軽量なろうリーダー

物語を改編致しましょう  未来の虐げられ妻にはなりたくありません。

作者: おかき

本文

私の名前はケイシー・ダーグス。

アイゲル国の北に位置する辺境伯の長女。

9歳上に兄のオーランドがいる。

兄と私は母親が違う。

兄の産みの母は辺境領を嫌い、兄を置いて実家に帰ってしまった。

嫡男を産んだ事と、父とは婚約時代から不仲であった為、すんなりと離縁が成立した。

その結婚は国の仕来りとして、王族もしくは王都の高位貴族と、地方の東西南北の辺境伯家を繋ぐ為のものとし婚姻を定期的に行っていた。

丁度その時に結ばれた婚約が、兄の母親と父との婚約だった。

〈嫡子を産めば離縁する〉

そう誓約を交わし、兄を産んで直ぐに母親は出て行った。

乳飲み子の世話をしていたのが、私の母だった。

私の母は子爵家からの奉公で北の辺境伯家に仕えていた。

父は若い侍女が必死に子育てする姿に惚れてしまい、婚姻を結んだ。

兄を優先し、子供を産むのを母は拒んでいた。でも、兄の「兄弟が欲しい」の一言で私が産まれた。

兄は私の母ヤリスを本当に母と慕い、年の離れた私をとても可愛がってくれた。

私はこの先の辺境伯家の不幸な未来を知っている。

数年後、領地が疲弊して行く事も。

兄が死ぬ事も。

そして、私が想い合う二人の恋人を引き裂く悪女として扱われる事も。

夫から冷遇され、辛い結婚生活を送る事も……。

夫が結婚生活を過ごす中で私の真実を知り、夫婦としてやり直しをする事も。

虐げられた原因とやり直す?

嫌に決まっている。

婚約時代は冷遇される。

学園時代は周りから悪意ある言葉や嫌がらせを受け続ける。

社交界では悪評をたてられ居場所のない夜会では笑いの種に晒されたのに?

結婚生活は平民以下の扱いをされ、使用人から教育と称した暴力を受ける日々を送るのに?

やり直す?

