軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

調査開始

私が泣き止むまで、マントイフェル卿は背中を撫でつつ、大丈夫だよと優しい声で囁いてくれた。

ガッちゃんも涙を拭うハンカチを作っては、私の濡れた 眦(まなじり) をせっせと拭ってくれる。

そのおかげで、早く泣き止むことができた。

マントイフェル卿は離れたあとも、手を握ってくれた。指先が震えていたので、心配してくれたのだろう。

他人の存在がここまでありがたいと思うなんて、生まれて初めてである。

「首飾りを受け取ったら、わたくしはどうなっていたのでしょうか?」

「強制的に王妃派になっていただろう。もしかしたら、目的はそっちにあったのかもしれない」

「恐ろしい話です」

自分の立ち回りが原因で立場を危うくしてしまうところだった。

「まさか、わたくしが夜会のさいに、王妃殿下の首飾りを眺めていたことを気付かれていたなんて」

「王族はそういった視線に敏感だからね。瞳は心の窓、なんて言葉もあるし」

特に王族の者達は、相手の言葉を引き出さずとも、何を考え、何をしようとしているのか察する能力があるらしい。

「幼い頃から、人々の心を読み取る術をこれでもかって叩き込まれるんだ」

「もしかして、リオン様も?」

「まあ、そうだね。幼少期はいろいろ習ったよ」

マントイフェル卿自身も、何も言わずとも言動を見抜くことがこれまでに何度かあったのだ。

ただ単に勘が鋭いだけでなく、人の心の動きや意識の在り方について習っていたから、できたことなのだろう。

「困ったな。王妃殿下までララを気に入るなんて。ライバルが多すぎる」

「その、わたくし自身ではなく、蜘蛛細工に興味があるんだと思います」

「そんなことないよ、絶対! ララがとてつもなく魅力的だから、傍に置きたいって思ったんだ」

マントイフェル卿は拳を握り、熱く訴える。

その辺については話半分に聞いておいた。

「それはそうと、いい感じの深夜になったんだけれど、これからどうする?」

夜も更け、人々が深く眠るような時間帯らしい。

想像していた以上に、長く眠っていたようだ。

マントイフェル卿は予定通り、王族専用の庭に忍び込むと言う。

「ララは無理しないほうが――」

「いいえ、行きますわ」

マントイフェル卿と話しているうちに眠気はスッキリ醒めたし、動き回る気力も回復している。

反対されるかもしれない、と思ったものの、マントイフェル卿は「わかった」と言葉を返す。

「廊下で待っているから、着替えてくれる?」

ここで着てきたドレスを脱がされ、寝間着姿になっていることに気付いてしまった。

なんてはしたない恰好でいたのか。今さらながら恥ずかしくなる。

「ドレスから寝間着に着替えさせたのは、王妃殿下の侍女だから安心してね」

「は、はい」

夜間に歩き回る服装は、侯爵家から持参していた。

目立たないように、メイドが着ているようなエプロンドレスを選んだ。

「ララ、ひとりで着替えられる? 僕が手伝おうか?」

「いいえ、けっこうですわ」

きっぱり断ったのが面白かったのか、マントイフェル卿は笑いながら「わかったよ」と言って手を振りつつ、部屋から出て行った。

ガッちゃんの手を借りながら、メイド服を纏う。

髪は三つ編みのお下げにして、後頭部で纏めてピンを挿す。

メイドキャップを被ったら、どこにでもいそうなメイドの完成だ。

ガッちゃんは私の人差し指に指輪みたいにしがみついている。

「幽霊がでたときは、ガッちゃん、頼みますね」

『ニャ!』

ガッちゃんは糸で作った針の剣みたいな物を掲げ、勇ましい鳴き声をあげる。

彼女がいたら、幽霊も退治できそうな気がしてならなかった。

