軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二百六話 封印を解こう

◎東の竜の里ゼーガン 北の封印宮

『ウウォオリャアアアアアア!!!』

東の竜の里の守り手の一体である漆黒の竜である北黒候ゲンが雷鳴の如き叫び声をあげて目の前のドス黒い竜に水晶棍棒を叩きつける。

『ッグギャアッッゴ!?』

それは少し前まではライエルと呼ばれていた竜の成れの果て。この封印宮に突如訪れ、里の結界の要石を破壊した不埒者に対しゲンは何度となく殴りつける。例え竜といえど、成竜にもなっていない、しかも既に死んで、魂すらも篭もっていない死骸だ。まともにやり合ってゲンが負ける要素などあるはずもなかった。

『もう一丁ッ!』

ゲンはトドメとばかりに渾身の力を込めてそのアンデッドドラゴンの首を叩き潰す。そしてそれはようやく動きを止めた。

『畜生がッ、なんてことをしやがるんだ』

ゲンがそう牙をむき出しにして吠えるが、すべてから解放された竜の亡骸はもう何も答えない。そして残念ながら状況は最悪だ。どれだけ嘆こうとも起きてしまったことはもう戻せない。

(ライエルだあ。あのギルドマスターの騎竜がなんでアンデッドになってやがる? なんで結界を破壊した?)

その疑問の答えはもうじきここにやってくるのだろう。すでに周囲を覆う霧が晴れている。それはこの東の竜の里を500年間一度も破れずに里を護り続けた結界が崩れたことを意味していた。

そしてゲンが封印宮から出て飛び立ち、悪しき気配のする北へと向かうとそこには千を超える魔物の群れがいて、叫び声一つ上げずにこちらに向かっていた。

オーガ、ドラゴンベア、フェンリルやゴーレム、ヒュドラ、様々な魔物がまったく規則性なく立ち並んでいる。それらの共通点をあげるとすれば全身がドス黒い……ということだった。そして身体の一部に白い人の顔が生えている。それはかつて風音たちが見たゲンゾーのヒルコ化した姿に似ていた。その顔面は多くが人族のようだったがエルフや蜥蜴族など、他種族も混じっている。

(なんてえ数だ。それになんかヤベエゾ、ありゃあ)

成竜の中でも極めて強力な部類であるゲンがそれを見て戦慄していた。もはや里の守りは消滅している。あれがこちらにくる手だてを防ぐ手段はない。

(連中のなかにとんでもねえ魔術師がいやがるな)

竜の里の封印はライエルが北の封印宮の要石を破壊したことで解かれた……というわけではない。いや、確かにそれも一因ではあるのだが、それは後押しに過ぎなかった。

『貴様、何者だ?』

ゲンがにらみつけた先には魔物たちを率いる老人のエルフがいた。

恐るべき魔力を持った小さき存在。恐らくはあれが結界を破った張本人だろうとゲンは確信する。あの老人が結界に負荷をかけ、限界まで張りつめさせたところにライエルをけしかけて要石を破壊させたのだ。それによりこの北の領域の結界にかかり続けていた負荷が、一点に集中されて一気に崩されたのだ。

『私はゼクウと申す者。一応、 色欲(ルクスリア) の大罪を背負うもの……と言っておこうかな』

対するゼクウと名乗る老人は 心話(テレパス) を用いてゲンに語りかけた。

『色欲の大罪? どういう意味だ?』

『さあ? 私が最後のメンバーで余っていたから、そこにいれられただけなのでね。よくは知らんよ』

その言葉にゲンが首を傾げるが、ゼクウもゲンの困惑に苦笑する。何の意味があるのかはゼクウも分かってはいなかった。だが、ゼクウは気を取り直してゲンをみた。

『さてと。これから孫娘との再会の予定があるのだ。通させてもらうよ』

そういってゼクウは魔物たちを前進させる。ゲンの背後には、異常事態に気付いた里の中の黒北領域に住まうドラゴンたちが集まりつつある。

もはや両者の激突は避けようがない状況だった。

◎東の竜の里ゼーガン ドラゴニュートシティ

「何あれ?」

風音がそう口にする。

南に見えるコンロン山の山頂付近、そこにあるのは大竜御殿であるはずだった。だが今はそこには何も見えない。昼であれば黒い球体のようなものが見えただろうが、既に夜が差し掛かっているため風音たちにはそこには何もないように見えた。

それだけではない。街を越えた北側からこの山を覆う霧が徐々に晴れつつあるようだった。それをビャクが信じられないものを見るような目で眺めている。

「里を護る結界が崩れた……何故?」

呆気にとられた顔と言ってもいい。このような不測の事態はビャクが生まれてから一度たりとてなかったことだ。竜人たちも騒いでいるが、だがそれだけでは終わらない。ビャクの横の座っている風音の表情が強ばっている。その理由は……

「大竜御殿から魔物が大量に降りてくる。100以上は……いる?」

風音の言葉に周囲が固まった。ビャクが青ざめた顔で大竜御殿を見る。

(そんなバカな……だが、確かにこれは!?)

