軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

悪い男

くらり、と 眩暈(めまい) に襲われるような感覚に陥る。

王妃は愛人と隠し通路を使って密会していたと話していた。

以前、マントイフェル卿が話していたのだが、王宮にある隠し通路が使えるのは王族だけだ。

王妃の愛人はゴッドローブ殿下で間違いないのだろう。

臣下にもバレないように密会していたのだから、探偵にも尻尾が掴めないわけである。

今日、王妃が私に打ち明けなかったら、いくら調査してもわからなかったに違いない。

ゴッドローブ殿下は長年、親切な叔父の顔をしながら、マントイフェル卿の傍に居続けたのだ。

なんて恐ろしい男なのか。考えただけでゾッと鳥肌が立つ。

一刻も早くここを抜けだし、マントイフェル卿に秘密を打ち明けなければならない。

けれども王妃の話はまだ終わっていなかった。

「マリオン王女がマントイフェル卿と名を変え、頻繁に姿を現すようになってから、私の心は穏やかではなかった。それに加えて、新しい公妾カリーナ妃も現れたので、悲痛に暮れていた」

エンゲルベルト殿下が生まれたあとも新たな後継者を生むため、国王と王妃は寝所を共にしていたらしい。

けれども新しい命が宿ることはなかったようだ。

「医者は相性の問題かもしれない、と言っていた。エンゲルベルトが生まれたのは奇跡だと」

エンゲルベルト殿下が生まれたのは奇跡でもなんでもない、と王妃は投げやりに言う。

「四十を過ぎてからはさすがの私も出産を諦めた」

幸いにも、エンゲルベルト殿下は年を重ねるにつれて国王に似ていったという。

彼が愛人との間に生まれた子という事実は、墓の中まで持っていこう、と心の中で誓ったらしい。

「まさかそのあとに新しい公妾を陛下が迎えて、新たな王子が生まれるとは夢にも思っていなかったのだ」

十八年ぶりに生まれた王子の誕生を、国王は大いに喜んだと言う。

そして再度、国王は公妾の子に王位継承権を与えると言いだしたのだ。

「それだけはなんとしても阻止したかった」

自分が王子と公表せず、ただの騎士として生きるマントイフェル卿の存在は百歩譲って容認できる。

けれどもレオナルド殿下は正統な王子だと知れ渡っているのだ。

そんな状況で王位継承権まで与えられたら、エンゲルベルト殿下が国王の子ではないと発覚したときに大変なことになる。

長年守ってきた次期国王の座が、あっさり奪われてしまうのだ。

「陛下にカリーナ妃の子に継承権を与えないよう、懇願した」

しかしながら、王妃の願いは叶えられなかった。

それどころか、マリオン王女にも継承権を与えると言いだしたのだ。

「結果、レオナルド、マリオン、両方に王位継承権が与えられてしまった。最悪としか言いようがない状況に追い込まれたのだ」

以降、王妃は愛人が目に見える場所で暗躍しても、諫めることすらできなくなってしまったようだ。

「毎日、不安で押しつぶされそうだった」

そんな王妃に、愛人はある提案をした。それは、王妃を支持する者を集め、後援会を作ろうという話だった。

異国の地からやってきた、悪女のイメージがある王妃は、ビネンメーアの貴族達の受けが悪かった。

けれども密かに王妃を慕う者達を集め、金品やフランデーヌ国のごちそうで心を掴んで味方に引き入れた。

それが、王妃派の始まりだったらしい。

「まさかそれに続くように公妾派ができるとは、夢にも思っていなかったのだ」

王妃は公妾派に負けるわけにはいかないといつしかムキになり、どんどん勢力を増やしていったと言う。

「我に返ったときには、王妃派と公妾派で勢力が分かれるほど、大きな話になっていたのだ」

こうなったらもうあとに引き下がれない。

周囲の者達の存在が、王妃の気を大きくしているのもあったのだろう。

「わかりやすく、私と公妾は敵対関係になってしまった」

公妾の存在を否定するつもりはなかったと言う。

「陛下の心を私は慰めることができない。アンネ妃やカリーナ妃の存在は、どうしても必要だったのだ」

このような愚かな争いは何も生み出さないだろう。

同時に、自身にとって悪影響でしかない愛人との関係も解消しようと覚悟を決めたようだ。

王妃は愛人を王族専用の庭に呼び出し、不毛な争いを止めたいと相談した。

「けれどもあの男は、王妃派と公妾派は必要だと言ったのだ」

何か熱中することがあれば、エンゲルベルト殿下の秘密も隠しやすいだろう。

もしも争いがなくなれば、暇を持て余した人々は王妃の秘密に気付いてしまうかもしれない。

「さらに、あの男は私との関係を終えるつもりはないと言ってのけたのだ」

愛人は王妃を優しく抱きしめ、かならず守るから、と囁いた。

「抱き合う様子を、侍女に目撃されてしまった」

その侍女こそ、イルマだったのだろう。

愛人との関係だけでなく、エンゲルベルト殿下の秘密も知られてしまった。

「口止めはしておいたのだが、毎日気が気でなかった。彼女は期間限定の侍女で、役目を終えて帰ろうとしていたところを引き留めたのだが、結婚が近いからと断られてしまい――」

もしもイルマが秘密を 暴露(ばくろ) したら、王妃は一巻の終わりだ。

愛人にどうにかしたいと相談したあと、とんでもない事件が起こる。

「侍女だった娘が、湖に浮かんだ状態で発見されたのだ。私が頼んでもいないのに、あの男は殺してしまった!」

ああ! と叫びそうになる。

イルマを殺したのは、ゴッドローブ殿下だったのだ。

やはり、彼女の死は事故でも自死でもなかった。

秘密を聞かれてしまったので、口封じをするために手にかけたのだ。

「私のせいで、カリーナ妃まで殺されてしまった。たくさんの人を犠牲にしてまで、秘密を守らなくてもよかったのに――!」

どうやら王妃は行方不明になった公妾が殺されたと思っているらしい。

公妾は生きていると言って安心させたいが、今は隠しておいたほうがいいだろう。

「ドーサ夫人、私はこれからどうすればいいのだろうか?」

「それは……」

すぐに答えが出せるものではないだろう。

けれども王妃はマントイフェル卿に牽制されたことにより、追い詰められた状態に陥っている。

このままひとりにするわけにはいかない。

「王妃殿下、侯爵夫人に相談してみませんか?」

「ファルケンハイ侯爵夫人に? しかし、彼女はアンネ妃と仲がよく、私のことはよく思っていないはずだ」

王妃はすっかり弱気になっているらしい。以前は侯爵夫人に会いにくるように言っていたのに。

「そんなことはないですよ。一度、経験豊富な侯爵夫人に意見を聞いてみましょう」

私の提案に、王妃は頷いてくれた。