軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

0184話

セトが翼をはためかせ、空を切り裂くかのような速度で飛んでいる。

その背の上でレイは先程手に入れたソード・ビーの魔石2個をミスティリングの中へと収納し、同時に再び地図を取り出す。

視線の先にあるのは先程通り過ぎたばかりのアブエロの街。ギルムの街からアブエロの街を通り過ぎ、そのまま街道を辿って行くと次にあるのはサブルスタの街となっている。その先は街道が2つに分かれており、左の街道を進むと王都方面へ。右の街道を進むとケニスと書かれた村を通り過ぎ、目的地であるバールの街へと辿り着くのだ。

「……さすがにセトだな。地面を行くより何倍も速い」

「グルルゥ」

本来であればギルムの街からアブエロの街までは数時間程度で到着できる距離ではないのだ。だが、セトの翼はその絶望的なまでの距離を覆す。

呟かれたレイの言葉に当然だ、とばかりに喉を得意気に鳴らして答えるセト。

セトにしてみれば、自分が空を飛ぶことで大好きなレイが喜んでくれるのはこれ以上ない程に嬉しかったからだ。

そんなセトの様子に、笑みを浮かべつつ首筋を撫でて、これから行くであろう街を思う。

本来、こんな場所で発生する筈のない魔熱病。有り得ないことが起きたのなら、それはつまり何らかの異変、異常が起きたということだ。

「まさかこれもベスティア帝国が裏で糸を引いている……なんてことはないだろうな」

そう思いつつも、その可能性は少ないだろうとレイは判断する。

確かにベスティア帝国の錬金術はミレアーナ王国に比べてもかなり高いレベルにあるのだろうが、もし病気を使った、いわゆる生物兵器として使うのならもっと殺傷力が強いものや、あるいは感染力の強いものを選択するだろうと。

「……まぁ、とにかく今はバールの街まで少しでも早く到着するのが先決、か。あぁ、セト。ほら」

地図をミスティリングに収納するのと同時に取り出した干し肉を手に取り、セトの口へと運ぶ。

背後を向きながらも、その影響で飛ぶ方向がずれたりしないのはさすがにグリフォンと言うべきか。そんな風に下らないことを考えつつも、セトが干し肉を食べ終わったのを見ながら、自分用に焼きたての串焼きを取り出して口へと運ぶ。

「これが春や夏だったら草原とかで緑の絨毯に見えるんだろうが、さすがにこの季節だとな」

空高くをかなりの速度で飛行している為に、急速に冷えていく串焼きを急いで口の中に収めて周囲の様子を確認するレイ。

言葉通りに既に冬に入り掛けのこの季節、眼下に広がるのは草が枯れて一面の荒野となっている茶色の地面に、街道として整備された一筋の線のみだった。

高空を飛んでいる為に相応に向かい風が強いし気温も低いのだが、それに関してはドラゴンローブのおかげで快適に過ごすことが出来ている。セトに至っては自前の毛皮のおかげで全く問題無く羽ばたいていた。

そのまま食い終わった串焼きの串を地上へと捨て、セトの背の上で再び周囲の様子を確認しつつソード・ビーの時のような敵襲を警戒するのだった。

「あれがサブルスタの街だな」

冬が近い為に空気も澄んでいるのか、綺麗な夕焼けの空の中でレイは呟く。

セトの進む方向に見えるのはそれなりに大きめの街だ。地図を確認する限りではサブルスタの街となっていた。

「セト、このまま街の真上を飛んでモンスターの襲撃とかと間違われたくない。街を避けて飛んでくれ」

「グルゥッ!」

レイの頼みに喉を鳴らして頷き、そのまま街を避けるようにして上空を飛んでいく。

そんな風に街を避けるようにしても完全にセトの姿を確認出来ない訳では無く、街道を進んでいる何人かの旅人や冒険者、商人と思われる者達は上空を素早く飛んでいるセトとレイを下から指差して何やら騒いでいるのだった。

お互いにとって幸いだったのは、サブルスタの街に空を飛ぶモンスターに対する攻撃手段が無かったことだろう。あるいはもっと街へと近付くなり高度を落とすなりしていれば魔法使いなり弓術士なりに攻撃されていた可能性もあるが、セトとレイは道を間違っていないと判断出来ていた為にアブエロの街の時のように下へと降りずにそのまま真上を通過していったのだから。

そしてそのまま進むこと約1時間。レイは順調に進みすぎた旅路故に若干の困惑を感じていた。

何しろ季節的に日が暮れるのは非常に早い。サブルスタの街の上を通り過ぎた時には既に夕焼けが広がっていただけに、太陽が完全に沈んでしまうのも当然早い。そうなると自然に光源は月のみとなり、その月にしても雲により隠れているのだ。こうなるといくらレイの夜目が利くとは言っても限度がある。そしてそうなってしまうと、頼れるのはセトのグリフォンとしての夜目のみだった。

