軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

0654話

格上の相手に待ちの姿勢では、不利以外のなにものでもない。

そう判断したレイは、闘技場内に響き渡った皇帝の試合開始の声と共に舞台を蹴ってノイズとの距離を縮める。

勿論ノイズを相手にただ黙って近づいていったりはしない。デスサイズを振るいながら、大きく叫ぶ。

「飛斬っ!」

その声と共に放たれた飛ぶ斬撃は、レイの進行方向にあるもの全てを斬り裂くかの如く空を飛ぶ。

真っ直ぐに自分へと向かってくるその斬撃に、ノイズは特に表情を動かした様子もなく手に持った魔剣を振るう。

何でもない……本当に何でもない、ただの振り下ろし。それだけだというのに、ノイズへと向かっていた飛ぶ斬撃はあっさりと霧散する。

(ちっ、あの魔剣自体は準決勝で見たのと同じ魔剣か。鞘が違うのは……何かそっちにも特殊な能力があるのか?)

みるみる縮まっていくノイズとの距離を確認しながら内心で呟くレイ。

だが今はまず相手に先に一撃を入れ、この戦いの主導権を握る。

そんな思いと共に間合いを縮め……

「はあああああぁぁあっ!」

挨拶代わりだ、とでもいうかのように振るわれるデスサイズ。

その巨大な刃が真っ直ぐにノイズの肩口へと向かうが……

キンッ!

そんな金属音と共に、デスサイズの刃が弾かれる。

……そう、あっさりと弾かれたのだ。

重さ100kgを超え、人外の膂力を誇るレイが振るった一撃が、いとも容易く。

だがその一撃の重さは、ノイズにとっても予想外だったのだろう。眉が少し……ほんの少しだけだが驚きでピクリと動いたのを確認したレイは、これは当然の流れだろうと判断してデスサイズが弾かれた体勢から、石突きの部分でノイズへと突きを放つ。

最も攻撃を回避しにくい胴体。それも鳩尾を狙ったその一撃は、当たれば例えノイズであろうとも大きなダメージを受けていただろう。

当たれば、だ。

石突きがノイズの魔剣の刀身と接触し、その瞬間にノイズが魔剣の柄を微かに動かす。

その動きは当然魔剣の刀身へも伝わり、石突きと接触した刀身が微かに斜めに動いたことにより受け流された。

「っ!?」

その動きに気が付いたレイは、咄嗟に身体に力を入れて石突きによる突きの動きを止める。

幸い完全に受け流される前だった為か、デスサイズの石突きは魔剣の刀身の半ばで止まっていた。

だが……

「っ!? ぐぉっ!」

視界の隅で何かが動いたと思った瞬間、レイは激しい衝撃を受けてその場から吹き飛ばれる。

それでも咄嗟にドラゴンローブを盾にしてその攻撃の直撃を食らわなかったのは、レイ自身が持つ鋭い五感のおかげだろう。

ドラゴンの革と鱗を使って作られたドラゴンローブ。その頑丈さは、フルプレートメイルと比べても決して劣らぬものだ。

それ程の強力な防御力を持っているというのに、レイは試合開始の時に自分がいた場所まで吹き飛ばされる。

それも、ただ力尽くで吹き飛ばした訳ではない。もしもただ力尽くで殴りつけていたのだとすれば、確かにレイは吹き飛ばされはしたものの、特にダメージを受けることはなかっただろう。

だが、試合開始前の位置まで吹き飛ばされたレイは、殴られた場所、右脇腹に鈍い痛みを感じて眉を顰める。

(幸いただの打撲で、肋が折れたりはしてないようだが……ドラゴンローブの上からダメージを与えた?)

