軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

0572話

シアンス・クテイス。それはテオレームの副官であり、頼れる右腕でもある人物。

そんな人物がいきなり姿を現したことに驚いたのか、テオレームの驚きの声が周囲に響く。

「ああ、やはりテオレーム様でしたか。遠くから微かに見えた時にそうではないかと思いましたが」

言葉程に驚いている様子は見せないまま、シアンスが呟く。

そんなシアンスの様子に、レイ達は少しだけ緊張を解いた。

二人の様子を見る限りでは、敵ではないと判断した為だ。

それでも完全に気を抜かないのは、やはり護衛だからこそだろう。

「テオレーム様、随分予定と……」

予定と違うようですが。そう告げようとしたのだろうが、テオレームとヴィヘラ同様目立たないように馬車の陰に隠れていたレイとセトが姿を現すと、シアンスの言葉が詰まる。

それはそうだろう。目の前にいるのはグリフォンに乗った冒険者であり、そんな人物をシアンスは一人しか知らない。

半年程前の春の戦争において、ベスティア帝国軍敗退の原因となった男。

それでも数秒で驚きの表情を消し去った辺り、シアンスの冷静さを現していた。

そのまま視線を横へと移し、テオレームが庇うようにして後ろにいた人物が姿を現すと慌てて跪く。

「これは、殿下。お久しぶりでございます。相変わらずお美しいようで何よりです」

「シアンス。貴方も変わらないわね」

「勿論です。以前殿下に助けて頂いた恩を忘れるような真似は……」

「別に気にしなくてもいいのに」

馬の上で思わず溜息を吐くヴィヘラ。

だが、やがて気を取り直したように言葉を続ける。

「それよりも立ちなさい。いつまでもそうしている訳にもいかないでしょ」

「……失礼しました。それで、殿下」

「あのねぇ、私はもう出奔したんだから殿下は止めなさい」

「ですが、未だ皇籍にある以上は……」

ヴィヘラの言葉に若干不満そうな表情を浮かべるシアンス。

これ以上呼び方でどうこうしても時間の無駄だと悟ったヴィヘラは、攻め方を変える。

「いい? 私達はこれから帝国内であの子を助ける為に活動するのよ? そんな中で、殿下とか呼ばれているのを誰かに聞かれたらいらない注目を受けるだけでしょ?」

「それは……違うとは言えませんが。では、何とお呼びすれば?」

「ヴィヘラでいいわよ。今の私は、あくまでも第2皇女ではなくて冒険者のヴィヘラなんだから」

呼び捨てというのに微かに眉を顰めたシアンスだったが、それでもしょうがないと理解したのだろう。不承不承頷いて口を開く。

「ではヴィヘラ様、と」

「ま、今はそれでいいわ。それでなんでテオレームの副官の貴方がセレムース平原に? 迎えにくるにしても、こう都合良く出会えるとは限らないでしょうに」

「勿論お迎えです。以前テオレーム様が言っていた時間が過ぎても戻られないので、私が様子を見る為に派遣されました」

「……ああ」

シアンスの言葉に納得の表情を浮かべるヴィヘラ。

その近くでは、レイもまた同様に納得していた。

本来であれば、レイとヴィヘラ、テオレームが合流してからすぐにゴトを発つ予定だった。だがギルムでの話し合いの結果、今回の件にダスカーが関わることになり、馬車でゴトへと向かうことになる。

その結果、ヴィヘラとテオレームがレイと合流してからも暫くゴトで待機することになり、その時間をベスティア帝国側に知らせることが出来ずに現在の状況となっていた。

(それでも対のオーブみたいな通信手段がない以上、大まかにしかヴィヘラ達が向こうに戻る時間は決められていなかっただろうに。……いや、単純にその大まかな時間が過ぎても戻ってこなかったから迎えに来た……のか?)