ありえないわよ。

この先の未来を知っているのは、私が転生者だから。

私は虐げられても踏ん張り、最後にざまぁする物語は好きだった。

でも、虐げられ続けたのにやり直す話は何となく嫌だった。

すれ違いなら全然納得するが、一方的に暴言暴力を受け我慢を続けるなんて無理がある。

前世の記憶があった事に感謝しかない。

私はここから物語の改編を致します。

私は幸せになりたいのです。

何年も我慢して手に入れる幸せな未来は遠慮したい。

ぷにぷにの小さな手を握りしめ、父のいる執務室の扉の前に立つ。

ベッドから落ちて頭を強打し、痛みの中で流れてくる前世を思い出したのだった。

父に全てを話そう。

そして、大好きな領地と兄を救うべく動こうと決意した。

〜❀❀〜

16歳になったケイシーは辺境伯領から王都の屋敷に移った。

一ヶ月後の学園への入学のためだ。

王都の有力貴族のお茶会に参加をする為に、母と二人で王都の邸に住まう。

そう。辺境で起こるスタンピードを防いだのは私。

兄の暗殺者を返り討ちにし、黒幕を吐かせ捕まえたのも私。

未来の夫となる〈リーデル公爵家の子息〉と婚約しているのも私である。

我が家の邸にて催されたお茶会に、王都の高位貴族の夫人や四方の辺境伯夫人が集まっていた。

和やかに会話は進み、ダーグス辺境伯が用意するお菓子や紅茶を前に参加した夫人や令嬢達は満足していた。

満足していた……。では済まされない程に、夫人や令嬢達はお菓子や紅茶に魅了されていたのだ。

ケイシーが作り出すお菓子は、王都で人気の高い商会が取り扱っていた。

新作を携えて催された本日のお茶会は大盛況の中、終盤にさしかかる。

「ケイシー様が作られるお菓子は、手に入りにくくて口にするのに苦労しますわ。ですが、苦労して手に入れた末に口にするお菓子の美味しい事。至極の一品ですわ。

ね!リーデル公爵夫人。」

我が家と最も親交の深いベイル公爵夫人がリーデル公爵夫人に話を振った。

これには明確な悪意がある。

ベイル公爵夫人には、私の内事を伝えてある。口が堅く情け深い夫人にケイシーは気に入られていた。

ケイシーは確かにリーデル公爵家にお菓子や紅茶に時期の贈り物を沢山贈っているのは事実。

送り先は、公爵家の領地。

対外的にも、リーデル公爵家とダーグス辺境伯家との婚約が整い両家が親交を深めていると明言している。

リーデル公爵夫人はベイル公爵夫人に笑みを浮かべて同意するしかなかった。

リーデル公爵夫人の膝の上に持つ扇子が、ミシリ………小さな音を立てた。

その音は、リーデル公爵子息の婚約者として夫人の隣に座るケイシーの耳にしか届く事はなかった。

あのお茶会から数日経った。

学園には通っておらず、ケイシーはリーデル公爵家の領地で夫人教育を受けている。

婚約者である子息と仲睦まじく過ごし、領地を視察しながら民達からの要望を聞く。

民に視線を合わせる次期当主とその婚約者を領民は大歓迎していた。

前世の知識をあまり使う事なく、領地を改革する。

婚約者は知識豊富であり、他国の知識をも持っている。知識が豊富で心優しい婚約者を、ケイシーは敬い好意を寄せている。

ケイシーも未来の公爵夫人として見事に邸を差配する。

邸に住むのは、前公爵夫妻。

夫妻は孫とその婚約者であるケイシーをとても大切にし、王都から来る厄介事を撥ねつけていた。

リーデル公爵領に住む前公爵夫妻や子息。その婚約者のケイシーが、王都で流れる悪意ある噂を知らない筈はない。

知っていて、放置しているのだ。

(まだ早いわ。卒業式の夜会まで、放置してみましょう。)

王都のダーグス家から届いた報告書をソファーに座りゆっくりと読む。

読み終えたケイシーは、薄ら笑みを浮かべる。

隣に座る婚約者に報告書を見せ、そっとケイシーは婚約者の肩に頭を預けた。

ケイシーは婚約者を深く愛している。

領地で三年近く暮らす中で、婚約者を心から愛した。

報告書を読み終えた婚約者が、ケイシーの頭を優しく撫でる。

その温かな手にケイシーは全てを委ねる。

「三日後は卒業式の夜会があります。ドレスは用意してありますので一緒に参加しましょうね?」

婚約者の優しい声に、ケイシーは頷いた。

(マーヴィン様にマーヤ様。貴方達はお終いです。)

