軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

オークのくにの栄光

―――めでたし、めでたし。

良く纏まっていると思う。

あの戦争から八七年。

依頼した研究者たちには、歴史書や公刊戦史に載っていない出来事も、なるべく拾い集めて貰った。

だからこの資料の数々には、あのベレリアント戦争のあとのことは書かれていない。

貴方がもし、いったい我らがその後どうなったのかも知りたいと思うなら。

いま少しのあいだ、この私、ディネルース・アンダリエルにお付き合いいただきたい。

ただ、ここから先のことには、耳を塞ぎたくなるような、目を覆いたくなるような話もある。

だがそれは間違いなくあのあと我らが歩んだ歴史であり、営みであり、私にとってはあのひととの思い出でもある。

避けたいと思うなら、回れ右、回れ右、撤退なさい。

誰もそれを咎めはしない。

それでもなお、知りたいと思う者は。

前進、前進。

進めに、進め。

まず、グスタフ・ファルケンハインについて。

あの偉大な王。

私にとって、唯一無二のひとについて。

彼はもういない。

あのひとは、あれから約四〇年以上生きてくれた。

私にとって、良い夫であった。

私を愛してくれるあまり、手を握り合って並び立った肖像画など描かせたのは、星欧の王室のなかでも彼くらいのものであろう。

彼の執務室の机上には、いつも私の写真があった。

食事は常に供にした。

何か公務で遠出するときには、毎日手紙を書いてくれた。

そんな夫だった。

ただ―――

残念ながら、私たちに子供は出来なかった。

私を含め、エルフ系種族全てが、どうやら生物的な生殖能力を遥か昔に失っていたらしいと判ったのは、あの戦争からずっとあとのことだ。

私は彼に何度か、彼の血統を残すためオーク族の愛妾を持ってはどうかと勧めたのだが。

彼はそれを、いつもきっぱりと断った。

二度とそんなことは口にしないでくれと、これは怒るのではなく、少し悲しそうに言ったものだ。

そんな、素晴らしい夫だったのだ。

彼はあれからも、内政に外交に、このオルクセンのために奮闘した。

戦争終結の年から約六年後、学者や有識者たちとの検討を経てから憲法改正をやって、立憲君主制への移行準備を整えた。多くの部分を書き換えたから、新憲法発布と称されたほどだ。

七年後には、エルフィンド併合を完了。

彼はそのとき、国号を王国から連邦に改めさせた。

約一〇年後には、当時の暫定大統領、軍を退いたあのゼーベック上級大将と共にオルクセンの温泉保養地ヴァンデンバーデンに諸外国代表を集め、第一回万国平和会議を開くことにも成功した。

原加盟国三二カ国という、ヴァンデンバーデン陸戦条約が結ばれたのは、このときだ。

この会議には、星欧諸国のみならず、南北センチュリースター、更には南星大陸、遠く道洋の国々さえ集まった。

交戦者の定義や、宣戦布告に関する扱い、戦闘員と非戦闘員の定義、俘虜や傷病者の扱い、使用してはならない戦術や兵器、降伏や休戦について。ベレリアント戦争における多くの経験、出来事が最新事例として持ち込まれた。

そしてこの会議においてオルクセンは、永世中立国になった。

グスタフは周辺国との交換公文及び覚書による形でそれを成した。公文発行国はオルクセンの永世中立宣言を尊重、キャメロット及びグロワール、アスカニア、ロヴァルナとの間に交わした覚書で中立を保証する、という内容だった。

彼は随分と安堵していた。

想像していた以上に上手くいったからだ。

オルクセンはその後、第一回総選挙の実施を迎えた。

この様子は、星欧諸国を驚かせた。

なにしろオルクセンは、世界で最初に女性への参政権を認めた国になった。ダークエルフ族、エルフ族の性別構成を思うならオルクセンにとってこれは自然な流れの結果だったが、その後の各国における民主主義思想及び女性運動に与えた影響は大きかっただろう。

それまでは、星欧社会においては、どちらかといえば後進的な政治体制だと思われていたオルクセンが、世界で最も進んだ選挙制度を持つ国になった。

第一回通常国会が開会したとき、首都ヴィルトシュヴァインに建設された国会議事堂で、グスタフは演説した。

「今日、この場に集った議員の皆さん。ここには我がオルクセンを構成する全種族がいます。貴方がたがここに国民の代表として集ったのは、争いの精神を以てではありません。あらゆる国民が平和と生存を希求するためのものです」

