軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

随想録34 海道⑦

白エルフ族の建設業者カティエレン・タルヴェラは、このころノグロストにいた。

モーリアでの「工事村」建設が一段落し、施工班の一つを同地に残して、主力はノグロストの港湾関連施設建設工事に従事していたのだ。

技師用官舎、労務者住宅、病院やホテル。

港湾の給炭所、機械工場、倉庫。

建てるものは、幾らでもあった。

彼女が代表を務めるタルヴェラ建設は、シルヴァン運河計画のために六名の技師、三つの施工班を引き連れてきている。

余りにも仕事が多く、また有難いことに引き合いも途絶えないので、ティリオンの本社へと手紙を書き、更に二名の技師と、労務者を集めるように命じたほどだ。

とくに評判が良いのは測量で、彼女たちは魔術通信を使えたが故に数値の読み上げ作業が迅速かつ正確に済み、最新式のトランシットやレベルとの相性も良好だった。メートル法への対応も、占領軍総司令部事業への対応をしていたころから、とっくに済ませてあった。

タルヴェラ自身も現地事務所と各現場、運河協会、オルクセン側の元請企業などを精力的に動き回り、猛烈に働いている。

測量もすれば、図面も引き、着工前現場での正確な位置出し作業と言ってよい 丁張(ちょうはり) もやった。

一日一〇時間、一二時間と働くことはザラである。現場で食事を摂ることも珍しくなかった。屋台でブリキの弁当箱に詰めてもらったミートボール入りシチューにライ麦パンといった、例え内容は簡素な昼飯でも、彼女は良く食べ、また働いた。

「現場は最高の学び舎だ」

部下の技師や職工たちには、良くそんなことを言った。

それは実際に、タルヴェラの生き方、信念、これまでの歩みそのものでもある。

彼女の生まれ故郷である北部アシリアンド州の寒村はたいへん貧しく、旧エルフィンドでは立身出世に欠かせないとされていた高等教義学校での教育も、まともに受けられなかった。

ならば手に職をつけるのが一番だと思い、まだ年端も行かぬころに、村の大工に弟子入りをしている。

建築のやり方は、懸命に働きながら目と耳と体で覚えた。文字や数学、一般教養も同様である。

だからタルヴェラは、彼女の世代としてはたいへん珍しいことに、古典アールブ語を使えなかった。まったくというわけではないが、正式に学んだことは一度もない。

「とてもそのようには思えない」

と、驚いた同族もいる。

酒宴などの席でのタルヴェラが、ほんの少しばかり酒を飲むと、極めて流暢に古典アールブ語の歌を口ずさんだり、詩を諳んじたからだ。

―――全て独学である。

村の氏族長らが歌うものを、耳で覚え、こっそりとひとりで夜に練習をし、身につけたのだ。

「学歴は取返しようもないが、学問は大切だ」

そのような生い立ちのためだろうか。性格は、これもまた白エルフ族としては珍しいことに、自然と豪放磊落、豪傑肌、面倒見の良いものになった。

長じて独立をし、自らの建設会社を興すと、社員らはみな彼女を慕っている。

「私の頼りは、ひとだけだ」

よく、そんな言葉を呟いた。

シルヴァン運河の現場では、社員たちには技師官舎や兵営風住宅の作り方―――なかでもオルクセン流の上水道や電気、浴槽回りを覚え込ませている。

「いいか。いまにずっと需要は伸びる」

将来、旧エルフィンドで同じようなものを作ることになる、という意味だ。

確かに彼女の会社は、ベレリアント戦後における占領軍発注業務でのそのような部分を請け負うことで拡大したから、未来に対する読みは正確といえた。

後年、彼女自身が振り返っているが、その点でいえばシルヴァン運河計画の建築工事はあまり「良い教師」ではなかったらしい。

「建築屋の図面で北を向いている浴槽があるとするだろ? ところが設備屋の図面を見せて貰うと、西向きになっているんだ。そして電気屋の図面では、また別の方角を向いている」

