軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第三百九十六話 腐った奴らから逃げよう

◎???

「赤い巨大な月。なんて不気味な」

空をルイーズが見て呟く。その表情は晴れず、焦りの色が見えた。

赤い大きな月、赤黒い空、枯れた木々、並び立つ崩れた墓、飛び交うコウモリたち、そして 腐食鬼(グール) の群れ。それが今ルイーズたちを取り巻く問題だった。

「ユミカッ。カザネとの連絡はどうだ?」

「ついさっき転移したばかりだそうです。だから来れても明日に」

ルイーズたちの乗っている不滅の馬車に併走している白石馬ヒッポーくんハイに乗った弓花と巨大猫シップーに乗ったジンライが言葉を交わす。周囲のグールたちは特に強いというわけでもないが、ともかく数が多い。いくら蹴散らしてもやってくるのだ。

「タイミングの悪い話だな。シップー、一気にやるぞ」

「ナーーーー!!」

そしてジンライの乗るシップーが急加速する。

「うららららあああぁあああああ!!!」

ジンライは槍を高回転させて切り裂く『円刃』という槍術を両手で使い、迫る 腐食鬼(グール) を恐るべき速度で切り裂いていく。そして、まるでミキサーでかき混ぜたように腐った肉片が周囲に撒き散らされる。

「そもそもここはどこなんですかねー? ウィンドウのマップも出てこないんですけど」

弓花が不安そうに、開いたマップウィンドウをしきりに見ている。そこには何も表示されていなかった。だから弓花には今自分のいる場所が分からない。こんなことはこの世界に来て初めての経験だった。その弓花にジンライが声をかける。

「空間術士の術に近い魔術かもしれん。いや、人の術でここまでは出来んな。或いは魔物の一部で可能だという結界領域の可能性もある。風音の狂い鬼が発生出来る『浸食結界』と同じものだろうよ」

この会話の間にもふたりは 腐食鬼(グール) を倒し続けている。どうにも大した強さではないようだが、何しろ数が多い。クロマルも召喚して 腐食鬼(グール) の進攻を抑えつけてはいるが、その数はいっこうに減らない。

そして今弓花たちは速度を上げて逃げ続けており、戦力温存のためにティアラとルイーズ、エミリィは馬車の中にいる。ライルも御者席で近づく敵を打ち払いながらも手綱を握り、水晶馬の操作を続けていた。

「てことは魔物ですか?」

「分からんがこのタイミングだ。偶然遭遇したわけではないだろう」

再度切りつけるジンライに、弓花も再び 腐食鬼(グール) 狩りに集中していく。

それは今より少し前、突如として起きた出来事だった。

◎トルダ温泉街 近隣街道 襲撃より20分前

「あー、温泉が懐かしいなあ」

弓花が名残惜しむように後ろを振り返っている。すでにトルダ温泉街から出て4時間は経過しているのだ。後ろを向いたところで見えるはずもなかった。

そして弓花たちはミリティアの街からトルダ温泉街を経由し、今夜中には王都の目前となるジランの街にたどり着く予定であった。

すでにウィンドウの時計は21:00を回っている。周囲は木々が茂る草原で、薄ら寂しい場所を弓花たちは走っていた。

「ふむ。また帰りに寄ればよいだろう。シップーもまたひとっ風呂浴びたかろうしな」

「ナー」

白石馬ヒッポーくんハイに乗った弓花と併走しているジンライとシップーがそんな風に言葉と鳴き声を返してくる。ユッコネエの性質を受け継いだのかシップーもお風呂に入ることが大好きなようだった。

「それに今夜寄るジランの街のホテルの設備も王都に近いし悪くはないはずだ。そこで湯浴みをすれば良かろうよ。もっともそれはそれで贅沢な話ではあるのだがな」

「んー、慣れるって怖いですねえ」

ジンライの言葉に弓花が「たはは」と笑いながら答える。とはいえ、金はある。風音が散財してお金がないように見えるが白き一団の財政は潤いまくっているのだ。であれば我慢する意味もない。金は貯めるより回すことでみんなが幸せになるアイテムだ。

「まあ、カザネと共にいる分には衣食住は問題なさそうだがな」

「ですねえー」

そう言いながら弓花もジンライも周囲を見回している。口数が増えているのは何かを感じているから……なのだろう。

「ふむ」

ジンライが目を細める。どうも周囲の光景が荒んでいるように見える。

街道もボロボロでとても王都に向かう道とは思えない。もっともそうしたしっかりと整備されていない場所も少ないわけではないのだが、王都からトルダ温泉街に向かう王侯貴族は少なくなく、他の道に比べてそうした面では整っているハズではあった。

(何かがおかしいか?)

