軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

0537話

レイとセトが夕暮れの小麦亭で一晩の部屋を取り、次に向かったのは領主の館だった。

もう少しで夕暮れになろうかという時間ではあるが、まだ今ならダスカーに面会を申し出てもおかしくないだろうという判断からだ。

ただし、領主の館に向かっているのはレイ1人だけだった。

本来であればセトも一緒に向かう予定だったのだが、セトがギルムに帰ってきたというのは素早く広がり、1歩宿の外に出た途端セトと遊ぼうと待ち構えていた人々に捕まってしまい、仕方なくセトをその場に残してレイ1人で領主の館へと向かう。

もっとも、セト自身は自分に構ってくれる人が大勢いる上に幾つもの餌をくれるのだから、喜んでその場に残ったのだが。

「こうして見ると……それ程変わっているようには見えないよな」

道を歩きつつ周囲を見回しながら呟くレイ。

実際にこのギルムから旅立って2ヶ月と経っていないのだから、その感想はある意味当然だろう。

それでも、やはり夏ということもあって人の出入りは普段よりも多いし、街の景色も所々細かな場所が違っているようにも見える。

そんな風に半ば観光に近い感じで通りを進み続けると、やがて店が少なくなっていき、同時に警備兵の姿が多く見かけられるようになってきた。

領主の館に近づいた為だろう。

「おい、お前。この先に何の用だ?」

レイの進行方向から歩いてきた2人組の警備兵のうちの1人が、そう尋ねてくる。

不幸なことに声を掛けてきた警備兵は10日程前にギルムに来たばかりで、縁故を頼って警備兵になったばかりの者だった。

それ故にドラゴンローブのフードを下ろしているレイは微妙に怪しく思えて声を掛けたのだ。

あるいはセトがいれば、また話は別だったかもしれない。

セトという存在がこのギルムでどれ程に認知されているのかというのは、嫌という程に聞かされていたのだから。

もっとも、ランクAモンスターであるにも関わらず人間に襲い掛かりもせず、寧ろ人懐っこいというのはそれだけでギルムの名物になってもおかしくないのだが。

ともあれ警備兵として新人の男は、早く手柄を立てようとしてレイへと声を掛けたのだが……

「ん? ああ、お前レイか。いつギルムに戻ってきたんだ?」

警備兵の不幸を帳消しにするように、新人と一緒に行動をしていた警備兵がレイに気が付き手を振ってくる。

レイもまた、気安い調子で声を掛けてきた警備兵に軽く手を上げて口を開く。

「ついさっきだよ、今はちょっとダスカー様に用事があって領主の館に向かっているんだ」

「ふーん。冒険者ってのも色々と面倒が多そうだな。ま、くれぐれも妙な真似はするなよ。ああ、それとこいつは最近警備隊に入ったばかりの新人だ」

「え? 先輩? え?」

レイに声を掛けてきた警備兵が、自分の先輩と気安く声を掛け合っているレイに戸惑ったような声を上げる。

そんな後輩に向け、警備兵は苦笑を浮かべて口を開く。

「こいつはレイ。ギルムでもかなり有名なランクC冒険者だ。……いや、ランクBになったんだったか?」

「ああ。ギルムを旅立つ前にな」

「……レイ?」

改めてレイの名前を呼ばれ、同時にランクBの高ランク冒険者だと知ったことで、後輩の警備兵もようやく自分が話していた相手が誰なのか理解したのだろう。

まるで目の前で高ランクモンスターにでも出会ったかのように大きく目を見開き、口を開く。

「レイって……もしかして、深紅?」

「そう呼ばれることが多いのは事実だな」

「失礼しましたっ!」

深紅という異名を肯定するや否や、即座に後輩の頭が下げられる。

もっとも、それも無理はない話だろう。

深紅という異名は色々な意味で有名なのだ。それこそ、良い意味でも……悪い意味でも。

そして悪い意味で有名な話の中には、貴族ですらも気にくわない相手であれば容赦なく消し炭にするという話があった。

……その話自体、それ程間違っていないというのがレイのレイたる由縁なのだろうが。

「落ち着け、別に見境無く食ってかかったりはしないから」

「けど、先輩……」

「……どうやら俺はここにいない方がいいみたいだな。取りあえず、用件はもう済んだのなら先に進んでもいいか?」

「はっ、はい!」

ビクリ、とした後輩の男は即座に頷く。

そんな様子を小さく笑みを浮かべながら見ていた先輩の警備兵は、小さく肩を竦めてレイへと視線を向けていた。

そろそろ勘弁してやってくれ。

無言でそう促されたレイは、小さく溜息を吐いてから、少しでも動けば目の前にいる自分よりも小さい相手に食い殺されるのではないかと固まっている警備兵の肩を軽く叩いて去って行く。

