軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

0555話

辺境にあるギルムの中にあるギルド。その1階で、1人の女が見るからに自分は機嫌が悪いんですといった表情を浮かべながら書類を処理していた。

「こっちの書類は……問題無しね。こっちはサインがちょっと薄れているから要確認、こっちは大丈夫」

機嫌が悪いとしても書類の処理に淀みがないのは、それだけ女がギルドの受付嬢という仕事に慣れているからだろう。

だが幾ら仕事に問題がなくても、すぐ近くで仕事をしている者としては機嫌の悪い同僚というのは遠慮して欲しい。

「ねぇ、ケニー。別にレイさんがギルドマスターにどうこうされる訳じゃないんだから、そこまで機嫌を悪くしなくてもいいじゃない」

レノラの取りなすような言葉を聞き、ピクリと動きを止めるケニー。

頭の上に付いている猫耳が動き、その視線をレノラへと向ける。

「……」

無言の抗議を受けたレノラは、視線を逸らしつつ言葉を紡ぐ。

「ほら、ケニーだってギルドマスターに負けてない程に色っぽいんだから。胸だって……その、私と比べて……大きいし……」

自らのコンプレックスでもある胸に視線を向けて告げるが、その口調からは次第に元気がなくなっていく。

そんなレノラを哀れだと思ったのか、あるいは機嫌が悪いのを表に出し続けるのも大人げないと思ったのか。とにかくケニーは、小さく溜息を吐いてからレノラに頭を下げる。

「ごめん、確かに今のは受付嬢としてどうだったかと思うわ。……けどねぇ」

チラリ、と天井に……より正確にはギルドマスターであるマリーナの執務室のある方へと視線を向けるケニー。

「レノラはギルドマスターに負けないって言ってくれるけど、実際には足下にも及ばないわよ。その美貌もギルドマスターとしての能力も含めて……ね」

「ふーん、ならレイさんを諦めるの?」

ようやく周囲の雰囲気が軽くなってきたのを感じながら告げるレノラに、ケニーはとんでもないと首を横に振る。

……その際、胸元が揺れる様子にレノラの頬がピクリと痙攣したが、それ以上は苛立ちを表情へと出さずに押し殺す。

「確かにレイ君は高嶺の花かもしれないわ。けど、目を付けたのは絶対に私の方が先なんだから……諦める筈がないじゃない。ここは攻勢あるのみよ」

「……そ、そう。程々にね」

思ったよりも懲りてないじゃない。

そんな風に思いつつ、これまで以上に積極的なケニーの姿を想像したレノラは、レイの頑張りに期待するのだった。

(頑張って、レイさん。下手をすればパクリといかれちゃいますから)