ジンライはそう心の中で口にした。わずかではあるが不審が心の中に生まれている。

「師匠、私、あまり覚えてないんですけど、以前通ったときって、この道ってこんなでしたっけ?」

弓花の言葉にジンライの視線がさらに鋭く周囲を見る。

「分からんが、何かやられている可能性はあるな」

慎重にジンライはそう口にした。ひとりならともかく、ふたりがそう感じたことでジンライは感じている違和感を確定と判断した。しかし、いくら見ても幻術の類には見えない。

「敵? 暗殺団ですか?」

そして弓花は今は『化生の加護』スキルにより神狼化の『犬の嗅覚』を引き出しているが、周囲からは何も感じない。だが両者ともにおかしいとは感じているのだ。そしてそれだけで、もはや状況は確定だろうと弓花も結論付けていた。

「うーん、引き返します?」

「どうだろうな。ルイーズ姉さん!」

ジンライはシップーを不滅の馬車に併走させて、ルイーズへと声をかける。

「うん。ジンライくん、なんかヤバげじゃない?」

馬車の中から顔を出したルイーズがそうジンライに言葉を返した。

「かもしれません。召喚体で見てもらって良いですか?」

「了解。ちょっと待っててね『我が水の友、ウィラル。姿を見せて』」

ルイーズが不思議な袋から小瓶を取り出し、蓋を開けながら詠唱する。

すると小瓶から水の塊が飛び出てきた。

「見るだけならライトニングスフィアよりもこっちの方が良いからね」

そうルイーズは言いながらウィラルという水の精霊を空に飛ばした。

「あら?」

だが、空へと飛んだウィラルからの共有した視界に映し出された光景にルイーズが目をパチクリとさせた。

そこから見えたのはどこまでも続く荒野だった。枯れた木々や、墓らしきモノが並ぶ永遠の荒野がそこにあった。精霊の目で夜を見通す力を得ているが、そこで見えているのは永遠に続く大地だ。

そもそも日のあるときには見えていた山脈がどこにも存在していない時点でルイーズの知っているツヴァーラの光景ではなかった。

「あらやだ。まずいじゃないこれ」

そう口にするルイーズの顔がドンドンと険しくなっていく。

「ジンライくん、これ、たぶん閉じこめられてるわよ」

そういうルイーズの言葉にジンライの顔も強ばる。

「ルイーズ姉さん、どこかに穴はありそうか?」

そのジンライの言葉にルイーズは首を振る。

「わかんないわ。ユミカ、何か臭いはしないの?」

「ええと。わかんないけど……いや、下から?」

弓花の背筋をゾゾッと嫌な感覚が走った。

そしてゾンッと、土から手が出てきたのだ。

「はへ?」

それは腐った人間の手だった。弓花の顔色が変わる。

(確か昔お爺ちゃんに無理矢理見せられた映画でこんなのが……)

小学生の孫を相手に某御大のゾンビシリーズをことあるごとに見せてくれた変わり者の祖父のことを弓花は思い出した。

「おいおい、なんだよ、これ?」

そして御者席のライルから声が響く。しかしライルは下ではなく上を見ていた。

「なんてデッカい、赤い月だよ」

ライルがそう口にするのも無理はない、血のように赤く、今にも落ちてきそうな巨大な月が空にはあった。それをこの場にいる誰もが今までまったく気付いていなかったのだ。明らかな異常事態である。だが、今ある危機は下から来ていた。

「兄さん下よ」

「へ? うわっ」

ライルの視線が下に向いたのと同時に腐った人間が、地面からライルに飛びかかる。だがそれは、弓花の槍によって貫かれて、そのまま地面に突き落とされた。

「よそ見しない!」

弓花がそうライルに言う。今や弓花もゾンビごときに怯えている存在ではない。この世界にはゾンビがいて亡霊もいて、しかし同時にそれらは倒せる存在でもあるのだ。故に弓花は恐れずに立ち向かえる。いや少しはビビっているが、すべては祖父が原因だった。

「す、すまねえ」

「ふむ。気配が増えてきおる」

ジンライが周囲を見回すと、地面から次々と腐った人間が出てくるのが見える。そして風音たちを欠いた白き一団は、迫る 腐食鬼(グール) を倒しながらの果てなき逃走劇を演じることとなる。

出口の見えない闇が彼女らの前には続いていた。