作品タイトル不明
第四百十話 竜と成ろう
唐突に世界は変わる。
空の 魔力の川(ナーガライン) は漆黒の闇に覆われ消えた。眼下に見えていた風景も同じくだ。そして暗黒渦巻く空間の中心にライルは立っていて、その正面には黒いドラゴンがいた。
「……なんだ、ここは?」
ライルは驚愕する。自分がいつの間にかよく分からない空間にいて、目の前に見たこともない巨大な黒いドラゴンが鎮座していたのだ。ただ、その気配だけはライルはどこか知っているような気がした。それもとても身近に、まるで常に一緒だったかのような安心感をそれからはなぜだか感じていた。
『ここは我が領域……』
そしてドラゴンが口を開く。
『 魔力の川(ナーガライン) に流されぬために一時的に我が内へと主の魂を封じさせてもらった』
ライルはその言葉に動揺する。
(我が内? 封印? 主? なんの話だ?)
しかし、言葉通りならばライルはまだ死のひとつ手前の場所にいるらしい。ただ、なぜそうなったのかが分からない。
「封じたって、なんでだ? それにアンタは一体?」
ライルは目の前のドラゴンに尋ねる。そしてそのドラゴンの目がギョロリとライルを見た。その血のように赤い瞳にライルがビクリとしたが、ドラゴンはその質問には素直に答えを返した。
『我は黒岩竜ジーヴェ、かつてはそう呼ばれていたドラゴンの魂の片割れ。いや、その魂自体もまた本来のジーヴェとは別のモノのようだが、まあそれは良い』
ライルはそのドラゴンの名に聞き覚えがあった。
(確か風音たちが倒したドラゴン。オルドロックの洞窟にいた竜の名のハズだろ。それに……)
そしてライルの持つ竜牙槍や竜鱗の鎧、それに竜骨の盾の素材となったドラゴンだったハズだ。
『ひとつ提案をしに来た』
「提案……?」
ライルが首を傾げる。
『そうだ。すでに主の肉体は死を迎えている。その魂も我が手放せば 魔力の川(ナーガライン) へと流され、全へと還り、いずれは個として再び地上に戻ることとなるであろう』
それが世界のルールだ。生と死のサイクルによって世界が成り立っていることは、ライルも知識の上では理解している。その言葉がライルに重くのしかかる。
『だが、我ならば主を再び元の肉体に戻し、新たなる生を与えることも可能だ』
その言葉にライルが顔をガバッと持ち上げた。
「そりゃあ、つまり……生き返れるってのか?」
ライルの言葉にドラゴンは頷いた。
『左様。正確にはその魂を我と合一し、新たに命を得ようという提案だが』
その言葉は当然ライルにも引っかかるものがあった。
「どういうことだよ?」
『我が主とひとつとなり、一介の武具ではなく主と共に生きる存在となるということだ。同時に主は、我とひとつとなり、人だけではなく、竜としても生きることとなろう』
その言葉でライルは理解する。目の前のドラゴンはライルの身につけている槍と鎧、盾のいずれか、或いはそれらを統合した黒岩竜の魂の欠片のようなものなのだろう。故に所有者たるライルを主と呼んでいるのだと。
(人と竜? 言ってることが難しくて分かんねえな。けど……)
「断れば、死ぬんだろうな」
ライルの問いにドラゴンが頷いた。
『無論。しかし、人の因果は保たれる。今の主ならば、次の生も人のままで転生を迎えることが出来よう。逆に我を受け入れれば主は竜ともなる。人の 理(ことわり) と竜の 理(ことわり) の境目を生きる不安定な存在だ。このまま生まれ変わるよりも不幸な 宿命(さだめ) を得るやもしれぬ』
そうドラゴンは告げる。回りくどいが、死んでもまた人間として生まれ変わることが出来るが、ドラゴンとひとつになったらどうなるか分からないということのようだ。ドラゴンの言葉をそう理解してライルは苦笑する。
「はは……そうは言われてもさ。次の生とか、人間ってのはそういうの気にしてる生き物じゃあねえんだけどよ」
『我は知らぬ。人ではなき存在なれば』
その言葉にライルは嘆息した。実直すぎる目の前のドラゴンに呆れつつも、だがそれと共になることに対しては悪いという気はしなかった。
そしてドラゴンに向き合う。
「まあ、いいや。どの道、死んじまうんなら受けるしかないさ。だったらどうしたら良い? 契約書でも書くかい?」
そうライルは尋ねる。だがドラゴンは首を振った。
『いや、ここは魂のみが在る場所。言葉は言霊となり、約束は契約となる。すでに準備は整っている』
その言葉と共に、周囲の黒い空間が晴れ、空の 魔力の川(ナーガライン) と地上の仲間たちの姿が再び見えるようになる。
(あれ、 魔力の川(ナーガライン) に引かれてる感じがなくなった?)