内心でレイの応援をしながら。

「おわぁっ!」

マリーナと会話をしていたレイは、何故か急に背筋を走った冷たい感覚に思わず悲鳴を上げる。

そんなレイに、マリーナは訝しげな視線を向け、口を開く。

「どうしたのよ、いきなり」

「……いや、何だか急に寒気が」

「ちょっと、ギルムを発つまでもう数日しかないんでしょう? 体調管理には気をつけてよ?」

「その辺は大丈夫な筈なんだが……」

魔人と呼ばれたゼパイルとその仲間達によって生み出された肉体である以上、生半可な病気の類に負けるとはレイには思えなかった。

それこそ風邪を引くことはまずないだろう程に。

「良かったら私が暖めて上げましょうか?」

先程の冷たい感触に首を傾げていると、不意にマリーナがそう告げてくる。

マリーナの顔に浮かんでいるのは、誘うような笑み。

普通のレイくらいの年齢の人物であれば、ついフラフラと誘われるようについていくだろう程の濃厚な色気。

一瞬それに飲まれ掛けたレイだったが、すぐに首を横に振って口を開く。

「悪いが遠慮しておこう。色々と準備があるんでな」

「あら残念」

数秒前の誘うような笑みは何だったのかと言わんばかりにあっさりと艶やかな雰囲気を消し去ったマリーナは、色気を感じさせないカラリとした笑みを浮かべる。

「あんまりからかうような真似はしないで欲しいな」

「別にからかってる訳じゃないんだけどね。……ま、それはいいとして。闘技大会の件はどこまで聞いてるの?」

唐突に変わった話題に一瞬戸惑った表情を浮かべたレイだったが、テオレームやヴィヘラに説明されたことを思い出しながら口を開く。

「確かベスティア帝国で開かれる中でも最大級の規模で、従魔との共闘は不可。決勝になれば皇族を含む国の上層部が見に来る……ってことくらいか」

「……それしか聞いていないの?」

どこか呆れたような表情を浮かべつつ尋ねてくるマリーナに、レイは不思議そうに首を傾げる。

何をそんなに呆れているのかが全く分からなかったからだ。

やがて、レイが本気でその程度の知識しかないと知ったのだろう。マリーナは小さく溜息を吐いてから口を開く。

「いい? 闘技大会。正確にはベスティア闘技大会と呼ばれているんだけど、その大会には色々と他で行われている闘技大会とは違うところがあるのよ。まず形式として言わせて貰えば、それだけ大きい大会だから参加人数は非常に多いの。つまり、1試合1試合予選を行っていては時間が掛かりすぎる」

「……まぁ、そうだろうな」

マリーナの言葉に頷くレイ。

ベスティア帝国はこの世界でも屈指の大国だ。そうである以上、国を挙げての闘技大会ともなれば、それこそ大量の腕自慢が集まってくる。

それらの人数を全てトーナメント方式で行っていけば、時間が幾らあっても足りない状態になるのは間違いない。

「じゃあどうすると思う?」

その問い掛けに、レイは考える。

1試合ずつでは時間が足りない。では一気に大人数を絞り込む必要がある。つまり、多人数が同時に戦う形式。それは……

「バトルロイヤル」

「正解」

マリーナは、まるでよく出来た生徒に対する教師のように笑みを浮かべる。

それでいながら、無意識に凄絶なまでの色気を発揮しているのだから、相手をしている方にしてみれば堪らないだろう。

だが、本人はそんな様子に全く気が付いた様子も無く言葉を続ける。

「バトルロイヤルと言っても、他の闘技大会で優勝したり、貴族のシード選手だったり、高ランク冒険者だったりすれば免除されるんだけどね」

「高ランク冒険者?」

自分のランクもBで、十分に高ランク冒険者と呼ばれるランクだ。であるのなら、自分はバトルロイヤルに出なくてもいいのではないか。

そんな期待の籠もった視線をマリーナへと向けるが、向けられた本人は艶めかしい唇を笑みの形に曲げ、小さく首を振る。

「高ランク冒険者って言っても、この場合はランクAとか、ランクSとかね。……もっとも、帝国にいるランクSはこの手の大会には興味が無いらしいから、滅多に出ることがないみたいだけど」

「となると、いっそエルクを出した方が良かったのかもしれないな」

そう呟いたレイだったが、すぐにそれを自分で拒否する。

ただでさえテオレームと一緒にすれば、昨年の冬の件で怒り心頭になるのは間違いないのだ。

更にテオレームやヴィヘラの為に闘技大会に出ろと言った場合、下手をすればテオレームの前に自分が殺されるかもしれないと判断した為だ。

内心でエルクの参加を否定していたレイの様子に、大体の考えを読んだのだろう。マリーナは小さく笑みを浮かべて言葉を続ける。

「ま、そういうことでレイは闘技大会の予選から出る必要があるわね」

「……だが、なぁ」

言い淀むレイ。

それは、自分の能力に関しての自負があるからこそだ。

自分でもその辺のモンスターや冒険者、あるいは兵士や騎士といった者達には負けないだろうとは思う。だが、その能力は基本的に全て殺傷力が高い……否、高すぎるものが殆どだった。

例えばレイが手加減の際によくやる、デスサイズの柄の部分で相手を殴りつけるというものにしろ、レイ自身の膂力と100kgを超えるデスサイズの重量の2つが合わさった攻撃なのだ。

(闘技大会に出てくる以上は相応の腕の持ち主だろうけど、それでも見世物的な意味で人を殺すってのはあまり好きになれない)

そんなレイの表情で何を考えているのか分かったのだろう。マリーナは指を軽く振ってレイの注意を引く。

「安心しなさい、この大会で死人は出ないから」

「どういう意味だ?」

「簡単なことよ。帝都の闘技場には発掘された古代遺物が使われているの。……いえ、寧ろ古代遺物を発掘出来た場所に闘技場を作ったという方が正しいでしょうね」

古代遺物。その言葉を聞いたレイの脳裏を過ぎったのは、迷宮都市エグジルのダンジョン入り口付近に設置されていた転移装置だった。

「その古代遺物というのは、どんな効果を?」

「特殊なフィールドを展開して、その中で起きた怪我はフィールドから出ると無かったことになるらしいわ」

「……は?」

マリーナの口から漏れたその言葉に、レイは唖然として聞き返す。

自分の耳が今聞いたことは何かの間違いだったのではないかと。

だが、マリーナはそんな反応を予想していたのだろう。苦笑を浮かべつつ首を横に振る。

聞き間違いではないと、言外に意味を込めて。

「また、随分ととんでもない古代遺物があったものだな」

「もっとも、フィールド内で無かったことに出来るのはあくまでも怪我のみで、死んでしまったらどうしようもないんだけどね。だからこそ、相手の命を故意に奪うような真似は反則とされているわ。それに……」

