軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百十七話 ネタバレをしよう

「何さ?」

風音が「それで、お爺ちゃんは悪魔使いなの?」という質問をした後、目の前の老人は風音の質問にも答えず呆けたように風音を見ていた。そして、その様子に堪えきれなくなった風音が気味悪そうに尋ねた言葉が「何さ?」であった。

「ああ、いや。そのお爺ちゃんと言う言葉がな。孫を思いだしたんだよ」

そう答える老人の顔は過去に懐かしさを感じて微笑む、ただの年寄りのものだった。

老人は「すまん」と言って滲んだ涙を拭う。

(うーん。普通のお爺ちゃんみたいだなぁ)

風音はさきほどまでの印象がまるで嘘のようなその老人の姿に拍子抜けしてしまう。

「まあ、もう二年も会ってないがね。私の妻にもな」

「そっか。それは辛い……ね」

風音にもその気持ちは分かる。弟にこそ会えたが両親とはまだ連絡も取れていない。できることならどうにか無事を知らせたかった。

「お爺ちゃんも帰る方法を探してるの?」

そして老人に対し何かしらのきっかけにはなるかもしれないと風音が帰還について話を持ち出してみた。

「ああ、もちろんだ」

対する老人の返答はストレートだった。

「こんな茶番のようなくだらない世界からさっさと帰りたいよ。君だってそうじゃないのかい?」

老人の言葉は辛辣で、風音は思わず眉をひそめる。

「私は……そうでもないかな」

そして風音は首を振って己の心情を正直に話す。少なくとも元の世界にいたときよりも今の方が生きていると風音には感じられていた。両親などの会いたい人は確かにいるがこの世界を捨てて戻りたいまでとは思っていない。

風音の言葉に老人からの反発はなかった。ただ「そうか」と口にした。

「まあ君もプレイヤーとしての特別な力を持っているようだ。ある程度の成功も収めているようだし、そう考えてしまうのもおかしいことではないがね」

それはこの世界に来たばかりの頃の老人自身にもあった気持ちだ。だが、今はその気持ちが欠片も残っていない老人は静かに自分の言葉を吐き出していく。

「しかしな。もう私は耐えられない」

その老人の顔は疲れ切った人間の顔だった。

「平然と人を食い殺す害獣共が闊歩し、のみならず、人同士ですら殺し合う、死と隣り合わせとなっているこの日常がな。こうして老人にも子供にも平然と武器を売ってしまえるような倫理観のなさが私は許せない」

それは元の世界というよりも正しくは老人たちのいた国のというべきだろう。或いは日本人ではないヨハン・シンプソンならば違った答えも返ってきそうではあった。

「かと思えばギルドカードだ魔術だスキルだと子供の発想をそのまま形にしたような分かりやすい力。そんなゲームを模倣したような馬鹿げた世界への違和感がずっと拭えないんだ」

そして、その老人の言葉に風音は同意できない。

「……それは違うよ」

だから風音はそう呟く。そもそも老人が感じている『分かりやすい力』というのはプレイヤーだけが使えるウィンドウに依存している面が強い。あれが世界を容易に見せている。そして確かにこの世界は元の世界とは違う法則があるが、自分達があっさりと使ってしまっている魔法もスキルも本来は様々な技術が積み重なってできたものだ。

「お爺ちゃんがそう感じているのは私たちしか使えないこのウィンドウのせいだよ。反則的な力を初めから持っておいて、だから世界が簡単だと口にするのはズレてると思う」

そう、風音はしっかりと反論する。老人の言葉は視野が狭過ぎると風音は思う。だが老人の言葉は続く。

「確かにそうした面もあるだろう。だがあのダンジョンという仕組みはどうだろうか? 降りれば降りるほどに訳の分からん世界に繋がり、その構造も迷路状のものに作り出されている。挙げ句隠し部屋にトラップに宝箱だと? まるでそれだけがゲームを切り出して用意したような、あからさまに人為的なあれは何だ?」

その言葉には風音も「まあ、それはそう思うよ」と答える。そこへの反論はない。

風音にとってもダンジョンの存在の違和感は強い。最初からあるものとして生きているこの世界の人間には当然の存在なのだろうが、あれは明らかに異質なものだ。あれは最初のシグナ遺跡やウィンドウと同種の存在だと風音は考えている。

