作品タイトル不明
頑張るケツ持ち女王様
◎ミンシアナ王国 王城デルグーラ 女王の寝室
「はぁ……あの子も大概よね」
ミンナシアナ王国のユウコ女王。
かつては殲滅の魔女と恐れられた元冒険者にして、この10年で国内の貴族たちの多くを粛正してきた女傑がひとりため息をついていた。そのため息の理由は、さきほど友人である風音から送られてきたメールを読んだためである。
その送られてきたメールの内容はといえば、弓花では恐らくまるで分からない内容であった。魔剣の解析をしている直樹ならば多少は理解できるかもしれない。そして、この世界に来てから正統な魔術も学びウィンドウに頼らずとも魔術を扱えるゆっこ姉には読み解くことが出来るものであった。
そして、メールの内容は『ある魔術』の根幹部分を記述した魔術式であった。ユウコ女王が頼んでも未完成だからと渡すことを拒否されていたシロモノである。そのテキストが今、ゆっこ姉の元にある。
そのテキストを以前にユウコ女王の元に送られてきた魔術と合わせることで『ある魔術』を発動させることが出来るのである。 理(ことわり) が正しく解明されたのだからグリモアを用意することも可能となった。
しかし、問題はあのチンチクリンがそのテキストをたった今送りつけてきた理由であった。
「陛下ッ、ちょっ、ナオキっちがいきなり消えたっすよー」
その考え込んでいるユウコ女王の部屋のベランダから情けない声を出しながら、女性が一人急いで入ってきた。わざとらしく涙を見せているが、どうせ嘘泣きだろうと把握してユウコ女王は急にやってきた女性に非難の声をあげた。
「騒がしいわよ、イリア。落ち着きなさい」
「なんすか。あっしのナオキっちが消えたんすよ。どこに隠したっすか?」
その言葉にユウコ女王が軽く舌打ちをする。
実のところ、ユウコ女王は完全に直樹という男のコミュ力を見誤っていた。姉と一緒ではない直樹がどれほど人を虜にする存在であるかを認識できていなかった。
息子が、この世界での唯一の親友とも言える影武者が、騎士団長が、将軍が、直樹という悪魔に対して陥落されていくのを為すすべもなく見届けるしかなかったのだ。
「僕も将来あんな風になりたいです母上」
止めなさい。
「もー、かわいいんすよナオキっちったら。お姉さん、メロメロっすよ」
目が腐っているとしか……
「やりますなあ、あやつは。私も負けてられません」
勝たなくていいので今のままの団長でいて欲しいわ。
「さすがはあの鬼殺し姫の血縁。私の娘をくれてやっても良いかもしれませんな」
ああ、その娘。うちの息子をやらしい目で見てたのでちょっとお仕置きしておきました。
そんな心の中のツッコミを表に出すわけにも行かず、ユウコ女王は鋼鉄の意志で我慢に我慢を重ねていたのである。ともあれ、イリアの質問の答えをユウコ女王は知っていた。
「あいつなら風音のところに戻ったわよ。予定よりも早いけど、ちょっと用事が出来たからね」
「えーーー、まだ帰る時間じゃなかったはずっすけど。もー今日も組んず解れつで教えて上げよーと思ってたっすのにー」
「あーそう」
その言葉とは裏腹にイリアの特訓は直樹が「姉貴より厳しい」というほどにキツいものなのをユウコ女王も知っているので、特に何も言う気はなかった。
「けど、ライルっちもエミリっちも戻ってないっすよね」
「ええ、だから本当に緊急ってことね。動きがあったらしいわよ。トゥーレから」
その言葉にはイリアの目もさすがに真剣なモノへと変わる。
「ナオキっちだけをすぐに呼ばなきゃならない動きってなんすか?」
「あの子の自慢のゴーレム兵が奪われたらしいわ」
「へえ。カザネっちのゴーレムって普通のゴーレム使いのものよりもよく出来てるものなんすよね? 奪うなんて可能なんすか?」
「まあ、可能と言えば可能ね」
プレイヤーの使うウィンドウは、フィロン大陸での魔術などを正しく再現し的確に発現させる。それは術の弱点なども精巧に再現するのである。
故に普通のゴーレムを操れる相手ならば風音のタツヨシくんたちを操ることも理論上は可能なはずではあった。実際に出来るかどうかはさておき。
「その上にお友達がトゥーレ王国に捕まってるって聞かされたらしいわ。多分、あなたが以前に報告してきたパーティのことじゃないかしらね。直樹の知り合いだったらしいわよ」
「なんと。私がそれをナオキっちに伝えていれば、ポイント高かったっすのに。あーそんでカザネっち、泣きついてきたんすね」
イリアの問いにユウコ女王は苦笑して首を横に振る。
「だったらかわいげがあったんだけどね。手出し無用って言われちゃったのよ」
