軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

0548話

夏の日も午後を過ぎ、もうすぐ太陽が夕焼けになろうかという時間帯、レイは空を飛ぶセトの背に跨がっていた。

「まさか、主戦力が騎兵なのに林の中にアジトを構えるとはな。完全に予想外だった。……血塗られた刃とかいったか、性格はともかく腕は立つらしいな」

「グルルゥ」

レイの呟きにセトが同意するように喉を鳴らす。

そのまま地上へと視線を向けるも、見えるのは林を構成している木々だ。

一口に林の中にアジトがあって、大体どの辺りなのかという情報を捕虜から得ていても、写真の類がある訳ではない以上はすぐに見つけるというのは難しい。

ただでさえ血塗られた刃は地上を移動している以上、どうしても空を飛ぶレイやセトとは感覚が違っていた。

「まぁ、セトの姿を見た以上、向こうが逃げ出すだろうってランガの話は信憑性があるんだろうけど……」

「グルゥ?」

どうしたの? と背中に乗っているレイの方に顔を向けて尋ねるセトに、何でもないと首筋を撫でてやる。

そんな風にして林の上空を飛んでいた、その時。

不意にセトが、レイの方へと向けていた顔を眼下に広がる林の一画へと向ける。

「……ん? これは……」

微かに聞こえてくる怒声と剣戟の音。そして血の臭い。

それは戦いの音が奏でる、レイにとっては既に聞き慣れた音楽。

「どうやら当たりだったらしい。撤退する時に意見が割れて仲間割れしたのか、あるいは分け前が原因か。ともあれ、俺達にとっては幸運としか言えないな。セト、この音のしている方に向かってくれ」

「グルルルルゥッ!」

レイの言葉に任せてと鳴き声を上げたセトは、翼を羽ばたかせながら地上へと向かって降りていく。

そうしてセトが降りるのにちょうどいい具合に開けた場所へと着地すると、戦闘音の聞こえてくる方へと向かい、セトと共に気配を消しながら歩き出す。

そのまま進むこと、約5分程。見えてきたのは、予想外の光景だった。

てっきり血塗られた刃のメンバー同士で仲間割れをしているのかと思いきや、戦っているのはゴブリンの集団と血塗られた刃と思しき者達。

(いや、騎兵がいる以上は血塗られた刃のメンバーと断定してもいいだろうな)

幾らそれなりに開けている場所だからといっても、テントが幾つも存在しており所々に木々が生えている中で、器用に馬を操りながらゴブリン達を駆逐している。

下手な騎士よりも馬の扱いに長けているその様子は、どう考えても血塗られた刃以外の何者でもなかった。

(それにしても、ゴブリン? なんで……いや、そうか。レノラやケニーが言ってたな。それにミレイヌがあの新人3人を預かったのも、集落から逃げ出したゴブリンの残党を狩る為だって言ってたし)

昨日、とある冒険者パーティがゴブリンの集落を襲撃して壊滅させたという話はレノラやケニーから聞いている。

その後処理のおかげで、仕事が終わるのがいつもより延びたと愚痴を聞かされたからだ。

もっともそのおかげで丁度ギルムに帰ってきたレイと遭遇出来たのだから、ケニーにしてみれば寧ろ幸運だったと思っていたのだが。

「グルゥ?」

戦っているゴブリンと血塗られた刃の者達に聞こえないように、小さく喉を鳴らしてレイへと視線を向けてくるセト。

そんなセトの背を撫でながらも、レイは首を横に振る。

「今攻撃を仕掛けても、余計に混乱するだけだ。セトの姿を見てゴブリンが逃げ出すだろう時に、血塗られた刃のメンバーも逃げ出すかもしれないしな。今は暫く様子見をして、ゴブリンが片付いたら行動開始だ。そもそも俺達の目的はこいつらが逃げ出さないようにすることだし、その準備を始めて手が離せなくなった頃に出て行けばいい」

そんなレイの言葉にセトも頷き、暫くの間血塗られた刃とゴブリンの戦いの様子を眺める。

「とは言っても、すぐに決着はつきそうだけどな」

さすがに歴戦の傭兵部隊と言うべきか、ゴブリンは急速にその数を減らしていき……レイが見ている前で、これ以上戦っても勝ち目は無いと判断したのだろう。四方八方に散らばっていく。