この演説は万座の拍手を以て迎えられたものだった。

彼は私に言った。

「これでもう、大丈夫だ。大丈夫だよ」

だから万国平和会議の約三〇年後、星欧に最初の大戦が起きたとき、グスタフはたいへん驚いていた。

愕然とし、嘆き、哀しんでいた。

どうやら彼は、オルクセンの位置にある国家がそのような戦争を起こす軍事的・外交的環境を作らず、参加もせず、また拡大させる立場を取らなければ、その戦争は起こらない、あるいは大戦争には発展しないと考えていたらしいのだ。

だが人間族諸国はそれまでに、主に二つの勢力に分かれて同盟関係を結びあう状態に移行していて、大戦は未曾有の規模に拡大した。

皮肉なことに彼らが同盟を結び合うことになった星欧情勢変化の源流は、オルクセンによるエルフィンド併合と、中立化で生じたパワーバランス変化への対応のために生まれたものだった。

協商陣営キャメロット・グロワール・ロヴァルナ・エトルリア・アキツシマ。

同盟陣営アスカニア・オスタリッチ・イスマイル。

オスタリッチの皇太子暗殺をきっかけにして、星欧はこの両者が全力でぶつかり合う大戦争に突入したのだ。

この最初の大戦のとき、オルクセンに訪れた最大の危機は、地裂海を航行中の我が国の豪華客船が、オスタリッチの潜水艦に撃沈されてしまったことだ。彼らは無差別通商破壊戦を宣言していて、その行為を成した。

国内輿論は、沸騰した。

永世中立宣言は、破棄することも出来る。

オルクセンの多くの国民にとって、戦争とは勝利の体験でしかなく、栄光を得た経験しかない。

グスタフや、第一回選挙を経て正式の地位となっていたゼーベック大統領、彼に指名されて就任していたビューロー首相は、奔走した。

オルクセンはどうにか中立を保つことが出来た。

しかしその間、何の備えもしなかったわけではない。

国軍参謀本部―――そのときにはもう、あのエーリッヒ・グレーベンが実質的なトップに就任していた組織は、密かに戦争計画も用意していた。

アスカニアとの国境線に、オルクセンが国力増加により用意できるようになっていた一八〇万の兵を集め、ベレリアント戦争でエルフィンド軍が使った魔術による浸透戦術と、そしてオルクセン軍得意の運動戦能力とを組み合わせ、一挙に国境線を突破、アスカニアを東部から包み込むように繞回進撃し、その全土を蹂躙してしまうという計画だった。

この計画、ベレリアント半島占領軍総司令官を経て、新設の陸軍最高司令官という地位に就任していたアロイジウス・シュヴェーリン元帥の名を取って、「シュヴェーリン 計画(プラン) 」と呼ばれていた。

幸いにも、この戦争計画は発動されることなく、星欧大戦は勃発から六年後に終結した。

戦争が長引いてしまったのは、オルクセンが―――あるいはそのような国力を持つ国が他に参戦しなかったからだという学者もいるし、あるいはオルクセンが輸出していた医薬品のせいだとも言われている。