ケイシーは目を閉じ、婚約者の腕に抱きつき温もりの中で夜会で仕掛けた罠を暴露する算段をするのだった。

〜✿✿〜

卒業式にはケイシーは参加していない。

目的は王宮で行われる卒業の夜会である。

ケイシーと婚約者は王族のいない今期の卒業生での身分が一番上になる。

夜会は最後に参加する為、控え室で暫く待った。

時間になり侍女が呼びにやって来た。

エスコートされるケイシーは、頭の高い位置で髪を一つに纏めサラリと左胸に流している。

ケイシーの顔立ちは大層美しい。

同年代よりも大人びた女性の顔立ちに、剣術で鍛え上げた美しい身体のラインを惜しむことなく今宵のドレスで晒していた。

婚約者は聡明な顔立ちに銀縁の眼鏡をかけ、冷たさを感じる雰囲気を纏う美丈夫。

会場に到着するが、案内の者は二人の美しさに圧倒されて家名の案内を忘れボーッと視線で追うしか出来なかった。

家名が呼ばれなかった為、学園の生徒達は美しい二人が誰なのか解らずにいる。

ケイシー達は全てを無視して、誰とも会話も挨拶もせず飲み物を取りに向かう。

周囲は初めて見る二人を遠巻きに観察するしか出来ずにいる。

美しい二人に声をかけたいが、二人の雰囲気に圧倒されて一歩を踏み出せない。

外野が煩いが、ケイシーはそれも無視する。

「ケイシー嬢!どこにいる!」

会場の中央で喚く声が聞こえる。

ケイシーは耳に届いたが、少しだけ放置した。

「おい!ケイシーはどこだっ!!」

喚き声が大きくなった為、ケイシーは溜め息を吐くと婚約者にエスコートされ会場の中央へと進んだ。

少し開けた場所に、マーヴィンとマーヤが腕を組み仲良く並んでいた。

ケイシーが婚約者から手を離し一歩前に歩み出た。

「私をお呼びですか?」

ワンショルダーのタイトドレス。太腿まで入ったスリットから見える美しい脚。

大人びた顔立ちの美しい女性に、マーヴィンが頬を赤らめた。

それに気がついたマーヤが、マーヴィンの脇を肘で打った。

ハッと我に返ったマーヴィンが、美しい女性に声をかける。

「貴女がケイシー嬢だと?」

強く言い放つつもりでいたが、美しさに気をやられマーヴィンは優しい口調になる。

ケイシーは心の中でクスクス笑う。

(未来での貴方は私の美しさに気が付き、我が物にしようとするものね。

磨き上げた私に見惚れるのは仕方ないわね。)

「私がケイシー・ダーグスですわ。」

ニッコリ微笑み言葉を続ける。

「お二人をお見かけするのは初めてですわね?失礼ながら、お名前を伺って宜しいかしら?」

ケイシーは態と首をコテンと傾げた。高く纏めた髪が、サラリと肩から落ちる。

会場中がその可愛らしさと美しさに魅入られた。

「初めてでは無いだろうっ!学園で散々マーヤを苛め抜いていたであろう!外見が美しくとも、心根が醜いお前とは婚約破棄だっ!!」

マーヴィンは言ってやったと胸を張る。

だが心の中では、美しいケイシーを手放すのを惜しむ気持ちもあった。

学園での噂を知る生徒達が、ケイシーに視線を向けながらひそひそと貶める発言をしている。

観衆を味方に付けたマーヴィンは、

「泣いて縋るなら、第二夫人にしてやるがな!」

フンッと鼻息荒く言い放つ。

「ケイシー様。謝罪して頂ければ水に流します。婚約破棄は仕方ないとしても、未来の公爵夫人に対する失態を許しますわ!」

マーヤの発言に、

「何と心の優しい方だ。」

「未来の公爵夫人に相応しい。」

そう言い出す観衆達。

マーヴィンとマーヤは見つめ合い、微笑む。これでケイシーとの婚約が破棄され婚約を結べると喜びに浸っていた。

そんな二人を丸っと無視したケイシーが発言をする。

「マーヤ様?でしたかしら。初対面の私が貴女様に何が出来るのでしょうか?

