軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第三百五十二話 道で魔物に襲われる馬車に遭遇するのは様式美であると諦めよう

風音たちはカザネ魔法温泉街(仮)で一晩を明かすと、早朝にも温泉に入った後、朝食後に交易都市ウーミンに向かうこととなる。

なお、大浴場の改築の代金は、金銭的価値がハッキリ付かなかった。

風音たちの元の世界でもガラス加工で同様のモノを造ろうとすれば高度な技術と莫大な資金が必要となる。この世界においてガラス製造はそこそこのレベルで存在しているが、こんな建物を造ることは出来ないし、水晶化はクリスタルドラゴンなどの極一部の魔物以外では不可能な固有の技術であり、つまりは水晶露天風呂は通常では建造不可能な建物ということになる。

その上にいくつかの風音たちの世界の技術が併せて使用されているとなれば、残念ながら現時点でのマッカが動かせる金額では到底出せるものではないのだ。ルイーズの見立てから言えば、確実に街の建設費用がすべて消えて頓挫するという本末転倒なレベルであるそうだ。マッカにしてみれば未だ契約も詰められていない源泉オーナーにひとまずの名目をつけてお金を渡そうという意図もあったのだが、それどころではなくなっていた。つまりはハイヴァーン公国の筋肉女ダークエルフ、宮廷建築士マーベリットが懸念していた通りの事態のひとつが発生してしまったというわけだ。

もっとも、そもそも大浴場は風音が建設したモノであることもあり、要はその所有者でもある。また現時点での領主が風音である状況から言えば、自身の所有物を改築したということで済むのだが、それは同時に、名前貸しとしての仮初めであるはずの風音の領主の立場が不動のモノとなってしまった瞬間でもあった。

今や風音は街をすべて差し押さえてしまったも同然の立場であり、返せない借金を街は風音から負ってしまったのである。故に領主を下りてもらっては非常に困ってしまった事態となるし、莫大な借金を負ってまで他の貴族などがこの街を欲しがるはずもなかった。

マッカが律儀にもその価値を計るためにギルドに鑑定士を呼び寄せているので、その事実が確定する日はそう遠くないはずであった。

こうして風音はまた勝利してしまったのである。何かに。

◎リンドー王国 ウーミン街道

そして、カザネ魔法温泉街(仮)をどうしようもないレベルで電撃的に手に入れた風音は、そんな事情もあまり把握もせぬままに、旅を続けている。お金に関してはとりあえずマッカが想定していた金額の最大限のモノをもらえるだけもらったので風音としてもホクホク顔である。

「潮の香りとかはしないねえ」

「まだ内陸部だからな」

外を見ながら風音がつぶやくと御者席にいるジンライがそう返した。リンドー王国は海洋国家ではあるが、ここはまだミンシアナを越えたばかりで、海ではなく山ばかりの地域であった。

「海ならばツヴァーラにもありますわよ」

「その海って泳げるの?」

「ええ。王族用のプライベートビーチもございますわ。あの地域のみでしか食べられないソルトヤキソゥバーという料理が美味しいのですわよね」

(ソルトヤキソゥバー……塩焼きソバか)

風音は聞き覚えのある食べ物の正体を一瞬で見破った。慧眼であった。

「風音、なんでこういうのって巻き舌で読むような言い方になるのかしらね」

横から弓花がそう口に出した。弓花も慧眼であった。慧眼の大安売りであった。

「多分、そういうお約束とかあるんじゃないかな。なんか達良君が考えた可能性もあるなぁ」

「まあ、あの体格だとあーいうジャンクなの好きそうだしね」

麦わら帽子に海パン一丁で汗かきながら鉄板の上の塩焼きソバを炒める達良の姿が風音の頭の中をよぎった。

(あー似合ってるかも)

そんなことを考えてちょっとシンミリした風音であったが、突然風音の『犬の嗅覚』が何かを感じ取った。

「うん? ジンライさん、前で何かやってる」

「ふむ。見えたがアレか?」

現時点でヒポ丸くんは時速80キロは出している。正面では風音が臭いを感じるのとほぼ同時にその姿は見えていた。

「何、あれ?」

弓花が目を見開いて前を見ながら尋ねる。何かがあるのは見えるがまだ距離は遠い。

「戦闘だね。キャラバンみたい。護衛の人もいるけど劣勢……ん?」

「どうかしましたの?」

ティアラの問いに風音は「いや、後で」と口にしてジンライに指示を出す。

「相手はランドオクトパスだよ。数は70匹ほど。護衛の人はもう半分は死んでるね」

風音の声のトーンが下がる。

「またか。ここ最近多いな」

ジンライが舌打ちをする。確かにここまでに風音たちも魔物の集団に遭遇することが多かったが、それは風音たちだけではないらしい。そうした傾向がここ最近になって強くなっているようだとは冒険者ギルドなどでも聞いていた。また、その原因としては空を流れる 魔力の川(ナーガライン) が活性化しているのでは……との話もあったが、真相は未だ不明のようである。

「まだ後ろに纏まってる連中がいる。出し惜しみできない状況だから『這い寄る稲妻』でぶっ飛ばしちゃおう。私と 炎の有翼騎士(フレイムパワー) 、それにライトニングスフィアは先に出るよ」

その風音の言葉にティアラとルイーズが召喚を開始する。

「それと『這い寄る稲妻』が決まったらタツオは馬車に近付く敵を蹴散らして。その後はルイーズさんと私で負傷者の治療に入るんで、みんなはキャラバンの護衛優先で迎撃をよろしくねッ!」

