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作品タイトル不明

随想録04 ヴィルトシュヴァイン会議 前編

「私は、この会議が星欧社会における継続的な平穏、秩序、和平をもたらすものになると確信しています。我々は隣り合って生きてゆかねばならない」

―――グスタフ・ファルケンハイン「ヴィルトシュヴァイン会議開催に際して」

「来た、ロヴァルナ外相だ」

オルクセン首都ヴィルトシュヴァイン。アルブレヒト駅。

ロータリーに差し回された、オルクセン外務省の箱型馬車に乗り込むロヴァルナ帝国外相アレクサンドル・セミョーノフの姿を、オストゾンネ紙記者フランク・ザウムは確かにはっきりと見た。

白髪に、小さな眼鏡。高貴で、知性的、柔和な老人であるように印象を受ける。

周囲に居合わせたオルクセン国民に向かって、トップハットの鍔の先端に指をやり、挨拶の仕草をする余裕を示し、箱型の高級馬車へと乗り込んでいく。

このオルクセン首都で開催される国際会議、ヴィルトシュヴァイン会議に参加する各国代表団のなかでは「主役」の一人ということになる。

―――自信たっぷりってところだな。

ザウムはそのように見て取った。

ロヴァルナ帝国内では、オルクセン通として知られている外相だ。彼の祖国はイスマイルとの戦争で勝利を得たあとでもある。

―――多くを得、より多くを引き出すものにしてみせる。

そのような様子だった。

しかしそう上手く行くものかね、などとザウムには思える。

そもそも彼らロヴァルナが、この国際介入―――ヴィルトシュヴァイン会議を断れなかったのは何故か。

オルクセンが、ベレリアント戦争で他国に比肩ない軍事力を見せつけた直後だからだ。

きっと、ロヴァルナ軍の連中は頭を抱えているだろう。

オルクセンとロヴァルナの国境部には、彼らにとって統治が行き届いているとは言い難い従属国、ポルスカ王国があった。一〇年ほど前には大規模な叛乱まで起こっている国だ。

つまりロヴァルナとしては、国境警備のためにポルスカ自身による軍事力の強化など以の外であったから、ロヴァルナ軍そのものを貼り付けておくしかない。

そのオルクセンが「公平な仲介者」として名乗りを上げたなら、無下にはできない。決して断れない情勢にあった。

約一〇年前の叛乱時には、グロワール帝などはポルスカに同情的立場を示して介入しようとし、オルクセンはあくまで抑制の効いた中立的態度を採ったから、尚更のことだ。ロヴァルナ国境部に存在する国家、オルクセン、アスカニア、オスタリッチのなかで歴史的に中立姿勢にあるのはオルクセンだけである。

オルクセンまで敵に回すわけにはいかなかったのだ。

だとするならば―――

ベレリアント戦争終結時、ロヴァルナはグロワールが音頭を取った介入に決して参加するべきではなかった。

そこには、彼らなりの国益判断もあったのだろう。グロワール帝との間柄を改善しようとした、などといったところの。

だが。

だが。

―――我が王は、あの介入を忘れてはおられまい。

我が王は、慈悲深い。

しかし例え何年かかろうとも、してやられたことには必ず報復に出る、恐ろしい御方でもある。そんな苛烈なところもあった。

デュートネや、エルフィンドの末路を見てみれば分かる。治世の開始直後、造反を起こした先王側近を、シュヴェーリン元帥やゼーベック上級大将、ツィーテン上級大将らと組み、あっという間に鎮圧、処断されたこともあった。

―――もしかして。ロヴァルナはこの国際会議で、泣きっ面を晒すことになるのではないか。

ザウムには、そのようにしか思えなかった。

星暦八七八年三月三日。

ヴィルトシュヴァイン会議と呼ばれることになる国際会議は、国王官邸の 舞踏室(ボール・ルーム) 「大地の間」を舞台に始まった。

直接的には、ロヴァルナ・イスマイル戦争の後始末。

間接的には、ロヴァルナと列商各国―――とくにキャメロット王国及びオスタリッチ帝国との間の勢力圏争いを、調整するためのものだ。

この会議に参加した国は、多い。

オルクセン、キャメロット、グロワール、エトルリア、オスタリッチ、アスカニア、そしてロヴァルナ。いわゆる「 星欧七大国(セブンスターズ) 」の全て。

そしていまや斜陽の老大国であり、屋台骨も軋み、きな臭い煙に燻され続けているイスマイル帝国。

これに、正式参加国ではないものの代表団参加を認められたヘレニア、ロマニア、ネマニッチ、アスパルフ。

ただしアスパルフの代表団だけは、戦争以前から独立国もしくは自治国として国際的に承認されていた他国と違い、また勢力内事情もあってその扱いは一段落ち、到着も遅れ、正式のものではなかった。