そんなレイの内心の疑問は、他の者も同様だったのだろう。ヴィヘラとシアンスの話を聞いていたテオレームが口を開く。

「他にも何かあったのか?」

「……」

テオレームの言葉に、シアンスはチラリと馬車、護衛の騎士、そして何よりもセトに跨がっているレイへと視線を向ける。

そんなシアンスの様子に、何を警戒しているのかを理解したのだろう。テオレームは表情を変えずに小さく頷く。

「問題ない。この者達はラルクス辺境伯の手の者だ。そしてラルクス辺境伯には今回の件に協力して貰えることになった」

「よろしいのですか?」

その問い掛けには幾つもの意味が含まれている。

他国の貴族の手を借りてもいいのか、戦争での恨みの件、それらに付随してベスティア帝国内で起きると予想される数々の騒動。

だが、テオレームは問題ないと頷き……そのうちの馬車の一台へと視線を向ける。

するとそれを待っていたかのように馬車の扉が開き、エルクが姿を現す。

「雷神の斧!?」

これにはシアンスにしても予想外だったのだろう。普段は冷静沈着なその表情が驚きに見開かれる。

そして次に現れたのは、先程テオレームの口から出たラルクス辺境伯のダスカー。

「テオレーム様……?」

説明して欲しいと告げてくるシアンスだったが、その前に話題の中心人物であるダスカーが口を開く。

「説明に関しては移動しながらでもいいだろ。今はとにかく距離を稼ぐ必要があるからな。馬はこっちで引き受けるから、ヴィヘラ殿と閃光の2人はそっちの馬車の中で話をすればいい」

確かにその言葉は事実でもあり、ここまでテオレームやヴィヘラを迎えに来たシアンスにしても賛成出来ることだった。

「分かりました、ではすぐに引き返しましょう」

そう告げ、御者へと合図をするとすぐに今まで来た方向へと向き直る。

ダスカーの乗っている馬車の御者は、その腕前に密かに感心した。

御者の技術に関してはかなりのものだと。

それはシアンスの乗っていた馬車にしても同じなのだろう。ダスカーの馬車の御者と視線を交わらせ、お互いに称賛の視線を送る。

そんな風に御者同士が無言のまま交流を深めている中、ヴィヘラとテオレームは今まで自分が乗っていた馬をダスカーの護衛騎士へと預けて馬車へと乗り込む。

それを確認したダスカーは、出発を告げてベスティア帝国へと向かう。

新たに馬車を1台増やしたダスカー一行。その増えた馬車の中では、早速とばかりにシアンスとテオレームがお互いの情報を交換するべく話を始める。

「まずはテオレーム様、ご無事に帰還したようで何よりです」

「そうだな、本当に無事に帰ることが出来て良かった」

しみじみと呟くテオレームの脳裏には、真夜中に行われたエルクとの一戦がある。

自らの策謀の結果とはいえ、あのような男を敵に回して正面から戦うことになるというのは予想外もいいところだった。

あの戦いでは何とか一命を取り留めたが、同じことをもう一度やれと言われても出来る自信はない。それ程に紙一重の戦いだったのだから。

そんなテオレームの心情を理解した訳ではないだろうが、シアンスは現状で最も気になっていたことを口にする。

「それでテオレーム様、どのような経緯であの深紅を味方に引き入れるようなことを? 正直、あれだけ春の戦争でベスティア帝国に対して壊滅的な被害を与えた深紅が……という思いで一杯なのですが」

先の戦争の終結から、まだ半年程しか経っていない。戦争に参加した兵士、騎士、傭兵といった者達は直接レイの生み出した災害としか思えない炎の竜巻をその目で見た者も多く、悪夢に悩まされている者も多くいると聞く。

それだけの被害を自分達へと与えた相手が、まさか手を貸してくれるとはとてもではないが思えなかった。

そんな意味の問い掛けに、珍しくテオレームは苦い笑みを浮かべて視線を隣に座っているヴィヘラへと向ける。

「それについては、私よりもヴィヘラ様の方に聞いてくれ。私がヴィヘラ様の情報を元にエグジルへと行ったら、既にヴィヘラ様はレイと共にいたのだから」

「ヴィヘラ様が?」

シアンスにとってもその一言は予想外だったのだろう。僅かにではあるが、目を見開いてヴィヘラに無言で尋ねると、戻ってきたのは小さな笑み。

薄らと頬を赤く染めたその笑みは、その類の感情に興味の薄いシアンスにしても理解出来た。

(また、厄介なことに……)

内心で呟くシアンス。

春の戦争で敗戦の原因を生み出したレイと、ベスティア帝国内でも未だに高い人気を誇るヴィヘラ。この二人の関係が噂されると、どのような騒動が起きるのか全く予想が出来ない。

チラリと自らの上司であるテオレームへと視線を向けるが、その視線を向けられた本人はといえば軽く首を横に振るだけ。

テオレームにしても、出来ればヴィヘラとレイの関係は解消して欲しい。そう思ってはいるのだが、同時にそれをヴィヘラに納得させるのはまず無理だということも理解していた。

