軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第一話 ピンチになろう

空を見上げている。

少女は空を見上げている。

ああ、なんて青い空なんだ。

少女から感嘆が漏れる。

突然広がる世界。

開けた草原。

朽ちた遺跡の跡。

流れる小川。

遠く見える山脈。

まるで『幻想伝記ゼクシアハーツ』のイオタ地方のようだと……呆然と思った。

「あれ?」

だから少女は疑問に思った。

寝転がっていた身体を起こし、土の付いた手を見る。

「土だ」

当然の確認。だがそれは当然ではない事実。

「どこ…かな。ここは?」

思考のはっきりとしてきた頭を押さえながら少女は立った。

そして再度疑問に思う。この見覚えのない場所はどこだと。

否。

「見覚えはある…よね。あれはシグナ遺跡…で。あの峰はジリティア山脈で…川はルール川に繋がって」

そんな言葉がすらすらと口からでるのだから少女にとってここは知らない場所であるはずがなかった。ただ、自分がここにいるということが有り得なかっただけだ。なぜならば

「ここ、ゲームの中…なの?」

漠然とした疑問に対する答えを口にする。それはありえない事実。

「なんなの、いったい?」

少女は慌てて周りを見渡す。ここは間違いなく先ほどまでいた自宅の、自分の部屋ではない。

「私、さっきまで部屋にいたよね? こんな場所に来た覚えなんてないし」

そして少女は遺跡を見る。石畳のコケのびっちりと生えた、もう長い年月人の手の入っていない遺跡。それだけならばまだ良い。実は自室でゲームをしていたのは少女の勘違いで、海外旅行でモヘンジョダロ遺跡の前で頭でも打って記憶が混濁しているだけかもしれない。

「でも、さすがにこれは現実的とは言い難いなあ」

ただし、それはこの宙に浮かぶ石ころたちがなければの話だ。

(確かシグナ遺跡は浮遊石を生産するために作られた魔導寺院…という設定だったはず)

ゲームスタート時のチュートリアルクエストの舞台であるシグナ遺跡は、浮遊船の材料となる浮遊石を造るための施設だったと説明されている。

だったというのは現在は廃棄されているためで、プレイヤーは街に流れ着いた移民で、冒険者ギルドに登録後、最初のクエストとしてここで浮遊石を拾ってくるように指示されることとなる。

クエストの受け方、アイテムの購入、装備や使用、フィールドの散策、モンスターとの戦闘や逃走の基本を学べるまさしくチュートリアル用のクエストなのだが

(て、ちょっと待った)

呆然と遺跡を見ていた少女から一転冷たい汗が流れる。

少女は今の状況を思い直す。ここはチュートリアルクエストの遺跡だ。ここはチュートリアルクエストの終点だ。ここはゲーム最初のボス戦の舞台だ。

(まさか!?)

周囲から獣の気配が満ちてくる。

(うわわわわ)

無数の息遣い。人ではない何かのにじりよる足音。

「コマンドオープン」

とっさに出た言葉に従って、少女の周囲に幾つかのウィンドウが表示される。

「出たジャン。やっぱこれゲームか」

まだ実感はわかないが、これがゲームのなかであると確信した少女はステータスの項目を開く。

「由比浜 風音、私の名前だ」

(実名プレイなどしたことはないんだけどなー)

そう、どこか惚けたことを思いながら、由比浜 風音という名の少女は他のパラメータを確認する。

(レベルは8? 初期値のままか。実際にプレイしてたキャラってわけじゃない。武器、防具は…服だけとか)

今着ている服は家で着ていたぶかぶかのタンクトップにハーフパンツに何故か履いてるスニーカー。防御力などなきに等しい。

戦闘は無理。風音はそう判断し、続けてオプションからウィンドウ可視化のコマンドをオンにする。

(げっ?!)