「はぁ?」
「あと暴れるからケツ持てと」
「えげつない子っすね」
さすがに呆れ顔のイリアがユウコ女王に尋ねる。
「それで……まさか、そんな話を飲んだんすか?」
風音は表立って発表こそされていないが、ミンシアナの内々では王族として認識されている。
カザネ魔法温泉街での立場の説明にも使われるほどなのでそれほど秘密というものでもない。なので、さすがに他国への殴り込みが許容されて良いはずもないのだが、ユウコ女王は「飲んだわ」と返した。
「それは、ちょっと甘くないっすかね?」
そう咎めるように問うイリアは正しい。トゥーレ王国は小国であるミンシアナ王国と国土も近しく、国力から言えばそれほどの違いはない。また、ユウコ女王という『破壊兵器』が存在している点で実質的な戦力差は大きいのだが、それは公表されていない事実であり、トゥーレ王国の知るところではないのである。
さらに問題なのは、トゥーレ王国だけではなく周辺国の結びつきである。
ミンシアナ王国と結びつきの深い国はリンドー王国とツヴァーラ王国であり、どちらもトゥーレ王国とは隣接しておらず国家間での関係性は低い。
逆にトゥーレ王国は敵対国であるソルダード王国とは友好国であり、魔道大国アモリアも国としての対応としてはトゥーレ王国に付くと思われた。
また、基本的には竜船を通じての貿易のみの繋がりであるハイヴァーンはこうした関係に口を挟めない。風音が頼めば動くことも可能だろうが、風音にそのつもりはないようであった。
そうしたことから下手に両国間での戦闘ともなればキッカケはどうあれ、他の国からミンシアナ王国が吊し上げを喰らう可能性は高く、対するソルダード王国がそうなるように動くだろうしそれは恐らく成るだろう。
ユウコ女王も自分がいる内は返り討ちにしてやる気ではいるが、ジーク以降の治世ではかなりの痛手を負う可能性は高かった。
かといって周辺国を侵略し併合するわけにもいかない。それは倫理観の問題ではなく、単純に手が足りないためだ。ただでさえ、国内は粛清の嵐で穴あきチーズの状態なので、ユウコ女王には国を広げて運営できるだけの人材の確保が不可能であった。
と、そんな事情もあり、他国に仮にも王族が喧嘩を売るような真似を許す女王に一言申したイリアは正しいし女王もそうした事情は当然理解はしている。民ひとりや流れの冒険者がトゥーレに害されたからといって政治的材料に使うならともかく、真正直に全面対決する益はない。
が、それでもユウコ女王はチンチクリンの要求を飲んだ。
「まあ、ね。けど、あの子はバカっぽいけど頭は悪くないのよ」
「カザネっちは確かによく分からん子ではあるっすけどそうっすね」
その点はイリアも理解している。ただの馬鹿では、ああはならない。お調子者で精神年齢も実年齢よりも見た目に近いようだし、お馬鹿な子でもあるのだが、それはそれとして光るものも持っている子なのである。多分。
「あの子が前に送ってきたものの続きが今、届いたのよね。これで私も多分もう扱えるわ」
「いいんすか? それ、土属性っすよね?」
イリアが眉をひそめた。ユウコ女王はコンフリクトを起こさぬように炎と光に特化した魔術のみを覚えていた。その系譜に土属性も入れる。すでに土属性のフライの魔術を修得しているとはいえ、これ以上属性の反発を増やすのは望ましいことではないとイリアは考える。
「土と炎の相性は悪くはないしね」
「陛下がそう言うんならいいっすけど」
本人が納得済みであるならばと、イリアもそれ以上は口を挟まなかった。
「風音はこの魔術を私に託した。そして、これによりミンシアナ王国の未来はより強固なものとなる。その上で風音の計画通りに進むのならば……」
ユウコ女王がトンとテーブルの上の置かれた土塊に指を付ける。それはベランダのプランターからすくってきたものである。そして、イリアの目の前でその土塊は馬の形となってテーブルの上を走り回り始めた。
「あ、もう使えるっすか」
イリアが驚きの目でソレを見る。ユウコ女王は笑みを浮かべて、自分が生み出した『ゴーレム』を見る。
「トゥーレはミンシアナに対して大きな借りが出来る。そして強固な同盟国として生まれ変わる。だから私はあの子が導き出す未来を肯定するわ」
回り続けるそのミニチュアゴーレム馬を見ながら、ユウコ女王はそう答えた。風音たちの後始末や諸々の問題を片付ける必要はあるがそれに見合うだけのリターンもある。
(上手くやりなさいよ風音)
そうして『本当の後始末』をしなければならない状況にならぬよう祈りながら、ユウコ女王は心の中で親友にエールを送るのであった。