軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百三十一話 結末を見よう

◎リザレクトの街 宿屋サンバン 夜

「怒られたよ。超怒られた」

そう口にする風音がぐったりしている。

「まあ仕方ないわよね」

だが弓花はやれやれという顔をするだけでフォローには入らない。デレ期間はとうに終わっているのだ。

「まあ、バレてしまいましたしねえ」

「だなぁ」

ティアラと直樹もため息をはいた。

現在の時刻は19時を回ったところか。この世界では王侯貴族などはチャイルドストーン動力の時計を所持しているが、風音たちのウィンドウにも時計機能が存在しているので時間は正確に把握できている。

風音が叱られたのは主に冒険者ギルドからである。理由は黒い魔物戦の際に使用したヒポ丸くんとサンダーチャリオットの姿を目撃されて『這い寄る稲妻』の件がバレたためである。もっとも風音自身が『這い寄る稲妻』の正体に気付いていなかったので風音自身は隠そうとしていたわけではなく、街の回りを走ってなかったかとの質問にはドヤ顔に「そうだよー」と返していた。大目玉である。

なお風音は街の近くでの暴走行為禁止を口頭で言い渡された。暴走行為禁止などという法はないが住民の不安を促す行為は十分に厳罰に持って行くことが可能なのだ。そして『這い寄る稲妻』についてだが、出現二日目に街から離れたと推測されていたため、周辺の街や首都ディアサウスの冒険者ギルド・ハイヴァーン本部への注意勧告を既に連絡済みだ。なので、今回の件は最終的にリザレクトの冒険者ギルドとしても見なかったこととした。要は後処理を嫌がったのである。どうせ今後の目撃もなければそのまま消えていく情報である。そして風音への口頭注意も記録に残さないためであった。

まあ、それはそれとして大闘技会のその後ではあるが、決勝戦後の魔物の出現はイレギュラーではあったが『全員無事』であったこともあり、事なきを得たとしている。そして閉会式は翌日に改めて行うこととした。一般部門の優勝者、準優勝者の出席はないが、達人などが参加した場合、勝ったらさっさと帰ってしまうことはよくある話である。

神ノーマンの殺害は伏せられている。これは悪魔が神を襲うなど人々の不安を煽る材料にしかならないとの死に際の神本人の言葉に従ったものであった。ノーマンの亡骸はハイヴァーン首都から来ていたノーマン神聖騎士団が丁重に扱っていたが、そのまま首都まで運び、本体の下で復活させるらしいとのこと。

そして風音はグッタリしながらも手にはまった腕輪を見てにやけていた。今回の黒い魔物討伐の報酬として、優勝賞品の竜の肉以外にも補助アイテムをもらったのである。名を『アイムの腕輪』、その効力は召喚体に自身の術を行使させるものである。簡単に言えば、魔術師が召喚体とのパスを通じて、召喚体から魔術を撃つことが可能になるアイテムだ。試してみたところ、スキルなどもものによってはユッコネエを通じて出せるようだった。

なお黒岩竜の肉は3位のメルライトの召喚師の『ヌエの肉』と交換してもらった。ユッコネエはその肉を食べて爪が鋭くなり、雷を帯び、尻尾も三股になった。スピードも上がっているようだった。尻尾がヘビにならなかったのは幸いだった。

ちなみにもうひとり交渉中だったカルティは「自分で手に入れたものでこのこを育てるの」と言って交換を拒否していた。手に入れた肉は天馬の肉。羽が生えたらしい。

その他特筆すべき点としては風音のスキルだが、実はあの黒い魔物を倒しても増えなかった。経験値も入っていない。何かしらの条件があるのかもしれないが現時点では風音には理由が分からなかった。その代わりと言って良いかは分からないが『魂を砕く刃』というスキルが戦闘中に真白い刀からのコピーで手に入った。これはアストラル系に絶大な効果を持つスキルのようだ。ディアボに苦汁を舐めさせられた風音としては大変有益なスキルだろう。そして……