それに、わたくしは学園には一度も通っておりません。飛び級制度を使い卒業の資格を得ています。

学園に通っていないのに、一体私に何をされたのでしょう。」

ケイシーの発言に、生徒達もマーヴィンもマーヤも驚いている。

「そんなの、貴女の取り巻きにやらせたんでしょう?貴女からの命令には逆らえないでしょうから!」

マーヤが声を上げてそう言い出す。

「取り巻きですか?仲良くして下さる女性はおりますが……。その方々も学園には通っておりませんし……?」

ケイシーの発言で、一部の生徒達から

「ケイシー嬢を見た事あったか?」

「いや、無いな……。」

ざわざわとし始める。

「お、お前が婚約者である私の愛情を独占するマーヤを疎ましく思い、虐げたのであろう!マーヤに嫉妬したお前がマーヤを虐げたのだ!」

マーヴィンがケイシーに指をさし発言する。

「私の婚約者……が、マーヴィン様ですか?確かに私の婚約者はリーデル公爵子息ですが、貴方様ではありませんよ?」

ケイシーがそう発言すると、人垣の中から男性が現れケイシーの隣に立った。

ケイシーは男性を見上げ、愛しい人を見る視線を向け美しい笑みを向けた。

男性はケイシーの頬をそっと撫でると、腰に手を回しグッと自身に引き寄せた。

「あ……兄上……。」

口をハクハクさせ、マーヴィンが兄上と呼ぶ男性に指をさした。

ケイシーは溜め息を吐くと、一つ注意をする。

「人を指さすのは無作法でしてよ?」

場違いな発言をされ、しかも注意をされたマーヴィンは顔を真っ赤にする。

「私の婚約者であるフェリクス様ですわ。リーデル公爵子息でしてよ?」

皆が思い出す。

リーデル公爵家には、四歳上の嫡男がいた事を。

先妻との間に産まれた子供だが、政略結婚であり出産で夫人が亡くなると直ぐ様愛人であった今の夫人と再婚していた事を……。

確かにリーデル公爵家子息と、ダーグス辺境伯令嬢との婚約はなされている。

「久し振りだね。マーヴィン。

相変わらず頭の悪い行動しかしないのだな。」

マーヴィンはフェリクスが苦手なのだ。

グッと拳を握るマーヴィンの横で、フェリクスに見惚れるマーヤの姿があった。

「嘘……マーヴィンの兄があんなにイケメンなんて聞いてない……。」

(はい!イケメン発言。マーヤも転生者確定!)

ケイシーはマーヤの独り言を耳に入れた。

「話を纏めると、私は学園に一度も通っておりません。取り巻きと言われる女性達は各家門のご夫人達です。私は夫人達以外と交流はございません。

それに、マーヤ様に嫉妬して虐める理由がありません。辺境伯令嬢が男爵令嬢に嫉妬しませんし、そもそも婚約者はフェリクス様です。学園で沢山の噂が流れている事も承知してますわ。ですが全て潔白と証明出来ます。

よって、全て冤罪ですわね。」

ケイシーが綺麗に話を纏めた。

「リーデル公爵家の後継は私だ!私と婚約していないとなると、ケイシーが兄に嫁いでも爵位はないんだ!平民にでもなる気なのか?今から婚約者になれば、正妻は無理でも第二夫人に立ててやる。」

マーヴィンの素っ頓狂な発言に、ケイシーもフェリクスも同時に溜め息を吐く。

「リーデル公爵家の後継は、ダーグス辺境伯の娘である私と婚約を結んだ者がなるのですよ?知らなかったのですか?

そして婚約者ではないのですから、名前呼びは控えて下さい。

この婚約は王都の高位貴族と四方の辺境伯との婚約の仕来りです。王命と同義です。」

ケイシー嬢を貶めていた者達は動揺する。

王命での婚約を貶めた発言をする者の味方をし、学園にて散々誹謗中傷を流したのだ。

自身の身の成り行きに不安しかない生徒達だが、自業自得でしかない。

「卒業の夜会でしたが、散々な言いがかりをつけられましたわね。

次に皆様とお会いするのは一貴族として社交界に顔を出す時ですわね。

その時に皆様と再会する事を楽しみにしておりますわ!」

ケイシーはニッコリ微笑むと、美しい所作でカーテシーをしフェリクスにエスコートされ会場を後にした。

残された生徒達は自分達の立場を地に落とした事に絶望していた。

次に会う時……。

ケイシーの言葉に身震いするしかなかった。

ケイシーとフェリクスは馬車に乗り、公爵領に向かう。

王都のリーデル公爵の邸には一度も顔を出すつもりは無い。

時間はかかるが、領地に直接向かう。

馬車の中では、ケイシーが無事にやり遂げ安堵の息を吐いた。

「ケイシー?大丈夫ですか?」

フェリクスの膝に乗せられ、力なく身体を預けるケイシーの髪を梳きながらフェリクスは優しく問いかける。

「大丈夫ですわ。マーヴィン様も公爵から説明された筈ですのに。マーヴィン様と私の婚約は無いと……。」

ケイシーは疲れた身体をフェリクスに預け、溜息混じりで答えた。

「何度も説明したとお祖父様も言われていたのに。何故あんな素っ頓狂な考えになったのだろうな……。我が弟ながら、情けないな。」

ケイシーの髪を梳き、こちらも溜息交じりで話をする。

(きっと転生者のマーヤのせいね……。)