何しろ急ぎの現場ばかりで、そんなことは始終あり触れていた、という。

「おかげで調整能力は鍛えられたし、切迫した差し替えにも動じなくなったがね」

あるいは教師そのものは欠陥があっても、教材としては最高であった、というべきか。

連日遅くまで働いたあとで、帰宅する。

タルヴェラはこのころ、ノグロストに技師用宿舎の一つをあてがって貰い、そこに暮らしていた。

決して豪奢ではないが、整った一戸建てだ。オルクセン各地で「親方住宅」と呼ばれているものに相当する。

街には技師や労務者向けの食堂、酒保、ビアホールなども出来上がっていたから、食事は外で済ませ、帰宅すれば入浴して、寝床にひっくり返る毎日である。

毎夜、良く社員たちと食事を供にした。

幹部たる技師だけでなく、労務者とも分け隔てなくテーブルを囲み、勘定は全て己で持った。

「おい、飯を食ったか」

誰にでも、まるで怒鳴るように声をかける。

タルヴェラは、どんなに忙しいときでも食事を疎かにしなかった。例え遅くなっても、引き連れてきた社員の一名一名に至るまで、必ず腹一杯食べられるように気を配る。

「世のなか、苦しいことを数え上げたらキリがない。飯はしっかり食え。食えないようでは、大きな仕事はできない」

これは、貧困の中で育ったタルヴェラ流の、世の捉え方であったのだろう。

「飯は大事だ。さあ、食え。もっと食え」

若い者たちの肩を、よくそんな風にバシバシと叩く。

意外なことに酒はあまり強いほうではなかったので、安ビール一杯で真っ赤になる。だが、部下たちにはたらふく飲ませた。

そうして宿舎にひきあげるとき、

「・・・・・・」

彼女の視界には、シルヴァン運河西部域の建設現場が入ってくる。

何度目にしても感嘆と驚嘆、瞠目しかない。

これは東部域でも同様だったが、長大な埠頭、給炭所、給水船の波止場、機械工場、港湾倉庫と、無数の運河関連施設が作り上げられようとしていた。

グロワールの連中がエッセウス運河工事の際に発明した、巨大極まる浚渫機の陰影もある。これは陸上型と海上型とがあり、連日猛烈な勢いで川床を浚い、川幅を広げていた。

台船の上に据えられたクレーンから、「機械の爪」とでも表現すべきクラムシェル型バケットで掘り、土砂運搬の艀に排出する。その姿は、陸上で使われているスチームショベルなどより、ずっと大きい。

川の畔へと目を向けてみれば、長大な土提に築かれた複線の鉄道軌条に、ベルトコンベアと無数のバケットとを組み合わせた「怪物」がいて、 法面(のりめん) を作り上げ、何十両と連なったトロッコへ土砂を積み上げる。

信じられないことだが、この西部域だけで二〇基を超える各種浚渫機が居た。グロワールから買い付けるだけでなく、製造権を購入し、ヴィッセルの造船所で就役したばかりの物も多い。

大河シルヴァンに一時的な迂回路を作り、流れを変え、揚水ポンプを何基も据え、閘門を建設している現場もある。

これがまた壮大極まるもので、西部域では潮位との調整に使う。深さ四〇メートルの大穴を掘って、運河を塞いでしまうほどの「鉄製の門扉」と表現すれば分かりやすい閘門を造るのだ。幅三〇メートル、ポンプや注排水管、管理施設を含めた水路全長は三〇〇メートル―――

モーリアにいたころは、うず高い土提が排出土を利用して造り上げられる光景を見たし、全てが鋼で出来上がった鉄道橋が架橋されつつある様子にも、息を飲んだ。

「・・・・・・国力か」

その凄まじさ。壮挙。快事。

戦争に負けるはずだと思う。

何とかして、その力を我が物としなければ。

繁栄を取り込み、故郷である半島北部へと―――いや、ベレリアント半島全土へと波及させなければ。

そうすれば、己のような貧困に苦しむ者は、ずっと減る。知的生物の営むことだ、絶無には至らないかも知れないが、多くの者を救えるはずなのである。

その為には、私に何が出来るだろう。

悲しいかな、小さな建設会社一つでは、やれることは限られている。精一杯、努めるつもりではいるが。

―――この力を、自在に動かせる地位へと就かなければならないのではないか。

ちかごろのタルヴェラは、そのような思慮に至っている。

彼女はこのとき、未だ夢想だにしていないが。

やがてその思いを実現させ、旧エルフィンド併合後のオルクセン連邦においてまず下院議員となり、力を蓄え、ついには多くの権力闘争に競り勝ち、白エルフ族出身者としては初の首相の地位に就くことになる。

