軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

34.公務の仕上げ

学園に入学すると、どうしても学業優先になって公務は後回しになりそうです。

僕は入学前に手を付けていた公務の最後の仕上げ、最重要課題を国王陛下出席の御前会議に提案しました。

「またお前たちか……。今度はなんだ?」

国王陛下が僕らを見て苦笑い。

「またカネのかかる話じゃないでしょうね!」という財務大臣さんの声にみんな笑いますけど、今日の僕らは真剣です。

今日はセレアの他に、学院研究員のスパルーツさん、助手のジェーンさんも同伴してもらいました。悲壮な覚悟の表情に、列席の大臣さん、上級貴族様も、「これはいつもと違うな」という雰囲気を感じたようです。

「本日は天然痘の予防についてご提案をさせていただきたいと思います」

「天然痘だと!」

会議室が騒然となります。

「天然痘の治療方法ができたのか!?」

厚生大臣が勢い込んで聞いてきます。

「残念ながら治療ではありません。今回ご説明したいのは予防です」

「予防? 予防なのか。治療ではなく?」

「なぜ予防だ。治療のほうが大事ではないのか?」

「治療はあまりにも難しく、未だ困難ではあります。しかし、天然痘の原因と、これを発病しない予防法については確立しました。ぜひご検討ください」

「……聞こう」

陛下もいつも以上に真剣です。この国の人間で身内を天然痘で亡くしていない人なんていないんです。陛下とて例外ではありません。

「はい。ジェーンさん、お願いします」

スパルーツさんの助手のジェーンさんが陛下に一礼し。説明を始めます。

きわめて感染力の強い病気である天然痘ですが、一度天然痘にかかって生き残り、免疫を獲得した人は二度と天然痘にかからないことはよく知られています。改めてその点について理解してもらいます。

人間の体には、過去かかった病気には二度とかからない抵抗力が付く、「免疫」という力があること。国内で、ジャックのいるワイルズ領においては、天然痘の感染拡大がほとんどない特異点であること。領民の病歴を調査したところ、過去、乳牛の感染症である「牛痘」にかかって完治した者はその後天然痘に感染した例が非常にまれであること。

天然痘は自然に発生する病気ではなく、菌よりもさらに小さく存在が確認できない極小の微生物が原因であることが各種の事例より推定できること。

そして、これが重要なのですが、「牛痘」にかかることにより、天然痘の免疫も獲得できること。牛痘は天然痘に似たきわめて近い病気であると考えられますが、その症状は風邪程度で軽く、すぐに回復すること。

ここまでを、データを交えてジェーンさんが説明します。

「私たちとしては、天然痘の予防として、牛痘にわざとかかる。病原を体に植えて、牛痘から回復してもらうことで、天然痘の予防になると考えます」

会議室がざわめきますね。驚きの研究結果です。

「医師がわざと患者を病気にするなど許されるのか!?」

「牛の病気を人間に移すのか? 牛になるわ」

「危険ではないか?」

「自ら病気になるなど、狂気の沙汰ではないのかね」

「何かの間違いで天然痘になってしまったらどうする。半分は死ぬのだぞ!」

「それ、安全性は証明できるのか?」

厚生大臣の質問に、ジェーンさんが「できます」と断言します。

「どうやって?」

「私が自分の体で試したからです」

会議室が騒然とします。

「私はワイルズ領で、徹底的に聞き取り調査をし、住民の病歴を改めて確認し、十分な効果を確信しました。牧場で実際に牛痘にかかっている牛から膿を取り自分の体に接種を行い、牛痘にかかって、回復したのです。その後、天然痘が発生している村に行って、実際に患者の膿を私自身に接種を行いましたが、天然痘は今においても発病していません!」

ジェーンさんが上着を脱いでノースリーブの肩の接種跡を見せます。かさぶたがはがれたような跡が肩にできています。

「バカな……」

「なんという無謀なことを」

「ス、スパルーツ! 貴様、そのような人体実験を彼女に強いたのか!」

スパルーツさんが答えます。

「いいえ。もちろんそんなことは許しません。ですが、彼女が確固たる信念をもって独断で自ら試したのです。蛮勇でありましょう、愚かでもあります。でも彼女は百も承知でそれをしたのです」

