作品タイトル不明
第四百二話 再開をしよう
◎???
「……ようやくかな」
弓花は静寂しかない崖の下でそう呟いた。
たった今感じたのだ。何かの視線を。
ここまで反応のなかった空間が急激に力を持ち始めるのを。
そして、崖の端っこで座って休んでいた弓花がゆっくりと立ち上がる。
現在の状況だが、ウィンドウの時計の時間はすでに14時を過ぎていた。
弓花は未だにこの謎の空間から抜け出ることは出来ていなかったし、仲間ともまだ再会できていない。また、崖の下に落とされてから、あれほどに群がってきた 腐食鬼(グール) たちも出てこなくなり、ざわつく気配もなくなった。上空の大きな赤い月もここまでは消えたままだった。
だが、今は空に『赤い巨大な月』が出ている。
あれがどういった役割なのかは不明だが、この空間を動かすには必要なものらしい。それは同時にこの空間を作り出した主が今ようやく行動を再開したという証でもあった。
(警戒されてるのかな?)
そう思いながら弓花は周囲を見渡す。弓花は確かに何かに見られている気配を感じているのだが、肝心の視線の出所が掴めなかった。そして弓花に掴ませまいとする意志も微妙に感じられていた。もしくは自意識過剰である。
(まー、さっきみたいにはいかないか)
そしてまだ何かが動く気配はないようだ。なので弓花はウィンドウを開いてさきほど届いたらしい風音からのメールに目を通す。重要マークがついてないので私事のメールのようだ。そして書かれている内容は一文だけだった。
『お、おで、もうにんげんじゃない(予定)』
意味が分からない。今この状況でこのメールである。相変わらず意味不明な親友だ。そして弓花はそのメールに対して『無自覚wwww』と返信する。ドラゴンになったり、威圧だけで地面をへこませたり、鬼の軍団を従えたりと、最近の風音の所行はとても人間のものには思えなかった。今更何を言ってるんだという意味を集約した返信であった。
なお弓花は明らかに人のことを言える立場ではないはずなのだが、そのことは全力で棚に上げていた。
(そんで、問題なのはティアラたちだよねえ)
弓花ももうすでに半日以上は仲間たちと離れたままである。
現時点における弓花以外のメンバーの安否ではあるが、アウディーンがルビーグリフォンとのリンクを、ユッコネエがシップーとリンクされているために、少なくともメフィルスとティアラ、それにシップーは生きているらしいと風音から連絡があった。
その後もリンクが切れたというメールは届いていないのだから、今もまだ無事であるのだろうと弓花は判断している。捕らえられているなら助け出せばいい。悲観的な思いを弓花は殺し、平常心を保ち続ける。それは、ここまでの経験とジンライの指導が弓花を正しく鍛え上げた結果であった。
「けど、休憩時間は終わりかな」
気配が出始めたのだ。その弓花の言葉と同時に周囲を見張っていた魔狼クロマルがうなり声をあげ始める。周辺から何かの気配が増大してきているのを敏感に察知したのだろう。
そしてお約束のように地面から無数の手が飛び出してきた。土塊が盛り上がり、腐った身体の人間が何体も、十何体も現れてくる。それはさきほど馬車を襲ってきた 腐食鬼(グール) であった。
「同じか。芸のない」
そう弓花は呟いて、 腐食鬼(グール) たちに特攻する。
「クロマル、殺しちゃダメだからね」
「ウォンッ!」
弓花の言葉にクロマルも元気よく返事をする。ここに至るまでずっと警戒していたのだ。ようやく攻撃に移れたことでクロマルは気合いが入っているようだった。
そして弓花の指示の『殺すな』という言葉の真意は目の前の光景を見れば明らかであろう。 腐食鬼(グール) の手足を、弓花は次々と切り裂き、クロマルは噛みちぎっている。つまり弓花たちは 腐食鬼(グール) の両手足を破壊して放置する戦法に出ていた。
それは馬車の時の状況を再考した結果の攻略法である。倒されるか、離れられて自壊されると再度呼び出されるのだ。ならば、近くにいたまま手の出せない状態にすれば良いハズだと弓花は考えて実行した。
そうして出来上がった周辺に転がる手足なくうごめく 腐食鬼(グール) たちの姿は哀れを誘うし明らかに異常な光景ではあったが、弓花も命がかかっている。そうせざるを得ないのだと自分に言い聞かせて自身の策を、見た目だけだと犬畜生にも劣る行為を実行し続けていた。
(体力の消耗を狙ってるなら無駄だってことを示しておかないとね)
落ちる前と同じように 腐食鬼(グール) を相手にするだけでなく、その上も引きずり出さなければならない。無限ループにはさせまいと、そう弓花が考えたときだった。 腐食鬼(グール) の中から、それが現れたのは。
「なっ!?」
弓花は突然のことに目を見開く。 腐食鬼(グール) の腹から剣が飛び出してくる。それを弓花は愛槍シルキーで弾き返した。突然の強襲に驚きはあるが、それは弓花がひたすらに待ち望んでいた外へ抜け出すためのキッカケでもあったのだ。故に弓花は油断なく弾くことが出来た。しかし、そのキッカケを運んできた存在を見て、弓花はさらに驚愕する。それは知っている相手だった。
「はっ、ようやく会えたな嬢ちゃんよ」
「凶刃イジカ? なんでアンタがッ!?」
そこにはかつて弓花に敗れた男が立っていた。そして弓花の槍に弾かれたイジカが、トントンッと後ろへと下がりながら、 腐食鬼(グール) の前に立って笑う。 腐食鬼(グール) はイジカを狙わない。故にイジカも 腐食鬼(グール) と同様の敵であることは一目瞭然であった。
「なんでって、決まっているだろう?」
そしてイジカは弓花の問いに笑って言葉を返す。
「お前を俺のモノにするためだ。お前のすべてを奪うためにやってきた。お前を殺して殺して殺し尽くすために、ここに来たのさ」
そういってイジカは笑顔を浮かべながら、自らの剣を舐めた。その言葉と動きに弓花は生理的な嫌悪を感じたが、ともあれ口を開き、相手の反応を窺うことにする。
「勝負ならついたと思ったけど?」
弓花はそう返す。ハイヴァーンでイジカを倒しハイヴァーン兵に引き渡してからすでに三ヶ月以上は経っている。その間にも弓花は成長し続けているのだ。あの当時に勝てた相手に今負ける気などまったくなかった。神狼化せずとも今なら勝てると、油断ではなく実感として弓花は認識していた。
その言葉にイジカは笑う。
「くくく、連れないねえ。ま、期待を裏切りはしないから少し付き合ってくれよ」
そして剣を、
(投げた?)