ただしそれは、ずっと後年の物語だ。

―――こんな。こんなことが。

星暦八八一年が明けたとき、第四工区グロスシュタット・トンネル工事現場施工班長ユーリウス・フェルゼンは、予想外の光景に信じられない思いを味わっていた。

冬至祭休暇が明けると。

前年末に雪崩事故により凄惨な犠牲者を出し、多大な離脱者も招いてしまい、休暇明けの労務者確保は絶望的であろうと思われていた同工区の工事村に、予想だにしていなかったほどの数の者たちが戻ってきてくれたのだ。

とくに、ヴェルクニッツ建設常雇いの、フェルゼン直属の施工班はその全員が欠けることなく元気な姿を見せた。

理由は、フェルゼンの「親方」としての素質にあった。

施工班の長としてはまだ若かったフェルゼンは、しかし、炭鉱夫時代も含めれば既に熟練の域に達した牡である。オルクセン随一の坑道掘削技術者であり、「トンネルのヴェルクニッツ」は彼が支えていたといってもいい。

熟練度は、技術面だけではなかった。

彼が経験上会得していたのは、

「トンネル工においては、上に立つ者は弱気な姿を見せてはならない」

ということだ。

仄暗い地中深くを、何百メートル、何キロと掘っていくのである。怖いかと聞かれれば、誰でも怖い。

だからまず誰よりも掘削最先端の切羽に立ったし、作業員たちと「山」の様子を一片たりとも見逃さぬようにし、金属製の笛をぶら下げて、少しでも危険があれば退避を命じた。

己が逃げるのは、最後である。

また生来面倒見のよい性格をしていたフェルゼンは、公私に渡って労務者たちの相談に乗っていた。

毎週日曜の午前中をそのための時間に充て、第五工区の労務者は例えどれほど末端の者であろうと、予約さえしておけば彼に会えた。

そうやって現場の不平不満の全てに耳を傾けていたのだ。

給与についての要望、昇進から漏れたことへの不満、食事や宿舎への訴え、家具の不足。故郷の妻が不安がっているから、どうにか班長から安全を保証する手紙を書いて貰えないだろうか―――そんな相談まであった。

しかもフェルゼンはそういった問題の数々を、決して先送りにしようとはしなかった。

手が付けられるものは、当日のうちに処理をした。

社に掛け合い、ときにルーディング教授と直接交渉もし、必要な資材や体制が現場に整うよう決済したのだ。

「他はどうだったかは知りませんがね。第四工区に居る限りは、俺たちゃ真っ当な扱いを受けました」

「金はそりゃあ大事です。命を懸けていますから。でも、金だけじゃないんです。札びらで頬を叩かれただけの奴は、結局のところ逃げちまう。フェルゼン班長は、決してそんな真似はしようとしませんでした」

「そんな親方でしたから。俺たちも何とかなるだろうと、楽観的になれたんですよ。死と隣り合わせの現場では、これは何よりの助けでした」

当時の労務者たちは、これら証言の数々を残している。

戻って来てくれた者たち、そこへ本社や協会の手配により補充された者たちを加えていき、第四工区の作業は日々順調に進み、八八一年一月中には全面掘削工法により日進量八メートルを達成した。

これは当時の世界記録で、長い間破られることはなかった。

しかしながら―――

緊張と重圧、危険の連続した環境下で先頭に立ち続けるという行為は、若いフェルゼンの心を日々蝕んでもいた。

「夜中に飛び起きることが何度もありました。ちょっとした物音で、崩落や発破事故を連想する。誰かが生き埋めになる夢を見る。そんなことは始終だったように思います」

と、のちにフェルゼンは語る。

「ひとの上に立つということは、どういうことなのか」

悩み続ける彼にとって、人生観を変えてしまう出来事があったのは、二月に入った直後のことだ。

―――国王グスタフ・ファルケンハインによる現場視察である。

国王グスタフがグロスシュタット・トンネルの施工現場を訪れたのは、二月三日。

首都ヴィルトシュヴァインから、北部ネーベンシュトラント港のヴィッセル社造船所へ赴き、道洋向けの「新型巡洋艦」―――つまり防護巡洋艦第一号の進水式に臨御したあとのことである。

発注主である華国の、在オルクセン駐箚公使の手に依って艦名も「南鍛」と名付けられ、同型艦一隻も建造中なら、オルクセン海軍向けの建艦も進みつつある。南星大陸の国家ティリ共和国からも一隻発注を受けているという状況下での、世界の海軍関係筋から大いに耳目を集めた儀式だった。