その答えをフェリクスに告げる事はない。

自分が転生者である事を知るのはダーグス辺境伯の当主の父のみ。

誰にも伝えてはいないのだから。

マーヤが転生者である事を伝えるとなると、必然的にそれを知る私の立場も知られてしまう。

マーヤへの対処法は、空気同然に扱う以外に無かった。

ケイシーは考えを放棄して、疲れた身体をフェリクスの腕の中で癒し領地までの道中眠りに落ちていた。

※※※

頭を強打したあの日……。

ケイシーは転生者である事を父に伝えた。

父は私の真剣な目を信じてくれた。

二人の秘密にして辺境領で起こるスタンピードの対策を練った。

領民にスタンピードが起こる可能性があると、ある占い師により伝えられたとした。

辺境領は過去に何度かスタンピードが発生していた為、領民達も信じてくれた。

スタンピードが起こる場所は毎回同じ場所のようだった。

ケイシーは騎士団や領民が傷付かずに魔獣に対抗する策を考えていた。

森の奥から現れる魔獣の集団を落とし穴に嵌める事にした。

魔法や人力で横に長く深く穴を掘る。

安全な長さと深さになるまで、半年近く時間を要した。

この穴は次に起こるスタンピードにも使えると賛同を得ていた為、沢山の領民が協力してくれた。

ケイシーの前世の記憶にある8歳になる頃、スタンピードが発生した。

魔獣は次々と穴に落ち、騎士団が槍や剣を投げて討伐する。

領民も大きな石を落としたり、スタンピードを沈静化させるために協力し合う。

ケイシーは戦う騎士や領民に前世培った料理の腕を存分に振るった。

交代でケイシーの作る食事を取り、甘いお菓子で少しばかりの休憩をする。

スタンピードは数日夜通しで対処した事で大きな怪我を負う者も、勿論死者も出さなかったのだ。

無傷でのスタンピードの沈静化に、辺境領はお祭り騒ぎだ。

そして王都でも怪我人も死者も一人もいないと話が広がると、ダーグス辺境伯の評価は更に跳ね上がった。

落とし穴の案を出し、美味しい料理で民や騎士を助けたケイシーは辺境の女神として崇められた。

それからはケイシーは学園を飛び級する為に、只管勉強に取り組んだ。

そして訪れるのは、兄に向けられる暗殺者である。

ケイシーは大好きな兄を自らの手で守る為に、勉強の合間に騎士団や父から剣と魔法を学んでいた。

暗殺者が訪れるであろう日の深夜。

兄は知り合いの家に密かに預けられていた。

兄の部屋にいるのはケイシーだった。

ベッドに身代わりで潜むケイシーは、暗殺者と剣を交え自死出来ないように素早く猿轡を噛ませた。

呆気無く捕まった暗殺者は、兄の母からの依頼であった事を自白した。

父は母の生家に抗議文を送り、王宮にも文を出した。

母の生家である侯爵家は子爵まで爵位を下げられ依頼者である母親は処刑された。

理由は好きでもない相手の男の子供が嫡男となり、再婚も出来ず不幸な自分はダーグス辺境伯のせいだと憎しみを向けたのだった。

兄は事のてん末を聞いても他人事とした態度だった。

産みの母を母と思う事が一度もなかったからだ。

兄の心に傷が残る事も、亡くなる事も防げたのだ。

因みに暗殺者はかなりの手練れだった。

ケイシーは死刑になるか、辺境領に命を預けるかを選択させた。

暗殺者達は辺境伯に命を預ける事を選択した。

制約魔術をかけられ、暗殺稼業や悪事を働けないように行動を制限させたのだ。

暗殺者達は意外と良く働いた。

辺境伯の影として、ケイシーの手先となり学園の事などを調べ上げてくれた。

年頃になったある日、それはやって来た。

王家の書簡に同封されたリーデル公爵家からの縁談である。

父は縁談を断ろうとしたが、ケイシーには考えがあった。

リーデル公爵家からの文には、公爵家の子息との婚約とだけ記されていた。

ケイシーはそこに目を付け、次男のマーヴィンではなく先妻の子息であるフェリクスとの縁談をする選択をした。

前世の物語にはフェリクスの名前はあったが、容姿や人物像は書かれてはいない。

ただ、実の父や後妻と弟からは疎まれ家族から虐げられ続けた。

心配した前公爵夫妻がフェリクスを引き取り、領地で静かに暮らしていた。

そう書かれていた。

ケイシーは王家と公爵家には、

〈リーデル公爵子息との縁談を謹んでお受けいたします。〉

そう書き記した。

ケイシーと父は前公爵夫妻が住まうリーデル公爵の領地を訪ねた。

前公爵夫妻は突然の訪問に驚くも、公爵家と辺境伯との婚約の話を聞いた。

「ケイシーはこちらに住まうフェリクス殿と婚約を結びたいと申しております。」

父の説明に、前夫妻は不審な表情をする。

辺境伯令嬢が見捨てられた嫡男と婚約するなど、何かあるのでは?