そこまで告げたマリーナの口元に笑みが浮かぶ。

ただし、先程の苦笑ではなくニンマリとでも表現すべき笑みだ。

「それだけの性能を誇る古代遺物が、何の対価も無しに使えると思う?」

「……対価?」

「そう。その装置を起動させるには、相当な量の魔石が必要らしいわ。それこそ、ランクBやランクAモンスターの魔石も必要なくらいにね」

ランクAモンスターというところでセトを思い出したレイだったが、すぐに首を横に振る。

「確かにそれだけの効果があるのなら当然だろうな。もし使いたい放題だったりしたら、それこそ軍隊の訓練で使ったりも出来るだろうし」

死の間際まで戦っても、フィールドの外に出れば全く問題がないのだ。兵士や騎士といった軍隊の訓練場所として、これ以上の場所はない。

(もし春の戦争で戦ったのがそんな相手だったら、勝敗は覆っていたかもな)

ふと内心でそんな風に考えるレイだったが、幾ら精鋭揃いになったとしても、見上げる程の炎の竜巻に飲み込まれてしまえばどうしようもなかっただろう。更に竜巻の中にはレイが放り投げた金属の破片が大量に入っており、周囲に弾丸の如き速度で放たれたりするのだ。多少他の国よりも精鋭揃いだったとしても、どうしようもなかった筈だ。

「とにかく、そういう訳で闘技大会の参加者で死ぬ人はかなり少ないらしいわ。……それでも毎回多少とは言っても死者が出るのはしょうがないでしょうけどね」

小さく肩を竦めたマリーナは、レイのどこか呆れた表情に笑みを浮かべつつも説明を続ける。

「で、バトルロイヤルを勝ち抜いた人が本戦に進む訳だけど……この本戦からがトーナメント形式になるわ。毎回人数が違うからどのくらいの本戦出場者が出るかは分からないけど、それなりの腕の持ち主が出てくる筈よ。……もっとも、レイが苦戦するような相手はそう多くないでしょうけど」

色々と本調子ではなかったとしても、レイはランクA冒険者のエルクにも勝っている。

そうである以上、レイが苦戦する相手がそう多くいるとマリーナには思えなかった。

「だと、いいんだけどな。もっとも、こっちとしてもそうであれば楽なのは事実だし」

「ふふっ、そうね。……じゃあそろそろいいかしら。このままだと下で色々と騒ぎになりそうだし」

「……騒ぎ?」

艶やかな笑みを浮かべてそう告げるマリーナに、レイは小さく首を傾げて尋る。

だが本人は特に何を言うでも無く、そのまま座っていたソファから立ち上がった。

「行けば分かるわよ。……それより、ベスティア帝国ではレイに対して恨みを持っている人も多いでしょう。くれぐれも気をつけて行ってきなさい」

笑みを共に送られる言葉に、レイもまた小さく頷きを返してソファから立ち上がる。

「一応ギルド同士の繋がりはあるけど、ベスティア帝国のギルドにはあまり顔が利かないから手助け出来ないわ。ただ、レイが冒険者である以上、ギルドの方でも何かあったら無碍には出来ない筈よ。その辺、覚えておいてね」

「そうだな、何かあったら頼らせて貰うよ」

「……くれぐれも気をつけてね。貴方は折角出てきた大型新人なんだし、これからもギルムで活躍して欲しいんだから」

「問題ないって。エルクもいるし、何より相棒のセトもいる。何かあったとしてもどうにでもなる戦力だよ」

「だといいんだけど……」

少し心配そうにレイへと視線を向けつつも、マリーナはやがて笑みを浮かべる。

心配そうな表情で送り出すのではなく、笑顔で送り出したい。

そんな思いから浮かべた笑顔であったが、不思議とそんなマリーナの笑顔からはいつも発散させられている濃厚な色気を感じることはなかった。