各国とも、首相もしくは外相級の主席代表にして、在オルクセン駐箚公使や在キャメロット駐箚公使などを補佐役につけるという分厚い陣容だった。

会議開催の日の様子は、のち、オルクセン写実主義の巨匠アクサンダー・ヴェルナーの手によって絵画にされている。

白漆喰に金装飾の「大地の間」室内。緋色の絨毯。

中央に据えられ、青いビロードクロスのしつらえられた巨大な長テーブルの周囲には、キャメロット首相ビーコンズフィールド、ロヴァルナ帝国外相セミョーノフ、オスタリッチ帝国外相クラスナホルカといった各国代表の錚々たる面々。

その前、絵画の中央付近には大礼服姿のグスタフがその巨躯を目立たせつつ、到着した己の片腕たる外相クレメンス・ビューローに「おお、よく来た」といった調子で握手している―――

この絵画の印象が余りにも強かったためだろうか。

のちの世には、ヴィルトシュヴァイン会議でこの後しばらくの星欧体制の何もかもが決したように思われているが。

実はそうではない。

グスタフは、自国が「公平な仲介者」としての場を提供できると声明を発したとき、ひとつ条件をつけている。

「まずは東方危機を迅速に回避するため、三ヶ国の紛争当事国が事前協議をやり、合意に達しておくこと」

というものだ。

―――それなら「仲介」を引き受けてやる。

そのような態度だった。

これを受けてこの前月二月、ロヴァルナ、イスマイル、キャメロットの三ヶ国は、キャメロット首都ログレスに代表者を集わせ、それぞれ二国間事前協議を行っている。

この「条件」は、各国にしてみれば歓迎できるものだった。

キャメロット首相ビーコンズフィールドは、多国間協議より二国間協議の方が自国の主張を通せると思っていた。彼の片腕で外相のホールドハーストも同意見である。

ロヴァルナは、星欧列商各国の強硬な態度に驚いているところであった。

なかでもキャメロットとオスタリッチは、本当に戦争も辞さずという態度だ。

マルマリア海峡沖にはキャメロット海軍地裂海艦隊が到着し、カウシス側から侵攻して同地に到達したロヴァルナ軍と睨み合っている。地裂海バレッタ島にはキャメロット軍五〇〇〇の兵が待機してもいた。

オスタリッチはまだ直接に兵を送ってきてはいなかったが、戦時動員の発令と、戦時国債募集の開始を宣言していた。完全に「拳を振り上げた」状態である。

ともかくも妥協点を探るべく、在オルクセン駐箚公使であった実力派外交官ザヒーモフを送った。

イスマイルにも歓迎すべきことだった。

彼らは、対ロヴァルナ戦で既にへとへとに疲れ切っていたし、このうえ自国領域内で大国同士の戦争が起これば、その国土は荒廃してしまう―――

星暦八七八年の東方危機とは、掛け値なしに一触即発の大国間戦争寸前だったのである。

この「ログレス協議」により、当事国たちの絶対に譲れない線が喧々囂々と議論され、ともかくも各国間に妥協が成立した。

ヴルカン諸国独立案のうち「大アスパルフ」の誕生は許さない。来るべきヴィルトシュヴァイン会議では全会一致での条項採択を原則とする。採決に際してロヴァルナは拒否権を持つ、等々―――

このときキャメロットがやった事前交渉は、実に彼ららしく、寝技極まりなかった。

イスマイルとは秘密協議をやり、その安全保障をしてやるという条件で、地裂海のイスマイル領ニコシア島をキャメロットへと「譲渡」させることで妥結した。

主権はイスマイルに残すという前提つきではあったが、実質的には割譲だ。キャメロットにしてみれば、何よりも護らねばならない存在である植民地マウリアとの通商路、その新たな拠点となる。

