軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

リオン・フォン・マントイフェルの人生について 後編

彼女との出会いは衝撃的だったと言える。

金色の美しい髪に青い瞳を持つ、気品ある美しい 女性(ひと) だった。

しかし彼女ほどの美貌の持ち主は、王宮には大勢出入りしている。

それよりも印象的だったのは、ララの〝瞳〟だった。

侯爵夫人の孫娘レイシェルの紹介を受け、夫の暴力から逃れるように異国からやってきたという彼女は、とても 強(したた) かで、子育て中の母熊のような 剣呑(けんのん) な空気をまとっていた。

睨まれている、と言ってもいいほどの警戒っぷりだったのだ。

あのように強い眼差しを向ける女性は見たことがなかった。

いったいどんな人生を送っていたら、年若い女性が他人に対して厳しい目を向けるのか。

その理由はすぐに明らかになる。

ララには子どもがいた。その子――レンを守るために、彼女は強くなければならなかったのだ。

ララの生き方には酷く感銘を受けた。

彼女の振るまいから、裕福な家庭で育ったのだと推測できる。かごの中の鳥だったと言っても過言ではない。

それなのに、後ろ盾を持たないララは幼い息子を連れて、ビネンメーアにやってきたのだ。

知らない環境で生きるというのは恐ろしい。

僕自身、命が脅威にさらされるとわかっていながら、王宮の外へ逃げだそうとは考えなかったから。

ララ・ドーサという女性はとてつもなく勇敢で、心優しく、生命力に満ち溢れていた。

自分には持っていないものをすべて持ち合わせて生きる彼女は、とてつもなく眩しかった。

ある日、彼女がレンに向ける慈愛に満ちた微笑みを見た瞬間――周囲は冷たい風が吹いていて寒いのに、春が訪れたような温もりを感じてしまう。

こんなふうに、心が震えたのは生まれて初めてだった。

いつかあの笑顔が自分に向けられたらどんなに幸せだろうか、と強く望んでしまうようになる。それが〝恋〟だったと気付いたのは、少しあとの話だった。

それからというもの、僕はララに向けてささやかなアプローチを始めた。

けれども無敵の要塞のように、ララは陥落しなかった。

彼女には自分よりも大事にしているレンがいる。

他人が入る余裕なんてないだろう。

わかっていたから、少しゲームを楽しむような気持ちで好意を示していた。

それがよくなかったのだろう。

僕を見るララの目はいつだって冷ややかだった。

そんな彼女の態度が軟化していったのは、いつ頃からだったか。

よくわからないけれど、ララが心を許しつつあったのに気付いていた。

嬉しいはずなのに、ララに優しくされればされるほど、不安になる。

僕と一緒にいるせいで、ララに何かあったらと考えたら、胸が引き裂かれそうになった。

彼女へ近付くことに 躊躇(ちゅうちょ) していたら、侯爵夫人から呼び出しを受けた。なんでもララに対する僕の好意に気付いていたらしく、何を遠慮しているのか、と怒られてしまった。