この直後、キャメロット海軍が同一設計思想のものとなるブルース・パーティントン型巡洋艦を起工し、その動きは他国へも波及して、星欧各国で過去何星紀と繰り返されてきた兵器の相互模倣へと繋がっていくのだが、それはそれとして―――

ネーベンシュトラント港から国王専用列車でノグロストへと到着したグスタフは、そのまま工事用鉄道へと乗り換え、まずはグロスシュタット・トンネルの雪深い第四工区へと姿を現した。

運河協会会長オットー・ベンシェ、副会長でトンネル及びダム担当のアドルフ・ルーディング教授、運河計画を所管する内務大臣ボーニン大将などを引き連れ、案内役としている。

トンネル坑口付近では、内側の壁面を仕上げる作業―――「 覆工(ふっこう) 」を興味深く見聞した。「巻立て」ともいう。

トンネル工事は、どのような工法にせよ掘削をやり、地盤を崩落させないよう鋼材や丸太、矢板を使って支保工をやると、そのあとは内側の壁面を完成させてトンネル構造物としての仕上げをやる。

従来は、この覆工にはレンガや石材を積み上げることが主流だった。グロスシュタット・トンネルが着工されてなお星欧最長トンネルの記録だった、アルバス山脈鉄道のヒルデスハイム・トンネル全長一五キロメートルも、そうやって作られている。キャメロットのログレス地下トンネルも同様だ。

しかし「技術の最先端」を狙ったグロスシュタット・トンネルは、覆工にコンクリートを用いていた。

防水をし、型枠を組み、その内側にコンクリートを流し込んで作った。

「従来のものより施工速度も速く、強度もあります」

「ふむ・・・ 凄いものだね、これは」

オルクセンがトンネル覆工にコンクリートを採用したのは、グロスシュタット・トンネルが初めてではない。

過去に施工された幾つかのトンネルでも一部採用されていたし、最も多用されたのは国境部に築いた近代要塞だ。要塞群には、軽便鉄道が直接出入り可能なように築き上げたものまであり、そこで試されていた。

兵器や戦術が、誕生してからいきなり完璧な運用などやれないように、土木建設技術も同様である。開発があり、試行があり、熟成があって、その先に運用法の確立があったのだ―――

本来なら、グスタフ王の視察予定は坑口で終了であったらしい。

ところが王は、

「この先も見せてくれ」

と、言い出した。

そうして、危険ですからと制止する周囲を振り切って、切羽に向かった。

「皆、その危険な現場で作業をしているのだろう? しかも私が命じて掘らせているんだ。さあ、案内してくれ」

このときグスタフは、ツイードの上下に、ボウラーハット、長靴、革製のコートという姿である。その帽子や、外套の肩にポツポツと雨漏りのように湧水が落ちたが、気にも留めない。

グロスシュタット・トンネルの湧水量は決して多くはなかったが、冬季を迎えてから大変な冷たさになっていた。約三度ほどだったという。よく若い作業員たちは「手を何分浸けていられるか」という賭けをやっていたが、誰も長時間浸けてなどいられなかった。

