軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第三百三十三話 降臨をしよう

絶望という言葉の意味が目の前にはある。

シジリの街のランクB冒険者であるバーン・アーカラスは、そう感じていた。

「よお、生きてるか」

「どうにかな……」

横から声がかかる。その相手はパーティ『スカルハンター』のボードだった。目の前で仲間をすべて食い尽くされた彼は、今や憔悴しきった顔で、ただ食われる順番に怯えていた。そしてそれは自分も同じだろうとバーンは思っている。体は動かない。注入された毒でほとんど仮死状態のようになっているし、蜘蛛の糸に縛られて身動きもできない。せめて意識も奪ってくれればと願わずに居られない。

「助け、まだこねえな」

その言葉に、他にいる誰かが嗚咽する。ああ、まだ涙が出るんだな……とバーンは心の中で呟く。

バーン自身を含めて生きているのは12人。この4日で11人が食われた。目の前で体液を吸われ、今は干からびてその場に転がっている。それを行ったのは目の前にいる蜘蛛たちのボスであろう魔物だ。バーンたち冒険者はこの蜘蛛のボスの食事となっていたのだ。

バーンは知らなかったが、その魔物はアラクネワイヤードというらしい。他のマッドスパイダーや上位種のマドネススパイダーを従える、女性らしき上半身が蜘蛛頭部の部分についている巨大で醜い化け物だった。

このアラクネワイヤードの放つ糸は鋭く、人の体など容易に切り裂くという。バーンの仲間のジャッシュの全身がバラバラにされたのは恐らくは、この魔物の仕業だったのだろうと後でその説明を聞いて理解したが、しかし今はもう復讐など頭に浮かばなかった。

慈悲を乞うて助かるならば、そうしたかった。仲間を殺した相手だろうと頭を垂れて、靴を舐めて、這い蹲って腹を見せても良いとバーンは思う。だが相手は魔物だ。人の世の「情け」などと言う言葉の意味を理解しているはずもない。

今バーンが生きているのも、ただ単に食料として保存されているだけに過ぎない。死ねば腐ってしまうから……というだけに過ぎない。

今のバーンは、ただアラクネワイヤードの食事の順番が遅れることを祈るだけの哀れな肉でしかないのだ。

「助けか……来てるんじゃないかな」

誰かがそうポツリと口にした。そしてそれは決して根拠のない言葉ではない。

「これだけ蜘蛛が集まっているものなぁ」

目の前にいるマッドスパイダーたちの数は数百はいた。それはもう、倍の数の兵で立ち向かおうとも勝てるとは思えない数だった。そして彼らが街を発ってからまだ五日。今回は様子見でひとまずは三日ぐらいで戻ってくるとは冒険者ギルドには報告しておいたが、本来一週間程度かけての討伐などザラにあることである。仮にミンシアナの討伐遠征が決定しようとも、こんな短期間で来ることなどあり得ない。

「となるとランクS冒険者か」

それだけが希望と言えた。同じ冒険者でありながら、軍隊に匹敵する能力を持ち、完全に自分たちとは隔てられた存在として認識されているランクS。それが一週間ほど前にムルアージの廃都に向かったと彼らは聞いていた。

ミンシアナ軍は間に合わない。ほかの冒険者ではこの魔物の数に勝てない。であればもうランクSの存在にすがるしかない。それだけが希望で、今の彼らの生きる糧だった。

「ふふ、来てくれるといいなあ」

だが、それも淡い期待と言わざるを得ない。真夜中の不意打ちとは言えランクBの自分たちを生け捕りに出来るほどの魔物たちだ。例えランクSがこれたとしても人間ひとりでどうにかなるのかと……

そんな諦観の念をバーンたちが抱いた時であった。それが起きたのは。

突如すさまじい音が響き、バーンたちから離れた蜘蛛の集団に異変が起こったのだ。

「爆発? いや土が抉られて、飛んだのか」

ボードがそう口にする。その爆発らしきものが起きたところでは再度土煙が巻き上がり、またもマッドスパイダーたちが吹き飛んでいた。

幾度となく続く轟音と共に土煙があがる様子を冒険者たちは目を丸くして見ている。

「なんだ?何が起きている!?」

バーンはその変化に助かった……などとは思えなかった。ただそこに破壊が巻き起こったとしか認識できなかった。

だが事態はそのままでは終わらない。

続いて突然、空から一条の光が大地に降り注いだのだ。

「うぉぉおおおおおッ」

あまりのことにバーンは叫ぶしかなかった。そのすさまじい熱量を持った光の奔流がマッドスパイダーたちを瞬時に蒸発させてゆく。そして、光はそのまま横に流れ、蒸発しきれなかったマッドスパイダーたちが燃え上がって、一筋の炎の壁が出来ていた。