エリクシエル剤だ。

これは本来魔種族用の薬だったが、ごく薄めてしまえば人間族にも使えた。

各国はその用法を自ら無視して、人間族には高濃度にして使った。

ともかくも未曾有の大戦が終結したとき―――

グスタフは、この戦争に自国が参戦しなかったことの弊害を知った。

講和条約が結ばれたとき、そこには当然というべきか、参戦国ではないオルクセンの発言の場はなかった。

勝利した協商陣営は、敗北した同盟側の首魁アスカニアに、莫大な賠償金を課したのだ。

「やめろ・・・! やめろ・・・!」

グスタフは、周囲の側近たちが驚くほど、狼狽した。

「悪魔が・・・ 悪魔(あいつ) が生まれちまう!」

いったい、何のことだろう。

魔種族が人間族たちを指して、「悪魔」が生まれるとは。

私を含め周囲の者たちは、そのとき彼がこれほど動揺し、戦き、恐怖している理由を理解してやることが出来なかった。

彼は懸命に各国首脳に親書を送り、アスカニアに報復的賠償金を課すのは危険だと説いたが、この意見はついに顧みられることは無かった。

―――彼は、そこから急速に衰えた。

それでも彼は、オルクセンに尽くした。

議会へ通い、特別席から傍聴することも多かった。

彼は決して議会に介入しようとはしなかったけれども、それでもひとつの結果を残した。

初期のオルクセンの議会では、よくヤジが飛んでいた。

それは議論を盛り上げるために、当然の行為だと思われていた。

だがその行為が目に余るようになったとき、グスタフは、

「今日の議論は良く聞こえなかった。皆はあれで内容が聞こえているのか?」

という感想を漏らしたのだ。

まだまだ権威を保っていた彼の一言は、絶大な威力を発揮した。

その後、オルクセンの国会は、淡々と、静粛に、ただし実のある内容を以て議論を進めることで有名になるほどの、そんな習慣を持つようになった。

また彼は、当時としては先進的な労働法や社会保険制度を導いた。

なにしろオーク族は良く食べるし、良く昼寝する。

拘束一〇時間、実働八時間。

そんな法律が出来た。

大会社は社員食堂を充実させて従業員たちに昼食を摂らせ、また一時間ほどの昼寝の時間を作るか、これを分散させて休憩時間を設けるようになった。この法は時代を経るごとに改正され、改善され、いまでもオルクセンの労働法関連は世界一だと誇ることが出来る。

最初の星欧大戦をきっかけにして創設された、国際間の協調機関の本部も、オルクセンに置かれることになった。

その存在そのものが、オルクセンの中立を保証すると、グスタフは言った。

この時期の彼にとって最大の功績は、ついに研究者たちに窒素の化学合成を成功させ、改善を経て、実用的な窒素肥料を作り出したことだろう。

「空気からパンを作る技術」

そう称されるほどの代物。

ベレリアント半島を含むオルクセンの食糧生産量は瞬く間に増産できたし、やがてこの特許関係は莫大な利益を我が国に呼び込んだ。

―――だが彼は確実に衰えていった。

ついには横になっている時間が増え、やがて起き上がれなくなった。

あれほど良く食べたひとが、食欲も減っていった。

彼は、口述筆記で遺言を残し始めた。

その最初の項目は、

「この遺言を決して神聖視してはならない。いまから述べる内容は間違っていることもあるだろうし、また時間的期限を持つものであり、そのあとは何の役にも立たない」

というものだった。

きっと、「偉大な教え」がついには国を亡ぼすことになったエルフィンドの轍を踏まないよう、そんな書き出しにしたのだろうと私たちは理解したものだ。

彼は詳細に、自らが思いつく限りの、「未来予想」をした。

これから世界を襲うであろう危機。

それにどうやって対処していけばよいか。

このオルクセンが、魔種族が、生き延びていくにはどうすれば良いか。

彼がもっとも懸念を示したのは、

「また大きな戦争が来る。決して備えを怠ってはいけない。世界には、たいへんな不景気が来て社会は苦しくなるだろうが、備えは続けるように。しかし参戦してもいけない、必ず中立を守れ」

というものだった。

全ての遺言を作成し終えたとき、グスタフはアドヴィンを呼んだ。

「アドヴィン。これからはディネルースを守ってやってくれ。いいな?」

「・・・はい、我が王」

あのひとは、やがて半ば意識を混濁し、昏睡するようになった。

医師たちはエリクシエル剤の投与を検討したが、そのころ人間族諸国でエルクシエル剤の副作用による死が相次いで、どうやらこの万能薬にはたいへんな欠陥があるらしいとわかりかけていたから、彼らは二の足を踏んだ。

そして幾らか薄めたエリクシエル剤投与が図られたが、効果はなかった。

いまにして思えば、寿命の先取りに過ぎないエリクシエルを例え高濃度で用いたとしても、彼にはもう効かなかっただろう。

彼は、譫言を漏らすようになった。

「・・・かあさん・・・かあさん・・・」

私は最初、それを彼のなかにいる「ある男」のものだと思っていた。

彼には何処か、拭いきれないような望郷の念が潜んでいることを私は気づいていたからだ。

例えば、あの魔術。

あの詠唱には、まるで孤児の叫びのような寂しさがあった。

だが―――

それは私の認識違いというものだった。

決してそうでは無かったのだ。

私はやがて、それを思い知らされた。

あるとき―――もう彼が死を迎える直前のころ、私はそれを知った。

それは彼がずっとひとりで抱えてきた、彼にとって最大の秘密であった。

「かあさん・・・ かあさんを・・・食べた・・・食べてしまった・・・」

その瞬間の、私の受けた衝撃を、いまでも言い表すことは出来ない。

それはグスタフの世代まで、オーク族が飢饉に見舞われたとき、当たり前のことだったのだ。

彼のオークとしての幼少期、確かにオルクセンには大きな飢饉があったらしい。

だから、ロザリンドの戦いは起きた。

そして彼はおそらく、母自らの犠牲で命を繋いだ。

彼は北部の出。

当時の北部諸州は、決して食べ物の豊富な土地ではなかった。

だがそれは、やがて「人間」としての自我を取り戻しはじめた彼にとって、どれほど心を引き裂き、深い傷となってしまった体験と記憶だったことだろう。きっと彼の奥深い部分に、澱のように残り続けていたに違ない。決して誰にも話すことなく。