フェリクスの身を案じる夫妻は、疑いを持った。

ケイシーはフェリクスを守る夫妻に敬意を払い、話せる部分を正直に伝えた。

「ご夫妻がフェリクス様を心配なさる気持ちは理解いたします。ですが、私の考えを聞いてから答えを出して頂きたいのです。」

ケイシーの率直な言葉に、前公爵夫妻は了承しケイシーの話を聞く。

「マーヴィン様ではなく、フェリクス様と婚約を結びたい理由ですが。

私も幸せになりたいからですわ。マーヴィン様は幼馴染の男爵令嬢と深い仲と聞きます。私と婚約をしても別れると思いますか?私は思いません。

私を飾りとし、二人は裏で縁を繋いだままにきっとする筈です。

その状況で私は幸せになりますか?

貴族ですから、政略結婚を受け入れる覚悟はあります。辺境伯の娘として恥ずかしくない教育を受けていると自負しています。ですが、相手は公爵家。権力では差があります。マーヴィン様が何をされても、私が我慢するしかないのですよ?」

悲しげな表情でケイシーが夫妻に語る。

「ですが、私と婚約をする者がリーデル公爵家の後継になる。そこが問題なのです。私の立ち位置を利用し、現公爵夫妻は自分達の息子であるマーヴィン様に私を宛てがいたいのです。

私は自分の未来が不幸になるのを知りながら、地獄に自ら身を投じる気はありません。リーデル公爵家からの文にはたれがしとの名前が記されてはおりません。ですので、子息であるフェリクス様を選んでも良いのですわ。」

ケイシーの話す内容は、屁理屈のような気もするがその通りなのだ。

前公爵夫妻がどうするべきか思案していると、扉がノックされフェリクス本人が姿を現した。

突然現れたケイシー好みの男性が部屋に入って来た。

ケイシーは頬を赤らめながらも、美しく冷たい雰囲気を纏う美丈夫から視線を外せずにいる。

ケイシーは一目惚れをしてしまったのだ。

父が咳払いをするも、ケイシーは魅入られたままだ。

美丈夫が苦笑いをし、ケイシーの対面に座る前公爵の隣に腰掛けた。

「お祖父様。話は聞きました。私はケイシー嬢と婚約を結びたく思います。

私を選んでくれる女性などいないと諦めていましたが、どんな考えがあろうと私を選んでくれるのならば私はその話を受け入れたいのです。」

美丈夫がケイシーに視線を向ける。

「私が長男のフェリクスです。初めまして。私は浮気はしないと誓います。私を選んでくれる貴女に寄り添いたいと思っています。」

フェリクスと名乗る男性から了承の返事を貰ったのだ。

「嘘……。」

ケイシーは美丈夫からの了承が信じられず、ポツリと呟いた。

「こんなに格好良いのに、婚約者がいないなんて……。選ばれないなんて、あり得ないでしょう?私には勿体ないわ……。」

心で呟いたつもりが声に出していた事に気が付いていないケイシーを見て、前公爵夫妻はケイシーの為人に触れたのだ。

「解りました。フェリクスとダーグス辺境伯ケイシー嬢との婚約を結ぶ事に了承する。」

前公爵の言葉に我に返ったケイシーはマーヴィンから逃げられ嬉しいのだが、この美丈夫の隣に立つ自分に想像がつかずにいる。

「ケイシー嬢。婚約者としてこれから宜しくお願いします。」

フェリクスの冷たい雰囲気が消え、温かな笑みを向けられた。

ケイシーは喉の奥がキュッと痛み、涙が溢れそうになる。

(本来のフェリクス様は温かな人柄なのね。家族に邪険に扱われ、冷たい雰囲気を纏うようになってしまったのよね。

きっと……。

脇役だったフェリクス様を私が主役に引っ張りあげてやる。私が幸せにしてみせる。)

涙を堪え、美しく笑うケイシーにフェリクスが見惚れる。

お互い一目惚れをし、愛情溢れる婚約者同士となるまで時間はかからなかった。

ケイシーは馬車の中でうとうとしながら、幼少からフェリクスとの思い出を夢に見ていた。

マーヴィンとの婚約はこの先絶対にあり得ない。

私は不幸な虐げられ妻になる未来を断ち切れた。

そう思いながら重い瞼を開けると、大好きなフェリクスの寝顔が目に入った。

ケイシーに沢山の愛情を向けてくれる。

大切に宝物のように扱ってくれる。

私はフェリクスを幸せに出来ているかしら?