「……発病していないだけで、実際には今、天然痘に感染しているのではないか?」

「ありえません。発症期間はとっくに過ぎています」

「一例だけでは……。たまたまということも考えられる」

「無いです。追試しました」

「追試だと?」

「研究室のスタッフ十五名、全員が効果を確認しました。私たちは彼女の持ち帰った牛痘サンプルを接種し、発病して完治した後、天然痘の接種を行いましたが、一人も発病しなかったのです。もちろん私もです」

僕が会議室のドアを開けると、ぞろぞろと研究員の皆さんが全員入ってきました。そして、陛下に一礼して、全員白衣を脱ぎ、肩の接種跡を見せました。

「なんと無謀なことを……」

「僕も接種してもらいました」

「なに?」

「僕も実験に参加しました」

僕ももろ肌脱いで肩を出し、接種跡を見せます。

「研究員十五名、誰も天然痘を発病しなかったと聞いたんで、僕も牛痘を接種してもらい、牛痘にかかりました。軽い風邪みたいなもんでしたよ。熱が出て数日フラフラしていましたけど。治った後、みなさんと同じように天然痘を接種してみましたけど発病しませんでした。牛痘接種の安全性は僕も保証します」

「馬鹿者!」

陛下が部屋に響き渡る声で怒鳴ります!

「お前は自分の立場が分かっているのか! それが一国の王子のやることか! 十分な検証も無しにそんな危険な人体実験に参加するなど、王族に許されることだと思うか!! やっていいことと悪いことの区別がつかぬか!」

陛下が椅子から立ち上がって、ガーンと机を叩きます!

「検証は既に十五名の研究員がしてくれていましたが?」

「足りぬわ! 王子がやっていいことではないと言っている!」

「王子だからこそ、やりました」

「なに?」

「陛下は戦争になったとき、ご自分の部下たちに 戦(いくさ) を任せ、戦場から逃げ出しますか?」

「余を侮辱するか」

「部下たちを信頼し、自らも戦場に踏みとどまり、刀折れ矢尽きても共に最後まで戦おうとはしないのですか」

「何を言い出す……」

「この者たちは僕の信頼できる部下も同じです。ずっと一緒にこの研究を進めてきたのです。王侯貴族たる者、 戦(いくさ) となれば臣民を守って戦う。それが貴族」

「詭弁だ」

「この場合戦う相手は天然痘です。命をかけて立ち向かうに値する強大な敵です。戦場に立つのと何も変わりません。国民、臣民の命を守るため、王子として命を懸ける価値があります」

「 病(やまい) と 戦(いくさ) は違うわ」

「同じです。民を守るために命を懸けて戦っている部下たちがいるのなら、その信念に僕は応えなければなりません」

「そんな必要があったのか」

「王子でさえ、この接種を受けて天然痘にかからない体になった。その事実が必要なのです。平民の隅々までこれを実施させるための布石です」

陛下、どかっと席に座ります。

「国民全員に接種をしろと?」

「効果があるのは五年です」

ジェーンさんが説明します。

「私は牛痘の接種をしてから、天然痘が発生している村に行き、患者の治療にあたりました。その際、自分は天然痘にかからないという女性が治療の助けをしてくれました。その女性は牛の乳しぼりをしていた小作人で、かつて夫が天然痘にかかり、その看病を行いましたが、彼女には天然痘は感染しなかったそうです。本人は生まれつき天然痘にかかりにくいのだと思っていたようですが、乳しぼりをすることで牛痘に感染し、免疫があったのだと思われます。夫を亡くした後は屋敷の小間使いになり、牛に触れることが無くなった彼女は、私の手伝いをするうちに、自分の娘が天然痘にかかり、その看病により自身も感染し、娘が亡くなると、その後を追うように亡くなりました……」