『さて、主よ。いや我よ。今より汝は我であり、汝でもある。故に今このときより汝の名はライル・ジーヴェ・バーンズ。それを認めることで契約の結びとしよう』
ドラゴンの言葉にライルが頷く。自分の名に目の前のドラゴンの名も刻み込む。そうすることでライルはドラゴンと
「分かった。俺はライル・ジーヴェ・バーンズだ。人と竜の狭間を生きる 宿命(さだめ) ……だったよな。それを受けるさ」
『契約は成った。我はライル・ジーヴェ・バーンズ。今より我は汝、汝は我なり』
そして、ドラゴン『ジーヴェ』が、 顎(あぎと) を開いてライルの魂を飲み込んだ。それにライルは悲鳴を上げたが、ドラゴンは気にも留めずそのまま地上へと降りていく。その過程でライルは自分がジーヴェ自身となったのを感じ、空を駆けている自分に気付く。
(ああ、これがカザネの視界か)
ライルは自分がドラゴンそのものになったのを理解する。
『ふむ。我よ。我は竜騎士に憧れていたのだな?』
今や自分となったジーヴェがそう言って笑った。
「なんだよ。いいだろ、別に」
『いや、悪くはない。ただ、であれば今より成ればよいと思ってな』
ジーヴェはさらに笑う。それは嘲りではない。渇望した何かを得た喜びの顔だった。
『まごうことなき真なる存在。竜でありながら騎士である。汝こそが竜の騎士。我こそが竜騎士よ』
その言葉と同時に、地上にあるライルの肉体へ巨大なドラゴンの幻影が激突する。
そして、新たなる『命』が誕生した。
**********
「兄さん、嘘でしょ。ちょっと起きてよ」
泣き叫ぶエミリィのいる馬車の前まで、槍を杖にしてどうにかたどり着いた弓花が見たモノはライルの亡骸だった。すでに人の身に戻っている弓花だが、その弓花にも見えていた。目の前の仲間の肉体の中には、もう命の力がなくなっているということを。
「ルイーズさん、お願い。どうにかしてよっ」
エミリィが横で治癒の魔術をかけているルイーズに叫ぶが、どうしようもないのだ。その中にライルの魂はない。肉体は徐々に冷えていく。であれば、ただの肉の塊となってやがて朽ちていくのが自然の 理(ことわり) というものだ。
そしてルイーズが魔術を止める。これ以上は意味がないと……その姿が、そう告げていた。
エミリィがソレを見て崩れ落ちた。ライルを見て、ルイーズを見て、そして何もかもが終わってしまったことを理解して、そして泣き叫んだ。
しかし、戦いは終わってはいない。
ティアラは、シップーは、そしてジン・バハルやシロキバはシロクマとマリーと対峙し戦っている。泣いている場合ではない。いずれ国を預かる身のティアラはそれを良く理解している。だから瞳から溢れるものを拭いながら、戦い続けている。
「なんで……兄さん、兄さんッ!」
ルイーズは弓花が来たのに気付いて、首を横に振った。仲間が死んだ。その事実が弓花の瞳から水の 雫(しずく) を溢れさせる。
だが、涙が零れ落ちる前に、何かが降りてくるのを弓花は感じた。そして弓花は空を見上げた。そこには赤い月がある。だがその先に何かがいると弓花は感じた。それは結界を超えた先に……
「黒い……ドラゴン?」
弓花の口から言葉が漏れた。
赤い月の先からこちらに向かってくる何かがいた。それが結界を超え、そして弓花たちの元へと落ちてくるのが弓花には分かった。
(なっ!?)
