軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第四百六十六話 その罪を裁こう

◎ゴルディオスの街 癒術院

「ふんふふーん」

鉄甲拳のギャオ。

その男の名は狂鬼群討伐と呼ばれるウィンラードの街のオーガ討伐よりも前から冒険者の間ではそれなりに知られた名ではあった。西から来た腕の立つ拳闘士として、またはいい加減な性格の女癖の悪い獣人として。

そのギャオが今は癒術院のベッドの上で上機嫌に鼻歌を歌っている。

「あいつのお姉さんか。楽しみだなぁ」

ギャオの脳は基本的に幸せ思考に満ちあふれている。

メロウという恋人が離れてからより女癖が悪化したギャオではあったが、基本的には自由恋愛の男である。まさか後輩冒険者のジローに恋人を取られたのはショックではあったが、それも一過性のモノ。今ギャオを夢中にさせているのはナオキという冒険者の姉であった。

まだ会ったことはないが、弟のイケメン顔からして、姉の容姿も当然のように整っているだろうと考え、ギャオのナオキ姉への期待は膨らむ一方であった。

そして、ギャオは今日退院する。ナオキから受けた怪我がようやく癒えたのだ。これから出会うであろう黒髪の巨乳アンニュイお姉さん(想像)をモノにすべく、ギャオは心の準備を整えていたのだ。

(待っていてくれよハニー。おれっちがこれからズッポリしにいくぜ)

ギャオの瞳が燃えていた。ナオキのパーティを調べて、ナオキのお姉さんとシッポリしたい。今のギャオの頭の中はそれだけであったのだ。

そんな状態のギャオではあったが、彼が鼻歌を歌い続けていると、唐突に天使が扉を開けてやってきた。

「はーい。ギャオ、お久ー」

その天使とは風音であった。扉をガチャリと開けて、風音とジンライがやってきたのである。

「なんでぇ、カザネじゃねえか。おや、ジンライの……爺さん?もまた若返ったのか?」

「おかげさまでな」

やってきたふたりを見ながらギャオはうんうんと頷いた。ともに肩を並べて闘った仲間との久方ぶりの再会である。ギャオとしてもホッコリせざるを得ない。

「なんだよ。ふたりとも来てたんなら教えてくれれば良かったのによぉ」

「ちょっと、バタバタしててね。それに癒術院にいるとは思わなかったからさ。昨日、仲間があんたと会ったって言ってね。そんでアホを締め上げて聞き出したんだよねえ」

「ああ、そうだ。なんでも、他のパーティと争って暴行を受けたと聞いたぞ。大変だったな」

ジンライの労いの言葉にギャオが「大したこたぁねえよ」と返す。

「それよりも、お前らさー。ナオキっていう冒険者のこと知らねえ? そのお姉さんでもいいんだけど?」

「んー知ってるけど、そのナオキとお姉さんがどうしたの?」

風音の問いにはギャオはにやりと笑って答える。

「いやよお。この傷っていうか、もう直ったんだけどよ。この傷を付けたのがナオキってヤツなんだが、そいつが酷いシスコンみてえでな。おれっちがそいつの姉を淫売だが売女だか言ったって誤解してるみたいなんだよ」

「へぇ」

風音とジンライの目が細まったが、ギャオは気付かずに続けた。

「で、やっぱりおれっちとしてもその美人でボインボインのお姉さんと変な誤解とかあると悲しいじゃんか。だから、ちゃんと誤解だって伝えたくてな。そのお姉さんを朝まで説得したいんだよ。一緒にシッポリもしたいわけだよ。おれっちとしては」

大げさに両手を広げてそう演説するギャオに風音が笑顔で言葉を返す。

「ギャオ、でもその誤解って誤解じゃないかもしれないよ」

風音のその言葉にギャオが「ぎゃははは」と笑って風音を見た。

「おいおいカザネ。いくらなんでもそりゃねーべ。そりゃあ、お前みたいなチンチクリンに対してならテキトーなこと言って笑いも取るかもしれねえけど、相手は美人のお姉さんなんだぜ? そんなバカな真似するならさっさとベッドに連れ込んでシッポリするっての」

「へぇ……」

そのギャオの言葉を聞いて風音の額に青い筋が走り、そのまま横にいたジンライにヒソヒソと話しかける。

「……で、だから……自覚なしで……」

「だな、拷も……いや、教育して……な。殺す気で」

何ごとかと目を細めるギャオだったが、目の前のふたりの様子に何かしらの危機感を獣人ならではの直感で感じ取った。単にジンライの「殺す気で」の言葉に反応しただけの可能性もあるが、ともあれギャオは二人からよからぬものを感じたのだ。ギャオの危機感知能力がスパークしていたのである。