私はようやく悟ることができた。

―――食は全ての根源。

彼は、そんな経験をする国民が二度と出ないよう、ただそのためにこの国を導いてきたに違いない。

―――全ては、生き残るために。

「グスタフ・・・ お前・・・」

私は。

私たちの世界は。

あのひとを、幸せに出来たのだろうか。

いまでも、あのときのことを思い出すと、どうにもならない感情に私は支配される。

国民の手前、王は静かに、穏やかに息を引き取ったと発表したが。

それは真っ赤な嘘だ。

彼は、もがき苦しんで死んだ。

「ああ・・・みんな・・・ んなが・・・心配だ・・・ 悪魔が・・・悪魔が・・・来る・・・生まれてしまう・・・」

グスタフ崩御の報には、国中が嘆き、哀しみに包まれた。

それから、何年も経たないうちだ。

彼がいったい何を案じていたのか。

このオルクセンの統治制度で、大統領と首相の兼任を禁じ、任期に制限を設けたのは、いったいなぜだったのか。

中立国になることで、いったい何からこの国と我らを護ろうとしていたのか。

最初の大戦の講和条約で、各国首脳に親書を送り、懸命になって、何を避けようとしていたのか。

私たちは、それを知った。

隣のアスカニアで、その人間族の男は台頭した。

―――悪魔だ。

魔種族の私が言うのも本当に妙だが、それは紛れもなく本物の「悪魔」だった。

やがて星欧は二度目の大戦を迎えた。

オルクセンはまた中立を保つことを出来たが、犠牲を払わなかったわけではない。

永世中立国であり続けるということは、まったく当然のことだが祖国の防衛は自力で成さねばならないということだ。例えどのような相手にも。

オルクセンには時折、迷い込んだり、あるいは故意に両軍がやってくることがあった。

ついに完全に大鷲を越える存在になっていた、航空機が多かった。

彼らを領空から追い出し、ときには戦闘をし、撃墜することも必要だった。

オルクセンは約八〇〇機の両軍機を撃墜し、その代わり二〇〇機を越える戦闘機を失い、多くのパイロットたち―――いまだ主力はコボルトたちだったパイロットの犠牲を出した。

そして―――

オルクセンは中立違反をやった。

未だ国家機密になっているが、戦争を終結に導くために、明確に、はっきりと、中立条項に違反する行為を選んだ。

キャメロットとオルクセン共同の極秘作戦「アロイス」。

グスタフが密かに研究を始めさせていた科学者たちが作り上げていた理論、その成果と、オルクセン領から掘り出された、ある特殊な鉱物。そしてベレリアント半島に作られた巨大な施設で作られた、ごく微量のその精製物を、キャメロットに送ったのだ。

グスタフの遺言書曰く、それは本来ならセンチュリースターが成すべき役割だったのだそうだが、あの国は内戦で二つに分かれたきりになってしまった。

代わりにやれるのはキャメロットだけだと、遺言書にはあった。

やがてキャメロットは、その成果を使用した。

二度目の大戦を終結させるために。

―――アスカニアの地上に、太陽が出現した。それは二度に及んだ。

ついに人間族たちは、そんな代物を作れるようになった。

大戦は、終結した。

そしていま、世界はその人工の太陽を作り出す代物を主要国が抱え、睨み合い、ときおり代理の小国を使って、いがみ合っている。

ともかくも中立を保っているオルクセンは、その中央で平穏でいた。

平穏と言っていいかどうかは、迷うが。

だがこの平穏は、紛れもなくグスタフが生み出してくれたものだ。

我らとて、他国のことを強く言えない。

彼の遺言書に従い、あの恐るべき兵器を、我らもまた保有しているからだ。

北の極地圏に、ズーホフ島という孤島がある。

それはずっと昔にエルフィンドの捕鯨従事者たちが発見した島で、ベレリアント戦争の結果、オルクセン領になっていた。

星暦九五二年、その島で我が国最初の核実験は成功した。

「国民の皆様。国営放送よりお知らせします。我がオルクセン連邦は、世界三番目の核保有国となりました。この恐るべき兵器が使用される日が決して訪れませんよう。豊穣の大地の御加護を」