ビャクの素の視覚では見えないが、確かに何か悪意ある気配が無数にあるのは知覚できる。

「ちょっと、冗談でしょ?」

その風音の言葉を風音の元にやってきた弓花が尋ねるが、風音は『夜目』のスキルを使いながら叡智のサークレットの遠隔視でそれを正確に見ている。故に冗談ではなく、見間違いということもない。

「なんか普通じゃない魔物だよ。全身が黒くて、ゲンゾーさんのときみたいに顔が貼り付いてる」

何故に大竜御殿から黒い魔物が降りてくるのか。風音の言葉の信憑性も含めて竜人たちも騒ぐが、彼らも竜の血を引く者たちであり、ただの人間よりは能力が高い。故に確かに何かがこちらに向かってくる威圧感をその身に感じていた。

そしてダンッとビャクが御輿から飛び降りると周囲が鎮まった。

「カザネ様、申し訳ありませんが私は主の元へと向かいます」

御輿を降りてビャクはそういうと風音もとっさに「私もっ」と返した。それにビャクが首を横に振るが、だが風音は食らいつく。

「弟がまだあそこにいるの!ひとりでも行くよ!!」

それが風音にとっての最優先事項だ。何よりも誰よりもそれが優先なのだ。

「風音。私たちも行く?」

親友がそう尋ねる。それは風音が止まらないことが前提での会話。風音は察しの良い親友に感謝しながら、首を振る。

「いや、弓花はここでみんなを護って。直樹とジンライさんを拾ったらこっちに戻ってくるから」

風音としても弓花ひとりなら一緒に来てきてもらいたい。竜人化や神狼化による持続力の維持があるために弓花はジンライをも凌ぐ安定性を誇っている。頼もしいには違いない。だが他の仲間、ルイーズはともかく、ライルとエミリィにティアラは危うい。ここに置いておく方が安全だし、であればもっとも信頼の置ける者を守りにつかせるのが正解だと風音は考えた。

「ん、了解」

弓花はそういうと、アイテムボックスから愛用の槍のシルキーを取り出す。それを見た風音は「これも使って」と言って、自分のアイテムボックスから弓花用に水晶化した投擲用の槍を13本取り出して手渡した。元々あまり値の張らない使い捨て用の投擲槍だったものだ。それを風音は水晶化して能力アップを行っていた。雷神槍という強力な投擲技を持つ弓花にとっては心強い武器だ。こちらに到達する前に出来る限り数は減らしたい。

「サンキュー。ライルもはい」

「ああ、ありがたく使わせてもらうぜ」

弓花は水晶の投擲槍をライルにも渡す。ライルの後ろにいるエミリィもティアラもついて行きたそうな顔をしていたが、だが抑える。恋心でどうにかなるような状況でないことはふたりも承知していた。

「出来たら回収しといてねえ。結構魔力使ったんだから」

その風音の言葉に弓花も「出来たらね」と返す。命のやりとりをするのだ。死因が勿体ないからでは笑えない。だから弓花は風音の言葉をハナからスルーするつもりであった。

「それとヒポ丸くんたちとタツヨシくんドラグーンも置いてく。どうも北からもヤバイっぽいのが来てるから」

風音の言葉に仲間たちが北の方を向く。さきほどから空を何体もの竜が北と大竜御殿へと別れて飛び交っていた。ビャクも竜たちの意志疎通の鳴き声で状況をだいたい把握している。

「どうやら結界が解けて北から魔物が押し寄せているそうです。おそらくは大竜御殿から降りてきているのと同種でしょう」

「用意がいいねえ。狙われてたってこと?」

風音の問いにビャクも「恐らくは……」と頷いた。そのやりとりの中でずっとルイーズはひとり考え込んでいた。

(突然、現れたということは転移術……敵は悪魔? でもあんな集団なんてありえないし、でも)

転移術は単一属性の因子を持つ魔族や悪魔などの限られた存在のみの技であり、通常の人間や魔物は行えない。だが現実には突如魔物が出現している。風音の言葉通りならその魔物は悪魔の憑いたものである可能性は高い。しかしルイーズは悪魔が徒党を組んで集団で襲ってくるなど聞いたこともないし、そもそもが悪魔の絶対数がそこまで多いわけではないのだ。

(まさか、ないわよね。あれがあたしたちの封印した……)

もっともある条件においては数の問題だけは解決する。ルイーズはソレを認めたくなかった。己の生きてきた意味を根こそぎ奪われるような、そんな恐怖がそこにあった。

ルイーズの実家キャンサー家は悪魔狩りの総本山。浄化と称して封印した悪魔を数千保有している。ルイーズはひきつった笑いで首を振る。「ありえない」とつぶやいて。