それに、レイという存在をベスティア帝国内に……より正確には自分の第3皇子派に引き込めるかもしれないと思えば、必ずしも悪い選択ではないのも事実。

そんなテオレームの考えを全て理解した訳ではないが、何らかの考えがあるのだろうというのは理解する。

もっともここで詳しい話を聞こうにも、そのレイに対する何らかの考えがあればヴィヘラの前では言えないだろうと判断して、話を次に移す。

「それで、深紅をどのような役割に?」

「ヴィヘラ様に出て貰う予定だった闘技大会に出て貰う」

「……なるほど。確かに深紅は人の目を……特にベスティア帝国に住んでいる者の目を引きつけるにはこれ以上ない人物でしょう。難点として、春の戦争の件で何らかの騒ぎが起きそうな気もしますが……それも考えようによっては相手の注意を引きつけるという意味では問題ありません。では、ヴィヘラ様は?」

「私? 私は貴方達と一緒に行動するわ。今は少しでも戦力が必要なんでしょう?」

そう告げるヴィヘラ。

勿論軟禁されている弟を助けたいというのは事実だ。だがそれと同じか、あるいはそれ以上に、強敵との戦いに胸を躍らせているというのも事実だった。

それを理解しているのだろう。何を言っても無駄だと……そして言う必要はないだろうと判断したシアンスは、反応を小さく頷くだけに留める。

「では、深紅はラルクス辺境伯の推薦という形で決勝トーナメントからですか? いえまぁ、それでも深紅という名前を使えば十分以上に上層部の注意は引けるでしょうが……」

少し弱いのではないか。そう言いたげなシアンスに、テオレームは否定の意味を込めて首を横に振る。

「いや、レイは予選から出場するらしい。今回の件に関しては驚く程に協力的だ。……もっとも、その代価が色々と厳しいが」

「……何を要求されたのですか?」

レイ程の実力を持ち、更にはグリフォンというランクAモンスターを従えている存在だ。

更には自分を恨んでいる者達が無数にいるベスティア帝国で行われる闘技大会。

考えるまでもなく、面倒事が起きるのは間違いない。

それ程の行為の対価は何か。そう尋ねたシアンスの言葉に、テオレームは苦笑を浮かべて口を開く。

「私達が助けるお方の命に釣り合うべきマジックアイテム……とのことだ」

「何かを指定するのではなく、こちらで選べ、と? それも殿下の命を救うのに手助けしただけの価値があるものを」

「そうだ。こちらに任せるというのだから、それこそ安物のポーションを渡しても文句は言わないだろう。……だが、その場合は私達が殿下の命を安物のポーション程度の価値しかないと判断しているということになる」

出来るか出来ないかで言えば、そのような手段を取ることは不可能ではない。だが、そんな真似を実際には出来る筈もない。

「……幾つか候補を選んでおく必要があるでしょうね」

「ああ。そうして欲しい。こちらでも色々と考えてみるが、確実にとは言えないからな」

それからも幾つかの話を進め、第3皇子派の件や他の勢力、あるいはどこにも所属していない貴族達の動向を話していく。

そんな中、ふとシアンスが思いついたように呟く。

「深紅が闘技大会に出場するとなると、ラルクス辺境伯の護衛に関してはどうなるんでしょう?」

シアンスにしてみれば、ラルクス辺境伯が……ひいてはレイが自分達の計画に協力してくれるのは嬉しい。だが、そのラルクス辺境伯が怪我を負ったり……尚且つ死んだりして、それが理由でミレアーナ王国に攻められでもしたら困るのだ。

いや、それ以前にレイが怒り、帝都のど真ん中で戦争で使ったような炎の竜巻を生み出されるというのは勘弁して欲しい。

そんな思いから出た言葉だったが、上官から返ってきたのは苦笑だった。

テオレームの隣では、ヴィヘラもまた笑みを浮かべている。

もっとも、その笑みはテオレームの苦笑とは違って羨ましいという感情も大いに含まれていたが。

「雷神の斧の姿を見たと思うが? 彼等は別に闘技大会に参加する為に付いてきたのではなく、ラルクス辺境伯の護衛としてついてきている。その時点で余計な心配は無用だろうな」

馬車の中にそんな声が響き、シアンスは呆気にとられるのだった。