グスタフ以外の者たちがどうなったか、あるいはあのベレリアント戦争当時の組織、種族などがどうなったか、それもほんの一部になるが、書いておこう。

<アロイジウス・シュヴェーリン>

彼は二度目の大戦のあいだ、国土の備えをやりきったあと、退役した。

グスタフが死去したとき、いちばん嘆き悲しんだのは彼であるように見えた。

一切の殉死の類を禁じるというグスタフの遺言がなければ、そうしたかもしれぬと思えたほどだ。

彼には、たいへん意外な功績がある。

ベレリアント半島占領軍総司令官だった間、エルフィンドの文化保護に意を砕いたことだ。一部の演目、例えば種族の優劣を煽るようなものは占領政策上禁じねばならなかったが、白エルフ族の音楽や、演劇、文芸などを極力保護した。

信じられないかもしれないが、いまではキャメロットとの文芸交流支援や、王立演劇協会の後援者をやっている。

<カール・ヘルムート・ゼーベック>

彼はグスタフの意の通り、初代のオルクセン連邦大統領になった。

四期二四年務めたあと後進に道を譲り、いまでは故郷に籠って、ときおり政府特使をやっている。

変わらず寡黙なひとだが、故郷の農場で作っているという葡萄酒をいまでも折に触れて贈ってくれる。

<マクシミリアン・ロイター>

彼はあの戦争終結直後、グスタフの手により海軍元帥になった。

そして昇進とともに、潔く艦からは降り、最初の大戦が終わったあとで自ら軍を退いた。

己が老害になるのは海軍のためにならないといい、それを成した。

いまでも各国からの海軍武官や海軍関係の訪問者たちは、彼に偉大な海の歴史を尋ねに行く。現在は記念艦レーヴェの名誉艦長でもある。

<エーリッヒ・グレーベン>

彼はあのあと、初代であるゼーベック上級大将から数えて四代目の、国軍参謀本部総長になった。

時期的には一度目の大戦が終わったあとから、二度目の大戦が終わるまでのことだ。

彼が総長を務めたころ、国軍参謀本部は明白な組織硬直を起こしていた。

あのベレリアント戦争が軍事的には大成功に終わったことが萌芽となって、陰惨な派閥争いの場になっていたのだ。

退役直前のシュヴェーリン元帥が「大掃除」をやり、その際に結果として抵抗側に回ったのが彼グレーベンであったことは、歴史の皮肉かもしれない。

彼はそのため軍を退くことになったが、最終的には国軍参謀本部硬直化の批判が正しいことを認め、オルクセン連邦統合参謀本部への改変を行った。いまでも元帥や、その愛娘である妻との間は良好であるし、たいへんな恐妻家であることは有名な話だ。

<ヴェルナー・ラインダース>

彼を含む大鷲族は、一度目の大戦が済んだあとで、軍での役割を果たすことが段々と困難になっていった。

急速に発達した航空機に、その役割を奪われてしまったのだ。

魔術通信が可能であること、目的地周辺に直接離発着できることを利点としてその後も幾らかは残ったが、やがて無線機や回転翼機が出現すると、ついに儀礼的な役割以外には道がなくなってしまった。

彼自身は、いまでは曲芸飛行や農家の支援をやっている。

戦後の彼に驚かされたのは、むしろ私的な部分だろうか。

私とグスタフに続く、異種族間婚姻の第二例目になったのだ。

メルヘンナー・バーンスタイン教授は、いまでは彼の妻である。ふたりの繋がりは完全に精神的な部分に依るわけであるが、それでも未だ仲睦まじい。

現在でも私にとって、大切な友である。

<ダリエンド・マルリアン>

彼女は戦後、内務省国家憲兵隊予備隊の創設に関わった。

これはその後やがて一五万名まで拡大し、陸軍の新設五つの師団、内務省国家憲兵隊第九国境警備群、外務省在外公館警備隊へと発展していく。第九国境警備群の初代隊長は、イレリアン中佐が務めた。