廊下に出ると、マントイフェル卿がにっこり微笑みかけてくれる。

「メイド服もすてきだね。美人すぎるのが問題だけれど」

「はいはい」

無駄話をしている時間がもったいない。褒めてくれるのは嬉しいが、今は急がなければならないだろう。

「ララ、こっちに来て」

マントイフェル卿は私の手を握り、薄暗い廊下を歩いて行く。

王家専用の庭に繋がる道にはすべて見張りの騎士がいるようだが、何か所か隠し通路があるらしい。

「王宮で何か騒動があったときに、逃げられるよう仕込んであるんだよ」

マントイフェル卿も幼少期に、出入り口を教えてもらったと言う。

行き着いたのはリネン室だった。ここに隠し通路があるらしい。

「幼い頃、よくここにやってきて、ひとりの時間を過ごしていたんだ」

なんでも母親や侍女、乳母の目を盗み、こっそり隠れていたらしい。

見つかる前に脱出し、何食わぬ顔で部屋に戻っていたのだと言う。

「生まれたときから人に囲まれる生活をしていたものだから、たまにうんざりしてしまうんだよね。そういうとき、ゲームをするみたいに人の目をかいくぐって、ここに来るのが楽しみで」

ここにいたらいつでも外の世界に逃げられる。辛いことがあっても、投げ出せるのだと自分を慰めていたらしい。

そういえば以前、マントイフェル卿はリネン室の匂いが好きだ、なんて話をしていた。

こういう場所にはメイドしか出入りしないので、知るはずもない匂いである。

想像もできないような理由があったものだ、と思ってしまった。

マントイフェル卿がリネン室の壁にペタペタ触れると、何かを発見したのか振り返る。

彼の横にしゃがみ込むと、驚くべき光景を目にすることとなった。

壁の木目に触れた瞬間、魔法陣が浮かび上がる。次の瞬間、マントイフェル卿は腰ベルトに吊していたナイフで指先を切りつけた。

血が滲んだ指先を魔法陣に擦り付けると、ガコン! と音が鳴る。

突然、床から地下に繋がる階段が出てきたのだ。

「これは――!?」

「王族の血が鍵になっているんだよ」

「ああ、なるほど。そういう仕組みだったのですね」

手は大丈夫か、と心配したら、思いがけないことを言われてしまう。

「ララが舐めて治療をしてくれる?」

「リオン様……。雑菌まみれになって、数日寝込むようなことになってもよろしいのならば、いたしますが」

口の中は種々雑多な菌が存在するので、逆に危険だと言える。父の看病をするさい、その辺もしっかり学んだ。

彼も騎士ならば命取りにもなる行為なので、知っているはずだが……。

ちらりとマントイフェル卿を見ると、平然と言葉を返す。

「ララの菌に冒されて寝込むなんて、最高じゃん」

まさかの反応に、盛大なため息をついた。

「気持ち悪いことをおっしゃらないでくださいませ」

発言を非難する強い言葉だったが、マントイフェル卿はどこか嬉しそうだった。

「ララのそういう虫けらを見るような感じ、出会ったとき以来だなー。まさかまた見せてくれるなんて。その蔑むような視線、最高なんだよね」

目的はそっちだったのか、と呆れて物が言えなくなる。

ひとまず変態発言は無視し、傷口には蜘蛛細工で作った包帯を巻こうか。なんて考えていたら、別の着想を思いつく。

「蜘蛛細工で傷口を縫えばいいのでは?」

いい案だと信じて疑わなかったのだが、マントイフェル卿の顔は思いっきり引きつる。

「き、傷を縫うのはちょっと……」

「でしたら、包帯を巻かせていただきます」

想定していた以上に、サックリとナイフで切り付けていたようだ。

しっかり止血し、強めに包帯を巻いておいた。

「ララ、行こう」

「ええ」

マントイフェル卿は再度私の手を握り、階段を下りていく。

内部は石床が淡く光っているので、角灯などは必要ない。

五分ほど歩いた先に、出口があった。