「そうだろうとも。ああ、そうだともさ。明らかな人工物。どうだろうか? いっそ、ここはヴァーチャルワールドで私たちはゲームの中に閉じ込められましたとでも考えた方が話としては分かりやすくて良いんじゃないかとは思わないかい?」

だが唐突な老人の結論には風音は首を横に振る。

「それはないよ。どう考えたってこの世界はゲームでできることを超えているわけだしさ」

そう風音は断じる。目の前にある世界が誰かの作った偽物の世界だとは思えない。それは心情的にもそうだし、今までこの世界で生きてきた体感としてもそう感じる。

実際風音もこの世界に来た当初は確かめてはみていたのだ。どこかアラがないかと。ポリゴンが見えないか。テクスチャーがズレていないか。岩を砕いて、その崩れた断面が他と同じではないか、崩れ方が一定ではないか。炎や氷のエフェクトは……と。しかしそんなアラはなかった。実際に出会う人々もAIでは、少なくとも風音たちの世界のAIなどでは処理できない本物の人間だった。

だが……と、老人は言う。

「どうかな? 私はそう考えているぞ。あのゼクシアハーツの制作者たちがなんらかの手段を使って私たちをゲームの中に閉じ込めたのではないのかとね。実際にここまで精密に信じ込ませられる連中だ。本物だと感じたことこそが連中が仕込んだ罠だとは考えられないかね?」

そう口にする老人の瞳には反論を許さない、自分の考えを誇示する者の色があった。

(そりゃあ、そう思いたい気持ちはあるだろうけど)

昔、風音が読んだ小説などにもゲームの世界に閉じ込められたという設定の話はいくつもあった。VRMMOもの、或いはプレイヤーが死ぬと現実の自分も死んでしまうデスゲームものなど。そんなジャンルの小説だ。

しかし実際に風音たちが遊んでいたゼクシアハーツは普通のコンシューマゲームだ。確かにヘッドマウントディスプレイを使えばヴァーチャル感覚でも遊べるだろうが、別に脳に直接繋いで意識を飛ばしたり、感覚をフィードバックさせたりするような危険なものでは当然ない。いくら数千人単位での対戦ができるようになったとはいえサーバの調子が悪ければラグだって発生するただのゲームだ。

そもそもの話として普通にテレビ画面で遊べるような媒体からゲームの世界に入り込ませるようなヴァーチャル体験を与えるなんて、風音にはその手段が想像もつかなかった。

そんなことを風音が考え込んでいると老人がまた口を開く。

「君だって分かっているだろう。今頃の私たちの本体は病院で寝かされているのかもしれない。もうここに来て二年も経つのにだ」

その言葉にも風音は眉をひそめる。

その時間感覚のずれこそが一番の問題だ。数ヶ月、数年、数十年、数百年の時間差でこの世界にくるプレイヤーたち。みんながゲーム世界にヴァーチャル的に閉じ込められているとすれば、それが説明できない。そもそもこの体はキャラクタークリエイトで作成したものじゃない。自分自身、明らかに本物だと確信できる。だが老人はそのことには触れない。自分に不都合なことはもう老人には見えていない。自分の独白を続けていく。

「そうだ。そうだとも。もう2年なんだ。妻が病気なんだよ。もうずっとベッドから自分で降りていないんだよ。愛理だってまだ小学校に入ったばかりだったはずなんだ」

そして、その言葉がなにかを口に出そうとした風音の心を押し止める。

「そう……なんだ」

それには風音には気持ちが分かるとは言えない。両親も元気だったし、どちらの祖父母も健在で、あちらで生きている内にはそうした場面に出くわしたことは風音にはない。

「それなのに私はここに留まってる。あのこらはきっと私の帰りを待ってる。たった三人きりの家族なのにきっと苦労をかけている。泣きはらしているかもしれない。そう考えると私は狂いそうになる」