白エルフ族とダークエルフ族の融和に、マルリアン元大将が果たした役割は大きい。

公的な肩書を伴わないものではあったものの、戦後定期的に開かれているレーラズの森事件慰霊祭に出席した最初の元エルフィンド高官は彼女だ。

現在は、陸軍及び内務省国家憲兵隊顧問。あの戦争の回顧録も執筆している。

<トゥイリン・ファラサール>

彼女は戦後、内務省国家憲兵隊予備隊海上部隊を経て、国家憲兵隊沿岸警備隊となる組織の創設に関わる。

驚くべきことだが、「オルクセンもいつまでも我らを非武装のままにはしておかないだろうから」と、将来の「エルフィンド再軍備」を密かに研究しておくよう彼女が部下に命じたのは、あの無条件降伏受諾の当日だったという。

その後、戦争中の苦労が祟ったのか、現在は静養中である。

<エレンミア・アグラレス>

現在も肩書は王女として、「黄金樹の守護者」を務めている。

戦後何年か経って、彼女を勅任議員に推そうとする動きが旧エルフィンド側であったが、グスタフはこれを許さなかったし、彼女のほうでも固辞した。

終戦時彼女は、三二歳。

これは実年齢としてもエルフ族としても相当若く、まだ子供といっても良かった。これは私の推測だが、あの戦争を知る当時の関係者のなかで、ずっと将来、最後まで生き残るのは彼女になるかもしれない。

占領期、彼女のほうからグスタフを表敬訪問させる案が占領軍総司令部にあったが、これは採用されなかった。

見た目もうら若かった彼女をそのような政治的な手段に用いると、返って憐憫を誘い、逆効果になるだろうという、グスタフの判断に依る。グスタフはその代わりにエレントリ館を接収したのだ。

