作品タイトル不明
明らかになった真実
ゴッドローブ殿下から指示を受けていたのか。私が部屋から出ると、女性騎士が一歩前に出てきて「マントイフェル卿のところまで案内します」と言った。
長い長い廊下を歩くこと五分ほどで、騎士隊の医務室に到着した。
そこは上官が使う個室のようで、他人の目が気にならないよう、配慮されているらしい。
中には誰かいると思っていたのに、寝台に横たわるマントイフェル卿以外いないようだ。
まだ意識は戻っていないようだが、心配ないと言う。
顔を少し見て帰ろう。そう思って覗き込んだところ、マントイフェル卿が喉を掻き 毟(むし) っている様子にギョッとする。
眉間に皺を寄せ、唸り声もあげているので、何か悪夢でも見ているのだろうか。
ひとまず止めないといけない。手を強く握って、彼の行動を制する。
すると、表情が穏やかになっていく。
ホッとしたのも束の間のこと。
マントイフェル卿が手を握り返してきたので、身動きが取れなくなってしまった。
頑張ったら振り払うこともできるだろうが、また喉を掻き毟ったら大変だ。
少しの間だけ、こうしてあげよう。
寝台の傍に置かれた椅子に腰かけ、マントイフェル卿の寝顔を観察する。
化粧は落とされたのだろうか。いつもよりずっと顔色が悪い。
たくさん血を吐いたので、無理はないが……。
今日一日で、彼について多くのことを知ってしまった。
たった一回の外出で、ここまで深入りするとは思ってもいなかったのだ。
いったい誰が、彼の存在を脅かしているというのか。
「うっ!」
マントイフェル卿がもぞりと動き、閉ざされていた瞼を開いた。
「……ララ?」
「はい、そうです! お医者様を呼びましょうか?」
「大丈夫。体はもう元気だから」
自分の体のことなので、よく理解していると言う。
「あれ、君の手……どうして握っているんだろう?」
「喉を掻き毟っていたので、わたくしから握りました」
「ああ、そう」
なんでも深い湖に落ちて、溺れる夢をみていたらしい。
湖で溺れると聞いて、イルマの事件を思い出してしまった。
「ララ、君はもしかして、イルマの事件について調べたいから、僕とデートに行ってくれたの?」
まさか、この場で見抜かれるとは思わなかった。
先ほどの発言で、私が何か顔に出してしまったに違いない。
質問に対する 沈黙(ちんもく) は肯定しているようなものだろう。
「当然、僕がイルマを殺したんじゃないかって話も聞いているよね?」
「……はい」
ここは正直に認めた。
おそらく適当にはぐらかしても、マントイフェル卿は私の嘘を見抜くだろうから。
「信じてくれるかわからないけれど、僕はイルマを殺していない。彼女は妹みたいな、かわいい存在だと思っていただけなんだ。それ以外の感情はなかったよ」
「そう、だったのですね」
「うん。でも、イルマはそうじゃなかった」
イルマはマントイフェル卿をひとりの男性として、心から愛していた。兄のように思い、慕っているわけではなかったのだ。
「このままではいけないと思って、冷たく接していたんだ。けれどもイルマが僕を嫌うことはなかった」
お飾りの、形だけの妻でいいから傍にいたい。イルマはそう望んでいたと言う。
「イルマは王族――エンゲルベルト殿下と結婚させるために、幼い頃から教育を施してきた女性だったんだ。侯爵家が、僕との結婚なんて認めるわけがなかった」
「しかし、マントイフェル卿は婚約者だった、と聞いていたのですが」
「非公式なものだったんだよ。いつかイルマが諦めると信じて、婚約者の振りをしていたんだ」
つまりマントイフェル卿や侯爵家は、イルマの結婚に対して本気ではなかった。
これまで明かされていなかった真実に、言葉を失ってしまう。