「あの……いいんですか。これをいただいても」

ミナカが遠慮がちに風音に尋ねる。ゲンゾーからもらった真白い刀は現在ミナカの腰に差さっていた。

「ああ、いいのいいの。刀は私も専門外だしね」

そう風音は言って、そして付け加える。

「ただ絶対に売ったりしないでね。使わなくても良いからずっと一緒に持っていって。出来る限りは」

そう口にする風音の真剣な顔に目をパチクリとさせるミナカではあるが「分かりました」と返し、そのまま刀の手入れを始めた。

刀の銘は『白雪』と刻まれている。真白い刀にはピッタリの名であった。

だがそれを見る風音の顔は明るいとは言い難い。仲間は勿体ないのかなとも思ったが、弓花だけは(抱え込んでるな)と感じていた。

(やっぱ、お爺ちゃん。馬鹿だったよなあ)

風音は心の中でそうボヤいた。

(自分の孫が目の前にいたのに、気付かなかったのか)

報われない話だと思った。証拠はないが、風音は確信していた。刀を通して流れ込んだゲンゾーの意識がミナカをそうだと告げていた。そしてミナカが養子で、養子になる以前の記憶がないことも確認している。だから恐らくゲンゾーは養子に出した孫を死んだのと勘違いしていたのだろうと風音は推測した。その経緯までは風音にも分からないが、だが最後まで擦れ違って終わった老人を風音は憐れみ、そして供養にとミナカにその形見を手渡したのだ。

ただ、その理由まではミナカには話してはいない。いつかジャパネスに訪れた際にミナカの育ての両親と話してから、どうするかを決めようと思っている。

そしてここから先は老人がプレイヤーであったとは知らない風音には想像できない仮定の話だ。

老人は2年前にこの世界に現れた。たった一人でジャパネスの地に降り立ち、そしてその後は冒険者として歩んでいくこととなる。

だが老人は疑問に持つべきだったのだ。この世界に来る前にテレビのモニタの前にいたのは果たして老人ひとりであったろうかと? そしてこの世界に落とされたのは老人だけだったのだろうかと?

実は老人よりもさらに6年前に少女がひとり、ジャパネスで発見されていた。その少女はある町人に拾われ、育てられ、ジャパネスの子供の基本として剣術を習わされていた。そして剣術を習ううちに『剣豪』というユニークスキルを手に入れた少女はその才覚を買われ、ある武家の養子となった。少女はその際に武家の娘と生きていくために過去を捨てていた。それは折しもゲンゾーが風音にかけたニンジャの用いる記憶を閉ざす術だった。

老人は気付かなかった。自分が落ちたのは2年前。目の前にたとえ成長した孫がいようとも気付けないのも仕方あるまい。いや、あるいは老人が悪魔の誘いを受けていなければ、または元の世界だけに目を向けていなければ違う未来はあったかもしれない。だが結果は出てしまっている。過去へ戻ることはできないのだ。

これはそうした仮定のお話。だがその仮定は少女が一言口にすれば事実か否かは答えが出る。「コマンドオープン」とでも言えば……

だが、それは行われない。なんの脈絡もなくミナカがその言葉を口にすることはない。だからここまでは仮定の話であり、そのまま何も起こらず終わる話だ。

ただ老人の刀はミナカの腰に差さっている。それだけは確かな真実だった。

(ま、ゆっくりとお休みよお爺ちゃん。随分と疲れたよね。ここまで頑張ってきて……私も疲れたよ)

刀を丹念に手入れをするミナカを眺めながら、やがて風音の瞼は落ち、テーブルにつっぷして、少ししてから小さな吐息が定期的に続くようになった。弓花は「しょうがないな」という顔で風音を抱き上げて部屋のベッドへと運んでいく。「俺が」という直樹を牽制しながら。

