軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

公妾の子

マントイフェル卿は俯いていた顔をパッと上げ、私を見つめる。

今にも泣きそうな顔で、ありがとう、と囁くように言った。

言葉をかけずとも、慰めることはできたようでホッと胸をなで下ろす。

「それから役職者は皆、王妃殿下の顔色を窺っているからか、自分の配下に僕を配属しないような立ち回りを見せてくれたよ」

マントイフェル卿の正体を知らずとも、何かやらかした人物なんだ、という噂話が広まっていたらしい。

「その当時は、自分自身がとっても惨めで恥ずかしい存在だと思っていたんだ」

そんなマントイフェル卿に転機が訪れる。

「ゴッドローブ殿下が、近衛騎士として迎えてくれるって言ってくれたんだ。奇跡だと思ったよ」

快くマントイフェル卿を受け入れてくれたらしい。

「本当の僕を理解し、優しくしてくれたのは、ゴッドローブ殿下だけだった」

入隊前に、なぜ受け入れてくれたのか、理由を聞いたこともあったらしい。

「ゴッドローブ殿下も公妾の子で、王位継承権を持たなかったんだ。だから、僕の気持ちが理解できるって、言ってくれたんだよね。僕達は似た者同士で、同情したのがきっかけかもしれないけれど、本当に嬉しかったんだよ」

