作品タイトル不明
第四百七十一話 ドアを渡そう
白き一団が 金翅鳥(こんじちょう) 神殿を初攻略した日の翌日。アウターファミリー『ボルネオ』の長であるジジルは白き一団の拠点である『白の館』の前にひとりで訪れていた。
そして、白の館の前に立つジジルの息は荒い。その理由は自分の屋敷のドアを一人で担いで持ってきていたからである。彼は十字架を背負う罪人のように、ヴィーゼ鋼という魔術にも強い金属で出来たブ厚いドアをひとりで抱えてここまでやってきていたのだ。
ジジルはその行為までを含めて己の誠意を示すものであると考えていた。
もっとも白き一団は早朝だというのに留守のようだった。
なぜか中庭にいた親方ことジョーンズ・バトロイが言うには全員で街の外で訓練を行っているらしいとのことである。
「なるほどな。力があろうと、日々の鍛錬は怠らねえってか」
「逆だろ。怠らねえから、力があるんだよ」
ジジルの言葉に親方がそう返した。
そして親方の言葉にジジルも「確かにな」と頷いた。
ファミリーの三代目とはいえ、ジジルも武闘派でならしてきた口である。今でも己に課した鍛錬を怠ってはいない。この魔物が跋扈する世界では力こそが人を従える資質そのものでもあるし、暴力を生業のひとつとしているジジルが弱い存在であるわけにはいかなかったのだ。
「そんで、親方。なんで、あんたがここにいるんだよ。それにそいつはなんだ?」
ジジルの視線の先、白の館の中庭には奇妙な物体が置かれていた。それは金属の棒のようなものが組み合わさった人型や馬型の何か。棒と棒の間には青白い粘土質の何かが詰まっている奇妙なオブジェクトだった。
「これはカザネ、つまりは白き一団のリーダーからの依頼の品でよ。それなりにでっけえし本人の意見も必要だから、こっちで組み立ててるんだよ」
そう言われてもジジルにはそれが何に使うものなのかはサッパリだった。そして、さらなる説明を聞きたそうなジジルに親方が言葉を続ける。
「あー詳しいことは言えねえよ。カザネはあまり気にしねえかもしれねえが、女王様がコエーからな」
「女王?」
親方の言葉にジジルの声が上擦る。親方の口からでる女王様に該当する人物などひとりしかいない。
「まあ、そういうこった。他言は無用だぜ?」
ジジルの眉間に皺が寄る。
親方とミンシアナ王国のユウコ女王が知己であることは広く知られていることだが、その親方から白き一団と女王の関係性を臭わされたとなれば、まず間違いなく白き一団はミンシアナ王国と関係があるのだろうとジジルは確信してしまう。
(白き一団がこの街で国に関わる仕事を請け負ってる……てーことは、カルラ王出現が仮に白き一団の仕業だとして、それは連中だけの関与じゃない可能性が高いな)
ジジルの背筋に冷たいモノが走る。
元々ダンジョンの運用は魔素を人為的に消費させることで周辺地域の魔物の発生率を下げる国策なのだ。カルラ王襲撃もその一環の中にあったものだとすれば、或いは王国の闇に触れてしまったのではないかとジジルは考えたわけである。
「それじゃあ、そいつのことはいい。白き一団の、特にリーダーの鬼殺し姫って人のことを教えてくれねえか?」
「それなら良いけどよ。つーか、チンチクリンなヤツだぞ。まあ、気軽にトンでもないことをやらかすが……そうだな。よくよく考えてみるとコエー嬢ちゃんではあるか。腕っぷしでどうにかなるとか思わねえ方がいいな」
親方の言葉のトーンがだんだん下がってきたのを聞いてジジルの胃がキュウッとなった。そして、ジジルが難しい顔をして親方が苦笑していると、通りの方から声が聞こえてきたのであった。
「お、戻ってきたようだな」
親方の言葉と同時に西通りの角を曲がってきた奇っ怪な集団がジジルたちの方に向かってきていた。
それは話に聞く白き一団のメンバーと、化け猫2匹にフルアーマーのミノタウロスに巨大な黒い鎧、さらには炎で出来た重装甲の騎士だった。
(というか、あれでよく街に入れるな?)
半ば、人外の集団にしか見えない。一応、連れているのは冒険者として所有を許されている召喚体にテイムされた魔物である。なお、ゴーレムとリビングアーマーは系統は別なのだが冒険者ギルド基準では召喚術扱いとなっている。
その集団がジジルと親方の前までたどり着き、立ち止まった。
『ふむ。お主、何用であるかな』
ジジルが呆然とその集団を見ていると、炎の重装甲騎士がズイと前に出て尋ねてきた。
(なんだ、コイツは?)