その湧水が降りかかろうと、あるいは足元を濡らそうと、王は一言も不満など漏らさなかった。

薄暗い坑内を進み、最先端の切羽付近に到達すると、ちょうど休憩中だったフェルゼンや、労務者たちへ挨拶した。

「やあ、邪魔をするよ」

何しろ照明もそれほど多くない。

不覚にもフェルゼンには、最初、相手が一体誰なのか分からなかったらしい。

「王だ・・・」

誰かが言った。

「王だ!」

「我が王だ!」

「我らが王だ!」

労務者たちが騒めくなか、一名一名と篤い握手をし、そして彼らの王はフェルゼンに向かって、

「どうだい? 何か不足しているものはないか?」

と、尋ねた。

「はい、ありません」

「そうか―――」

王はちらりと微笑んで頷くと、そんな顔をするとまるで子供のようで、

「ひとつ、よろしく頼むよ」

告げた。

―――まさか出来ませんとも、大変な工事ですからなどとも、答えるわけにはいかなかった。

と、フェルゼンは回想する。

自然体でいながら、上に立つ者とは何なのかという態度を具現化させた王の姿にあてられたように、不思議なほど覚悟が固まり、

「はい、やります」

フェルゼンは答えている。

三〇名ほどいた労務者たちは、王が去ったあとで、不思議だ、体がポカポカ温かいと喜んでいた。

気分が高揚した、というのだけが理由ではなかった。

「療術魔法だ」

労務者のひとりが言った。ベレリアント戦争に従軍し、銃創を負って治療を受けた経験のあったこの労務者は、療術魔法の効果を知っていたのである。

エリクシエル剤を用いた場合と同じように、体力も気力も回復し、

「もう一直、交代もやらずに掘れそうだ」

などと、オーク族らしく雄叫びを上げた者までいた。

彼らはそれを、そっと王が施してくれたのだと信じたのだ。

グスタフ王の切羽滞在は、フェルゼンの回想によれば「五分か・・・ 長くて一〇分ほどだったと思います」。

それでも、文字通り魔術をかけられたように思えた。

実はこのころ、グスタフ・ファルケンハインが公私ともに決して万全とは言えない状況にあったとフェルゼンが知るのは、ずっと後年のことである。

キャメロットの庶民院選挙により敗北した「誠実な中立関係」ビーコンズフィールドが下野し、グスタフとはまるで馬の合わない労働党指導者が首班の座について、関係構築に手を焼いていたこと。

あるいは、自らが司法大臣フリートベルクらに草案作成を命じた新憲法案の進捗が、国王と大統領制の一時的並立という前例のない内容を巡って難航を極め、遅れていたこと。

また、この前年五月、あの巨狼アドヴィンとウェンドラに子が出来て、これ自体は喜ばしいことであったのだが―――

当初は供に喜んでいた王妃ディネルースが、連想からか自ら夫婦には子が授からぬことを悩み始め、気鬱の病に陥っていたこと。

故にこの視察行のとき、グスタフはディネルースを伴っていない。彼女は静養中で、グスタフは毎日、細やかに気遣う内容の手紙を書いて送っている。

「そんな御様子は、微塵も感じられなかった―――」

と、フェルゼンは回想する。

ただ―――

この視察時、ロザリンド渓谷で最新の六〇トン型スチームショベルの操縦席に座ったグスタフの写真が残っているが、何処か晴れない表情をしているようにも見えなくはない。

だが決して、現場では弱気な姿を見せなかった。彼らを勇気づけることに専念している。

「上に立つ者とは何たるかを、畏れ多くも陛下から私は教わりました」

―――第五工区、ダム本体工事及びグロスシュタット・トンネル迎え掘り工事では。

特別に組織された「越冬隊」が、困難な冬営を行いつつ、迎え掘りを継続していた。

この最初の冬営時、彼らが遭遇した難事の数々は筆舌に尽くしがたい。

シルヴァン運河計画の中で最も僻地の工区であったがゆえに、予想もしていなかった事態を経験することになったのだ。

まず、あの石英層を掘っているうちに、第四工区と同じく湧水を観測した。

これはツェーンジーク山脈表層から、たいへん長い期間をかけて浸透したものと思われ、やはり水温は非常に低かった。

トンネル工事は、ただ水平に掘っていくわけではない。完成時の排水を考慮して、勾配をつける。この傾斜を利用して導坑底部中央に排水溝を掘り、湧水については巧く処理したものの―――

坑内の気温もまた、低下した。

この影響というわけでもあるまいが。

居住区とした横坑の一部に作り上げていた食糧貯蔵庫で、備蓄野菜が凍結した。こうなってしまうと、水で洗って解凍するしかなく、しかし元より第四工区ではその飲料用水の確保が困難である。