「イルマは年を重ねるごとに病弱になっていって、途中からエンゲルベルト殿下と結婚させるのは難しいと判断したようなんだ」
幼少期から抱える持病も悪化し、長くは生きられないだろう、というのが医者の診断だったと言う。
そこで侯爵はマントイフェル卿に、可能であれば婚約者ごっこを続けてほしい、と頼みこんだようだ。彼の存在が生きる希望になればいい、と考えていたらしい。
「ただ僕は、それに同意できなかった」
その気がないのに、花盛りの女性の時間を奪い続けるわけにはいかない。
本当にイルマを愛してくれる男性を探し、結婚させるほうが幸せなのではないか、と思うようになったのだとか。
「いつ、婚約を解消してもらおうか。そういう僕の空気を、イルマは敏感に感じ取っていたらしい」
イルマは去りゆくマントイフェル卿に、愛の告白をした。
「ここでこっぴどく振っておかないと、イルマはずっと僕に執着する。そう思って、彼女を突き放すような言葉をぶつけてしまった」
それを、マントイフェル卿はずっと後悔することになる。
なぜならばイルマはその日の晩、湖で足を滑らせ、翌日に帰らぬ人となって発見されてしまったから。
「イルマはショックを受けて、身投げしてしまったんだ。彼女の名誉のために、〝事故〟だと処理されてしまったようだけれど……」
自分がイルマを殺したようなものだ、とマントイフェル卿は視線を落としながら呟く。
マントイフェル卿はイルマを手にかけた犯人ではない。
きちんと話を聞いて、確信することができた。
「こんなことを聞かされても、信じられないよね」
「いいえ、信じます」
「どうして?」
「わたくしが目にしたマントイフェル卿は、誰かを手にかけるような人物ではないと思ったからです」
これでも人を見る目があるのだ、と宣言すると、マントイフェル卿は瞳をぱちくりさせていた。
「君は僕が恐ろしいとは思わないの?」
「そう感じないために、今、こうして話しているのでしょう?」
たしかによく知らない相手は恐ろしい。けれども言葉を重ね、相手がどういう人なのかわかっていったら、恐怖を感じることはない。
「ララ、これからも傍にいて。僕が極悪人でないか、しっかり君の目で確認してほしい」
それは暗闇を歩き続けた彼が見つけた唯一の希望のような、切実な懇願だった。
これまでマントイフェル卿が演じていた人格に騙され、本当の彼が見えていなかった。
マントイフェル卿の本心を知ってしまった今、見ない振りなんてできない。
「わたくしでよければ」
そんな言葉を返すと、マントイフェル卿は安堵したように微笑んだのだった。
「マントイフェル卿、もう少し休んだほうがいいかもしれません」
「ねえララ、リオンって呼んで」
「それは……」
「お願い。呼んでくれたら、いい子で眠るから!」
どこの世界に、いい子を自称する二十六歳、成人男性がいるというのか。
呆れてしまったものの、今日くらいは優しくしてあげてもいいだろう。
「リオン様、今日はゆっくりお休みになってくださいませ」
「様はいらないよ。呼び捨てでいい」
ゴッドローブ殿下が息子みたいだと言って目をかけている男性を、呼び捨てになんてできるわけがない。
「これ以上の我が儘は聞けません」
そう言って立ち上がったが、マントイフェル卿は握った手を離さなかった。
「だったらララ、僕が眠るまで傍にいて。闇に飲み込まれてしまいそうだから」
その願いだけは叶えてあげよう。そう思い、再び腰を下ろした。
フロレンシを寝かしつけるときのようにお腹をぽんぽん叩いてあげると、マントイフェル卿はあっという間に眠りに就く。
きっと眠たいのに私がいるから、頑張って起きていたのだろう。
朝までぐっすり眠れますように、と祈ってしまった。
今日は本当に大変な一日だった。
もうこれ以上、マントイフェル卿が酷い目に遭わなければいいのだが……。