そうしてレイの見ている前で、その辺に転がっている素材や武器といった代物や、高く捌けそうな稀少金属の類を拾い集めるように告げるエベロギ。

「そろそろ、か。出来れば討伐隊が来てから動き出したかったんだけど」

背後を見ながら呟くも、ランガを始めとした討伐隊の面々が姿を現す様子は未だにない。

このままでは逃げられる。そう判断したレイは、小さく溜息を吐いてからミスティリングからデスサイズを取り出してセトと共に潜んでいた場所から出ていく。

「おら、お前等! とっととここを出るぞ! 金目の物や荷物を纏めろ! それとゴブリン共がふざけ半分で散らかしたモンスターの素材もだ!」

そんな声が聞こえてくる中で木に背を預けながら、いつでも行動に移せるように準備を整えたレイが口を開く。

「へぇ、随分と判断が早いな。もう少し余裕があると思ってたんだが」

ビクリ、と。レイの声が聞こえた瞬間、血塗られた刃を率いている人物の動きが止まる。

そうして、まるで錆びた人形のようにレイの方へと視線を向け……その名を呟く。

「……深紅……」

微かに震えを持って吐き出されたその声に、レイはデスサイズを持ったまま頷く。

「正解だ。……さて、俺が何でここにいるのか。その理由をわざわざ口に出す必要は無いな?」

「……ああ。俺達を殺しに来たんだろ?」

エベロギの口から出た言葉に、レイの眉が微かに顰められる。

確かに抵抗した場合は攻撃するだろうから、殺すつもりがないとは間違っても言えない。だが、同時に大人しく降伏するのなら余計な危害を加えるつもりもないのだ。

もっとも、それは別に平和的な理由や人道的な理由だったりする訳ではない。単純に大きな怪我をさせてしまえば討伐隊が治療する時に手間が掛かるだろうし、奴隷として売り払うにしてもその怪我が理由で安くなるだろうという判断からだった。

ダスカーには少なからず恩を感じている以上、その程度気を利かせることは出来る。

(いや、それよりも何だか妙に俺の噂が大きくなってるような感じが……)

内心で溜息を吐きつつも、それを表情に出さないように口を開く。

「さて、それはそっち次第だな。このまま大人しく降伏するのなら誰の血も流れる必要はない。だが、あくまでも抵抗をするというのなら……その時は、お前が今言ったような結果になるかもしれないな」

「……」

レイの口から出た言葉に、エベロギが頭の中で素早く計算し……そしてどうしようもないと結論を下した。

そもそも、自分が血塗られた刃を率いているというのはどう見ても知られている。そうである以上、もしここで先程のゴブリンのように四方八方に逃げ散ったとしても、レイは間違いなく自分を追ってくる。

そして幾ら馬の扱いに自信があったとしても、空を飛ぶグリフォンからは逃げ切るというのはまず不可能。

ならば一か八か全員で一斉に攻撃を仕掛けるか。それも否。幾ら外見が幼くても、相手は異名持ちの冒険者だ。まともにやり合って勝てる筈もないし、その場合でも向こうは部下を指揮する自分を真っ先に仕留めに来るというのは考えるまでもない。

いっそ部下を捨て駒に……という考えも一瞬脳裏を過ぎったが、それを部下達に知られれば寧ろ自分が生贄の羊にされてしまうのは間違いなかった。

結論としてエベロギが選べる選択肢は、ただ1つ。

乗っていた馬から降り、手に持っていた長剣を地面へと放り投げる。

ガラン、という音が周囲に響く中で部下の1人が恐る恐ると口を開く。

「頭、一体何を?」

「見て分かんねえか? 降伏する」

「なっ!?」

信じられない、信じたくない。

そんな風な表情を浮かべる者が多数いる中、エベロギは口を開いて言葉を続ける。

「いいか、こいつは深紅の異名を持つ冒険者だ。そいつとまともに戦って勝てると思うか? 逃げられると思うか? 俺はそうは思わん。なら、ここで下手に逆らって殺されるよりも、犯罪奴隷として売り飛ばされた方がまだマシだ」

レイの前なので言葉にはしていないが、運が良ければ奴隷として売り払われる前に逃げられる可能性もあった。

だが……

「ふ、ふざけんな! 奴隷として売り払われるだって!? そんなの絶対に俺はごめんだぞ!」

1人がそう叫ぶと、周囲にいた何人かもそれに同意するように大きく口を開く。

「そうだ! 奴隷になんかされるものか! それくらいならあの小僧を殺してここから逃げ延びてやる!」

「深紅だって? そんなのは噂だけが先行しているだけだろ。大体見てみろよ、あんなに華奢で小柄な小僧なんだぜ? 全員で掛かればどうとでもなるって。なぁ、お前達もそう思うだろ!?」