このような経緯があったから、現在でもそれなりの敬意を以て遇されている。

<ミヒャエル・ツヴェティケン>

彼は、非常に短い間、第一師団長を務めたあと中将で軍を退いた。

現在は、退役軍人協会名誉会長。

戦争で生じた傷病兵、とくに障害等の後遺症を負った者の支援の中心を努めている。

グスタフは、あの戦争のあと、動員解除となった傷病兵のために下級官吏任状制度を作った。

これは障害を負った者の社会復帰を促す制度で、身体に欠損を負った元兵士が、希望すれば役所の庶務係や、郵便局の配達夫などになれる資格を授与するものだ。

彼はその忠実な実行者、担当者になった。

<イザベラ・ファーレンス>

彼女は、戦後ベレリアント半島に刻印魔術式金属板及びエリクシエル剤の製造施設を作った。グスタフの求めに応じた、旧エルフィンドの経済復興対策のひとつだった。

そしてその莫大な収益を使って、オルクセン側に中小企業倒産防止基金を作っている。

ただし、周囲には理由の分からないことだが。

自身が経営から退くまで、その基金の対象をベレリアント半島にまで広げることを決して許さなかった。

ファーレンス商会は、現在でもオルクセン随一の総合企業である。

<サー・マーティン・ジョージ・アストン>

彼は、あの戦争から一〇年ほどあと、つまりオルクセンの永世中立化を見届けて亡くなった。

彼と、そして彼の子息とのグスタフの友誼は、グスタフが崩御するまで続いた。

御令息は外務省に務めたあと、キャメロットにおけるオルクセンとの交流協会会長を務めた。

その御令息もまた亡くなったのは、昨年のことだ。

アストン卿がその生涯における集大成として執筆した「オルクセン王国史」は、人間族側における古典的魔種族研究の大著として現在も扱われている。

<アルディス・ファロスリエン>

あの寡黙にして優秀な騎兵第二連隊長は、大佐に昇進して、私のあと第二代のアンファウグリア旅団長を務めた。

平時における練度維持、向上、そして旅団を真にオルクセン軍組織の一翼を担うまでに育て上げたのは彼女であると私は断言する。

それは決して目立つような、華々しい何かではなかったかもしれないが、重要なことだ。

軍もそう評価してくれたようで、彼女は最終的には中将に進み、私より出世した。

現在はヴァルダーベルクに住む。

<イアヴァスリル・アイナリンド>

ヴァスリーの奴は、第三代目のアンファウグリア旅団長を務めた。

アンファウグリアが騎兵師団に改編されたのは、彼女の時代である。

彼女はたいへん乗馬を愛し、またオルクセンにおけるメラアス種の馬産にも尽力した。

ただしそのために、騎兵の機械化について軍主流派と揉め、少将で退役することになった。

現在は乗馬学校を営み、オルクセンにおける国際的な馬術選手のほぼ全ては、彼女が育てたようなものだ。

いまでもよく私を訪ねてくれて、話し相手になってくれている。

<アンファウグリア旅団>

アンファウグリアは、あの戦争で約九三〇〇名が従軍、八二八名の死傷者を出した。うち、死者は一四八名。

この責任は全て私にある。

旅団はその後、騎兵師団となり、現在ではキャメロット製一〇五ミリ戦車砲を搭載した、国産戦車を装備の中心とした装甲師団になっている。

現在の師団長は、少将位にあるラエルノア・ケレブリンだ。

儀礼のための騎兵連隊も存続していて、こちらはいまでもヴァルダーベルクにいる。

<白エルフ族>

白エルフ族と他種族の融和には、たいへんな時間がかかった。

そして、その努力は現在も継続していると言わざるを得ない。

過激な独立運動派が蠢動、潜伏しており、ときおり内務省国境警備隊や国家憲兵隊による摘発もある。

ただ、例え少しずつでも改善されている。

とくに昨年、アフェルカ大陸に我が国が派遣した国際平和維持活動部隊において、オルクセン空軍に所属していた一三名の白エルフ族兵が凄惨な犠牲を払って以来、オルクセン国民の彼女たちへ向ける目は、明らかに敬意を持ったものに変じたように思う。

<ダークエルフ族>

ダークエルフ族の現在の数は、約三万二〇〇〇名。

あの民族浄化前の約七万名から、これだけの年月が経っても、そこまでしか回復していない。しかも回復数は、年々減じている。

この傾向は白エルフ族にもある。

実はグスタフは、もうひとつ秘密を抱えていた。

ベレリアント半島における土壌の劣化は、農業学だけでは解明できなかった部分を残していた、ということだ。

彼を含む農学者たちが、どれほど研究し、分析しても、戦時中あれほど短時間で土壌が回復した理由の説明がつかない、と。

遺言とは別に残した彼のメモによれば、おそらくこれには黄金樹及び白銀樹が絡んでいる、という。

研究の結果、土壌の劣化は、白銀樹の周囲で顕著だった。

黄金樹及び白銀樹を「母」、「子」であるエルフ族やダークエルフ族を「果実」と解釈してやれば、その理由はおのずと推測できる、と彼は綴る。

戦争で「果実」が失われた結果、「母」の体力が回復し、周辺養分の過剰消費が減じたのではないか、と。

彼はこの事実を伏せた。

何故ならこの考察はたいへんな示唆を含んでいて、エルフ系種族の数が増えすぎると大地は死に至り、やがて種族もまた滅亡に向かうのではないかというのだ。

では、白銀樹などの周囲に肥料を散布してはどうかとも彼らは考えたのだが、それはどのような影響を及ぼすか計り知れたものではなく、例えば根腐れなどを起こす可能性もあり、容易に行えるものではない、と。

グスタフが残した農林省農事試験場の技師たちは、あの戦争で村民が全滅した村と、そこに殆ど焼けただれた形で残っていた白銀樹とを用い、この問題の研究を未だ懸命に続けている。

だが私は希望を捨てていない。

彼の残したその研究が成果を結んだのか、昨年、件の白銀樹が新たな芽をいぶかせたという。

そう。

彼の残したものは、まだ「生きて」いるのだ。

そして、私、ディネルース・アンダリエルは―――

―――星暦九六四年一〇月三日。

ディネルース・アンダリエルは、ドラッヘクノッヘン港のヴィッセル社造船所を訪れていた。

まったく、何もかも嫌になるほど便利になっていく、などと思っている。

彼女は、ここまで政府の仕立てた旅客機でやってきていた。

ベレリアント戦争のころ、鉄道だけでもたいへんな変革だと感じていたのに、いまや知的生物は空を飛べる。それも冒険などではなく、実用的な長距離移動の手段として。

キャメロット製の巨大な四発ジェット旅客機は、あっという間に彼女を首都ヴィルトシュヴァインからドラッヘクノッヘン郊外の海軍航空基地まで運んでくれた。

将来ずっと小さくなるだろうなどと世間で想像されている電話機や無線機は、魔術通信を廃れさせてしまうほど遠くの者と会話出来るように社会を変えた。

この世界は少しずつ、グスタフだった男のいた世界、その時代に相当する期間に近づいているのだとディネルースに思わせた。

彼女には、あの巨狼アドヴィンが従っていた。この巨狼は、いまでもグスタフ最後の命令を忠実に守り、ディネルースを護ってくれていた。ただし高いところは苦手のようで、今日は旅客機に乗せられて不機嫌そうな顔をしていたが。

