわーくわーと鳴くタツオの横で風音がうーんと唸っていた。
「うん。出来てるみたいだね」
風音の言葉にタツオが涙目でくわーと鳴いて首を傾げた。
「タツオはゴーレムメーカーを使えてはいるよ」
『母上? ですけど爆発してますよ!』
「タツオの竜気は強力だからねえ。多分、土塊程度だと耐えられないんだよ」
うんうんと頷きながらひとり納得する風音にタツオもくわーっと鳴いた。
『なるほどッ! 私は神竜帝ナーガと神竜皇后カザネの息子。確かに土ごときでは私の竜気を受け止めきれないというのも頷けます』
と、そこまで口にした後でタツオはあることに気が付いた。
『あの母上……』
「なに?」
『つまり私はゴーレムメーカーを使えないという事ですか?』
「あっはっはっは」
息子の鋭い指摘に風音は笑って誤魔化した。
タツオがくわーっと鳴いた。どうやら正解のようである。
実のところ、風音も嘘を付いているわけではないのだ。事実としてタツオのゴーレム操作の術は成立している。しかし、タツオの竜気が苛烈過ぎるため、ほとんど攻撃魔術に近しいほどの威力が土塊の中を駆けめぐって最終的に破壊してしまうのである。
『やっぱり私はダメな息子だったのですかーー』
タツオがダンッとテーブルに手をつけてくわーっと鳴いたその時である。
「あ!?」
「にゃっ?」
『あれ?』
三つの声がその場で響き渡り、六つの目が一点に注がれていた。その視線の先にあったものはタツオの乗っていたテーブルの成れの果て、タツオの姿を模した水晶のゴーレムだったのである。
タツオのゴーレムがここに生まれたのである。何故か……