肩に手が触れた瞬間、ビクリとした警備兵の男は、結局自分が何をされた訳でも無く生きていると知ると、ほっと安堵の息を吐いた。

そんな後輩を呆れた視線で見る先輩。

「お前な、幾ら何でも怖がりすぎだぞ」

「だって……深紅ですよ? 自分が気にくわないからって、ベスティア帝国軍を丸ごと焼き尽くして焦土と化したって噂の」

「……いや、色々間違ってないか?」

「でも、俺が聞いた話じゃ……」

「噂ってのは良くも悪くも大きくなるもんだからな」

そんな風に会話を交わしていた2人の言葉が聞こえてはいたが、レイにしても微妙に間違っているようで合っているような噂である為、特に何を言うでも無くその場を立ち去っていった。

「おう、レイ。久しぶりだな。いきなりどうした?」

領主の館の執務室、現在レイはそこでこの辺境の領主でもあるラルクス辺境伯、ダスカー・ラルクスと向かい合っている。

領主の館の門番に関しては、さすがにレイのことを忘れているというようなこともなかったので、特に面倒も無く面会を許可された。

とは言っても、普通であれば面会を申し出てすぐに許可される筈もない。辺境伯というのは、それ程に軽い役職ではないのだから。

だが、幸いにもレイは色々な意味で規格外な存在だった。

それは性格や能力もそうだが、挙げてきた手柄もまた同様にだ。

もっとも、その為にレイ自身がダスカーの懐刀のような存在と目されており、ベスティア帝国へと出向くのにわざわざこうしてギルムまで戻ってくる羽目になっていたのだが。

「お久しぶりです、ダスカー様。実はちょっとした野暮用があってベスティア帝国に出向くことになりまして……」

そこまで告げると、男臭い……良く言えば豪快な笑みを浮かべていたダスカーの顔から、一転して笑みが消える。

既にその瞳に映っているのは親愛の情ではなく、ラルクス辺境伯としてのもの。

「どういうことだ? 事情を聞かせて貰おうか」

「その前に……これをどうぞ」

自分の口から話すよりは、とミスティリングから取り出した手紙の入った封筒をダスカーへと手渡す。

エレーナが今回の件の事情を書いた手紙だ。

「……」

それを無言で受け取り、封筒から取り出した手紙へと目を通すダスカー。

文章自体はそれ程長い物ではなかったのか、1分も掛からずに手紙を読み終える。

だが、その後も特に何を言うでもなく、唸るようにして再び手紙を見返す。

そんなことが3度程繰り返され、やがて溜息と共に手紙を執務机の上に置き、レイを見据えて口を開く。

「……エレーナ殿からの手紙で大体の事情は分かった」

そこまで告げ、大きく溜息を吐く。

それだけ予想外の出来事だったのだろう。

ベスティア帝国第2皇女のヴィヘラがミレアーナ王国のエグジルに存在していたことも、そして何よりもテオレームがそのヴィヘラを頼ってくることも。

「色々と……本当に色々と聞きたいことがあるが、対のオーブとかいうマジックアイテムを手に入れたんだって? それでエレーナ殿と会話が出来るという話だが」

「はい」

短く頷き、早速とばかりに対のオーブをミスティリングから取り出すレイ。

そのまま魔力を通す。

向こうにしても、今日くらいにはギルムに到着するというのは毎晩レイとの会話で予想していた為だろう。やがてオーブの中に映し出されたエレーナは特に慌てる様子もなく、口を開く。