更には、三ヶ国協議には本来含まれていなかったオスタリッチとの秘密協議の場も持った。

オスタリッチが欲している、ボスナ・フムスカゼビア地方への進駐を認めるというものだ。まずは彼らと一致協力して、対ロヴァルナ外交戦で共同戦線を張るためである―――

そうして彼らは、ひとまず東方危機を回避すると、ヴィルトシュヴァインへ集った。

つまりこのヴィルトシュヴァイン会議。

開催された時点で、何を話し合うかは決まっていた。

酷い言い草になるが、小国の運命すら意のままにできた列商各国の、ゲームのようなものであったと言ってもいい。

では、オルクセンには一体どのような得があるというのか。

グスタフにしてみれば、各国が己の掲示した「条件」に応じ、まずは会議が開ければただそれだけで成功に等しかった。

かつてディネルースなどにも語ったように「公平な仲介者」の立場を手に入れることで自国の中立性―――つまりは安全保障を高め、これに応じて大国が集ったという事実のみを以てしても国威は増す。そして既にこの時点で、

「東方危機を回避した、国際平和の希求者」

という名誉を手に入れていた。

ヴィルトシュヴァイン会議は、あまりにも膨大な議題を、この「公平な仲介者」グスタフが整理するところから始まった。

開会の挨拶をし、この会議では何語を使っていくのかという、やや滑稽な、だが国際会議では必須な事項が決まると、早速この議題整理にかかった。

各国に、速やかな妥結を促したことを意味する。

このとき少しばかり幕間喜劇に近いことがあり、会議の進行はグロワール語でやるという採決に各国賛成を示すなか、キャメロットのビーコンズフィールドだけが嫌味たっぷりにキャメロット語の使用を主張して、グスタフが宥めるというような場面があった。

「男性名詞と女性名詞の扱いも無茶苦茶な、グロワール語を使えと?」

「まあ、ビーコンズフィールドさん。それを言い出せば、我が低地オルク語などはまるで記号の羅列です」

些末な出来事ではあったが、まさしくその些細な点でビーコンズフィールドが我儘をやったように見え、そして議長役グスタフの不興を開幕早々に買ったかの如く周囲からは捉えられて、顰蹙を招いた。

低地オルク語とキャメロット語には似ている点が多かったから、グスタフはやんわりとこれを諫めた格好である。

ビーコンズフィールドの言い草に、グロワール代表デュブルイユは眉をひそめた。そうして、このキャメロット首相がグスタフの洗練された方法でやり込められるのを見ると、彼とロヴァルナ外相セミョーノフは、内心で嘲笑したものだった。

ともかくも。

三月三日の会議開始から一六日までに開かれた七回の本会議は、ログレスで行われた事前協議に基づいて進行した。

結局のところ、そこがこの会議の一番の問題、焦点、暗礁だった。

ロヴァルナの原案通りなら、ヴルカン半島の東西に横たわるように、しかも南は地裂海に接する形で広がる「大アスパルフ」をどのように解体するか。

議論の対象となったのは、その大アスパルフの南部だ。

全体としては一つの、細かく煮詰めれば二つの地域に分けて考えることが出来た。

東西のメリア地方である。

―――ここでロヴァルナ代表とキャメロット代表とが、真っ向から激突した。

ロヴァルナは、東メリア地方は紛れもなくアスパルフの一部だと主張する。彼らにしてみればその東部沿岸は鉄海に接しており、またあと一歩進めばイスマイル帝国本領である。「ヴルカン半島における主導権を握る」という彼らの戦争目的からすれば、譲れるものではなかった。

対するキャメロットは、ここを「緩衝地帯」として一つの自治領にすることを提案した。東メリア自治領という名の、イスマイルの領土とする案である。当然ながら主権は彼らが握ることになる。

イスマイルから「独立させろ」、「自治領として残せ」では、まるで中身が異なった。

しかもロヴァルナは、最大二万の軍を二年に渡ってこのアスパルフに駐留させるつもりであったから、この駐兵期間を削ごうとするキャメロットの意思も絡んで、事態は容易に決着をみようとしなかった。

ログレス事前協議で話し合われていなかった部分が巨大な暗礁となって、ヴィルトシュヴァイン会議という名の船が乗り上げた格好である―――

―――たいへん、意外なことのようだが。

この間、グスタフ・ファルケンハインは会議の全てに出席していたわけではない。

これほどの規模の国際会議となると、本会議に加えて数知れぬほどの委員会、内部会議、昼食会といったものが開かれるから、その何もかも面倒を見ることなど出来るはずがなかった。

外務大臣クレメンス・ビューロー、外務次官オットー・ラーベンマルク、それに補佐役として参加していた在グロワール駐箚オルクセン公使エドゥアルト・アルニムらと手分けして出席している。