内心で呟き、デスサイズを左手で構えつつ右手で脇腹を撫で、内心の考えを否定した。

ドラゴンローブ自体には何ら傷の類がないからだ。つまり……

「内部に直接衝撃を通した、か」

レイの口から出た呟きを聞き、ノイズが小さく頷く。

「そうだ。普通の相手なら何が起きたか理解出来ないまま、今の一撃で悶絶するんだがな。さすがに俺が見込んだ人物だけのことはある」

ランクSの冒険者からの感心したような言葉。

もしレイが普通の冒険者であれば、恐らくは喜びに震えただろう言葉。

だが生憎と、レイは色々な意味で普通ではなかった。

「そうかい、なら次はお前を倒してからお褒めの言葉でも貰おうか……ね!」

右脇腹から感じるジクジクとした痛みを無視し、再び舞台を蹴って前へと出る。

「はあああああぁああぁぁぁああぁっ!」

雄叫びと共に振るわれるデスサイズ。

先程のように受け流させはしないとばかりに振るわれたその刃は、ノイズが受け流そうという行動を取ろうとした瞬間にレイの手の中で柄が回転される。

石突きで相手を突く為の回転ではなく、その場でデスサイズの刃の部分を柄を中心にして一回転させるような、そんな回転。

デスサイズの刃を受け流そうとしたノイズは、その動きの途中で自らの顔面目掛けて襲い掛かって来た刃に、軽く身を退く。

普通であれば、恐らくは驚愕のあまりに一瞬行動が遅れるだろう動き。だがそれでもノイズは混乱する様子も見せず、冷静に身体を動かし、脳天目掛けて振るわれたデスサイズのトリッキーな攻撃をあっさりと回避する。

だがレイとしても、折角相手の意表を突いたのだ。ここで一連の攻撃の流れを止めるような真似はせずに口を開く。

「腐食」

発動されたスキルは、腐食。その名の通りデスサイズの刃と剣を交えれば、相手の武器――金属製に限るが――を腐食させるという効果を持つスキル。

ノイズが持つ魔剣であったとしても、腐食のスキルが発動された状態でデスサイズの刃を受ければ、それを防ぐことは出来ない。

……そう。受ければ、だ。

デスサイズの有しているスキルを使用する場合、そのスキル名を口にする必要がある。それはつまり、レイと対峙している相手にもレイがどのようなスキルを使うのかが分かるということだ。

勿論、分かったからといってそれに対応出来るとは限らないし、それ以前にスキルを口にしなければいけないというルール自体に気が付かない者も多い。

だが……ランクSのノイズであれば、半ば本能的にそれを察知して対応するのはそう難しくはなかった。

一昨日行われたディグマとの準決勝でレイがスキルを使っていたというのも大きいだろう。

「っ!?」

ともあれ、レイが口にした言葉に不吉な響きを感じ取ったノイズは、振るわれたデスサイズの攻撃を魔剣で受け止めるのではなく、身体を大きく反らすことによって回避する。

「ちぃっ、逃がすか! 腐食!」

今の一振りで腐食の効果が切れた為、再び腐食のスキルを使用してデスサイズを振るう。

しかし、その行為こそがノイズにとって腐食の効果を――上手く嵌まれば致命的な一撃になると――確信させ、デスサイズの刃が迫ってくる前に魔剣を振るう。……ただし、デスサイズではなく足下の舞台へと向かって。

「風よ」

ノイズの口からその言葉が紡がれたのと同時に、その手に握られていた魔剣の刀身には風が纏われ、振るわれた一撃と共に風が放たれる。

強風と言ってもいいような風が地面に叩きつけられ、舞台に反射してレイへと襲い掛かった。

直接デスサイズと打ち合えば危険だと判断してのその一撃は、今までの一連のやり取りで舞台の上に存在していた砂や石の破片といったものすらも吹き上げ、レイへと向かわせる。

「ぐっ、ちぃっ!」

ドラゴンローブを身につけている為に殆ど被害はなかったが、それでも露出している部分――主に顔や手――に砂や石が当たれば痛く、また下から吹き上げてくる風の一撃により身動きが出来ない。

このままでは風の向こうからノイズの追撃を受ける。

そう判断したレイの行動は素早かった。

『炎よ、我が前に現れ出でよ』

呪文の詠唱を素早く済ませ、デスサイズの石突きを舞台へと突き刺し、魔法を発動する。

『炎壁』

風に煽られ続けながらの魔法ではあったが、それでも詠唱が短いということもあり、炎の壁が姿を現す。

同時にレイに向かって吹きすさぶ風そのものが炎によって燃やし尽くされ、砂や小石に関しても同様に消滅……燃滅する。

「ふぅ」

安堵の息を吐いたのは、一瞬。ほんの一瞬でしかなかった。

「気を抜いてもいいのか?」

だからこそ、自分の耳元で聞こえてきた声に一瞬動きが止まる。

同時に右脇腹へと衝撃を感じ、まるで子供が蹴飛ばした小石の如く吹き飛ぶ。

100kgを超える重量を持つデスサイズを持っているにも関わらず、だ。

「ぐううっ!」

吹き飛ばされながらも、右の脇腹を押さえつつスレイプニルの靴を発動し、空中を蹴って体勢を立て直しつつ舞台へと着地する。

そのまま舞台の上を滑るかのようにしながらもデスサイズの石突きを舞台に突き刺し、それ以上吹き飛ぶのを防ぐ。

「はぁ、はぁ、はぁ……」

最初に食らったのと全く同じ場所。それこそ、寸分違わぬ場所を殴りつけられたレイは、こちらも先程同様にドラゴンローブの防御を突破してきた痛みに眉を顰める。

それでも視線は先程の炎の壁があった場所……即ちレイが殴り飛ばされた場所へと向けられていたのは、先程の一瞬の気の緩みを繰り返してなるものかという思いもあったからだろう。