その風音の言葉がパーティの仲間全員が返事をし、そして戦闘に介入開始となった。

**********

時は風音たちが魔物とキャラバンの戦いを発見した時よりわずかに 遡(さかのぼ) る。

「ふひぃいいいいいいい」

キャラバンのまとめ役である商人モルドア・レイバンはその突然の襲撃に恐れおののいていた。彼も商人であり、キャラバン移動中の魔物の襲撃には何度か出くわしたことはある。ここ最近でもウィンラードの街でのオーガの騒動後に逃げ出したオーガたちに出くわしたりしたこともある彼だったが、今回ばかりはそれ以上にヤバいと感じていた。

現在モルドアたちはウィンラードの街に行ってからのウーミンの街への帰路の途中。だが、その帰り道の途中に突然、魔物たちの襲撃があったのである。

(あ、あれは……ランドオクトパスじゃないか。なんでこんなところに、こんな数が!?)

モルドアは目の前の光景に驚愕していた。それも仕方のないことだろう。今モロドアたちの前にいるのはランドオクトパスという魔物だった。それは陸上に生息する8本足のグニャグニャと動く醜い生き物だ。

その柔軟な体には武器の類は効きにくく、駆け出しの冒険者では一匹相手にも返り討ちにあいかねない危険な魔物である。

またランドオクトパスの特徴はその自由自在に動く8本の足以外にも、その場の風景に同化する保護色と、見た目以上の怪力がある。そして彼らは厄介なことに集団行動をとることでも知られていた。

それが今キャラバンの回りを数十匹と取り囲んでいる。魔物たちは地面の色に同化してこの辺りで待ち伏せていたようだ。

本来であれば街道にはトルマーナ石という魔物の嫌う石が設置されており、街道の近くに魔物が待ち伏せていることはほとんどないハズである。だが、数ヶ月前のモーターマシラの縄張りが大きく変わったために、森の奥にいた魔物などの生息分布が変動し、ここ最近ではこうして街道に多数の魔物が出没することもあるようであった。モルドアたちは運悪くその変動の煽りを食らったのである。

「チクショウ、金は払ってるんだ。どうにかしろよ冒険者どもッ!」

そう怒鳴るモルドアの言葉には冒険者たちも「やってますよ」と声を張り上げるが、多勢に無勢だ。このキャラバンには2パーティ雇って11人の護衛の冒険者がいたが、だがその数はすでに7人となっていた。

「グッ……ぎゃあッ」

悲鳴と共にゴキッというイヤな音がして、冒険者の一人が首を触手に巻き付かれたまま倒れる。それを見てモルドアが悲鳴を上げた。

「くそっ、もう持ちませんよリーダー」

「しゃーねえ。あれを使う。カバーしろ!」

モルドアが悲鳴を上げて卒倒したのを後目に、リーダーと呼ばれた男、パーティ『ザックスレイブン』のザックスが指示を出す。そして自分は後ろに下がって、不思議な袋から黒い液体の入った瓶を取り出した。

(頼りたくはねえんだがな)

不気味な気配の漂う液体だ。実際いろいろと副作用があるらしいとは聞いている。しかし今は生きるために使うしかない。そう覚悟してザックスは一気にその『ブラックポーション』を飲み干した。

「くっ、おおぉおおおお!!」

そしてザックスが叫んだ。全身を黒い炎が駆けめぐって熱く燃えているようだった。そして自らの腕が変質していくのが分かる。そのザックスに危機感を覚えたのだろう。2体のランドオクトパスが冒険者たちを飛び越えてザックスへと躍り掛かった。

「邪魔だぁあああッ!!」

しかしザックスは持っている剣を強引に横に薙いで切りかかった。腕が黒く染まり、握った剣の刀身にも黒いオーラが宿っている。そして先ほどまでとは違いザックスの剣はランドオクトパス二体を一撃で仕留めていた。

「さすが、リーダー!」

冒険者の一人が喝采を送る。ザックスもそれに対して笑うと「いくぞ、野郎ども!」と定番のセリフを張り上げて反撃に出る。

ブラックポーションの力は凄まじかった。最初の一刀は出来すぎではあったが、脚力は上がり、敵の攻撃もよく見える。瞬く間に他に5匹のランドオクトパスを斬り殺すことには成功した。

「ハッ、ハァッ!」

ザックスは荒く息を吐く。そして裂帛の気合いと共にまた一匹斬り殺す。だが悲しいかな、数の差はたった一人が戦力向上したからといって崩せるものではなかった。ザックスが一人奮闘しようとも、状況はわずかにしか改善はしない。

(くそっ、ダメか。わずかに押し返せているが、それもすぐに崩される。このままだと数刻後には俺たちもあの化け物どもの腹の中か)

そう考えながらザックスは後ろのキャラバンを見る。もはや状況は確定している。であれば、このまま自分たちが全滅する意味はないと考え、ザックスはキャラバンを囮に逃げようかと頭に思い浮かべた。

確かに契約は破ることになるが、どうあれ命あってのことである。自分たちは金のために護衛をしているのであって、もはや終わっている状況を護るために自分と仲間を捨てる意味はない。

(奴隷でもいりゃ、それを囮に出来んのになあ)

撒き餌が商人たちだけとなると少々心許ないが、やむなしかとザックスが決断し、撤退を口にしようとしたとき、それは聞こえてきた。

それはミンシアナの方角から響いてきた雷鳴だった。