湧水を利用する方法などが試されたが、結局のところ割ける手間の問題もあり、調理時に釜へ直接投入することが多かった。

すると―――

いざ出来上がったスープ類は、一体あの沢山の野菜類は何処にいったのだと瞠目するほど、具材が縮んでしまった。

長く、困難な現場での冬営では、食事は唯一といってよい楽しみである。

その食事が面白くないものとなるのだから、精神的な鬱屈も溜まる。

栄養分の摂取量も減ったものか、労務者たちには大きな影響がでて、些細なことで喧嘩する者、怒鳴る者、情緒不安定に陥る者などが続出した。

「生野菜が食べられないことほど、弱ることはないよ」

不満を覚える食事では、食欲も低下する。

代わって乾燥野菜や缶詰野菜を食材に用いたが、当時の缶詰は金属臭が強く、嗅覚の鋭いオーク族にはこれまた堪えた。

幸い、冬営に入る前に歩荷隊四〇〇名を使って運び込んだ食糧自体は、小麦粉約六六トンを始め、乾燥肉、塩漬け肉、豆類、調味料、酒類など、どうにか保ったが―――

予想外の事態で一挙に不足を来たした生野菜類については、現地では解決困難である。

報告を受けた協会側工区責任者のヴィルヘルム・フォルクナーが手配をやり、

「大鷲だ!」

「大鷲軍団だ!」

空中輸送に依る補給を実施してくれ、約一週間後にようやく解決を見た。

「フォルクナーの旦那が、現場から一つ後方のクヴィンデア村に居てくれたことは、私たちにとって大きな支えでした。軍隊でも同様でしょうが、後ろで支えてくれる者がいる、しかもその相手に信用が置けるというのは、これほど有難いことはありません」

というのは、このときのアデナウアー社冬営隊代表者の言である。

「協会側責任者なら、もっと後方へ―――何なら本国にさえ戻っても構わなかったわけですから。ところがフォルクナーの旦那は、自ら雪深いクヴィンデア村に留まってくれたわけですよ。電信と、最悪の場合に備えた魔術通信で、私たちと村は繋がっていました」

軍医の常駐にも助けられた。

ダム工事、トンネル工事というものは、とにかく連日のように負傷者の生じるものである。

擦り傷、打撲、捻挫・・・

陸軍派遣の軍医は、懸命になってエリクシエル剤投与を中心にした応急処置に努めた。

冬営時、最も多かったのは風邪の罹病で、これには軍医自身も罹患しており、それでも連日現場を走り回る彼に、

「先生! 休んでくれ! 先生に倒れられちゃ、俺たちは御終いだ!」

「そうだ、そうだ。頼む、休んでくれ!」

労務者たちのほうが、軍医を気遣ったほどである。

年が明け、二月に入ったころには、望外の報せが齎された。

グスタフ王が、工事従事者のために社会保障制度を作り上げたというのだ。

疾病保険、労災保険、障害保険などの労働者保護手段から成っていて、財源は国庫のうち一般歳入と、運河協会及び請負会社の負担になっていた。

まだまだ制度設計が荒く、このときは特別立法に近いかたちだったが―――

これは当時、世界初のことだった。

「オルクセンは労働者に甘すぎる」

などと、諸外国に呻かせたほどである。

「しゃかいほしょう?」

労務者本人たちにさえ、ピンとは来なかった。

「要するにだ―――」

アデナウアー社の現場主任は、労務者たちを集めて説明をやった。

「俺たちが仕事中に大きな怪我をしても。あるいは万が一くたばっても、残された家族の面倒は国がみてやるってことだ!」

初めはきょとんとしていた彼らも、理解をすると歓声を上げたものだった。

この関連諸法は、徐々に制度設計を煮詰め、法整備をやり、国と使役側、労務側の費用負担率を定め、ここから五年のうちに一般社会にも広がる。工場労働者や、炭鉱労働者をも対象にしていったのだ。

後年、グスタフは「社会保障制度の父」と呼ばれることになる。

それは決して、後世に誤解されているほど「労働者の天国」を作ろうとしたものではない。むしろこのころ、隣国グロワールでコミューン蜂起にまで至っていた過激な革命思想の波及を、先手を打って食い止めようとしたのだという側面が大きい。

しかし、まずは特例的に導入されたシルヴァン運河計画従事者の、士気を大いに高めたことは事実である。

第五工区の者たちもまた、懸命に「後方」からの支援に応えた。

彼らは冬営開始直前に、迎え掘り中の坑道において石英層に遭遇していたが、この硬い岩盤層に挑み続けている。

三交代二四時間。

工法は従来の先導坑掘削であり、しかも掘進するのは導坑のみではあったが、冬営開始までに歩荷たちの手によって運び込まれた空気圧搾式削岩機と、現地調達も可能な丸太の支保を使って、一日に二メートル、あるいは例え一メートルといえども迎え掘りを継続した。