その声に、1人、また1人と同意するように自らの武器を力強く握りしめていく。

もう少し冷静になれば、今騒いでいる者達もレイと自分達の力量の差を理解することは出来ただろう。それだけの実力は持っているのだから。

だが、このままでは自分達が捕まるという危機感により、意図的にそれを無視したのだ。

半ば自棄になったといえるその様子は、方向性は違えど先程のゴブリンと同種のものであった。

「おい、やめろ! 大体こいつに勝てたってグリフォンはどうするつもりだ!?」

ここで反攻すれば本気で自分達は殺される。一団の中で数少なく冷静さを保っていた数人がそう叫ぶが、既に恐慌状態になっている者に対して正論は意味を成さなかった。

「よし、やるぞ! ここであいつを倒してしまえば、俺達にはまだ生き残る道がある!」

『おおおおおおおお!』

騎兵と歩兵合わせて10人に満たない者達だが、それでも自分が生き残る為に自らを鼓舞するかの如く大きく叫ぶ。

そうして手に長剣を構えたまま、その集団がレイへと向かって襲い掛かる。

「ばっ!」

咄嗟に制止しようとしたエベロギだったが、既に遅い。既に先頭の人物が長剣を振りかぶったままレイとの間合いを詰め……

「寝てろ」

レイの口から出たそんな呟きと共に、デスサイズの石突きの部分が突き出されて先頭になって襲い掛かって来た男の鳩尾へと埋まる。

「げふっ」

息を詰まらせつつ、一瞬にして気を失う男。

手に持っていた長剣はガランという音をたてながら地面へと転がる。

男にとって幸いだったのは、レイが血染めの刃の者達を殺すのではなく捕らえようとしていたことだろう。

そのおかげで、デスサイズの石突きは男の鳩尾をレザーアーマーごと身体を貫通するのではなく、気絶させる程度に留まったのだから。

もっとも捕らえられた後の人生を思えば、それが幸運なのかどうかは微妙なところだったが。

「おらぁっ!」

そんなレイの態度に腹を立てたという訳ではないだろうが、少しでも隙を突こうと味方がやられた瞬間にバトルアックスを振り下ろす男。

だが、次の瞬間にはキンッという金属音が周囲へと響き渡り、レイに向かって襲い掛かった男が気が付けば、バトルアックスが綺麗に切断されていた。

それも柄の部分を切断されたのではなく、金属の部分を切断されたのだ。

あまりに常識外れの光景に動きを止めた一瞬、それはレイにとって十分すぎる程に大きな隙だった。

一閃。

ただし、デスサイズの刃ではなく柄の部分で横薙ぎにされた一撃は、こちらもまたレザーアーマーの上から男の肋骨をへし折りつつ真横へと吹き飛ばす。

そのままの勢いで周辺に生えていた木へとぶつかり、鈍い音を立てながら地面へ落ちる男。

『……』

人間が真横に吹き飛ばされるという光景は、レイに襲い掛かろうとしていた者達の頭を強制的に冷静にさせる。

高ランク冒険者であればそれ程珍しくはない光景なのだが、それでも実際に自分の目でそれを見ると自分達でそれを体験してみたいとは思えないらしい。

「止めねぇかっ!」

動きの止まった一瞬の隙を逃さずにエベロギの口から怒声が放たれた。

自分達の頭だった人物の声を聞き冷静になった男達は改めてレイへと視線を向ける。

デスサイズを肩で担ぐように持ちつつ、それでいて何があろうとも反応出来るだけの自信が笑みとしてその表情には浮かんでいた。

更には、そんなレイの横ではセトがいつでも襲いかかれるように身を低くしている。

「分かっただろう。こいつみたいな相手と遭遇した時点で俺達の負けだ。これ以上みっともない真似を晒すな」

「けど……」

何かを口にしようとした男に、エベロギが黙って首を横に振る。

ここで逆らっても無駄に怪我をするだけで意味はないと。

そんなやり取りを見ながら、レイは口を開く。

「どうやらこれ以上無駄な抵抗はしないでくれるらしいな。助かった。それに……」

チラリ、と自分が通ってきた茂みの部分へと視線を向ける。

するとやがてガサガサと茂みを掻き分ける音がして、ランガを含む討伐隊の面々が姿を現す。

「ご覧の通り、もう逃げられないから諦めろ」

今度こそどうしようもないという絶望の表情を浮かべる血塗られた刃のメンバーの意思を挫くようにそう告げる。