作品タイトル不明
第百八十七話 竜を食べよう
それは風音が生きてきた中でも最高の味であったことは間違いないだろう。
パーティの中でそれを唯一口にしていたメフィルスは風音たちが食する前にこう言っていた。それは『本能が逆らえない』味だと。
焼く前のそれはきめ細やかな霜降りが点在した見事な赤身だった。
僅かばかりではあるが実際に光ってもいた。その光は竜の持つ生命力があふれ出ている証拠、竜気の輝きである。
そしてそれは目の前で切り分けられ、分厚い鉄板の上で、その姿を変えていく。
肉汁と油が溶けて鉄板の上でジューッと音が響く。視覚で楽しみ、鼻腔がくすぐられる。風音たちの口元から止めどもなくヨダレが溢れて止まらない。
そして焼き終わり、各人の前に置かれた肉は周囲の黒々とした色と相反するような赤々とした内側がまるでマグマのようであった。
そしてナイフを通すと、まるで豆腐のようにスルッと通ることに風音は一瞬不安になったが、だがその切った肉をフォークで刺すと肉汁がジュワッと零れ、その匂いだけで風音の口はだらしなく開くことになる。
そして、風音はもう耐えられぬと一気にそれを口に運んだ。
それは口の中で弾けた。
実際に弾けたわけではなかろうが、だが旨味、コク、肉のすべてが凝縮されたような味が口の中全体に広がり、それは風音のノドを通り抜ける。
そうなればもう、風音の手が止まることはなかった。横にいる他のメンバーも同様だ。止まるという意識はすでに消えていた。
手が動き、ナイフで切って、口に運ぶ。
手が動き、ナイフで切って、口に運ぶ。
手が動き、ナイフで切って、口に運ぶ。
手が動き、ナイフで切って、口に運ぶ。
無言だ。誰も言葉を発しようともしない。口というのはしゃべるものではない。食べるためにあるものなのだと、その瞬間だけは彼らの中で確定していた。
言葉にも発せられぬ美味さとはまさにこのことだ。風音の瞳からはとめどなく涙が溢れる。こんなものを自分が食べても良いのか、こんなに幸せで、満ち足りて良いのか、今ならば風音はパンツを盗んだ弟を許せそうな気がした。
そして最後のヒトカケラを風音が食べ終わったとき、変化が起きた。
「UMAIZOOOOOOOOOOOOO!!!!!」
ノドの奥から、胃の中から、何かが爆発したかのようにあふれ出て、その言葉が発せられた。そして口からは蒼く、虹色に輝く光が溢れ出した。
その口から出た光に照らされた場所は、氷漬け、或いは水晶と化した。
それはドラゴンステーキを食べた際の副次効果。竜のブレスの擬似体験。だが、それは風音だけではない。弓花からは雷の光が吐き出され、他のメンバーも何かしらの光が漏れていた。
しかし、風音はそれだけでは済まなかった。
あまりにも美味かったためかマテリアルシールドがLv2となった。
そして唐突に全周囲にマテリアルシールドが展開されたのだ。その勢いでテーブルクロスやテーブル、椅子、皿、フォークなどがまとめて吹き飛んだ。
のみならず、風音のメガビームもLv2となり、パッシブスキル化し、風音の激情のままにその瞳から凄まじい熱量を持った二筋の閃光を放った。
それはノーラの勤めるレストラン『竜牙堂』の天井を焼き切り、街全体で天をも貫く光の柱が目撃された。
人々はその輝きに畏れ、魅せられた。
そしてその光は離れたディアサウスでも目撃されていた。その光の波動を感じ取った竜たちが一斉に吠えたという。
だが天をも貫いた光か消えたとき、焼き切られた天井の周辺が燃え広がり、店を炎に包みこんだ。
そして店は半壊したのだ。
その後、謎の青いドラゴンがやってきて氷のブレスで炎を止めて『私は悪くねえー』と涙を流しながら去っていったのは何だったのだろうか。
しかし、この街に新たな伝説が生まれたのは間違いなかった。
こうして、ドラゴンステーキを食べて、とてつもないリアクションを取り、竜すらも呼び込んだ風音は『偉大なるリアクション王』、通称リア王と呼ばれることになったのである。