硬い地層であるということは、支保工に割く労力を最低限に出来るというメリットはあったが、重い削岩機の切っ先も唸るほど、手強い。

何名もの作業員が、腕や指先に振動の影響を受け、苦しんだ。あるいは猛烈に生じる微細な土煙に、眼病を罹患し治療を要する者まで出た。

発破の段階では、存外なほど破片が飛び散り、仮にこれに当たってしまうと重傷を負うというので、うんと遠くまで退避もしなければならない。

排出岩砕は、労務者たちがショベルを使ってトロッコへと積み込み、このトロッコを押していくのも腕力頼みに作業班自体が担うという、難作業である。

五月に入ると―――

待ちわびていた、交替のためのアデナウアー社本隊が到着。

「遅いぞ、お前ら!」

「どやかましいわ!」

歓声をあげて、本隊を迎えた。

信じられないことに、冬営隊はこの従来工法による血も滲むような努力の末、石英層を突破していた。

その厚さは、八三メートルであった。

グロスシュタット・トンネルの工事には、約三年を要した。

星暦八八二年五月二五日。午後七時四〇分。

ここ数日来、トンネル本工事の第四工区と、迎え掘りの第五工区の邂逅が近いことは、もう察知されていた。

何しろ硬い岩盤の中のことで、想像以上に遠くまで互いの掘削音が響いたのだ。

あと八メートルか。九メートルか。

連日、互いの技師、労務者たちが懸命に作業に従事しつつ、固唾を飲んで見守った。

こうなってくると、もはや競争である。

どれほど困難な作業といえども、誰も交代したがらない。俺たちの手で、我らの班の当直中に、俺の削岩機の切っ先でトンネルを抜いてやろうと思う者ばかりになった。

「まだか・・・」

「幾ら何でももう抜けなきゃおかしいんだが・・・」

「おい、お隣さんは本当にまともに測量したのか?」

「へへ、あっちも同じことを言っているらしいぜ?」

「なんとまあ、こきやがる!」

午前四時。

第五工区側は、フォルクナーや歩荷隊代表ウルフェン、アデナウアー社の現場主任の見守る中で。

第四工区側は、ルーディング教授及びフェルゼンの眼前で。

ヴェルクニッツ建設フェルゼン班の削岩機の一基を操る作業員が感じていた切っ先の抵抗が、突然のように消失した。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

抜きとった圧搾削岩機のドリル先端に、木片が付着していた。

第五工区迎え掘り側の、木製支保材であった。

「・・・抜けた」

「ああ、抜けた! 抜けたよ!」

「みんな、抜けた! 抜けたぞ!」

同日六時半。

第四工区側が爆薬を仕掛け、両工区の退避実施を、魔術通信によって確認しあい、装薬三〇本による発破を実施。

「風が―――」

フェルゼンは回想する。

「風が変わったんです。第五工区側から、冷たい、実に気持ちのいい、私の生涯であれほど清涼に感じたことはないほどの、シルヴァンからの風が吹いてきたのです」

この証言は、第五工区側のものとも一致する。

「貫通発破による土煙が、吸い込まれるように第四工区側へ消えていった」

フォルクナーは、その日誌に記録している。

やや間があって、狭い迎え掘りの先導坑から岩砕を押しのけるようにして、盛大な歓声をあげたアデナウアー社施工班が「突進」してきた。

「やった! やったぞ!」

「遅いじゃないか、馬鹿野郎ども!」

「やかましいわ!」

両工区の者たちは、互いの手を取り、抱き合い、歓呼の声をあげた。トンネル中を埋め尽くすようだった。

約二カ月後には、迎え掘り側の拡幅作業及び支保工も完了。

七月二〇日、トンネル開通式が行われた。

挨拶に立ったのは、ルーディング教授である。小柄なコボルト族ダックスフント種の彼を、並び立ったフェルゼンとフォルクナーが、肩に乗せた。

本国からも、諸外国からも、世紀の瞬間を見守ろうと報道陣が詰めかけている。

「皆さん。グロスシュタット・トンネルは、ただいまこの瞬間を以て開通しました―――」

教授は、そこで居並ぶ作業員たちの顔を見渡した。

誰も彼もが、技師も、労務者も、協会関係者も、みな感無量といった表情をしていた。

「お疲れ様でした!」

この日、用意された約二八〇本の火酒が、一瞬で消えてしまった。

「あれほど美味い酒はなかった」

と、ウルフェン・マレグディスは回想する。

彼女の隣には、このままダム本体工の副所長となる予定のフォルクナーがいて、あの不器用なまでに無言だが、互いへの慈愛に満ちた乾杯をした。

酒を飲めない者までが、ひっくり返り、酔いつぶれるまで、浴びるようにして飲んだ。

第四工区、掘削長七六五五メートル。

第五工区、導坑掘削長二八三五メートル。

両者の測量誤差は、この時代としては驚異的な、僅か三五センチであった。

(続)