侯爵夫人はすべてを知っている。

僕がマリオン王女として生きていたことも、今現在、命を狙われていることも。

もしも僕がララに心を許したら、彼女の存在が弱点になってしまうのではないか。それに、ララまでも命を狙われてしまったら、レンに対してどう償えばいいのかわからない。

そんな弱音を吐いていたら、侯爵夫人からララの生き方から何も学んでいないと怒られる。

ララはレンを守るために強くなった。

同じように、僕自身もララを守るために強くなればいいだけなのだと。

その言葉は、心に響いた。

どうしてそんな単純なことに気づけなかったのか。

侯爵夫人に感謝し、これからは遠慮なくララを口説こう。

その前に、僕自身が抱える問題についてどうにかしたかった。

ララやレンの素性も詳しく知りたい。

そう考えていた折に、ヴルカーノへ外交に行くので、護衛として同行するようゴッドローブより命令される。

以前より、ヴルカーノへ足を運びたいと思っていたのだ。

現地に行けば、詳しい情報について探ることも可能だ。それに仕事のついでだったら、調査も怪しまれずに済むだろう。

ヴルカーノの地で、ララの正体について知る。

彼女はメンドーサ公爵家で生まれた、生粋のお嬢様だった。

本名はララではなく、優雅な美しさという意味を持つグラシエラ。

彼女にぴったりの名前だった。

なんでもドーサ夫人の名は買い取ったもののようだ。

さらに、フロレンシも彼女の息子ではなく、年が離れた弟ということが明らかになった。

なんでも彼女達の叔父が公爵家の地位と財産を狙っていたようで、魔の手から逃げるために名前と身分を偽ってビネンメーアへやってきたらしい。

そんな調査の中で、思いがけない情報を入手する。

彼女達の叔父は悪事に手を染めており、それだけではなく、叔父ゴッドローブとも繋がりがあった。

そこからどんどんゴッドローブの悪行に繋がり――僕の命を脅かしていた者の正体に気付いてしまった。

王妃の首飾りが盗まれる事件もあったが、その犯人もきっとゴッドローブなのだろう。

悪事のすべてを暴いてやる。

そう思って行動していたのに、思いがけない事件に巻き込まれる。

王宮に紛れこんだ間者が、突然襲いかかってきたのだ。

狙ったのはゴッドローブではなく、僕だった。

間者は長年文官を務めていた青年で、ゴッドローブの執務室にもよく出入りしていた。

よく働き、快活な人物だったのだが――書類を提出する動作で、一撃、ナイフを腹部へと打ち込んできたのだ。

間者はご丁寧にも、のこぎりみたいなギザギザな歯が仕込まれたナイフを突き刺してくれた。おかげで、引き抜くさいは腹の肉を抉り、鎮静薬も効かないほどの苦痛を味わう。

血も大量に失い、生死を彷徨っていた。

ゴッドローブは何度も見舞いにやってきて、心配する素振りを見せている。

常に目を閉じて回復に努めていたからか、意識がないと思っていたのだろう。

ペラペラと、これからの計画について語ってくれた。

なんでも犯人に目星が付いたらしく、貴族を集めて発表するらしい。

あの間者はゴッドローブの配下だろうに、何を言っているのか。

これ以上悪事を働くことなど、絶対に許せなかった。

例の作戦を実行するならば、明日しかないだろう。

隊医の医者に明日の集まりに参加したい旨を告げると、死ぬぞと脅された。

これまでは死ぬことを恐れていなかった。

ただ、痛みがなく、自然に死ねたらいいな、なんて考えるばかりだったのだ。

今は生きたいという願望だけが強く心にあった。

作戦の実行は今回でなくても……そう思った瞬間に、ララの声が聞こえた。

――リオン様、聞こえますか?

蜘蛛妖精の魔法の糸を通して、ララの声が聞こえた。

耳にした瞬間、涙が出そうになってしまう。

僕を案じるような優しくて悲しげな声だった。

その一言だけかと思いきや、彼女は言葉を続ける。

――リオン様、お慕いしております。

その瞬間、切なくて、温かくて、愛おしくて……そんな想いがこみ上げ、胸がぎゅっと苦しくなる。

ララに会いたい。

憂いなんてなく、誰かの脅威なんてなくなった世界で、一刻も早く彼女を抱きしめたかった。

すぐさま、作戦の実行を決意する。

侯爵夫人や王妃、公妾、隊医、さらには兄であるエンゲルベルトの協力を仰ぎ、重たい体を引きずりながらも、幸せを掴むために自らを奮い立たせた。

その結果、ゴッドローブの悪事を暴くことに成功した。

ただ、命の危機が訪れる。

この世界は何もかも手に入るようにはできていないのだろう。

ララと幸せになりたかった――なんて諦めていたのに、奇跡が起こった。

致命傷となっていた傷口を、ララが蜘蛛細工を使ってきれいに塞いでくれた。

さらに、魔力で失っていた血を補ってくれたのだ。

みるみるうちに活力を取り戻し、元気になる。

ありとあらゆる意味で、ララは僕を救ってくれたというわけだった。

それからというもの、僕は全力で気の毒な男を演じ、なんとかララの同情を誘うことに成功した。

彼女はビネンメーアに残り、一緒の家で暮らしている。

結婚は一年後だが、彼女が待つ家に帰る毎日は幸せに満ち溢れていた。