老人は狂った瞳で言葉を吐き出す。

「或いは今ここで死ねば目が覚めて現実に戻っている。そんなことを毎日考えて生きているんだ」

それは絞り出すような声だった。それはどれだけ苦悩し、実行しようかと悩んだ者にしか出せない言葉だった。

「……だったら」

だから、それを聞いて風音は老人に口を開いた。戻りたいのならば手はあるのだ。ゆっこ姉から風音は聞いているのだ。帰る方法を。

「だったら私たちと一緒に来たらどうかな?」

「一緒に?」

老人の問いに風音が頷く。

「元の世界に帰る方法をね。私たち、見つけたんだよ」

老人は風音の方をバッと見る。そして身を乗り出して風音に尋ねた。

「帰る方法?」

その老人の言葉にカザネはうなずく。だが次に来た質問は予想外のものであった。

「それはまさか『ダンジョンの最深階』のことではないよな?」

「え、うん。そうだけど」

風音が「知ってるの?」という顔で老人を見るが老人は一転して落胆した表情に変わる。ガックリと顔を伏せ、そして風音にこう告げた。

「ああ、それは『ダメ』だ。あれは違うんだ」

そう口にした老人の一方的な否定に風音は目を丸くする。だが、その反応からある推測が脳裏によぎった。

「もしかして……見たの?」

恐る恐る聞いた風音に老人はコクリと頷いた。

「ああ、最深階に降りた。一年一緒だった仲間たちを犠牲にしてな。あの頃の私は焦りすぎていた。だが、辿り着いたんだよ、私は」

そう言った老人の声は震えていた。

「しかしな。あれは違った!」

そして断言する。

「確かにあの光景は東京だった。だが、私が見たのは瓦礫の山だ! 折れた東京タワーだ! 道の端に積まれた死体の山だ!」

風音は老人の言葉の意味を考えて顔面が蒼白になる。

(何かが起きた?)

それは自分達がここに来たことと関連があるのか。風音の心がざわつく。

「まさか地震とか? 病気? それとも戦争でもあったの?」

そのどれであっても風音の両親の身が心配だ。戻ってももう二人はいないかもしれない。だが、老人はそれに対しての明確な答えを持たない。

「分からん」

ただ一言、そう口にした。

「私が見たのは断片的な状況だけだ。だが、あんな世界が、あんなものが、私たちの世界であって良いはずがないだろう」

そして続いた老人の言葉が呪詛のように響く。

「お前は知らぬであろうがな」

老人が悲痛な表情で風音に向き合う。

「仲間のジェッソはまだ若くてな。死ぬ直前まで私が妻と再会できることを望んでいた」

それは老人の中にある仲間の記憶だ。

「ルーチェは孫と会うって言ってくれた。会うのが楽しみだといつも笑っていた」

語られるのは、ともに戦って死んでいった仲間たちの思い出だった。

「シェークは吟遊詩人だった。ジェイポップを聴くんだと張り切っていたよ。バハロとウールとは遊園地に行く約束までしたんだ。私のおごりだと強調してな」

絞り出す言葉が風音の表情をこわばらせる。老人は仲間たちと共に元の世界に戻るつもりだったのだろう。だが、その途中で仲間は死んだらしい。それは当然風音にもあり得る未来だ。

「あの連中にな。私はなんて言えばいいんだ。お前たちの犠牲のもとに辿り着いた世界は別のものでしたとでも言えと? それとも彼らは偽者だったのか? そう思わせてただけのNPCか? 私を騙すためだけに作られたデクなのか?」

風音は絶句して聞きながら自分の頭の中の混乱に向き合っていた。

(東京が廃墟? 死体の山ってどういうこと?)

与えられた情報は風音の許容量を超えたものだ。ワケが分からない。

「それにな。スカイツリーも存在していなかったんだ」

そして、唐突に老人の言葉から重さが消えた。

「部分的にだが微妙な違和感もあった。なくなったはずのガラケーを死体は握ってた。ポスターの歌手を私は知らない。新聞も落ちていたのを読んだよ。総理は同じだったが、官僚は違っていた。何かがズレていた。細部が微妙に現実とは違っていた。だから私には分かった。だから気付いたのだ。この世界はやはり仮想世界なのだと」

何故そう行き着いたのか。風音は苦い顔をしながら尋ねる。

「その結論になった理由は何?」

目の前の老人の言葉が正しいとしても、どうにもこの老人はおかしい。妄執にとり憑かれているようにしか見えない。

「私が見た現実世界のようなものも仮想世界だったのだろうよ」

しかし風音の言葉には応えず、老人は自分の考えだけをぶちまける。

「結局のところ、私たちは奴らの手の上で転がされているに過ぎないということだ。『管理者』どもに」

「管理者?」

それは今までの話の中で初めて出た言葉だった。風音の胡散臭そうな視線に老人はなおも興奮気味に声を出す。

「この世界に神がいるのは知っているな?」

「うん。話だけなら」

風音も神の実在をデュラハン討伐の際に聞いていた。

「あれが管理者だ。この世界に降り立ち、自分達が見物するために私たちをこの世界に喚んで、それを見て笑っている」

老人が歯ぎしりをしながらそう言った。その目は憎悪に燃えていた。

「そして今回の大闘技会にも神がひとりやってくる。この地の守護神ノーマンという名の管理者がな」

風音はこの老人がもう壊れているのだろうと感じていた。結論に対する過程が余りにも短慮すぎる。そして、それを考える様子もない。ただ自分の考えを誇示するだけ。だが老人の言葉を否定する要素も今の風音には浮かばなかった。