その視線の先に映し出されたのは、既に魔剣を手にして自分の方へと視線を向けているノイズの姿。

数度の呼吸で平静を取り戻し、手に持っていたデスサイズを構える。

(強い……それも、予想以上に。いや、予想を遙かに超えてだ。けど、俺に有利な土台なら!)

内心で呟きつつ、一片の隙すらも見つからないノイズと向き合いながら口を開く。

『炎よ、全てを燃やし尽くす矢となり雨の如く降り注げ』

その詠唱と共に、レイの背後には炎の矢が生み出される。

その数、約50本。

『降り注ぐ炎矢!』

その言葉と共に魔法が発動し、レイ自身の魔力が大量に込められた炎の矢が一斉にノイズへと向かって殺到する。

炎の矢に込められた魔力は、普通の相手なら触れただけで……それこそ、掠っただけでも大やけどを負うだろう威力。

それ程の威力を誇る炎の矢がノイズへと殺到し……

「ぐはぁっ!」

瞬間、何が起きたのか分からなかった。

ただ分かったのは、自分が空中を飛んでいるというだけ。……いや、吹き飛ばされているというだけ。

ほんの一瞬だが失っていた意識を取り戻したレイは、視界の隅で自分の放った炎の矢が舞台へと着弾して盛大に炎を生み出している光景を確認する。

(何が起きた?)

混乱しつつも、再びスレイプニルの靴を使って空中を蹴る。

ただし先程とは違い、そのまま何度か空中を蹴ってノイズとの距離を出来る限り開けてから舞台の上に着地した。

「痛っ!」

舞台の上に降り立った時の衝撃で、吹き飛ばされた原因……打撃を受けた場所である右の脇腹に鈍い痛みが走る。

三度同じ場所に食らった攻撃は、間違いなくレイの肋を痛めつけていた。

幸い今はまだ肋が折れるところまではいっていないが、それでも間違いなくダメージの蓄積はされている。

(いわゆる、浸透勁って奴か?)

鈍い痛みを発し続けている右脇腹を押さえつつ、日本にいた時に読んだ漫画や小説からそれっぽい知識を思い出す。

だがレイとしては、それ程間違っていないように思えた。恐らく違うのは気と魔力の違いなのだろうと。

(いや、それよりも……最大の問題はあの速度だ。いつ俺の魔法を回避した? それも、いつの間にか俺の隣に……)

いっそ転移していると言われた方が納得出来る程に、ノイズは忽然と自分の隣に姿を現したのだ。

デスサイズを握り、次に同じことが起きた場合は即座にカウンターを入れられるように警戒しながら、先程とは違いかなりの距離を取ったノイズの動きを警戒する。

視線の先では、ノイズが魔剣を手にじっとレイの方へと視線を向けていた。

数秒前に行われた移動は、魔法を使った結果それに紛れて行われた。つまり、それがどのようにして行われたのかをしっかりと見ることが出来なかったのだ。

故に、次はその一挙手一投足を見逃すことはしないようにと、ノイズの動きを注意深く観察する。

(突然俺の隣に姿を現したのを思えば、まさか本気で転移だなんてことはないよな?)

転移という事象自体はこの世界にある。それは理解しているが、それでも高額なマジックアイテムであったり、古代魔法文明の遺産を使ったりといったことをしなければ出来なかった筈だ。

それを個人で使うというのは、さすがにランクS冒険者が相手だとしても信じられない。

(つまり、何かのタネがある筈)

そんな考えを読んだ訳ではないだろうが、レイが自分の動きをじっと観察しているというのはノイズにも理解出来た。

それでも特に表情を変えなかったのは、やはり自分の行動を理解出来るとは思ってなかったからか。

「……いいだろう。出来るならやってみるといい」

呟き、これまで幾多もの相手を屠り、破ってきたその技を発動する。

闘技場の観客は、ノイズの姿が消えたように見えただろう。

そしてノイズが消えたと思った次の瞬間には、既にその姿はレイの横へと存在しており……再びレイの身体が空中に吹き飛ぶ。

(ぐっ、だが……見たぞ!)

そんなレイの内心の言葉と共に。