軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

0610話

空気を斬り裂くような風切り音を上げながら目の前を通り過ぎていく長剣の刀身を見送ったレイは、そのまま掬い上げるようにしてデスサイズの石突きを振るう。

大ぶりの一撃を放ち、その一撃に意識を集中していた為に疎かになった足下への一撃。

それに気が付いたロドスは何とか回避しようとするも、間に合うことはなく……そのまま地面の上に転がることになる。

そして気が付けば、首筋にはデスサイズの刃が突きつけられていた。

「痛っ! ……くそっ」

まともに一撃を食らったのが悔しかったのだろう。地面へと長剣を握っていない左手を叩きつける。

それを見て、首筋に突きつけていたデスサイズを離しながらレイが口を開く。

「攻撃の威力を高めるのは別にいいが、そっちに意識が集中しすぎて防御が疎かになるのは悪い癖だな。特に本戦のように腕利きが多く集まってる状態だと最初の一撃二撃はまだしも、戦っているうちにあっさりと気が付かれるぞ」

「分かってるよ!」

苛立たしげに言葉を返したロドスは、そのまま立ち上がって再びレイに長剣を向ける。

ここは、以前レイがルズィ達を連れてきて訓練した場所。人通りが殆どなく、模擬戦をやるには最適の場所といえるだろう。

しかも今やっている模擬戦は、模擬戦であって模擬戦ではない。

普通なら模擬戦で使う刃の付けていない武器ではなく、レイにしろロドスにしろ、本来の自分の武器を使っての模擬戦だ。

……まぁ、そもそもレイのデスサイズを模擬戦用の武器として使うということ自体が無謀なのだが。

手に持つ重みは殆ど存在しない。それ程の軽さ。

それでいながら、振るわれた方は100kgを超える重量を叩きつけられるという不条理さ。

魔獣術で生み出されたマジックアイテムだからと言えばそれまでだが、対戦する相手にしてみれば勘弁してくれというのが正直な気持ちだろう。

事実、先程のロドスの足下を掬った一撃にしても、武器がデスサイズではなくただの槍であれば……あるいは人外の膂力を誇るレイでなければ、ロドスにしてもどうにか対応することも出来たかもしれない。

(まぁ、相手の身体能力や技量、武器に文句を言ったところで、それは言い訳でしかないけどな)

内心で呟き、ロドスはしてやられた苛立ちを消し去るように深く息を吸いながら立ち上がる。

そもそも、レイという存在を相手にして模擬戦を行えること自体が幸運としかいえないのだ。普通であれば、レイ程の腕利きと剣を交えるなんてことは出来ない。

(父さんは例外だけど、な)

ランクA冒険者で、異名を持つ己の父親を思い出しつつ長剣を構える。

「来い」

そんなロドスに向けられるのは、その短い一言だけ。

ロドスも余計な言葉は口にせず、ただひたすらにレイへと向けて長剣を繰り出していく。

ここ暫くの訓練で急激に上達した連続突き。

ロドスの素質と訓練によって生み出されたこの技に関しては、レイにしても認めざるを得ない。

数秒の間に10を超える速度で出された連続突きのことごとくを、振るわれるデスサイズの柄や石突き、刃の部分が弾いていく。

幾ら連続突きだとしても、それをいつまでも続けられる訳がない。ロドスの息が切れ掛かるに従って突きの速度も落ちていき、やがて一瞬の隙を突くかのように先程同様デスサイズの石突きの部分で掬い上げるようにロドスの足下を狙う。

