軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

0344話

「えっと、じゃあレイさんは明日にはもうこの街を出て行くの?」

碧海の珊瑚亭の娘が、残念そうにレイへ尋ねる。

だが、レイはそんな相手の言葉に躊躇いも無く頷く。

「ああ、少しこの街に長居し過ぎたからな。このままだとこの街に居着いてしまいそうだし」

「えー、それはそれで別にいいじゃない。こっちは全然構わないのに。ほら、何だかんだ言ってレイさんとはあまり話してなかったし」

レイへとそう告げながらも、頬が赤く染まっているのを見れば傍から見る限り何を思っての言葉なのかは一目瞭然だった。

ただ、当事者のレイのみがそれに気が付かずに小さく首を振る。

「悪いが、ギルムの街から本拠地を移すつもりはないんでな。向こうは辺境だからこそ色々と便利だし。まぁ、エモシオンの街で海にいるモンスターと殆ど遭遇出来なかったってのは惜しいが」

「なら、ここに拠点を云々じゃなくて、もう少し滞在期間を延ばしてみるとかはどう?」

「いや、何だかんだあってもう1月程滞在しているからな。向こうでも、もう少ししたら用事もあるし」

当然、その用事というのはエレーナと共に迷宮都市へと向かうことであり、レイにとってはなによりも優先すべきことだった。だが、当然それを知らない宿屋の娘は不満そうに頬を膨らませる。

「何よ、こんなに可愛い娘が引き留めて上げてるのに。……ふんっ、もう知らない。好きにすれば。ギルムの街でもどこでも行っちゃえばいいのよ」

そう言い捨てるとレイの前から去って行く。

何故あそこまで不機嫌になっているのかが分からず、首を傾げながらもこのままカウンターを空けっ放しにしていいのかどうか迷いつつも、こちらに向かって来る宿の女将に気が付き安堵の息を吐く。

「レイさん、明日お発ちになるとか」

「ああ。暫く世話になったがレムレースの件も片付いたし、そろそろギルムの街にな」

「そうですか……セトちゃんともお別れなのは残念ですが、しょうがないですね。レイさんにはレムレースの討伐という依頼も達成して貰いましたし、お礼の言いようもありません。ありがとうございます。それなのに、結局お部屋はあの角部屋のままで……せめて今日だけでも普通の部屋に泊まりますか? もちろん料金に関しては今までと同じで構いません。レムレースの件が片付いてお客様も大分減ってきてますし」

女将の言葉に数秒程悩んだレイだったが、やがて小さく首を振る。

「いや、今のままでいい。もうあの部屋に慣れたしな。今更他の部屋って訳にもいかないさ」

「そうですか? では、せめて今日の夕食は豪華な物を出させて貰いますね。夕食は宿で食べるんですよね?」

「ああ、そのつもりだ」

まだ昼前だというのに、既に夕食の話をしている自分に苦笑しつつ女将へと返事をするレイ。

ただ、レイの食欲を考えれば腹が減って他の場所で適当に食べてくるというのもありがちな話ではあるのだ。もっともその場合でも、普通に宿で出された食事は食べるのだが。

「ま、とにかくそういうことで明日には街を出て行くことになる。これまで世話になったな」

「いえ、そんな。私達の方こそレイさんには色々な意味でお世話になりっぱなしで。……その、あの子のこともあまり嫌わないで下さいね。自分と年齢の近い人が冒険者をやってて、それもレムレースを倒す程の実力を持っているってことで、ちょっと憧れのようなものがあったんだと思いますから」

「……ああ、なるほど」

女将に言われ、ようやく何故先程ああいう風に言われたのかを理解するレイ。

小さく頷いてから、女将に向かって口を開く。

「残念だけど、ここに腰を据える気は無いんでな」

「ええ、分かってます。あの子にはこっちでフォローをしておきますから安心して下さい」

「そうか、頼む」

それだけ告げて、宿を出て行くレイ。

明日この街を発つとなると挨拶しておきたい相手も何人かいるし、海産物を買えるだけ買っておきたいという気持ちもあるのだった。

「おう、レイか。どうした? 銛に何か不都合でも起きたか?」

まず最初にやってきたのは、レイが銛を作って貰ったドワーフの鍛冶屋。レイを見かけるなり上機嫌に声を掛けてくるドワーフの店主に、小さく首を振って来る途中で買ってきたエールの入った小さめの樽を手渡す。

「明日街を出ることになってな。世話になった相手への挨拶回りだ」

「……そうか、お前の銛を投擲して鎖や紐のような物を使って刺さった相手を引き寄せるってアイディアは面白かったから、出来ればもう少しいて欲しかったんだが。ま、この酒に免じて許してやらぁ」