「おう、お、お前等」

そして出たギャオの言葉に風音とジンライが振り向くと、ギャオは己の手に闘気を集中させて一気にはたいた。

「なっ!?」

「なんだと?」

それは秘拳『ネコ騙し』。相手の目の前で闘気を爆発させて放ち、不意を打つ技である。周囲にまき散らされた闘気は優秀な戦士であればあるだけ反応せざるを得ず、揺さぶられた感覚は、相手の行動を一瞬封じることになる。その技をギャオは今、発動させたのだ。

「へ、へへへへ、これで逃げ……られない?」

ふたりの意識が飛んだ隙にギャオはすぐさま窓の外に逃げようとしたのだが、だが出来なかった。ベッドから立ち上がれない。何故ならばギャオの腕を黒い両腕がガッシリと掴んでいたのだから。そして目の前には巨大な鬼の顔があった。

「グォォオオッ」

風音の鎧からは狂い鬼が上半身だけ出してギャオの前にいた。

「ええと、どちら様で?」

ギャオの耳がショボンと垂れた。怖かったのだ。

「さすがに腕は衰えてはいないようだな」

ジンライはそう言ってギャオを見て笑う。風音も特にネコ騙しのダメージはないようである。レベルアップした直感は更に鋭くなり、先ほどの攻撃も問題なく回避していたのである。

「その危機を察知する能力がギャオを生き延びさせている力なんだろうね」

風音も感心しているように見えるが、目が笑っていない。

「な、なんなんだ。久方ぶりに会った戦友にいったいどういう了見だ?」

ギャオが風音とジンライに叫んだ。いきなりネコ騙しをかました男の言葉とは思えない発言である。

「酷いなあギャオ。あんたが会いたいって恋い焦がれていた風音ちゃんを前に逃げようとするだなんて私はとっても悲しいんだよ」

「はぁ? 何言ってんだテメェは?」

ギャオの頭の中でハテナが浮かぶ。会いたいかどうかはともかく、ギャオは特に風音に恋い焦がれてはいない。AAAなどノーサンキューだ。ボイーンでボーンが好きなのだ。そのギャオに畳みかけるように風音が口を開く。

「直樹のお姉ちゃんです。よろしゅう」

「何言ってんだ?」

「お姉ちゃんです」

ギャオの再度の問いに風音がシュタッと挙手する。

「え? え?」

「おねーちゃんです」

ギャオは風音からジンライに視線を向ける。そしてジンライは首を縦に振り、風音の言葉が戯れ言ではないと知ったギャオは肩からガックリと崩れ落ちた。この世の絶望のような顔をしていた。アンニュイオッパイは幻だったのだ。

「え? 何そのマジへこみ?」

ギャオの反応に今度は風音がショックを受けていたが、しかしジンライは気にせずギャオに語りかける。

「憧れのお姉さんに会えて良かったなギャオ」

「よくねえ。よくねえよ。オッパイがねえよ。色気もエロスもなんにもね……ギャーーー」

主のことを馬鹿にされたと感じたのだろう。狂い鬼が力を込めたようである。ギャオの腕がミチミチ言っている。

「だ、大丈夫だから。狂い鬼、私はまだ大丈夫だから」

そして、風音が荒い息を吐きながら狂い鬼を押しとどめる。握りつぶされそうなギャオよりも風音の方が苦しそうだった。心が痛むのだ。小さな胸が張り裂けそうなのだ。

「それでなんなんだよ。おれっちはカザネを淫売なんて言ったことはないぞ。ペチャパイならあるかもしれねけど……いや、ペチャっていうほどもギャーーー」

狂い鬼は主の悪口を許さない。ギャオの腕はすでに紫色になっていた。しかし、ギャオの発言にはジンライの視線も鋭くなる。

「心当たりはあるだろう。ワシをハーレム爺などと抜かしておったそうではないか? それも息子の前で?」

「あーいや、そんなこともあったような、なかったような……」

ジンライの殺気にギャオの顔が青くなり、そしてハッとした顔をして風音とジンライを見た。

「ま、まさか、そんな噂を鵜呑みにしておれっちを逆恨みでリンチにしようってのか!? この戦友のおれっちに対して!」

ギャオは叫んだ。このギャオという男はずば抜けて生存能力が高い。こうした状況の中で如何にすれば生存できるかを的確に読むことが出来る能力、それがこの男にはあった。戦友を強調し、悪ふざけに何、本気になってるの感を出すことでこの場を乗り切ろうとする。

「逆ギレじゃないし、何を言ってるのかな?」

だが運命は残酷である。彼の回避ルートはそもそも存在していないのである。

「言いがかりも甚だしいな」

風音とジンライの顔から能面のように感情が消え、押さえつけられているギャオのベッドの上に3枚の書類が置かれる。

「な、なんでえ?」

ギャオがそれを見て首を傾げる。しかし、三枚とも同じことがかかれているのを見て目を丸くした。

『死刑』『死刑』『死刑』と並んでいた。それぞれ、明らかに公文書であろう書類に書かれているのである。呆気にとられるギャオにジンライが口を開いた。

「まずワシの息子のジライドの件だが、ワシは婿養子でな。ハイヴァーンではバーンズ家というのは非常に名家なのだな。それが今回のお前の流した噂のせいでお家騒動にまで発展してしまったのだ。まあ、簡単に言うとお前は今、国家騒乱罪に問われておる」