案内されるままに辿り着いた造船所の巨大な船台は、たいへんな熱気に満ちていた。

たくさんのオルクセン国旗。

国色の横断幕。

海軍の関係者たち、ヴィッセル社のレギン会長親子、造船所職員、招かれた参列者。海軍の用意した招待券抽選に、幸運にも当選した国民たち。

彼女と同様にこの場に招かれたシュヴェーリンや、ゼーベック、ラインダースなどの顔が見え、ディネルースは会釈した。

招待者のなかには、マルリアン元大将など白エルフ族の者もいた。いまや同じ国民なのだ、公式には何ら不思議なことではなかった。

皆が、船台に座る巨大な船体を見上げていた。

それは本当に巨大極まるもので、排水量七万トンあるといい、三つのプロペラスクリューと、平たい甲板をしている。

「なんて高い買い物なのかねぇ」

参列席の、野党議員の呟きが突耳に入ってきた。

「しかし、国を護ってくれますよ。必ずお役に立ちます」

案内役の海軍士官がやり返している。

式台に登ったディネルースの視線に、なんとまあこの小さな体で良く立っていられるものだと思わせる、海軍将官がいた。

そのコボルト族ブルドッグ種の将官は、敬礼を捧げてきた。

「ヴェーヌス海軍作戦本部長、本日はお招きいただき、ありがとうございます」

ディネルースは礼を述べた。

ふだんは相変わらずあの野性的な言葉使いをしているが、公的な場では流石にそうではなかった。

服装もそうで、ちかごろでは人間族の流行りだというジーンズなどを好んでいるが、今日はドレス姿だ。多少、面映ゆく感じている。

ええい、まったく柄ではない、などと。

ただしそれは彼女自身の感想であって、今や周囲にそんなことを思う者はいなかった。いつまで経ってもお美しい、凛とした御方だ、そんな囁きがあちこちであった。

「やあ、これは、これは・・・皆、見ているなあ・・・」

海を眺めたヴェーヌス大将が呟き、それに釣られて視線を向けると、進水作業の邪魔にならぬよう配慮された位置に、錨泊した三隻の艦がいた。

甲板は、招待見学者で鈴なりだ。

防空ミサイル駆逐艦メーヴェ、コルモラン、ファザーン。

第一一防空ミサイル駆逐隊<屑鉄戦隊>だ。

その周囲には、進水式を一目拝もうとやってきた民間のプレジャーボートやヨットが無数にいたが、沿岸警備隊の警備艇が走り回って、その懸命の制止に押し返されていた。

上空からジェットエンジンの鋭い音がして、皆が首を上げると、

「おお・・・」

歓声が満ちた。

航過した九機のジェット戦闘機の手により、上空にオルクセンの国色が鮮やかに描かれたのだ。

オルクセン空軍曲芸飛行隊<ドーラ・ウント・タウベルト>。

いまや国内では知らぬ者のいない、世界でも一級の腕を持つ飛行隊だ。

そして、式典が始まった。

しんと静まり返った会場で、ディネルースは式台に就いた。

―――さてさて。

彼女は、これから行う真似が、グスタフの遺言が禁じていたものの一つだと充分に心得ている。

エルフィンドの二の舞になりかねない、と。

だがこの国は最早それほど未熟ではないし、グスタフならきっと許してくれるだろうと信じている。

彼の遺言が効力を失うまで、あと半星紀ほどの間、この国を護ってくれる、とも確信している。

それは彼女の希望に依るものであり、 生前の夫(あのひと) は、ディネルースから見てまさしくそのような王だったからだ。

夫の遺言を密かに引き継いでいくため、周囲の希望によりこんな立場に就かざるを得なかった、彼の残した制度の手落ちへの、ちょっとした意趣返しのつもりでもあった。

彼女はマイクの前に立つと、一息ついてから、その「希望」を述べた。

「―――私、オルクセン女王ディネルース・アンダリエルは、ここに本艦を空母グスタフ・ファルケンハインと命名します。この艦と我らが祖国に、豊穣の大地の御加護があらんことを」

ディネルースの願いにより、シャンパンとともにカルヴァドスの瓶を舳先に叩きつけられた巨大な艦は、海軍軍楽隊の奏でる「 オルクセンの栄光(オルクセン・グロリア) 」に包まれ、あの王の巨躯を想わせる船体をぶるりと震わせて、照れ隠れるように船台を滑り降りていった―――

(本編 終)