「まさか海のモンスターが現れないとは思わなかったよ。結局あの銛も作って貰ったのはいいけど1度も使えてないしな」

「ま、しゃーねえだろ。別にそれはお前のせいじゃねえ。そのうち、嫌でもモンスターは戻って来るだろうからな。この街の住人としてはモンスターなんかには出て来て欲しくないってのが正直なところだが。おかげで今は漁師とかもこれまでの損失を取り戻すかのように魚を獲りまくっているし」

「モンスターの姿が無いのはともかく、魚とかは普通にいるのは何でだろうな」

「さて、それこそレムレースが何かしたと思うしかないだろうよ。……ああ、そうだ。ちょっと待ってろ」

エールの入った樽を置き、店の奥……鍛冶場へと向かうドワーフ。やがて数分程して戻って来た時には、一抱え程もある樽を抱えていた。

「折角だからついでにこれも持っていけ。追加分だ」

床へと樽を置くドワーフ。その際に樽の中から聞こえてきた音で、レイは中に何が入っているのかを直感的に理解した。

「いいのか? この短時間で樽が満杯になる程のゴミは出ないだろ?」

「はっ、気にするな。これを集めたのは別に俺だけじゃねえ。この街の武器屋や鍛冶屋で使えなくなったゴミを集めただけだから、処理に困らないって逆に感謝されたくらいだ」

「……悪いな、助かる」

見た目の厳つい顔付きとは裏腹に、予想外に世話好きだったドワーフの心遣いに小さく笑みを浮かべて礼を告げるレイ。

そのまま手を伸ばし、ミスティリングの中へと収納する。

「ま、気が向いたらまたこの街に来いや。投擲用の銛に関しても、手入れが必要なようなら俺がやってもいいしな」

「ああ、悪い。……じゃあ、行くよ」

「おう、レムレースを倒す程の力を持っているお前のことだから心配する必要は無いと思うが、明日は気を付けて帰れよ」

そんな事を背に受けながら、レイは鍛冶屋を出て行くのだった。

「グルルゥ」

ドワーフの鍛冶屋を出た後の挨拶でアルクトスの屋台へと向かっていると、レイの隣を歩いていたセトがお腹減った、とばかりに喉を鳴らす。

その様子に笑みを浮かべながら頭を掻いてやりながら声を掛ける。

「アルクトスの屋台に行けばお好み焼きを頼むから、もう少し待ってくれ」

「グルゥ……」

レイの言葉にしょんぼりと肩を落とし、地面へと視線を向けながら歩き続ける。

勿論周囲には他の屋台や、あるいは食堂といった店も多い。だが、それでもやはり軽く腹に入れるのなら、色々と世話になったアルクトスの屋台でとレイは決めていたのだ。

そして10分程歩き続け、やがて周囲からソースの焦げた匂いが漂ってくる。

これ以上ない程に食欲を掻き立てるその匂いに、レイの隣を歩いていたセトもようやく元気を取り戻したかのように顔を上げて喉を鳴らす。

「グルゥ……グルルルルゥッ!」

早く早く、と何度もレイを見返してくるその様子に、レイ自身も空腹であることも手伝い小さく笑みを浮かべながらアルクトスの屋台へと向かう。

そして見えてきたのは、20人を越える客達が屋台の周囲へと群がっている光景だった。

その誰もが待ち遠しいといった表情を浮かべており、何らかの揉め事の類でないのは明らかだ。つまりここにいる者達は……

「また、随分と繁盛しているな」

そう、レイが口にしたようにアルクトスの料理を求めてやって来た者達なのだろう。元々アルクトスの屋台は美味い料理を出す屋台として有名であり、アルクトス本人もまた街の顔役的な存在である。それらの相乗効果でレイが教えた海鮮お好み焼きが爆発的な人気を得たのだろう。

「グルルゥ……」

どうするの? とばかりに小首を傾げて尋ねてくるセトだったが、レイは挨拶も兼ねてここに来ている以上このまま立ち去るという選択肢は無かった。

「並ぶか」

「グルルゥ」

レイの呟きに喉を鳴らして頷くセト。だが、その様子はつい先程までの元気の良さは無く、どこか気落ちした様子を感じさせる。

腹を空かせて海鮮お好み焼きを味わうというのが目的であったのに、実際に来てみれば人が並んでいてまだ食べられないというのが余程にショックだったのだろう。

「……待ってる間にこれでも食うか?」

さすがに可哀想に思ったのか、レイがミスティリングから干し肉を取り出して差し出すが、セトは小さく首を振って食べるのを拒否する。

セトにしても、折角ここまで来たのだから意地でも空腹の状態でお好み焼きを食べる! という気持ちで一杯だったのだろう。

良い意味でも悪い意味でも自分の食欲に素直なセトの意外な様子に驚いたレイだったが、小さく頷いて大人しく順番を待つことにする。

そんなセトやレイの様子を見て驚く者も数人程いるが、他の者は殆どが色々な意味でエモシオンの街での有名人と化している1人と1匹を知っている為に特に騒ぐようなこともせずに……いや、セトの近くにいる客達がそっと撫でたりして時間を潰しながら自分の番が回ってくるのを待つ。