「マジで? でも死刑って書いてあるんですけど? それだけで?」

「うん、それでね。それには私の件の罪状も入ってるんだよね。ほら、私ね。実は旦那様が今いるんだよ」

「マジで?」

それこそギャオが口をあんぐりと明けた。

「その旦那様がね。ドラゴンの王様でね。神竜帝ナーガっていうんだけど」

「お……おう」

「竜族侮辱罪が追加されて死刑ってなった」

竜族侮辱罪はハイヴァーンでは東の竜の里に在籍する竜族に対しての無礼を働いた場合に適用されるものである。ジライドもそれで投獄されたが、ギャオのはさらに上で死刑であった。

「マジで? つうか、後の二枚はなんだよ?」

ギャオが二枚を眺める。どちらも表記は死刑。そして、それぞれミンシアナ王国のユウコ女王とツヴァーラ王国のアウディーン王の直筆のサインが書かれている。

「私がミンシアナ王族であることが判明したのでミンシアナの法で王族侮辱罪ということで死刑になった」

「意味がわかんね。最後のツヴァーラのはなんだ?」

「国家機密で罪状は書けないけど死刑になった」

「なんでだよっ!?」

ジンライハーレムにティアラも加わっていたためである。ティアラが王女であることが伏せられてはいるのだが、アウディーン激昂して即死刑になった。そして、ミンシアナ王国以外の罪状はそれぞれツヴァーラ王国とハイヴァーン公国の法のものだが、ゆっこ姉の了承サインが入っているため、ミンシアナ王国内でも適用されることとなるのである。まあ命はひとつなので一枚でも十分ではあるのだが、お役所仕事である。三回殺せと決まったのだ。

「な、なんなんだ。おれっちが何をしたって言うんだ。ちょっと面白おかしくジンライを笑い物にしただけじゃねえかッ」

「そのおもしろ半分でワシは全身の骨が砕けたがな」

「ジンライさん。言っておくけど、シンディさんのは自業自得だからね」

「くっ!?」

怒り心頭のジンライの頭に冷や水をぶっかけるが如き言葉をぶつけてから、風音がギャオにもう一枚の書類を差し出した。それは救いの一枚であった。

「そ、それはなんだ?」

また死刑が一枚増えるのかと思ったギャオが怯えながらその書類を見たが、その内容は恩謝による罪状消滅を伝える内容であったのだ。

「私と旦那様が夫婦になったことでギャオにも恩謝を与えることが出来ました。死刑は回避出来たんだよね。パチパチパチ」

「な、なんだよ。脅かしやがって」

ギャオは心底安心したように息を吐いた。

だが、笑顔の風音を中心に唐突に空間に歪みが走り、部屋の空気が変わっていった。

「へ?」

ギャオは慌てて周囲を見渡すが、部屋がドンドン歪んでいく。白い部屋は黒い肉や臓器のようなものに変わり、そのまま、拡張されていく。

「えーと?」

それは狂い鬼の生み出した『浸食結界』、通称ボス空間である。

すでにそこは癒術院の中ではなく黒く染められた肉と臓物のような何かに骨や血管が絡み合う巨大なドームの中だった。

その中心でベッドで押さえつけられているギャオが風音を見る。

「な、なんだ、これは?」

ギャオが風音に視線を向けた時には、風音は何か分からないが恐ろしい顔の仮面を被っているところだった。それは普段はロクテンくんに装着している『覇王の仮面』である。風音はこれを被ることで『魔王の威圧』を強化することが出来るのである。

「まあ、ギャオの罪状は消えたんだけど、条件付きでねえ」

「即ち、二度と同じことを起こさぬようにお前さんを更正させることが必要だということになったのだ」

「なんですって!?」

ギャオの顔がさらに青くなる。かつてのジンライのお説教を思い出したのだ。だがギャオの考えを悟ったジンライは無情に首を横に振る。

「あの時の軽い注意ではお前を反省させることは出来なかったようだからな」

「今回は私も参加するよ。ちなみに恩赦は三国トップのサイン付きだから、逆らったら今度こそ本当に死刑だからね」

ニッコリと風音が微笑んだが、仮面に阻まれてギャオにはそれが恐ろしいモノにしか見れない。逃げようにも風音の体からでている巨大な鬼に押さえつけられ、逃げ出せない。

そして、ギャオの更正プログラムが開始される。

それは朝方から夕刻まで続き、すべてが終わったときには風音の『魔王の威圧』と『フィアボイス』のスキルはレベル2に上がっていたという。