服装は普段の軍服ではなく、国王としての大礼服だった。

黒地で、燕尾に詰襟。合わせの部分には銀糸の壮麗な刺繍がある。袖にはオルクセンで王族が使うオレンジ色。

そのような服装であちこちを、ただしゆったりと動き回り、「交渉の場」を提供するホスト役に務めた。

オルクセン財務相は、この会議に一日二五〇ラングという食材費をつけ、ふんだんな昼食を用意している。立食形式であり、中身は豪奢極まった。

キャメロット風のステーキ、グロワール流のパテやデザート、ロヴァルナのキャヴィア、エトルリア式のパスタ料理―――

毎日、長テーブルに膨大な料理が、たっぷりと並べられた。

会場専属のコックを配してもおり、これは保温や加熱を担当し、クレープの類も焼けば、卵など要望通りにその場で調理もする。

「卵は新鮮かね?」

「もちろんでございます」

「では、ポーチドエッグにしてくれ」

そのような具合だった。

グスタフはこの昼食会には頻繁に現れ、各国代表を持て成すことで、会議が友好的なものとなるよう雰囲気を醸成した。

ただし、一度だけ軍服姿になったことがある。

これは会議が始まった直後だが、イスマイルの代表団たちが余りにも「無礼講」で振舞いたがるので、翌日には軍服姿となって彼らを 出(・) 迎(・) え(・) 、表情や声の調子で明らかな威嚇をした。

「・・・これは陛下」

「如何ですかな? 我がオルクセンの昼食以外に、この会議の出席目的は見つかりましたかな?」

そんな具合だった。

元々、オルクセンとイスマイルは以前から外交上の懸念事項を抱えていた。

イスマイルにおける信仰上の主体になっている拝月教は、その教義で豚を忌避している。それ故に、彼らの首都マクシムープルにあるオルクセン公使館は密かに「豚の館」と称され、その周囲で治安維持にあたっているイスマイル兵は「豚の番人」などと蔑まれていた。

当然、オルクセン側としても看過できることではない。

グスタフはこの点も含めて、「釘を刺した」のである。

両国関係には良い点もあり、イスマイルは過去、その軍隊における近代兵器の数々をオルクセンから購入している。オルクセン本国では旧式となったものだが、小銃と火砲が多かった。そしてそれら兵器が、このロヴァルナ・イスマイル戦争でのイスマイル軍善戦の背景にあったことは確かである。

つまりグスタフの行動をわかりやすく表現すれば、

「見捨てはしないから、少しは真面目に働け。ここは宴会場じゃない。おたくは当事国だろう?」

そんなところだ。

そのような彼が初めて積極的に動いたのは、ロヴァルナとキャメロットが「アスパルフ問題」で紛糾したときだ。

ロヴァルナ外相セミョーノフは、

「自由で独立したアスパルフが、統治能力の衰弱したイスマイルがもたらすであろう安全保障上の問題を解決する」

「ヴルカン半島の東方聖星教徒に対するイスマイルの支配は、間違いなく叛乱と流血を引き起こした時代錯誤であり、従って終結させるべきである」

と畳みかけた。

この老外相は、どこか温厚な学究のようであった。滔々と自説を述べ、理路整然と自国の国益を主張した。

当然、キャメロットとイスマイルは真っ向から反対する―――

議論百出、諸説紛紛、甲論乙駁となり、容易に決着がつこうとしない。

列商各国はといえば、事態の推移を見守るという態でいながら、キャメロット寄りの態度を示した。

ここで意外なことが―――まことに意外なことが起きた。

グスタフが、ロヴァルナの肩を持つ発言をしたのだ。

「星欧の安定のためには、出来得る限りヴルカン諸民族の望むまま独立させてやることが良いでしょう」

彼曰く、実際に東メリア地方には、ロヴァルナと民族を同じくするスロヴァ系住民が多い。また信奉する宗教も、東方聖星教徒が過半を占める。

そして既にロヴァルナ軍は、ストリピンという将軍の指揮のもと駐兵もしている。

アスパルフの一部と見ることは自然だというのだ。

これで、東メリア地方問題については一気に流れがロヴァルナ側主張へと傾いた。

ただしキャメロットは巻き返しを図り、イスマイルがこれに乗って、東メリア地方についてはアスパルフに「預ける」というような形に落ち着いた。「半自治領」だというのである。

東メリア地方のアスパルフ編入を認める代わりに、アスパルフはグロワール通貨にして年二九五〇グランをイスマイルに払う。

このころイスマイルは財政破綻の危機にあり、とくに外債の償還についてその問題は深刻であり、国家収入を奪い去れば崩壊してしまう、そのためには急激な財政収支の変化は望ましくない、という理屈だった。