まるで王を前にしているような威圧感をその炎の騎士からジジルは感じたのだ。それは明らかに意志を持った、操られた存在ではない何かだった。
「お、俺はこの街のアウターファミリー『ボルネオ』の長であるジジルってもんだ。昨日は俺の部下が粗相をしたと聞いた。それの詫びを入れさせてもらいに来たってわけだ」
ジジルは持っていたドアを前に出した。
それはそれは見事な分厚い金属のドアだった。ジジルはそのドアを一晩をかけて磨き上げた。ピッカピカの完璧な仕事であった。
「はぁ、これはどうも。ええと、もらっていいの?」
そのドアを見ながら白き一団の中心人物、恐らくは鬼殺し姫であろうチンチクリンが放った予想外の言葉にジジルはつい頷いてしまう。
「あ……ああ、どうぞ?」
ジジルはただ磨いて見せればよいと思っていたので、その予想外の言葉に面食らってしまったのだが、チンチクリンはチンチクリンで差し出されたのでもらうべきなのかどうかと尋ねただけであった。両者の意志疎通の齟齬により、磨かれたドアは白き一団の所有物になってしまったのである。
「それじゃあ、ありがとうございます。ロクテンくん持ってきて」
チンチクリンはジジルに頭を下げて礼を言い、後ろにいた黒い鎧にドアを持たせて、正面の応接室のある入り口の建物まで進んでいった。
(なんだ?)
ジジルが不思議そうに見ている前で、チンチクリンが現在はまっている扉にチョンと杖を付けてさらさらと分解させていった。そして、空いたその場所に続けて立派なドアをはめ込んだのである。
それを見てジジルの首筋に冷や汗が流れた。何をどうしたのか分からなかったが、チンチクリンの行動の意味にはジジルは気が付いたのだ。
(あのドアは特注品。ウチに訪ねてきた者ならば、すぐさま俺の屋敷のドアだと分かる。そうやって、俺を自分の傘下にしたってことをもっとも効率よく周囲に示そうってことか)
ジジルはその行動の裏の理由を推測して戦慄する。
「どう?」とドヤ顔でジジルにチラチラと視線を向けるチンチクリンを見て、ジジルは己の認識が正しいことを理解する。鬼殺し姫とはそのチンチクリンな姿であるが、人を支配するということに長けた恐るべき存在であることをジジルは今ここではっきりと把握したのだった。
「その、それで、どういったご用? このドアをプレゼントしに来てくれただけなのかしら?」
呆然としているジジルに、白き一団のエルフの女性が若干の憐れみを込めてそう尋ねてきた。あまりにも惚けていた自分を思っての発言なのだろうとジジルは気づき、少し顔を赤くして首を横に振って言葉を続ける。
「あ、ああ。いや、俺としてはあんたらとは悪くない関係を築いておきたいと思ってな。そのために、白き一団に会いに来たんだ」
「ふむ。アウターの長が……か?」
そのジジルの言葉に反応したのは三十前後の年齢と見られる男だった。
ジジルの記憶が確かであれば目の前の男は猫騎士と呼ばれている獣に乗って戦う槍使いである。牙の槍兵というふたつ名の老戦士と同名であるため、息子か孫では……と噂されている人物だ。
「そう邪険にするもんじゃねーよジンライ。アウターってのは荒事も少なくはねえが、街の仲裁役って面もある。街の連中と上手くやれてねえって嘆いてたおめえらには仲良くなっといて損はねえ相手だぜ」
不審そうな視線のジンライに親方がジジルのことをフォローする。
「ジョーンズ、お前の知り合いか?」
「ま、俺もゼニス商会の幹部ってやつだからな。そうした付き合いもあるし、ユミカの銀を都合付けるのにもそいつの協力があったんだよ。結構な量を纏めて流してもらったからな」
その言葉には、今度はジンライの横にいるポニーテールの少女が「え、ホントですか。ありがとうございます」と頭を下げてきた。
「お、おおう」
少女に対してジジルは少しだけ身を引きながら答えた。
ジジルはポニテの少女のことを知っている。ある意味では白き一団ではもっとも要注意の人物としてアウターから恐れられているのが彼女だったからである。
『 血染めの狂戦士(ブラッディベルセルク) 』の名を持つ少女の姿をした魔獣は、ジジルのファミリーと同規模のハイヴァーンのアウターファミリーを突然ふらりとひとりで壊滅させ、数百の魔物に囲まれたときもこれもまたひとりで虐殺し、さらには血に飢えて興奮すると獰猛な狼に変化してしまうのだという。
実際にカルラ王襲撃時に『 血染めの狂戦士(ブラッディベルセルク) 』が狼となって魔物を縦横無尽に殺しまくっていたのは多くの冒険者によって目撃されていた。凶悪な気配を放つ魔狼を使役していることも昨日のガムジらの証言によって明らかとなっている。
『余計なことをしたり、逃げ出していればその場で喰い殺されていたに違いないです。あの黒と赤の目が忘れられねえ』
ガムジと共にいたモーロはそう証言してた。ゴクリとツバを飲み込んでジジルは『 血染めの狂戦士(ブラッディベルセルク) 』を見た。揺れるポニーテールがまるで死に神の鎌のように感じられた。
故に見た目こそ可愛らしいと言ってもいい少女であったが、ジジルは誤解せぬようにと己を戒める。
目の前の存在は、全身をアウターと魔物たちの血で染め上げた狂った戦士なのだと。その本質は狂気であり、その笑みもジジルが運んだ銀で作り上げた武器でより多くの敵を殺せることが楽しみで仕方がないからなのだろうと。
そんな風に一人戦慄しまくっているジジルに、ドアを取り付け終わったチンチクリンが声をかける。
「まあ、立ち話もなんだし、せっかく来てもらったんだから部屋にお通ししよう」
そうして、ジジルは家の中に通されたのである。鬼が出るか蛇が出るか、ジジルはゴクリとツバを飲み込んで、元自分の家のドアをくぐったのであった。