弓花に向かって投げつけた。だが、それを弓花は避けようとはしない。なぜならば彼女には魔狼クロマルという護衛がいて、主を護るために走り出してその剣を咥えて止めたのだ。そして、
「ギャンッ!?」
唐突にクロマルは切り裂かれた。その場で剣ごとクロマルの胴が真っ二つに裂かれたのを弓花は見た。そして切り裂いた相手は弓花に向かって、
「ヒャハハハハハ!!」
『刀』を振り下ろしてきた。そして銀の光がその場に放たれる。
神狼化し、銀色の髪、犬っ鼻となった弓花がその悪意の塊のような印象の 刀(かたな) の 刃(やいば) を受け止めた。『化生の加護』のスキルでセットしていた『直感』が察知したのだ。目の前のソレの攻撃をそのまま受けるのは危険だと。
「おう。さすがに受けたか」
「アンタッ、その姿は……」
弓花は驚愕したままイジカを見る。たった一撃でクロマルを切り裂いたその攻撃は異常に重い。ミシリと地面に足がめり込む。槍がギリギリと歪んでいく。神狼化に愛槍のシルキーが共鳴して強化されていなければ折れていたかもしれない。しかし問題なのは今のイジカの姿だった。弓花の驚きの顔にイジカがさもおかしそうに笑う。
「ははは、俺は嬢ちゃんと同類なのさ。凶刃のイジカ。お前が獣人になるように俺は刃になるのさ」
刀は腕から生えていた。そして鋭利で切り裂かれるような、ただ刃を重ね合わせたような姿へと徐々に変貌していくイジカがそこにいた。それはもはや人間と呼べるような存在ではなかった。
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「ふむ。何用だ?」
一方でジンライはひとり荒野に立っていた。その周囲は荒れに荒れ、破壊の限りを尽くされているような場所だったが、それを実行したのはジンライである。その荒野に、ふらりと現れてジンライと相対している小男が顔を引くつかせながら口を開いた。
「ああ、そうかい。テメェが中で暴れてたから結界の修復にも時間がかかったのかよ?」
その小男の言葉にジンライが「ほぉ」と呟いた。
「まったく反応がなかったので諦めていたのだが、存外に意味はあったということか」
ジンライは弓花と同様にティアラたちと引き離されていた。そしてひとり何もない荒野に落とされ、そして弓花同様にその場で立ち往生となっていたのだ。だがジンライは弓花とは違い、強力な攻撃手段があった。
つまりは 雷神砲(レールガン) を周辺に撃ち始めたのである。その結果が周囲の荒れ具合だ。もっともその攻撃でも何も反応がなかったために、ジンライも無駄だったのではないかと考えていた。だが目の前の小男の言葉によれば、効果がなかったわけではないらしい。実際のところ、 雷神砲(レールガン) が物理攻撃ではなく魔法攻撃であったならばすでに結界は砕けていた可能性が高かっただろう。
「それで、お前は誰だ? 暗殺者の一味か?」
「ああ、俺は……がっ?」
ジンライの言葉に小男は返事をしようとしたが、途中でその言葉はとぎれた。気がつけば小男、ボルジアナのピエロの中ではモバロと呼ばれていた男の胸には槍が突き刺さっていた。それは『瞬』と呼ばれる不意打ち用の最速の投擲術だ。その分、威力は低いが刺さったのは黒の竜牙槍『悪食』である。並の人間やただの防具では防ぎきれるモノではない。
「ふん。どうせ、標的の前に現れるようなマヌケだ。ろくな情報も持っておらんだろう」
「ひゅ……ふ、おま……」
モバロは信じられないという顔でジンライを見た。
無論、モバロも勝算無くしてジンライの目の前に立ったわけではない。自身を囮にして背後から不意を打つ手段を持っていた。
ヨルムンの毒針。短距離ならば転移して不意をうつ武器だが、それを放つための隙をつくために注意を引こうとして……そのまま、殺されて自らの血だまりの中に倒れたのだった。
「ふむ。すべてワシの元にくれば話は早いのだがな」
そうジンライは呟いた。ジンライは冒険者だ。たかだが人殺しを生業としている者が、『あらゆるもの』を殺すことを生業をしている自分たちに勝てるわけなどないと、ジンライは本気で考え、そして実行していた。