「セト、分かれ道の場所まで行ったら教えてくれ。今日はその近くで夜明かしをしよう」

「グルゥ?」

急がなくてもいいの? とばかりに高速で空を飛びつつも後ろを見ながら首を傾げてくるセトだったが、レイはその首筋を軽く撫でてやる。

「ああ。このままだとセトはともかく俺の方がな。この状態のまま下手に夜空を飛んだりしたら、それこそ目的地であるバールの街に辿り着く前にどこか明後日の方向に向かってしまいそうだ」

一晩の時間があれば、恐らくバールの街で魔熱病により死んでしまう者も出るかもしれない。そうは思いつつも、変に道に迷って目的地であるバールの街まで辿り着くのにさらに時間が掛かるのを考えると、やはりどこかで夜が明けるのを待った方がいいだろうとレイは判断する。

(それに幸い、地図によるとここは既に辺境じゃない。そうなれば夜を越すのにモンスターの心配をする必要もそれ程無いだろうしな)

もちろん完璧に安全な訳では無い。だが、それでもやはり辺境であるギルムの街周辺と、辺境以外の場所ではモンスターの出現率は段違いなのだ。

(それに……)

チラリと自分が跨がっているセトへと視線を向けるレイ。

セトがいる以上、辺境で夜営をしても問題が無い。辺境でないこの地域なら絶対的にとまでは言わないが、それでも余程のことが無い限りは安全に夜を越せるだろうと。

そんな風にして雲に遮られながらも薄らとした月明かりの中、レイとセトは空を飛んで行く。そしてやがてそのまま30分程飛んだだろうか。見て分かる程にその速度を落とすセト。

「グルルゥ」

鳴きながら地上へと視線を向け、それに釣られるようにしてレイもまた視線を地上に向ける。

やがて地上へと降りていき、その視界に入ってきたのは二股に分かれている街道だった。そう、夜営をすると先程レイが言っていた場所だ。

「さすがにセトの翼を使うとここまであっという間だな。これなら明日にはバールの街に到着するだろ」

「グルルルルルゥ」

喉を撫でながら褒められ、嬉しそうに鳴くセト。

その様子を笑みを浮かべながら眺めていたレイだったが、やがてその視線を周囲へと向ける。

さすがに高速で空を飛びながら地上を確認出来る程の暗視能力は備えていないが、それでもこの状況でなら十分に周囲の様子を確認出来る力は持っていた。

そしてその視線は、街道の脇にあるちょっとした林になっている場所を発見する。

「……そうだな、あそこでいいだろ。セト、ちょっと遅かったが夕食にしようか。セトも今日は長時間空を飛んで腹が減ってるだろ」

「グルルゥ」

嬉しそうに喉を鳴らして頭をレイへと擦りつけるセト。

その頭を撫でながら、1人と1匹は木の側まで移動するのだった。

「うん、特に問題無いな。幸い枯れ木もかなりの量がそれなりに周囲に落ちてるし……湿ってもいないから焚き火をするのにも問題は無し、と」

地面へと落ちている枯れ木を拾い集め、炎の魔法を使って火を付ける。その後はミスティリングから取り出したエメラルドウルフの肉を、これもまた雑貨を扱っている店で購入した串へと刺して焚き火の側へと突き立てていく。

串焼きとは言っても肉自体がかなり巨大であり、レイでも1口では食べきれない程の大きさだった。

その串焼きに、ミスティリングから出した塩を振り、あるいはディショットからうどんの礼にと譲って貰った秘伝のタレを塗って焼き上げる。

周囲へと漂う食欲を掻き立てるような香りを我慢しながら、肉と同様にミスティリングの中から焼きたてのパンやスープの入った鍋を取り出す。

そして肉が焼けてきたのを皿へと取り分け、8割程をセトの方へ。残りの2割とスープ、パンを自分用にして、それでも普通なら3人前はあろうかという料理を平らげていくのだった。

食後のデザートとして、柿のような果物を取り出してセトへと10個程。自分の分を3個程そのまま皮ごと噛ぶりつく。

(……来ないな)

食事をしている時から林の中に感じていた気配。その気配の持ち主達がどんな素性の者なのかは、自分達を囲むようにしていることから容易に想像が付いた。だが、何故か食事をしていてあからさまに隙を見せていたにも関わらず一向に襲い掛かって来る気配が無い。

「……」

無言で嬉しそうに柿モドキを頬張っているセトへと目を向けるレイ。

自分のような、一見すると華奢な子供にしか思えない旅人に対して襲い掛かってこない理由。それはどう考えてもグリフォンであるセトの存在以外に有り得なかったからだ。

(かと言って、このまま盗賊達を放っておいて寝るのも気分が良くないしな。……しょうがない、出て来て貰うか)

内心で呟き、地面に落ちている石を数個程拾い上げ……そのまま林の方へと向かって素早く投擲する。

「ぎゃっ」

「っ!?」

「痛っ!」

「がっ!」

空気を切り裂くような速度で次々と飛んでいった数cm程度の石は、狙いが大雑把だった為に殆どが外れたが、それでも数個程は隠れていた盗賊達に命中したらしく夜の林に数種類の悲鳴を鳴り響かせる。