また星欧の安定のためには、ロヴァルナはなるべく早く撤兵することが望ましい。

二年という駐兵期間を、一年以下にするべきだ―――

対イスマイルの債権、権益を持つ列商各国はこれに賛成し、この二点についてはキャメロット側の要望が通った。

ロヴァルナとしては、東メリアがアスパルフの一部となるなら、許容できる範囲だったのだ。

その日の本会議が終了したあと、ロヴァルナ外相セミョーノフはグスタフを立食中での雑談に誘い、彼はそれに応じた。

「・・・助かりました。陛下」

「なんの、なんの」

小声で囁くセミョーノフとしては、望外なほどの「仲介」であった。

これぞ長年の両国間友誼の証であると、グスタフを褒めたたえ、謝意を述べた。

ロヴァルナは、自国への融資や、鉄道技術の援助をオルクセンから受けている。

大ロヴァルナ鉄道に五分利鉄道債券で二〇〇万ラング、ロヴァルナ相互土地信用組合の抵当証券受け入れ、初の国産鉄道車両への技術指導といった具合である。

これら政策を推し進めたのはセミョーノフであり、その賜物であると彼は喜んでいた。

確かに彼は、そのような近年の両国外交関係から、この会議においてオルクセンがロヴァルナに友好的な立場を採ってくれることを期待していた。

それでも、今日の会議の展開は望外のものである。

ロヴァルナとオルクセンの間には交易も金融関係もあるが、どちらかといえばキャメロットとの交流が遥かに深く、これは列商各国も認めるところだ。

そのオルクセンが、まさかこれほどの好意を―――というわけであった。

またセミョーノフの手元には、このヴィルトシュヴァイン会議の開催前、ロヴァルナ陸軍大臣ミリューシンからの報告も届いていた。

仮にオルクセンとロヴァルナが敵対関係に陥った場合、同時にアスカニアやオスタリッチへの備えも果たさねばならず、ポルスカ国境部の防備にはロヴァルナ軍正規兵力で五〇万という膨大な兵力が必要になるであろう、とても軍制改革中の我が軍にとって短期間で果たせるものなどではなく、何としてもオルクセンとの友好関係は維持することが望ましい―――という内容だった。

もちろんこれは深く秘され、在外公館暗号でのやりとりに留められていたが、この友好関係維持の観点においてもどうやら希望が叶いそうであり、セミョーノフを安堵させていたのだ。

しかもグスタフは、更にセミョーノフを喜ばせる態度を取った。

「・・・閣下。どうも御顔の色が優れませんな。よもやどこか御加減が?」

実はそうなのです、恥ずかしながら長年の不摂生が祟ったようで、いささか健康問題を抱えており、それでもこの難事に当たるべくやってきたのです、とセミョーノフは答えた。

「ふむ、それはいけませんな」

グスタフは、我が国にはヴァンデンバーデンという内外に誇る湯治場がございます、そこから湯を取り寄せ、閣下の部屋の風呂に用意させましょうと約し、これは実際に手配も成され、この会議の期間中続けられた。

しかもセミョーノフの健康問題が表沙汰にならぬよう、

「これは各国代表団全てを対象に致しましょう」

と、グスタフは微に入り細を穿つ配慮を見せた。

「ありがとうございます、陛下」

このロヴァルナ外相は、半ば感激すらしたものだった。

翌日の議題は、西メリア地方に移った。

キャメロットなどからすれば肝心要の、地裂海へ接する地域である。

この日、グスタフは本会議室には朝から姿を見せなかった。

彼はヴィルトシュヴァイン会議に、ヴルカン情勢とはまるで別の議題を同時並行で持ち込んでいて、そのための小委員会を各国次官たちと開いていたのだ。

西メリア問題についての本会議開始早々、セミョーノフは愕然とすることになった。

キャメロット代表団曰く―――

西メリア地方は、「余りにも諸民族が多く」、「多彩な宗教に満ち」、そして「スロヴァ系住民と東方聖星教徒は少数派である」、とてもロヴァルナと民族系及び信仰宗教を同じくするアスパルフの一部とは看做すことは出来ないというのが、その主張だった。

―――まったくその通りだ。

これは事実に基づいていたので、セミョーノフとしても受け入れるしかなかった。

何しろこの前日、そのような「現実的判断」という理屈を用いて東メリアの問題を処理したばかりだ。

有効な反論すら出来なかった。

西メリア地方は、イスマイルの自治領として残置することが決まった。

―――キャメロット王国が絶対に譲れない条件、ロヴァルナにとっての地裂海進出の足場となったはずの地域は、あっさりと「大アスパルフ」から切り離された。

(続)