だが、まだ最後の結末が残っている。この大会中に交わした『ある』約束はまだ果たされていない。

それはこれから果たされる予定だった。

◎リザレクトの街 中央闘技場 夜

「夜ともなればここも寂しくなるな」

老人が闘技場の中央に立っていた。その剣を持つ手は震え、まともに立っていることも難しいようだ。

「まあ、祭りの後です。火が消えた後はいつだってそう感じるものですよ」

その老人にジンライが当たり障りのない言葉を述べる。

老人、ヴァール・ニールセンは、ジンライの言葉に笑う。

今大会ではヴァニルと名乗っていたその老人は、悪魔の魂とともに自身の力も根こそぎ奪われていた。このまま他の悪魔使い同様に明日には衰弱死するであろうことは誰の目にも明らかだった。

「そろそろ始めますかな」

ジンライの言葉に老人は頷き、そしてジンライを睨みつける。

「分かっているな、俺を惨めな老人で終わらせてくれるなよ」

ジンライは何も言わずに頷いた。

誰もいない闘技場、破壊された周囲など見えぬとばかりに老人はさきほど拾ったただのロングソードを前に出す。もはや持ち上げるのも苦痛なのだろう。うめき声が聞こえた。

「いいのね?」

彼らより少し離れたところにいるルイーズはやるせないような顔でジンライに問う。

「始めてくれルイーズ姉さん」

ジンライの返答はそれだけだった。その表情からは何の感情も窺えない。そこにいるのは、ただ目の前の敵を葬ることだけを考える戦闘機械。恐らくは、それがもっとも老人への手向けとなるであろうことをジンライは知っているのだろう。

一切の油断も妥協もなく、ただ最大の敵として殺す。そのジンライの姿を老人はとても嬉しそうに頷く。

それを見たルイーズの手は上がり、開始の合図を口にする。

そして老人はジンライを見る。

剣がこんなに重いと感じたのはいつぐらいだろうか。

敵がこんなにも恐ろしいと感じたのはどれほど昔だっただろうか。

足は前に出ない。すくんだわけじゃない。もう動けないのだ。

ならば腕だ。持ち上げて降ろす。

相手の攻撃をかわし、斬りつけて

そう思いながらポッカリと胸に穴が空いたのを老人は理解した。槍を突き立てられたのだ。目の前の男は本当に、最大の力を以って自分に挑んでくれた。それが老人にはとても嬉しくて、故に最大の賛辞を送る。

「見事」

そう口にして、かつてライトニングと呼ばれた高齢の剣士は崩れ落ちて死んだ。

ルイーズはそれを見て俯く。辛いのは見知らぬ老人の死ではない。辛かったのは目の前のかつて恋い焦がれた男の生き様だ。そうであったから愛していたし、そうではなくなることを期待して手放した。だが変わってなどいないのだ。今も昔もこの男の生き方はひとつだった。だから家族とも離れひとり生きているのだろうと。

だがジンライはそんなルイーズの心情など分かりはしない。だから、ただこう告げた。

「この方はヴァール・ニールセン。ヴァニルなどという悪魔使いなどではない。ワシが憧れ、今日決闘にてワシが実力で打ち倒した。それをギルドに伝えておいてくれ」

ルイーズは俯きながら尋ねる。

「いいの? 多分貧乏くじを引くことになるわよ?」

「何の問題がある?」

そう言いきるジンライにルイーズは何も言えない。

そしてひとり、ジンライはこの場を去っていった。

「問題……ないわけなんてないのにね」

この死んだ老人は近年こそ老いて寝たきりだったが、家族も弟子も信奉者も多い。それが決闘とはいえ、こんな形で殺されたと知れば反発する人間も多いだろう。だがジンライはそれを引き受ける気でいる。

「あんま無茶しないでよお爺ちゃん」

ルイーズはもうすでに去った男の背中を思いながらそう呟いた。

そして決勝の夜、この大闘技会にまつわるすべての物語は終わりを告げたのである。