マントイフェル卿の傍にゴッドローブ殿下みたいな 男性(ひと) がいて、よかったと心から思う。

誰も手を差し伸べなかったら、今頃彼はどうなっていたのか。考えただけで胸が痛んだ。

「近衛騎士になってからしばらくは穏やかな毎日が過ぎていったんだけれど――」

ある日、想定外の事態に我が耳を疑ったと言う。

「国王陛下が新しい公妾を迎えたんだ」

それだけならばまだいい。

けれども新しい公妾カリーナ妃を、国王は深く愛してしまったのだ。

「しばらく経って、カリーナ妃は妊娠、出産した」

生まれたのは王子だった。

マントイフェル卿の時のように、国王は王位継承権を与えると宣言した。

王妃は大反対したようだが、今回ばかりは聞く耳を持たなかったらしい。

「最悪なことに、国王陛下はレオナルド王子だけでなく、マリオン王女である僕にも王位継承権を与えると言いだした」

レオナルド殿下に王位継承権を与えることは特別でもなんでもない。そう主張するために、利用されてしまったようだ。

マントイフェル卿はゴッドローブ殿下を通じて、王位継承権は必要ないと抗議したらしい。けれどもそれも聞き入れてもらえなかった。

「結局、僕はレオナルド王子よりも下位となる、王位継承権第三位を受け取ることとなった。返上したくてもできなくて、今も僕には国王になる資格があるんだ」

ただ、マントイフェル卿はマリオン王女として社交界に出るつもりは毛頭ないらしい。

あってないような王位継承権だと話していた。

「それでも、脅威に感じる人がいたみたい」

王位継承権が戻ってきてからというもの、再び命を狙われるようになっていた。

「レオナルド殿下が生まれ王位継承権を与えられてから八年、ずっとだよ」

私には想像できないほど、辛い日々だったに違いない。

しかしながら彼は、そんなことをおくびにも出さずに、いつでも微笑みを浮かべ、のほほんと生きている騎士〝リオン・フォン・マントイフェル〟を演じていたようだ。

彼の心にある闇は、私が思っているよりも深く、濃いものだった。

庭先で世間話をするように聞くものではない。

「まあ、なんとか今日まで生き延びたわけだけれど」

ここ最近は毒が効かないとバレているからか、さまざまな手を使って命を狙ってくるらしい。

その中のひとつが、先日の呪いを利用したものだったようだ。

「リオン様の命を狙っているのは、その……」

「まあ、だいたいの目星は付いているけれど、尻尾が掴めないんだよね」

犯人についてはゴッドローブ殿下と共に調査を重ねている最中らしい。

もっとも疑わしいのは王妃だが、マントイフェル卿は別の人物にも疑いの目を向けているらしい。

「カリーナ妃にとっても、王位継承権を持つ僕は邪魔な存在だと思うよ」

たしかに以前会ったときは、マントイフェル卿にいい印象を持っているようには思えなかった。

「でも、本当にわからないんだ。皆が皆、僕を殺しにかかっているように思えて、恐ろしいよ」

犯人を決めつけず、全方向に疑いの目を向けるのは悪いことではないだろう。

「みんな、腹芸が死ぬほど上手いからね。普通に話しているだけでは、悪意や殺意、敵対心なんてまったく感じないんだよ。そんな中で、ララはわかりやすいくらい僕を警戒してくるから、かわいくてねえ」

「その話は以前お聞きしました」

「何回でもしたいんだよ」

恥ずかしいので、一度聞いたら充分だ。なんて訴えても、マントイフェル卿は聞く耳を持たなかった。

さんざん私について語ったあと、空を見上げながら独り言のように呟く。

「でも、女性として育てられたのは、悪いことばかりじゃなかったよ。化粧は王女時代に侍女達から習ったんだけど、女性にとっての武器みたいなものなんだって。話を聞いたときはよくわかんなかったけれど、今はよくわかるよ」

美しく装うというというのは、戦う手段になりうるようだ。

「清潔に、身ぎれいにしていると、ただそこに立っているだけで印象がいいし、美しさは何かやらかしてしまったときの誤魔化しに役立つ」

マントイフェル卿がにっこり微笑んだだけで、ちょっとした問題が解決することがあるようだ。

それくらい、美しさというものは強い力を持つと言う。

化粧の力はそれだけではない。

目尻を跳ね上げるように線を引いたら強気に見えるし、垂れるように線を引いたら優しげに見える。

会う人に合わせて化粧をしたら、表情の印象操作もできるのだ。

「だからね、腹芸が得意じゃない僕は今でも化粧を続けているんだよ」

顔色の悪さや、唇の色など、目で見て分かる体調不良や肌の状態を隠せる点も気に入っているらしい。

「マントイフェル卿が化粧を落とした顔が、少し気になります」

「ここに泊めてくれるのであれば、見せてあげられるよ」

ぐっと接近し、満面の笑みを浮かべながら言ってくるので、思わず手を伸ばし、頬を抓ってしまった。

想定外の行動だったのだろう。マントイフェル卿は目を丸くし、驚いた顔を見せる。

しかしそれも一瞬のことで、すぐに顔をほころばせる。

パッと手を離すと、マントイフェル卿はお腹を抱えて笑いだした。

「あはは、ララ、君はいつでも想定外の行動に出てくるね!」

「その、申し訳ありません。突然何を言っているのかと思ってしまいまして」

「本当にそうだよね。でも、軽い気持ちで言ったわけじゃないんだよ」

本当に、ここに泊まりたいという気持ちがあるらしい。

「いつかね、君やレン、侯爵夫人が許してくれたらいいな」

レンだけでなく、侯爵夫人の許しがあるならば、認めざるをえないだろう。

マントイフェル卿は背伸びをし、「すっきりした!」と言う。

「本当は今日、女として育てられた話だけをするつもりだったんだけれど、ララが自分にとって重たい話でも、他人にとってそうではない場合がある、なんて言ってくれたからさ」

マントイフェル卿の過去は壮絶で重たいとしか言いようがなかったが、ひとりで抱えていい話ではなかった。

私に打ち明けて、気持ちが軽くなったのならばよかったのではないか。

そう思ってしまった。

「ララ、ありがとうね」

「いえ、お話を聞くことしかできないのですが」

「それでも充分救われたよ」

暖かな日差しが差し込む午後、マントイフェル卿は穏やかに微笑みながら言ったのだった。