「なんだ……あれは……?」

誰かが息を飲んだ。いや、それはその場にいるすべての者が飲んでいたのかもしれない。

空から巨大な何かが降りてくる。光を降り注がせたであろう何かがやってくる。

それは黒い大きな翼をはためかせていた。

それは全身を炎で出来たマントで覆い、その周囲に虹色のオーロラを纏わせていた。

それは紅蓮の髪を垂れ流した、厳つい仮面をかぶった黄金の巨人だった。

そしてその巨人はなんと六本もの腕を持ち、自身の身長と同じような巨大な刀を二本携え、他の腕にもこれまた2メートルはある、紅色の水晶で出来たような刀を持っていた。

何よりもそれは圧倒的な威圧感を以て、火の海の中にゆっくりと降り立ったのだった。

「なんなんだ……あの化け物は?」

その言葉に応えられる者はいない。だがこれだけは分かる。アレは味方と呼べるような生易しい存在ではないと。アレはこの場にいるすべてを蹂躙すべく降り立った恐るべき存在であると。

だが、黄金の巨人の周囲にいたマッドスパイダーたちは臆してはいないようだった。炎にこそ驚きを見せたが、黄金の巨人を見るとすぐさま取り囲み、一斉に蜘蛛の糸をその黄金の巨人に吐き出した。そして数十と放たれた糸は瞬く間に巨人を白く覆う。

その光景を見て誰かがため息をついた。もしかしたら……という気持ちがあったのだろう。或いはあの化け物が暴れ回ってる隙に逃げられれば……と。元より蜘蛛の糸に縛られている身ではどうすることもできないのだが、だが僅かな希望がそこで絶たれたと感じたのだろう。

しかし、その失望のため息は、恐怖の悲鳴にとって代わられる。

すでに白き繭のようになったソレの内側から突如として炎が噴き出し、繭を一気に燃やし尽くしたのだ。そして本当にバーンたちが驚愕したのはそこからだ。

『ネバァァアアアアアアアアイイイイ!!!!!』

獰猛な、そしてどこか少女の声のような、アンバランスな、まるで恐怖を音としたような咆哮がその場に響きわたる。

それだけではない。さきほどまで感じていたどころではない異常な 威圧(プレッシャー) が巨人から同時に放たれていた。そして、それは物理の領域にまで影響を及ぼしているのだろう。黄金の巨人の足元が圧迫されてクレーターが出来、マッドスパイダーたちは今度こそ恐怖に駆られて後ずさりしている。

「あ、ああああ」

バーンはその瞳から涙がドバドバと流れ出ているのを理解したが、だが止まらない。失禁しているのもやむを得まい。

彼には分かってしまったのだ。例えあの巨人が勝利したとしても、自分たちに明日はないのだろうということが。

あの恐怖と絶望といった概念を現実の形とした存在はすべてを破壊し尽くすまで止まらない最悪の魔王なのだと、理解できてしまったのだ。

バーンが恐れの心を抱いたまま見ていると、黄金の魔王は、その右手に持つ刀を振り上げて、さらに叫んだ。

そして現れたのだ。

魔王の前に、並のオーガよりもふた回りは大きいであろう巨大なオーガがスッと立っていた。

それは魔王の黒き翼と対となるように白き翼をはためかせた、全身が漆黒の巨大なオーガであった。そのオーガが丸太のごとき巨大な黒い棍棒を携えて仁王立ちをしていた。さらには、その周囲には20を超える黒きオーガの群れも立ち並んでいた。

だが、それだけでは終わらなかった。

魔王が続けて左の刀を天にかざすと、今度は空中に魔方陣が出現した。

そこから現れたのは無数の骨、骨、骨の雨。それらがボロボロと小さな山になろうかというほどに地面に降り注がれ、それと共に巨大なミノタウロス像も大地に降り立った。

無論、ただそれだけで終わるはずもない。こぼれ落ちた骨たちはカラカラと集まって形を造り、巨大な骸骨の集合体の巨人へと姿を変えてゆき、並んで立っていたミノタウロス像も突如として漆黒の炎に包まれたかと思えば、黒甲冑を纏って、まるで命が宿ったかのように動き出したのだ。

そして、そこに4体の異形の巨人たちと23体の黒きオーガが現れたのだ。

その姿はまさしく異様にして威容。人にあらざる魔の軍団。捕らえられた冒険者たちは今日という日を忘れないだろう。生物界における絶対上位種たる存在が世界に顕現した光景を決して忘れはしないだろう。

そして魔の狂宴は開始される。それはもう、バーンたちが恐れた蜘蛛たちが、ただの哀れな存在にしか見えないほどの一方的な大殺戮が始まったのであった。