「それを倒そうって言うの?」

「そうだ。ヤツが今まで私たちにしていたように、今回も私たちをあざ笑いに見学に来る。その神を切り刻んで、痛めつけて、この世界から帰還する方法を吐かせてみせる。そのために私は悪魔を乗っ取り、準備を重ねてきた」

そう口にした老人の言葉に合わせ刀が鳴動している。

ミナカの悪魔は短剣に宿っていた。だから風音はそれが悪魔の力が宿った刃だと推測した。それは半分正解で半分間違いだ。すでに悪魔は老人に喰われている。中に入っているのはもはや老人の一部だ。だが、果たして目の前の老人は未だに人なのだろうか。それとももう悪魔と言っていいものなのか……それが風音には分からない。

「悪魔たちを集め喰らうのだ。蠱毒のごとく喰らいあって、そして最後には我が身自身を呪いと化して神を引きずり下ろしてみせる。必ずだ!」

そうして妄執に憑かれた瞳で風音をゆっくりと見た。

「だが、そのために君に、今話したことを知られるわけにもいかない」

「殺す気……じゃないよね?」

その目の狂気に警戒しながら風音は尋ねる。しかし『直感』は自らの死の警告を発してはいない。

「ああ、しかし」

そう言って老人の目が光る。風音はそれに気付いたがもう遅い。

「記憶はいただこう」

老人の瞳を直視してしまった風音が「あっ」と口にしながら崩れ落ちた。

「封印術『記憶封鎖』。悪いが少し前までの記憶は封印させてもらうよ」

幻術であるならば叡智のサークレットで防ぐこともできた。だがこの術は一部の記憶を隔離するだけの術。騙すわけではなく反らすだけのジャパネスのニンジャの奥義。故に風音にも通用してしまう。そして風音も詰め込まされた情報に気を取られ防ぐことができなかった。

「どうやらかかったようだな」

そう言いながら老人は意識を失った風音を抱き上げる。

「同意を得られればと思ったが、やはり難しいか」

もはや自分の都合でしか物事を考えられない老人は残念そうにそう口にする。

「だが、これが成功すれば君も家族のもとに帰れよう。たとえこの世界が気に入っていたとしても所詮絵空事なのだ」

そうは口にするが老人も仲間たちのことをなかったことにはできない。だからこう言い加える。

「私がすべてを片付けるまでは好きにしていてほしい。せめて、最期の時までここで泡沫の夢を楽しんでいてくれ」

老人はそう言って風音の髪をかき上げた。目の前の少女は孫よりも大きいが、よく似ていた。見ているだけで懐かしさで涙があふれてくる。

「愛理、愛子……おじいちゃん、もうすぐ帰るからな」

そう口にして老人は涙ぐみながら風音を抱き締める。2年間ため込んだ思いが決壊しかかる。だが、もうじき本当の孫とも会えるだろう。もう2年だ。きっと自分の知っている頃よりも大きくなっているだろうが、だがきっと会える。

そして老人は自らの強い意志を再度確認し歩き出す。自分の夢が叶う時まで後少し。それをこの老人は疑っていなかった。

その数十分後、風音は倉庫街の近くにある公園の芝生の上で目を覚ました。

「あ……れ? なんで私ここで寝てるんだろう?」

良く分からない。風音にはここに至るまでの記憶が抜けていた。

「ああ、そうだ」

だがそれよりも少し前のことは覚えていた。

「ルイーズさんに知らせないといけなかったんだ」

ミナカを追っていた連中のことをルイーズに話さなければならない。それを思い出した風音は冒険者ギルド事務所へと向かう。

途中、最後の予選試合が終わり、本戦の対戦表が確定したとの話が聞こえた。

(明日は試合か。あの連中が何もしなければいいんだけどなあ)

そう思いながら風音はルイーズのもとへと急いだ。すでに手遅れだとは今の風音には分からなかった。