その様子に弓花が思わず身構えたが、しかしその何かが弓花とぶつかることはなかった。それは竜気の塊で、その膨大な量の力がライルの中へと吸い込まれるのを竜気を持つ弓花は目撃していた。
そして、ライルの肉体に命の火が灯る。吹き上げるマグマのように生命力があふれ出るのが弓花には幻視できた。
まるで轟々と燃え盛る地獄の炎のように、ライルの全身を竜気が駆けめぐり、それはあまりにも唐突に、死んだはずの肉体が活動を再開したのだ。
「兄さん?」
その姿をエミリィが赤くなった目を見開かせながら見ている。
「どういうこと?」
ルイーズも信じられない顔をしてライルを見ていた。顔に生気が戻ってきたのが見て取れた。死者を操っているわけではないとそれだけはルイーズにも分かった。
そしてライルは立ち上がる。だが今のライルは全身の骨が砕けている身だ。上手く立ち上げれずよろけてしまう。
ライルはその自分の状態を理解し、持っていた竜骨の盾を掴んで竜気の塊へと変換し、その身に取り込み始めた。それは砕けた骨を修復させ、のみならずライルの全身の骨という骨を竜骨へと変えていく。
さらには心臓と並ぶように魔力を生み出す核『竜の心臓』が形成され、破壊された臓器はそこから発せられる膨大な魔力によって再生されてゆく。併せてその肉体も作り替えられていく。肌の色は褐色に変わり、茶色の髪は白銀となり、なぜかオールバックになって、ブラウンの瞳も血のように赤くなった。そして口元からは牙が生え、ライルは笑った。
「ははは、体が 軽(かり) ぃわッ」
その言葉に、呆然と眺めていたエミリィとルイーズ、弓花は改めて目を丸くしてライルを見た。ここまで変わったというのにいつもと変わらぬ声が聞こえたのだ。
「に、兄さん?」
呆気にとられているエミリィに気付いたライルは、「よっ」と手を上げて声をかける。それを見てエミリィがそのまま膝を突いて泣き始めた。
その反応にライルがギョッとなるが、後ろからポカンと弓花に叩かれる。
「いってえ。なんだよ、一体?」
「心配かけたんだから、それなりの返事の仕方ってもんがあるでしょうが」
「いや、俺だって大変だったんだからな」
そうふてくされるライルに「んなこと、知ってるわよ」と弓花が答える。さきほどまで死んでいた身だ。一生に一度しかない筈の体験をしたのだろうと。そのライルに今度はルイーズが飛び付いた。
「もう立派になっちゃって。今のライルなら今晩オーケーしちゃってもいいわよ」
「何言ってんのルイーズさん。というか俺たち、血ぃ繋がってんでしょ」
後ろから抱きついてきたルイーズにライルがそう返す。オッパイの感触が凄い。
「あら、ヒィヒィ祖母ちゃんなんて他人も同然よ」
「「いやいや」」
弓花とライルが同時に首を横に振った。ちなみに4親等以上なら日本は結婚セーフではあるが、直系はアウトなのでアウトである。
そしてライルは自分の手を泣いているエミリィの頭にポンッと乗せる。暖かい、命の宿った熱をその手が帯びているのをエミリィは感じた。
「悪いな。心配かけた」
涙目の妹にライルがそう言って笑いかける。
「もう、起きるんなら、もっと早く起きてよ。私、馬鹿みたいじゃない」
そのエミリィの言葉にライルは再度「ワリィ」と口にして、そしてシロクマを見る。
「兄さん?」
妹の心配そうな顔にライルは、こう告げた。
「そんじゃ、ちょっと反撃してくるわ」
「え、ちょっと?」
そしてエミリィの言葉を置いてライルは駆け出す。そこにシロクマの頭部を吹き飛ばしたまま置き去りとなっていたハズの竜牙槍が、併走するように飛んできた。
『クククク、オッパイモッタイナイって思っていたな。我よ』
「うっせー、オッパイだぞ。婆さんの婆さんじゃなきゃなー」
そう言い争いながら槍の形も変わっていく。先の刃が裂けて、口のように広がり、全体的に竜の頭部の形を模した形状へと変化する。また声はその槍から発せられているようだった。
それをライルは握りしめる。さらには鎧の背中からは小さな竜の翼の形をしたプレートが生えてきた。それは空こそ飛べないが、風の加護を受けてライルの速度を上昇させていく。竜気がドラゴンの姿を形作る。
そして、戦場を一体のドラゴンが進撃する。名をライル・ジーヴェ・バーンズという世にも珍しき、人型のドラゴンがここに誕生したのだった。