そしてやがて、自分達が隠れているのは見破られていると判断したのだろう。ガサガサと茂みや枝を掻き分けるようにして10人近くの男女が姿を現す。殆どが強面で中年の男達だが中には数人程若い男や女の姿もあり、また出て来た者達の内半数近くは身体や顔を押さえている。中には額を切ったのか、血がとめどなく流れている者すらも存在していた。

「……ちっ、こっちのことはお見通しって訳か。クソガキが」

顔に数本の切り傷のある50代程の中年の男が忌々しそうに唾を地面に吐き捨てながら1歩踏み出す。

それを見ていた周囲の者達も、奇襲を仕掛けようとして逆に先制攻撃を食らった苛立ちを殺気へと変えてレイを睨みつける。

それでも一気に襲い掛かってこないのは、やはりレイの隣で黙ったまま自分達を睥睨しているセトの存在があるからだろう。

「クソガキだろうが何だろうが、あいにくお前達にやるような物や金は一切無い。このまま大人しく消えたら見逃してやるがどうする?」

盗賊達の頭目と思しき男の顔を見ながら、それでも何でも無いかのように振る舞うレイ。

何しろレイとしてはパミドールという、目の前にいる男よりも余程迫力のある顔をしている鍛冶師を知っているのだ。その迫力に比べれば、目の前の男は明らかに威圧感が不足していた。

「この人数を見てもビビらねぇとか。……何者だ、お前?」

ギリッと握っている巨大なバトルアックスを手に、尋ねてくる男。

そんな男に対して、レイは一切の緊張も見せずに口を開く。

この時点で、頭目の男はレイが見た目通りの存在では無いことには気が付いていた。

何しろ、襲撃対象を間違えると文字通りに自分達の首が飛ぶのだ。その為に盗賊達の頭目は人の実力を見抜く目だけは他の者達よりも鋭かったのだ。

「何者だと言われてもな。ランクDの冒険者としか言いようがないが」

ランクD冒険者。その言葉を聞いた時、頭目は反射的に首を振っていた。

「おいおい。俺達はこの辺一帯で活動しているんだぞ? この近くにあるサブルスタの街にいる要注意の冒険者を知らない訳がないだろう。お前みたいなグリフォンを従えているような奴がいたら、真っ先に耳に入ってくるさ。……改めて聞くが。クソガキ、お前は何者だ?」

頭目が発する重圧が増す。

この時点で普通のランクD冒険者であれば反射的に武器を振り下ろすなり、あるいは逃げ出すなりと何らかの行動を起こしているだろうレベルの重圧だ。……そう。普通であれば、だが。

「言っただろう? ただのランクD冒険者だと」

(もっとも、『ただの』と言うのは無理があるかもしれないがな)

自分がこのエルジィンにやって来た経緯を考えつつも、まだ騙す気かとばかりに視線を強くして口を開き掛けた頭目を遮るようにして言葉を割り込ませる。

「ただし、お前が勘違いしているのが1つ。俺は確かに冒険者だが、サブルスタの街の冒険者じゃない。ギルムの街の冒険者だ」

「……何!?」

その言葉に思わず尋ね返す頭目。

基本的にモンスターがそれ程多くないサブルスタの街と違い、辺境にあるギルムの街周辺にはモンスターが大量に存在しており、その対処をしている冒険者の質も高いと知っているからこその言葉だ。

頭目を守るかのように周囲に存在していた者達もまた、目の前にいるのがギルムの街の冒険者だと知り驚きの表情を浮かべる。

「……何でギルムの街の冒険者がこんな場所にいる?」

「わざわざそれを教える必要は無いだろう? ……俺がどこの誰かは言った。それでもまだ襲ってくるつもりなら、相応の覚悟は決めて掛かって来い。これでも色々と忙しい身なんでな。やるならさっさと片付けさせて貰うぞ」

何でも無いかのように言いながらも、レイの放つ視線の鋭さや殺気に頭目は目の前に立つ子供の言っていることは誇張ではないと本能的に感じ取る。

「ちっ、しょうがねぇ。退くぞ、お前等!」

「兄貴、けど!」

「うるせぇっ! こいつ相手にまともに戦ってみろ。全滅だ全滅。俺は死にたくないから退く。お前達がどうしてもこいつを襲いたいって言うんなら、死ぬ覚悟が出来ている奴だけ好きにしろ」

「……分かりました」

こうして、殆ど物音を立てずに盗賊達はレイの前から去って行く。

その去り際の見事さに内心頷きながらも、明日以降の為にセトへと横たわって身体を休めるのだった。

サブルスタの街周辺一帯を縄張りとする広域盗賊団『草原の狼』の頭目であるエッグとレイの出会いはこうして終了する。

この2人は後にまた再会することになるが、それはまだ少し先の話。