お好み焼きである以上は何枚も同時に焼くことが可能であり、その為に20人程もいた客は次第に数が減っていき、やがてそれ程待つことなくレイの順番が回ってきた。

「ん? おお、レイか。それとセトも」

「随分と流行っているようだな。他の屋台でもお好み焼きを売ってるけど、ここ程に人が並んでいるのは見たことが無いぞ」

「グルルゥ」

レイの声に催促するように鳴くセト。

それを眺めつつ、世間話は後だと早速お好み焼きを頼む。

「4枚……といきたいところだが」

背後を見ると、自分達が前に進んだ分だけ新しい客が並んでおり、結果として列の長さは変わっていない。

「俺達だけで食うのもちょっと悪いしな。普通に2枚で」

「おう、ほらよ。焼きたてで熱いから気を付けろよ」

その声と共に、皿に乗せられたお好み焼きとフォークが差し出される。

ちなみに、屋台から少し離れた場所では食器洗いとして雇われた数人が必死に皿やフォークといった食器を洗っている姿が見えていた。

「じゃ、早速。これはセトの分な」

「グルルルゥッ!」

早く早く、と急かすように鳴くセトと共に少し離れた場所へと移動して地面へと皿を置くと、待ってましたとばかりにクチバシでお好み焼きを突くセト。

その様子を見ながら、レイもまたフォークで皿に乗ったお好み焼きを1口サイズに切って口へと運び……思わず目を見開く。

「これは……」

レイがお好み焼きという料理をアルクトスに教えてから、まだ時間は殆ど経っていない。それなのに、レイが食べたお好み焼きは既に以前とは別物と言ってもいい程に違う物になっていた。

勿論味が落ちたのではなく、より美味くなっているのだ。外側はよりカリッとした歯ごたえがあり、中はふんわりとした食感の中にこれでもかと魚介類の旨味が詰まっている。同時に噛めば魚やエビの旨味が口一杯に広がり、みじん切りにされたキベルク菜の噛み応えと甘みが残る。

(……出汁が違う?)

レイが教えた時には鶏肉の出汁を使って小麦粉を溶いていたのだが、今食べているお好み焼きはどちらかと言えばあの時に食べた物よりはレイ自身が知っている魚介系の出汁を使った味に思えた。同時に、かなり濃い出汁の味が生地に染みこんでいるのが分かる。

「美味いな」

1口目を飲み込み、アルクトスの方へと驚きの視線を向けるレイ。

そんなレイの驚きの視線を向けられたアルクトスはお好み焼きを焼きながら、近くの網では魚や貝、エビといった食材を引っ繰り返しつつ男臭い笑みを浮かべる。

「こう見えても一応料理人だからな。お前から教えて貰った料理は確かに完成度の高いものだったが、色々と改良点があった。それを俺なりに突き詰めていった結果がこのお好み焼きだ。……まぁ、おかげで今ではお好み焼きがメインの店になってしまったがな」

文句があるように告げつつも、自分の料理で客が喜んでくれるのは嬉しいのだろう。そのまま網の上で焼かれていたエビをレイの皿へと運ぶ。

「ま、お前のおかげでこの街の名物になるかもしれない料理が出来たんだ。これでも食え」

「あ、ああ」

以前から何度かレイの食事風景を見て、エビが好物だというのを知っていたのだろう。そして既にその大きなクチバシでお好み焼きを食べきっていたセトの皿には大きめの魚を乗せる。

「お前がこの街に来てくれてからは、色々と運が向いてきたからな。レムレースしかり、海鮮お好み焼きしかり。少し前までのこの街じゃ考えられない程だ。それだけにこの街に住んでいる者はお前達に感謝している」

レイが明日にでもこの街を去ろうとしているのが分かっているかのようなその言葉に、先程とはまた違う小さな驚きの表情を浮かべるレイ。

「ふんっ、長年この街で屋台なんてしていれば、そいつの顔色で何を言いたいかは大体分かるさ。特にお前は結構分かりやすいからな。……とにかく、機会があったら仕事でも遊びにでもいいから、また来いよ。その時までにお好み焼きはもっと美味くなるようにしておくからな」

「……ああ」

「グルゥ」

アルクトスの不器用ながらも優しさの籠もった心遣いに、レイとセトは小さく頷く。

こうして、エモシオンの街での最後の1日は賑やかながらも楽しく、そして1人と1匹の舌を楽しませながら過ぎて行くのだった。