瞬間、それを察知したかのように後ろへと跳ぶロドス。

さすがに同じような攻撃に関しては連続して食らうつもりはなかったのだろう。

だが……対処出来たのはそこまでだった。

元々息が切れた状態で無理に後方へと跳躍した為に、それ以上の行動が続かない。

後方へと跳躍して一瞬動きの止まった隙を見逃さず、レイはそのまま地面を蹴ってロドスとの距離を詰める。

瞬間の判断であった為に、ロドスが出来たのはただ自分とレイの距離が縮まり、デスサイズの巨大な刃が首へと突きつけられるのを見ていることだけだった。

そのまま数秒。首筋に突きつけられていた刃が離れ、レイがデスサイズを肩に担ぎながら口を開く。

「確かにお前の突きは一級品と言ってもいい。だからこそその技に頼ることが多いんだろうが、結果的に動きが読みやすくなるから注意が必要だ」

通常の攻撃ではレイに対して有効なダメージを与えられず、結局突きに頼ることになる。

突きに頼ることになるから、より多用され、技の速度や威力、練度といったものが磨かれていく。

傍から見ればいいことにも思えるのだが、やはり1つの技だけしかないというのはそれを見破られると簡単に対処される。

「あるいは、その突きからの派生を考えるとかもありかもしれないな」

「……派生?」

「ああ。ほら、以前に俺が素手でお前の剣を止めた時。あの時は突きから斬撃に変化しただろ? ああいう感じに」

レイの口から出た言葉に、悠久の空亭にある中庭で風竜の牙と共に訓練をした時のことを言っているのだと理解したのだろう。ロドスは納得したように頷く。

「実際、あの時も突きから変化した技で意表を突かれたんだし」

「……その結果が素手で受け止められるとか、信じたくないような結果だったんだけどな」

溜息と共に吐き出されるその言葉に、レイはしょうがないとばかりに口を開きかけ……ふと、周囲に存在する幾つかの気配を感じ取る。

(これは……殺気?)

内心で呟きつつ、手に持つデスサイズをしっかりと握りしめる。

動きとしてはそれだけだったのだが、ここ暫くレイと共に行動をしていたロドスにしてみてば、異変を感じ取るのは難しいことではなかった。

何があったのかは分からない。だが、間違いなく何かがあった。

そう判断し、手の中にある長剣の柄を握りしめる。

瞬間、キンッという金属音が周囲に響く。

その音のした方にいるのはレイ。

何があったのかとロドスが周囲を見回し、地面に突き刺さっている長さ20cm程の針を発見する。

「……なかなかの腕利きらしいな」

呟くレイの視線の先には、覆面をして顔を隠した人物の姿。

その指の間には、何本もの針が挟まれている。

「針、か」

呟くも、特に驚く様子はない。

針という武器は確かに珍しいのだが、幸いレイはエグジルのダンジョンで行動を共にしたビューネが針を使いこなしているのを見ている。

それ故に、針という武器の厄介さを知っていた。

何よりも針というその形状。その辺の冒険者では、今レイがやったように武器で打ち払うといったような真似はまず出来ない。

矢よりも尚細く、鋭い。だが針自体の殺傷能力はそれ程高くない為、急所に直接刺すか、あるいは……

「ロドス、針には注意しろ。毒が塗ってある」

「なっ!?」

レイの言葉に地面へと視線を向けたロドスは、針の刺さった場所が変色しているのを見て思わず息を呑む。

針の周辺にある雑草が見る間に枯れていく様子からも、それがどれだけ強力な毒なのかを見て取ることが出来るだろう。

「それと、姿を見せているあいつ以外にまだ数人の気配を感じる。不意打ちを狙ってるんだろうが、その辺にも気をつけろよ」

「……分かった」

毒を見て冗談では済まないと判断したのか、ロドスは改めて長剣を握る手に力を込める。

だが……その心意気とは裏腹に、レイとの模擬戦で体力を使い果たしたのか、握られた剣の先端は震えていた。

(ま、今の状況じゃしょうがないか。にしても、こいつら……闘技大会に勝ち残りたいだろう誰かの攻撃か、あるいは深紅としての俺に用があるのか。さて、どっちだ?)