ジェーンさんが辛そうな顔になります。感染を見逃してしまったことになりますから。

「彼女はなぜ自分が天然痘にかかったのか、最後までわからないようでした。不幸にも一家は天然痘により絶えたことになりますが、免疫の効果があるのは五年程度と、その身をもって証明してくれたことになります。改めて詳しく調べた結果、牛痘により得られる免疫効果は五年から十年」

「国民全員に乳しぼりをさせろとでもいうのかね?」

厚生大臣が聞いてきます。

「その必要は無いです。接種でできますから。肩に針を刺すだけです」

「それほどの大量の接種、できるのか?」

「国内の農家の牛を学院で預かります。一頭、牛痘の状態にし、もう一頭に感染させる。自然に完治した牛は農家に返し、また牛を借りてきて感染させる。そうして常に牛痘にかかっている牛を確保し続けることで牛痘の種を保持します」

「なるほど……」

「免疫が有効な五年以内に全国民にこれを一斉にやるのです。一気にやることで感染の連鎖を必ず断ち切れます。国内から天然痘を撲滅することが可能なのです」

「五年か……」

スパルーツさんが前に出て頭を下げます。

「セレア様がアイデアを出し、ワイルズ子爵がデータを集められ、ジェーンが自身の体で効果を実証し、我々全員で追試して確認し、シン様が安全を保証してくださいました。決して無下になさること無きように伏してお願い申し上げます。ご決断を仰ぎたいと思います」

「セレア様のアイデアですと?」

会議室にいた大臣たちが一様に驚きますね。

いきなり名前が出てちょっとびっくりしたセレアですが、頷いて説明してくれます。

「牛の乳しぼりをしていて牛痘にかかった人は、天然痘にはかからないってことをシン様にお教えしただけなんですが……」

「いや、そんなこと初耳だ。よく気付かれましたね……」

「私も牛痘の接種をしていただきました。天然痘の接種はさすがにシン様がお許ししてくださいませんでしたけど、私の体にも天然痘の免疫ができました。今後五年間は私も天然痘にかかりません」

そうしてセレアがカーディガンを脱いで、ノースリーブの肩の接種跡を見せてくれます。小さいかさぶたができてます。

「殿下の婚約者たるセレア様が自らそのようなことをしなくても……。もっと国民に行き渡って、安全性が完全に確立されてからでもよいでしょうに」

「そんなことを待っていたら、私はこの国最後の天然痘患者になってしまいます」

みんな、黙ります。

「陛下」

静まり返った会議室で、国軍を統括する将軍が発言します。

将軍、 痘痕(あばた) 顔で右目にアイパッチを当てている片目です。過去、天然痘にかかり、生き残った猛者であることが一目でわかる容貌をしています。

「 意見具申(いけんぐしん) してもよろしいでしょうか?」

「なんだ?」

「研究員十五人で足りなければ、私と、直属の第一師団も、追試に参加したく思います」

みんなが黙って陛下を見ます。全員の視線が自分に集まっていることを、陛下が理解して頷きます。

「……いいだろう。ただし志願とせよ。万全を期せ」

泣き崩れるジェーンさん。それを抱きしめるスパルーツさん。

僕もセレアと手を握り合って喜びます。

「やったあああああああ――――!」

会議室、国王陛下の面前であるにもかかわらず、研究スタッフたちの歓声が上がります!

「医師の執念と覚悟、恐れ入る……」

陛下が首を横に振りますね。

「どう実施していきますかね?」

「まずは王都に出入りする者全員に、接種を義務付けよう。天然痘を持ち込ませず、持ち出させずだ」

「城門でチェックするとしますかね」

「接種跡があるかどうかで見分けられるのではないかな」

「税関で入城、出城時にその場で接種してしまえばよい」

「いいですな! そうしましょう!」

「出入りの商人たちも、旅人も、外国の大使も、接種を受けなければ入城できないとなれば従うでしょう。他国にも評判が広がれば、全世界での撲滅も夢ではありませんぞ」

さっそく大臣のみなさんがアイデアを出してくれますね!

「シン殿下」

……将軍から声をかけていただきました。

「まこと、王たる者の器です」

「おべんちゃらを言うな。調子に乗らせる」

陛下がそう言うと、みんな、少し、笑いました。