愛情をきちんと伝えきれているかしら?

大好きの言葉では足りない。

愛してるの言葉すら足りない。

溢れる気持ちを抑える事が出来なかった。

声を殺して泣くケイシーに気が付いたフェリクスが慌ててケイシーをきつく抱きしめる。

「どうしたのです!何が悲しいのですか?」

フェリクスは抱きしめた背を擦りながら、必死に声をかける。

「言葉が……言葉が足りないの!好きも、愛してるもっ……フェリクスへの想いをそれだけじゃ伝えきれないのっ……。」

ケイシーはフェリクスの首に手を回し、離れないように縋り付く。

フェリクスはケイシーの愛情溢れる言葉に、涙を堪える。

家族に疎まれ、領地でひっそりと生きてきた。

自分を愛してくれるのは、祖父母だけだと諦めていた。

一目惚れから始まり自分に好意を伝えられた時の喜びを。

一緒に領地を視察し同じ目線で会話をし、愛情を全力で伝えるこの可愛らしくも美しい女性を愛さずにいられるはずがない。

可愛くて、聡明で、大好きでもっと触れたくて……。

「ケイシー。私こそ貴女への愛を表せる言葉が見つからない。私も好きも愛してるも、そんな言葉では表せないほど貴女を愛しています。

私の唯一。貴女が側にいるなら、何もいらないのです。」

領地に着くまで二人は抱きしめ合い、想いを伝え合いながら口付けを何度も交わす。

領地に到着した二人は、泣き腫らした顔で辺境伯夫妻や前公爵夫妻に迎えられる事になる。

ケイシーとフェリクスの婚儀は、夜会から一月後に行われた。

美男美女の仲睦まじい二人は、沢山の人から祝福を受けた。

どこに行くにも離れず一緒に並び立つ。

夜会でもどんな場所でも、お互いしか視界にいれない。

そんな二人だが、頭の切れる二人はいちゃいちゃしながらも仕事は的確に熟し社交も熟すのだ。

二人は若い婚約者達からの憧れの的となり、二人が顔を出す催しには沢山の若者が集う。

ケイシーとフェリクスは愛情を惜しまず伝え合い、互いを思いやり、領地発展に尽力し続けた。

虐げられ妻にならず、愛され妻となりケイシーの物語の改編は終わりを迎えた。

因みにマーヴィンとマーヤは結婚した。

祝福する者はお互いの家族のみ。

リーデル公爵家はフェリクスがケイシーと婚姻した次の日からフェリクスが当主となった。

前公爵となったフェリクスの父は、公爵家が持つ子爵家に家族三人放り込まれた。

その数ヶ月後、マーヴィンとマーヤは結婚したのだ。

マーヴィンは子爵となるが、領地は砂漠が広がる寂れた領地。

自給自足をし、身支度も自分でやらなければならない。

使用人などいないからだ。

マーヤは転生者であり物語通りに過ごす事を選んだ。

マーヴィンとケイシーが結婚した後に、自分が学生時代画策した自作自演がバレてしまう為、早々にマーヴィンとケイシーを引き離そうとしたのだった。

マーヤも物語の知識があったのなら、マーヴィンを選ばず流されず、この世界できちんと自分で考え選択すれば未来はきっと変わった結果になったのだろう。

ケイシーは同郷のマーヤを少しだけだが、不憫には思う。

マーヤの為にケイシーは学園には通わなかったのだ。

いる筈のケイシーがいない事で、物語が改編された可能性にもしも転生者であったならば、気が付いて欲しかったのだ。

ケイシーの優しさに気が付かず暴走したマーヤは、やはり自業自得であった。

マーヴィンとマーヤは毎日喧嘩を繰り広げるが、離縁する事は無かった。

❀虐げられるケイシーを不憫に思う読者からの要望で続編が作らされ、ケイシーは幸せな未来を新たな物語でも掴んでいたのだった❀