闘技大会では勝ち残れば莫大な名誉や報酬が手に入る。

今年の闘技大会ではランクS冒険者のノイズという存在が出場することが決定した為、優勝を狙っている者は少ないだろう。

だが、それでも勝ち進めば利益が大きいのは事実。

優勝は無理でも、準優勝しようものなら間違いなく今まで見たこともない程の賞金やマジックアイテムを貰え、仕官の誘いもあるだろう。

それを考えれば、邪魔になるだろう腕利きを今のうちに倒して本戦に参加させないようにするというのは立派な動機だった。

そして、深紅という存在は言うまでもなくベスティア帝国にとっては不倶戴天の敵だ。

セレムース平原での戦いでのことを思えば、今この場で足手纏いになっているロドス共々片付けようとして攻撃を仕掛けてくるのも当然だろう。

「鎮魂の鐘、か?」

呟いたレイの一言に、覆面の人影が見せる一瞬の動揺。

それを見たレイは、目の前にいるのが鎮魂の鐘の暗殺者だと判断する。

……正確には全く違う他の組織の暗殺者であり、レイの口から出た帝国でも最高峰の腕と規模を誇る組織の名前に動揺してしまっただけなのだが。

チラリ、と周囲に視線を向ける相手。

機会を窺っていたレイがその決定的な一瞬を逃すはずもなく、デスサイズを構えたまま地を蹴り、一気に覆面の人物との間合いを詰める。

それを見た覆面の男は、反射的に針を投げようとするが……既にレイは相手をデスサイズの間合いの中に捉えていた。

「ペインバースト!」

相手に与える痛みを倍にするスキルを使用し、放たれた一撃。

その一撃は、咄嗟に後ろに跳躍した相手の胴体を斬り裂く。

「があ!? がぁあああぁぁっ!」

周囲に血の雫が飛ぶ。

咄嗟に背後に跳んだおかげで胴体を上下に分断されることは避けられたが、それでも完全に回避しきることは出来ずに、腹部には真一文字の傷が走る。

傷自体はそれ程深いものではない。決して浅いとは言えないが、それでも命に別状がある程のものではなかった。

だが、覆面の人物が悲鳴を上げたのは予想外の激痛を感じた為。

このくらいの傷であれば、このくらいの痛み。

経験でそれを知っていただけに、その予想を超えた痛みに思わず悲鳴を上げたのだ。

更に悲惨だったのは、服の下に着ていたチェーンメイルが全く役に立たずに切断されてしまったことだろう。

普通の長剣であれば決して斬り裂くことが出来ないだろう特別製のチェーンメイル。だが、レイの持っているデスサイズはそれを濡れた紙の如く斬り裂いたのだ。

「ぐっ、くそ……ここまで化け物だとはな。確かにこれなら……」

覆面の下で呟く声。

その声と先程の悲鳴でレイは目の前に立っているのが男であることを知る。

取りあえずは捕らえて情報を引き出そうと考えたレイだったが、男の仲間がそれを許す筈もない。

かといって、レイに攻撃を仕掛けてもまず無駄に終わるのは一連のやり取りで明らかだった。

ならばどうするか。その答えは、少し離れたところで周囲を警戒しつつ成り行きを見守っているロドスに対する攻撃だった。

周囲に潜んでいた4つの気配が、レイにも分かるようにあからさまに殺気をロドスへと叩きつける。

同時に、空気を斬り裂く音。

短剣が4つ、それぞれ違う角度からロドスを狙って投擲されたのだ。

「ロドス!」

「分かってる!」

ロドスにしても、その技量はその辺の冒険者を上回る。

咄嗟に手に持っている長剣を振るって短剣を弾くが、ここにきてレイとの模擬戦で消耗した体力が足を引っ張る。

また、周囲に潜んでいた者達の腕が予想以上に高いというのも影響していた。

結果的に、ロドスが防いだ短剣は2本。

残り2本のうち1本はレイが飛斬を使って破壊するも、最後の1本がロドスの右肩へと向かい……

『ウォーター・ボール!』

突き刺さると、暗殺者達も確信したその瞬間、周囲に声が響き渡った。

同時に飛んできた人の顔程の大きさの水球がロドスの右肩に突き刺さろうとしていた短剣を代わりに受け止める。

一瞬何が起きたのか分からなかったロドスだったが、声のした方へと視線を向けると思わず納得の表情を浮かべた。

そこにいたのは3人の男女。

筋骨隆々と表現してもいいような男は、普通よりも大きめのクレイモアを手にロドスへと短剣を投擲した相手の1人へと接近しており、短剣を手に持った女もまた離れた場所にいる刺客へと向かっている。

そして、2人から少し離れた場所では杖を持った魔法使いが周囲を鋭く見回していた。

風竜の牙。この帝国に来て、レイやロドスが出会ったランクCパーティにして、闘技大会に出場する仲間でもあった。

その3人の登場で完全に自分達の不利を悟ったのだろう。ルズィとヴェイキュルが向かった以外の2人の刺客が、丸い何かを複数放り投げる。

瞬間、周囲に煙幕が広がって一同の視界を遮った。

同時に速やかに撤退していく刺客達の気配。

「逃がすかっ!」

咄嗟にミスティリングの中から取りだした短剣を投擲するレイ。

刃が肉に突き刺さる音とくぐもった悲鳴が周囲に響くが、煙幕が晴れた後でそこには誰の姿も存在していない。

ただ、短剣が刺さった為と思われる数滴の跡を除いて。

「ちっ、槍なら一撃で仕留められたものを……」

忌々しげに吐き捨てるレイ。

レイが得意としている槍の投擲は、確かに威力が高い。だが投擲するまでの速度では、やはり短剣の方が早い。

それ故に一瞬の時間も惜しいレイは、槍ではなく短剣を選んだのだが……その結果が相手に傷を負わせることには成功したものの、仕留めるところまではいかないというものだった。