『レイ? この時間に対のオーブを起動したということはギルムに到着したのだな』

「ああ。今はダスカー様の執務室にいる。ダスカー様がエレーナと会話をしたいとのことだったので、対のオーブを起動させて貰った」

そう告げ、対のオーブを動かして自分ではなくダスカーが映し出されるように調整する。

『ああ、そこでいい。ダスカー殿、お久しぶりです』

「うむ、久しいな。……それで、手紙に書かれていたことだが」

『はい。私の知る限り、手紙の通りで間違いないかと』

「では、本当にベスティア帝国の第2皇女が……また、面倒な事態になったものだな。ただでさえ先の戦争ではベスティア帝国との間の終戦協定で向こうに恨まれているというのに」

苦々しげに溜息を吐くダスカー。

ミレアーナ王国の勝利という形で終結した戦争である以上、当然終戦協定に関してはミレアーナ王国側が有利な立場でのものとなる。

賠償金や捕虜となった者の身代金といった代物は特にだ。

それだけに現在のベスティア帝国がミレアーナ王国憎しで固まっているのは明らかだった。

少なくても国の上層部に関してはそうだろう。

そんな中で、自国でも人気のある第2皇女がミレアーナ王国の……しかも戦争の勝敗を決定づけたと言ってもいい存在に対して好意を抱いているとなると、下手をすればそれが原因でまた戦争が起こりかねない事態だった。

『確かにダスカー殿の考えも理解は出来ます。ですが、要請のあったメルクリオ殿下を救出する為に行動を起こせば、それはベスティア帝国の戦力や国力を消費させるという好機にもなります。特に、メルクリオ殿下が次期皇帝の座を手に入れれば、それは親ミレアーナ王国の皇帝が誕生することになるかと』

「……だが、それは全てが上手くいけば、だろう?」

試すかのようなダスカーの言葉に、しかしエレーナは綺麗な笑みを口に浮かべる。

『レイを知っているダスカー殿から出る言葉だとは思えませんね』

その一言に、ダスカーの言葉は詰まる。

実際、これまでの依頼の全てを成功させてきており、その中には難易度が非常に高いものもあったのだ。

実績だけで考えれば依頼達成率100%なのだから、ここで信用しないとはとてもではないが言葉に出せないし、何よりもダスカー本人がレイの腕を信頼している。

『それに、今回の件は実家の方にも既に召喚魔法を使える者を雇って知らせています。父様がこのような好機を逃すとお思いですか?』

「確かにケレベル公爵なら、この機会を見逃すような真似はしないだろうな」

長年の宿敵とも言えるベスティア帝国に、親ミレアーナ王国の皇帝を擁立することが出来ればどうなるか。

そこまでいかなくても、親ミレアーナ王国の勢力が作り出されるだけでもいい。

国王派と貴族派の勢力は逆転……とまではいかずとも、その差は大幅に縮まることになるのは明らかだった。

ならば自分もそれに乗るべきか? そうも思うダスカーだったが、さすがに即決出来る問題ではない。

「……取りあえずこちらとしては前向きに対処しよう」

『それで問題は無いかと。ですが、レイはなるべく早くギルムを旅立たなければならないのをお忘れなく』

「秋の闘技大会、か。ベスティア帝国でもかなり大規模な行事だな」

宿敵であるからこそ、ベスティア帝国は闘技大会にミレアーナ王国の貴族を招く。

自分達の国がどれだけの戦力を持っているのかを見せつけるために。

特に今年は春の戦争で敗戦になってしまった以上、国力は低下していないというのを周辺諸国に示さなければいけない為に、より多くの国々に招待状を送ることになるのは明白だった。

そうなればミレアーナ王国にある派閥の1つでもある中立派の中心人物のダスカーにも招待状が来るのは当然であるし、事実招待状は届いているのだから。

何しろ、ダスカーは春の戦争の立役者の1人だ。ベスティア帝国側としても、ここで招待状を送らずに自分達が敗戦を気にしていると周辺諸国に見られたくはなかった。

もっとも、派閥の中心人物が直接出向くということは滅多にない。大抵は代理として自分の腹心の部下を送るというのが一般的ではあったが。

「そうなると、もし俺がこの件に噛むとしたら直接出向いた方がいい、か。その辺に関しても、もう少し考える必要があるな」

何かを考えるように呟くダスカー。

その後、エレーナとダスカーの間で今回の件に関する詳しい情報交換や、あるいはどう動くべきなのかの話が暫くの間続くことになる。

尚。その間、レイはメイドが持ってきてくれた紅茶を飲みながらサンドイッチのような軽食を食べ、口を出さずに話を聞くことに集中していた。