すると周囲の生い茂る草原にウィンドウが次々と立ち上がる。

ゴブリン Lv12。典型的なゴブリン族。だが数が多い。

(17、18、19、20匹。ゲームの倍とか。ないわ。マジでないわ)

理不尽な状況に思いっきり深い溜め息をつく。このクエストのボスはゴブリン族十匹と固定のハズだった。それが倍である。

高い自由性と高いリアリティを謳い文句にしたゲーム『ゼクシアハーツ』は一対多数の戦闘は非常に厳しい。

例えば初期値のステータスでは目の前のゴブリン二十匹どころか十匹でも確実に死亡する。本来ギルドから指示のあるとおりに分散して各個撃破しなければほぼ死亡するクエストなのだ。故にシグナ遺跡のクエストは初心者殺しとまで呼ばれていた。

(周囲を囲んで一気に…というつもりだろうけど)

戦っても勝つのは不可能。念のためスキルを見たが当然そこにはなにもなかった。草原に逃げるのも無謀。武器もなく数でもどうにもならない状況ならば出せる手は限られる。

ゴクン…と風音がつばを飲み込む。

「う、うわぁああああああああああ!!!!!」

即断即決。一気に声を張り上げて風音が走り出す。

「ギャガッ!」「アガィジギギギ!!?」「シャレアガニィ!!」

背後から叫び声があがるが風音は見向きもせず走り続ける。『シグナ遺跡』に向かって。

(ゲーム!ゲーム!ゲーム!これはゲームだぁあ!!)

そう心の中で叫びながら、後ろから来る気配に恐怖を感じながら、石畳をつっ走り、遺跡の入り口に入り、そしてそのまま入り口の壁の出っ張りを叩いた。

「ギャハアガァッ」

凄まじい音とともにグシャッと何かがつぶれた音が聞こえた。

(グッ)

鉄の臭いが鼻孔を刺激する。

風音はその臭いの元に視線を送り、吐きそうになる。

「マジですか」

そこにあったのは追いかけてきたものの成れの果て。石の扉に潰され、目や口からいろんなものが飛び出したゴアな物体。それはあまりにもリアルで、とてもゲームとは思えないエグすぎるビジュアルのオブジェクトだった。

「ウグゥッ」

風音はとっさにそれから視線を外した。これ以上は口から何かが噴射しそうだった。

それはさきほどまで自室でクーラーに当たりながらゲームに興じていた高校生が耐えるには難易度の高い光景だった。だから、耐えられたのはそこまでだった。

「ともあれ助かった…よね」

入り口から少し進んだ場所で酸味のある口元を拭いながら風音は呟く。口の中が酸っぱい。

そして先ほどの光景を頭から追いやり、冷静さを取り戻そうと思考する。

遺跡の中は暗いが周囲が見えないと言うほどではなかった。この手の遺跡には意図的に灯り苔という光る苔を壁に群生させているという設定になっている。その上遺跡の天井部は日の光が室内を照らすような形を取って開かれていた。

(あの仕掛けが起動したってことはやっぱりどう考えてもゼクシアハーツのなかってことだよね。ここ)

もはや疑いようもない。さきほどの仕掛けはこのチュートリアルクエストでゴブリンに囲まれた場合の緊急回避的なもの。入り口の右手にある出っ張りを攻撃することで入り口の扉が閉まるという仕組みだ。

遺跡の扉は一定時間で開き、外に出てもゴブリンが待ち受けていることには変わりないが、それでも時間を稼いで対処をとる準備はできる。出て戻ってを繰り返し回復しながらゴブリンを全滅させることも可能のはずだった。ゲームの中でなら。

「でも、さすがに武器の一つもなきゃ全滅させるなんて無理だよねえ」

そう嘯くも風音は扉からの臭気と全力疾走の疲労感からこれがゲームであるという前提が崩れていくのも同時に感じていた。

(なら夢…とか?)

明晰夢というものがある。夢の中で夢と自覚できる夢のことだが、今ここにある感覚はこれが夢だとは認識できない。

(まあだからこそ夢なのかもしれないけど)

夢の中までゲームかとも思わなくもないが、総プレイ時間3000時間を超えたゼクシアハーツならば夢の中に出てきてもおかしくないかも…と考え、苦笑する。

「まあ、どちらにせよ。やるからには…勝たなきゃだね」

そう口にして風音は遺跡の奥を見る。この遺跡は魔物はさきほどのゴブリンの住処になっていて他のモンスターはいないハズだ。

「出てこないで頂戴よ。ホントに」

ゲーム的にも今の装備じゃどんなモンスターにも勝ち目はない。現実的に考えても言わずもがなだ。だがこの遺跡の中に入ったのなら手はまだある。

そう考え、一歩進んだ時だった。真横から見知った声とともに何かが振り下ろされたのは。